第28話 海斗の秘密


「遥、危ない!! 」


 聴こえたのは海斗の声。


「え……」


 気付いた時には遅かった。


 潰される!!


 ガシャガシャガシャン、ドスン!!


 騒々しい物音、終わったと思った。

 

 でも痛くも重くもなくて、気付くと……温かい何かに、包まれている。


「海斗!? どうして? 大丈夫!? 」

「遥……怪我は」

「してない……」

「よかっ……た」

「海斗……海斗……」


 涙が止まらない。会いたかった、そんな風に喜べない状況、でもすぐ近くに触れる温もりと安心したような声。


「どうしよう、海斗痛くない? 大丈夫? 」

「あぁ……出られる? 」

「うん、でも出たら海斗……」


 何とか少しの隙間から抜け出すと、海斗が背中で脚立や三脚や……崩れてきた色々な機材を背中で受け止めてくれていた。


 崩れ落ちる海斗。


 私がいた空間は、海斗が覆いかぶさるように守ってくれた場所……。


「海斗! すぐどかすからね! 」


 急いで海斗の背中から絡まる機材を一つずつどけていく。見えてきた背中は服が破れていて……三脚の一部がグサリと、めり込んでいた。


「やだ……どうしよう……」


 血の気が引いて、手が震えてくるのがわかる。こんな怪我を……。


「海斗、何か刺さっているの、背中に」

「抜ける? 」

「え……でも……」

「大丈夫……だ…から」


 苦しそうな海斗に言われた通り、力を込めて引き抜くと……不思議と血は出ない。破れた服の隙間から銀色の何かが、見えている。


「大丈夫? 動ける? 」

「あぁ……大……丈夫」


 ゆっくり起き上がろうとしたけれど、足が動かないのかうまく立ち上がれそうにない。


「足痛むの? 無理して動かないで、助けを呼んでくる! 」

「待って! 」


 助けを呼びに行こうと私が立ち上がった瞬間、海斗の声が部屋に響いた。私の腕を必死に掴もうとする手。驚いて何も言えないでいる私に、海斗は続ける。


「ごめん……バレたら……まずい……」

「何が!? 何がまずいの? だってこんな怪我……」

「遥……俺の……傷見える? 」

「うん……」

「血……出てないでしょ……」

「うん……わかるの? 」


 バランスを崩した海斗の身体は、ガクッと力を失って崩れた。


「俺……人……間じゃない。それ……が………ばれると……ま……ずい……」


 途切れていく海斗の言葉が、聴こえなくなっていく。


「海斗? 海斗、大丈夫? 」

「あぁ……はる……か……あい…たかった」

「海斗……私も……私も会いたかった」

「ごめん……ね……」

「どうして? なんで謝るの、海斗守ってくれたのに私……」


 手を握る。


 今までで一番冷たい……大きな手。


「最後に……会え……てよかった」


 最後、その言葉が激しく胸に刺さる。目を閉じる海斗。


「海斗、だめ!! どうしたらいいの……どうしたら……」

「はる……逃げて……」

「そんなこと出来ない……一緒にいる」

「こう……えん……」

「公園? 」


 そういえば……海斗の家、公園の近くだって。朧気な記憶。


「海斗、聞こえる? 海斗を直してくれる人はどこ? 」


 返事がない。


「海斗! 海斗、寝ちゃだめ!! 」

「公園の側、草野医院だ」


 電子的な……音声。ノイズだらけでわからないけど、海斗の声じゃない……。


「海斗! わかった、そこに行けば直るのね! 」


 返事を待たずに動き出す。このままだと海斗が……死んでしまう、そう思った。


「海斗? 海斗? 」


 もう……反応はなかった。呼んでも肩を揺さぶってもまったく動いてくれない。


 バレたらまずい、その言葉が脳内を巡る。そこからはもう必死だった。海斗を引きずって台車に載せ、ブルーシートをかけて部屋を出る。


 誰にも会わないよう、今はあまり使われていないエレベーターで地下駐車場へ行き、公園に向けて車を走らせる。


「海斗、待っててね」


 自動運転じゃ間に合わない。


 “速度違反です”


 繰り返し告げる警告を聞きながら、爆速で走り続けた。







 うっすらと見える。


 座席で、髪しか見えないけど……遥だ。運転している。どこへ向かっているのだろう。


 俺は……死ぬのか。


 こんな身体になって、あんな奴に支配されても、それでも生き続けてきてよかった。


 遥と出逢えた。


 それはきっと、奇跡だったんだ。


 もう声も出ない……最後に見た涙顔と一緒に、眠りについた。







 公園の駐車場に車を停める。


 ここまで来たのはいいけど、どうやって海斗の家を探そう。置いていくわけにいかないし、連れていけば人目につく。


「わっ!! 」


 ドアを開けようとした私をじーっと覗く、その視線に恐れおののいた。いつの間にこんな所に人が……。


「笹山遥さん、だね」


 その人はそう言うとニヤリと右の口角だけをあげて不気味な笑みを浮かべる。


 全身に鳥肌が立って寒気に襲われる。


「ちょっとしたアクシデントが起きたようだね。海斗はこちらで預かる」


 なんで……知ってるの?


 固まる私をよそに、その男は海斗を荷物のように抱え、連れて行く。


「ちょっと待ってください、あなた誰ですか? どこに行くんですか!? 」


 それでも止まる気配がない、私も必死についていく。


 公園の裏手にひっそりと建つ四角い建物に入る。昼間なのに薄暗くて、消毒の匂いが鼻につく。


「待合室だ、後で呼ぶ」


 訳がわからない私を置いて動かない海斗とその人は、奥へと消えていってしまった。


 病院……みたい。


 といってもスタッフらしき人は誰もいない。私は一人ソファーに腰掛け、薄暗い待合室で待つしかなかった。


 海斗は大丈夫かな……人間じゃないって……座った途端、混乱が押し寄せる。


「待たせたな、ついてこい」


 海斗に会わせてもらえる、そう信じて診察室に入る。でもそこには誰もいない。


「海斗は……大丈夫なんですか? 」


 尋ねても返ってこない。不気味なその人が白衣を着ている事に気付いた。無造作に荒れる髪に表情はほとんど隠されて、怖い。


「座って左足を見せなさい」

「は? 」

「早く。まだ出血してるだろう」


 そう言われて初めて自分の左足を見ると、パンツが膝辺りから全体的に赤く染まっている。全く……気づかなかった。この人、白衣は着てるけど……半信半疑ながらも椅子に座ると、まるで医者のように傷の手当てを始めた。


「海斗は大丈夫なんですか? 」


 もう一度聞いてみる。


「傷は浅いが広範囲だ。治るまで消毒するように」

「わかりました……海斗は……」

「見ただろう。動いていないのを」

「はい……」

「人間でいうところの死だ。ただ作り物な分、直すのは簡単だ」


 傷の手当てを手際よく終え、片付けながらさらっと作り物と言う。


 海斗の“人間じゃない”が甦る。


「作り物……人間じゃないって……海斗はロイドだってことですか? 」


 その言葉でその人の手が止まった。


 髪をかきあげる時、一瞬見えた冷たい表情……まるで、機械のよう。


「ただの量産ロイドと一緒にされては困る。草野海斗は、俺の作った世界にただ一体のハイブリッドサイボーグだ」

「ハイブリッド……サイボーグ……? 」


 ハイブリッドサイボーグ……それがロイドとどんな違いがあって専門的にどうなのか、私には全くわからない。


 理解できるのは、それが人間じゃないっていうことだけ。


「あいつは実験が終わる度に改造を経てより進化している。今回もちょうど新たな身体にする所だった。次からはこのようなことがないようにせねばな」


 実験……改造……?


 信じられない。海斗が……人間じゃないなんて。あの笑顔も言葉も、温もりは……私の頭はキャパを超えて思考を止めてしまった。


 蘇るのは海斗の笑顔。


「まぁ……とにかく、君にできるのは忘れることだけだ、笹山さん」

「え……」


 私の様子に構うことなく、その人は続けた。


「草野海斗は死んだ。もし再生したとしても、君の知っている草野海斗ではないし、君のことを覚えてはいない。あいつの脳は人工的に作られたシステムだ。壊れれば以前の記憶は消え、復元することもない。だから君も今までの事は全て忘れるべきだ」


 矢継ぎ早に、機械的に連なる言葉達。私にとって、受け入れられない事ばかり。


「忘れるなんて……そんな簡単にできません!! あんなに一緒にいて思い出もあるのに……なんとか、ならないんですか? せめてもう一度だけでも海斗に……会わせてください!! 」


 今この人……鼻で、笑った?


 こんなに、必死なのに……。


「恋愛ごっこが楽しかったか? 」

「え……? 」

「悪いが、海斗には意思も心もない。目的達成のために必要だと計算し、行動していただけだろう。それが心地よかったのなら量産ロイドで充分。満たしてもらえばいい」


 またニヤリと口元が動いた。動かない瞳から冷酷さが伝わってきて場が凍り付く。


 恋愛……ごっこ……。


 今まで、海斗がしてくれたことは、海斗の優しさじゃない……。


 食事に誘ってくれたことも、休憩中のアイスティーも……一緒に花火を見たことも……言葉の一つ一つも全部……私が欲しがったことを計算していた……だけ?


「わかったなら、もうここにいる必要はない。傷の手当ても終わった。消毒液は処方するが、再診の必要はない。全て理解出来たなら二度と、ここに近づくな」


 凄むような声に、何も言えなかった。


 海斗の笑顔だけがずっと、目の前に、側にいるみたいに、浮かんでくる。


 必死で涙だけはこらえて俯いているけれど、二度と会えないなんて、考えられない。


「理解出来ぬようだが、これは忠告だ。違法ロイドと関わる事は重罪。もし海斗の事を誰かに話せば、私と海斗だけでなく君や君の家族も関わった罪に問われ、再起不能だ。私はそうなった人間を知っている。自分と家族の為に、草野海斗の事と、ここに立ち入ったことは忘れろ」


 俯いた視線の先に、白衣の裾がゆらゆら揺れているのが見える。気が遠くなりそうで……もう何も、考えられない。


 考えたくない。


「処方箋の準備が出来たらお呼びします。待合室でお待ちください」


 何も話せなかった。


 白衣が立ち上がり診察室の扉を開け、丁寧な口調で私に出ていくよう促す。


「どうぞ」


 私が動けないままでいると、もう一度、今度は不気味な低い声が響いた。さっきの、公園と言った声は……この人だったんだ。


 海斗は……人間じゃないんだ。


「どうぞ、お帰りください」


 何も言い返せないまま、私は追い出されるようにして出てくるしかなかった。


 車で会社まで戻る。バレていないのを確認してから機材室に向かう。


 片付けて痕跡を消さないといけない。


 機材室はあの後、誰も入らなかったのかさっきのまま酷い惨状。一つずつ並べ直して、台車も元通りに片付ける。


 ここに……さっきまで私と海斗がいたんだ。


 海斗……あれから連絡くれなくて、いきなり消えたなんて怒っていたのに、海斗は助けてくれたんだね、私のこと。


 海斗の気持ち、嘘じゃなかった。


 まだ、海斗が人間じゃないなんて信じられないよ……感じた温もりは……なんだったの?


 涙が溢れて堪らない。


 もう、海斗に会えないなんて……そんなの、嫌。 


 でもどうすることも出来ない。


 さよならさえ言えなかった、私はただただその場に座り込んで泣く事しか……もうできなかった。

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