第22話 ☆恋
それぞれの想いを乗せてやってきた暑い夏。青空を避けるよう薄暗い地下室に籠もる水野は、珍しく物思いに耽っていた。
遥と海斗……人波の中、手を繋ぎ歩く二人はどう見ても恋人同士だった。どちらも嬉しそうに微笑み、時折言葉を交わしながら……幸せそうに見つめ合って。
人は時に過ちを犯す。
一度、夢のような淡いときめきに身を焦がせば最後、その
最初から遥にはそういう危うさを感じていたが、まさか海斗までとは思わなかった。
“彼といる為なら何でもする。例えそれが……茨の道でも”
とうの昔に追いやった声。後悔してもしきれない、幼くて愚かな己の過ち。
“大切な人です”
あの二人もそうだろうか……海斗の答えはロイドとしては的外れだ、的確な解答ではない。
人間同士の会話ならそれで通じる。遥に何かしようと近付いたのではなく純粋に惹かれたから……という事だろう。
しかし海斗は確かにロイド化された……特殊なケースではあるけれど、父親の草野英嗣によって作られたアンドロイドのはずだ。
“俺はもうすぐ改造されます。遥のことを忘れてしまう……”
切なげに、力なく呟く海斗の言葉がどういうわけか頭から離れない。
海斗は本当に、ロイドなのだろうか。
「ご苦労だったな」
暗闇に突如、浮かび上がる映像。
「いえ、やはり草野英嗣がEdu社のニ名を殺害したことは明らかでした。逮捕には充分すぎる内容かと」
「あいつの企みはわかったのか」
「いえ、現在調査中です」
英嗣が何かの企みを持つならロイドである海斗にさせるのが当然、なのになぜ自ら手を汚して山田と坂野を殺したのか、まだわからない事は多い。
「逮捕はそれを掴むまでできん」
「英嗣をのさばらせば、また犠牲者が出ます」
映像の中、立派な髭をたくわえた口元がにっと上がる。
「好都合だ。三人目が出れば奴の思惑ももう少し明らかになる」
相変わらず、人間の命などボスにとってはロイド一体より軽いのだろう。
「
「まだ早い。海斗の動きは」
「海斗は社会的影響の少ない時期を見計らい出頭すると、言っています」
「出頭する?
「はい」
「英嗣の狙いはそこかもしれんな」
「どういう意味でしょう」
「わからんのか、海斗の意志はすなわち英嗣の意志だ。今の海斗を捨てて自分だけ姿を消し、また新たに作り変えるつもりだろう」
違う。
長年の経験や直感がそう言っている。でもボスと言い争いをしたところで無駄だろう。
「出頭など待つ必要はない。草野海斗、笹山遥を処分しろ」
「なぜ笹山遥を」
「当たり前だ」
「なぜ英嗣でなく遥なのです。彼女は関係ありません」
「海斗と関わった以上、当然の報いだ。今までもそうしてきただろう」
通信は途絶え、また暗闇が水野を覆う。
“助けてください。あいつが遥を狙っています”
遥を助けるべきか、殺すべきか……どうせ結ばれぬ運命なら、共に死ぬのも幸せかもしれない。
狙われている、そんな事に気付くはずもない遥はタマと、明日の約束の話で盛り上がっている。
「タマ、やっぱり恥ずかしいよ」
「そんな事ないよ、はるちゃんはきれいな水色がとっても似合うんだから」
壁にかかっているブルーのワンピースを眺める遥と自信満々なタマ。
「はるちゃん、明日は大事な日なんだからね! 」
「大事な日って……カフェはいいけどこんな格好で図書館とか行くの恥ずかしいって」
「でも、告白されるかもしれないんだよ? 」
「こ、告白なんてあるわけないでしょ、何言ってんのタマ」
明らかに動揺する遥は耳まで真っ赤。
「海斗君ははるちゃんのこと大好きなんだからね、はるちゃんだってそうでしょ? 」
「そんなの……わかんないよ。私が好きでも海斗は私のこと好きじゃないかも」
「そんなことないよ、タマわかるもん。だってはるちゃんの声聴きたかったり会いたいってちゃんと言ってくれるでしょ」
「それはそうだけど……」
「だから好きって言ってくれるかもしれないし、チューだってしちゃうかもよ、キャー!! 」
「ちょ、ちょっとタマ、何言ってんの! そんな事するわけないでしょ! 」
「絶対ないって言える? 」
「それは……」
「ないって言えないでしょ。だからね、特別な日のワンピースなの、カーディガン持っていけば図書館だって大丈夫なんだから! 」
いつになく強いタマの勢いにおされて遥はそれ以上何も言えなかった。というより心の中で闘っていた。
タマの言う通りだったらいい……何かを決意したような雰囲気、確かに海斗から感じた。
もしそうだったなら嬉しい。
“遥の声、聴きたくて”
そんなやり取りをこれから先も重ねられたら……もっと素直になってお互いの色んな話をして海斗の事知って、一緒にいたい。
でも……期待してまた違っていたら。
“彼女って感じじゃないんだよな”
いつかの苦い言葉が蘇る。
偶然、聞いてしまった友達との会話……淡い初恋はすぐに初めての失恋に変わってしまった。
仲良くなって、なんでも話せて、一緒に帰ったり遊んだりしてても……それだけじゃだめなんだ、恋愛っていうのは。
それ以来……駆け引きしたり悩んだりするような、そんな恋愛が苦手でずっと避けてきた。
「ねぇ、タマ……」
不安になって呼び掛けるけど声が返ってこない。
「タマ? 充電ないの? 」
「じゅう……で……かい……すき……」
「タマ? タマ!? 」
「はるちゃ……」
「タマ、どうしたの!? 」
どれだけ呼んでもタマの反応はない、これまでこんな事のなかった一人の部屋で遥はただ呆然とするしかなかった。
そして迎えた朝は鮮やかで眩しくて、強い陽射しが降り注いでいた。
遥はタマの修理のため、慌ただしく家を出る。約束より1時間は早く、待ち合わせには充分間に合いそうだ。
着ているのはタマが用意したブルーのワンピース。メイクも自分なりに頑張ってみた。海斗に会える嬉しさを抑えて向かうはロイドショップ。隣にある修理センターでタマを修理してもらうためだ。
何も知らない遥は、ただの丸い塊になったタマに話し掛けながら歩く。
「今日もあっついね、タマ」
きっとすぐ直る、少し我慢すればまたタマと話ができる、そう念じながら。
涼しい店内、自然と見慣れた姿を探すけれど水野さんはいないようだった。
一方の海斗は朝日の届かないキッチンに立ち、慎重な手付きでコーヒーを
「好きだろ」
「珍しいな」
「課題で徹夜続きなんだ」
「ロイドがコーヒーで眠気を飛ばすとはな」
淹れたてのコーヒーを英嗣の前に置く海斗。この二人にしては非常に珍しい、ごく一般的な親子の会話だ。
英嗣も徹夜続きだった、それを知っての行動だろう、そう思い深く考えなかった彼はコーヒーを数口飲んだあと、突然、机に突っ伏してしまった。
驚く様子もない海斗。さり気なく口元に手をかざし、呼吸を確認すると静かにその場から離れた。
青い空、白い雲、照りつける強い陽射しの下を、海斗は足早に待ち合わせ場所へと向かう。
生まれて初めて知ったんだ、こんなに世界が明るい事を。
この道を真っ直ぐ歩いて信号を渡ったらその先に、きっと遥が待っている。
あいつも、ロイドとしての俺もどうかしばらく眠っていてくれ。
今日だけは、ただ一人の海斗として。
「ごめん! 待った? 」
「ううん、全然」
大好きな遥の側にいたいんだ。
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