第23話 幸せな時間(遥side)


「ごめん! 待った? 」


 約束の日、珍しく海斗は遅れてきた。急いで来てくれたのか、走ってきて謝りながらも息が切れている。


「ちょっと休んでから行こっか」

「ありがと。あー、あっつい」


 側にあるベンチに二人で座る。


 右手でTシャツをつまんでパタパタと扇ぐ海斗。肩が触れそうなほどの距離にドキドキしてる、恥ずかしい私。


「もう、夏だもんね」


 何を意識してるんだろう。隣に座る海斗はいつも通り、気にしてなんかいないのに。


 恥ずかしくて空を見上げる。


 真っ青な空に白い雲がもくもくしていて、ありがちだけどソフトクリームみたい。


「あの雲、ソフトクリームみたい」


 海斗が言う。今、私もそう思った、同じ瞬間に同じことを思う……それがちょっと嬉しい。


「おんなじだね」


 思わず笑う私を不思議そうに見る海斗。


「私も、ソフトクリームみたいだなって思ってたところ」

「でしょ! よかった、見えるよね、ソフトクリーム」

「でももう、崩れてきてるよ」

「ほんとだ、溶けてきた」

「面白いね、溶けるなんて本物みたい」


 溶けるという表現が本物のソフトクリームみたいで、また笑ってしまう。


「ソフトクリーム食べたいな」

「食べたくなったの? お昼食べる前なのに」

「うん」


 海斗の満面の笑みに胸がくすぐられる。


「じゃあ行こっか。おいしいとこ知ってるんだ」

 

 しょうがないと言いながら、私も食べたい気分になっていて、またおんなじだねと心の中で呟く。


 そうして私達は歩き出す。


 それにしてもどうしてだろう……海斗の言葉を聞いたときから不思議に思っている。


 “遥の好きな場所とか、案内してほしいな”


 なんて……これからいくらでも時間があるのになんで今そんな事を言い出したんだろう。海斗、忙しいはずなのに。いくら横顔を眺めても、その答えは分かりそうにない。


 この間、約束した時の海斗は何かを決意したみたいだった。それなのに、今日の海斗からはそんな雰囲気まったく感じられない。


 不思議な人。


「うまい! 」


 うれしそうな笑顔に今日も弄ばれる。


「よかった」

「ここもよく来るの? 」

「久しぶりかな。高校の頃、友達とよく来てたんだ。樹梨亜と夢瑠って言うんだけどね、樹梨亜がクレープ食べたいって言って夢瑠が綿あめ食べたいって言うの、変わってるでしょ? 」

「うん、面白いね。じゃあ遥がソフトクリーム食べたいって言うの? 」

「私は……ラーメン」

「ラーメン? 」

「だって……部活の後お腹空くんだもん。その頃ね、ラーメンとソフトクリームが美味しいお店があってそこに行きたいなって」

「それでここか」

「え? 」

「だってソフトクリームもクレープもラーメンもあるよ、さすがに綿あめはないけど」


 レトロな店内、メニューの並ぶ壁を見る海斗は消えそうな文字をもう読んでいたんだ。


「どこに行くか言い合った後、結局いつもここに来てたなぁ……」

「思い出の場所なんだね」

「うん」


 あの頃、彼氏作って寄り道デートするのが夢だったな……彼氏とは言えないけどそれが海斗とでよかった。


「最後に来れてよかった」

「ん? 」

「もうすぐなくなるんだって。みんなで行こうねって言ってたんだけど予定合わなくてさ、私も忙しくなっちゃったし」

「そっか……いつなくなるの?」

「今月末かな」

「来れるといいね、クレープの樹梨亜ちゃんに綿あめの夢瑠ちゃん、だっけ」

「うん、なんか面白いよ。その覚え方」


 思い浮かべると面白くて、クレープと綿あめなんてそれぞれのイメージにもぴったりで笑ってしまう。


「ありがとう」


 不思議そうにしていた海斗にお礼を言うと微笑んでくれる。もしかしたら……私のそのままを知ってもこんな笑顔で包んでくれるかもしれない……海斗だったら。


「残念だな。なくなるなんて……」


 まるで自分の思い出の店みたいに言ってくれる海斗、やっぱり今日も好きだし、一緒にいられて幸せ。


「この後どうする? ランチにはまだ早いよね」

「とりあえずちょっとぶらぶらしよっか、いろいろ面白そうだし」


 ソフトクリームを食べた私達はまた歩き始める。隣には海斗の横顔……会えてうれしい。こんなお休みを過ごせるのなら合わない仕事だって頑張れる気がする。


 横顔を眺めていたその時、海斗が私の右手をさらった。


「どうしたの、いきなり」

「またじーっと見てるから」

「それは……」

「だめ? 」

「え……」

「手、繋いじゃだめ? 」

「だめ……じゃない」


 なかなか聞けない。いいけど、どう思ってるのなんて……海斗のこの笑顔にやられちゃう子、きっといっぱいいるんだろうな。


 想像したくない、俯くと手が引っ張られる。


「あそこ見てもいい? 」

「うん」


 嬉しそうに私を連れて歩く海斗の手が離れないように、ぎゅっと握った。







 色んなお店を見て少し歩いてから、私達は目的のカフェにやってきた。


「混んでるね」

「うん」


 プリンセスが出てきそうな洋風のお城は、いつ来てもカフェとは思えないほどの豪華さを放っている。


「ご案内いたします」


 執事ロイドさんの視線に気付いて思わず手を離す。


「なんで離すの」

「ごめん、恥ずかしいから……」


 海斗は不満げな表情だけど周りの目もあるし、とても繋いでなんかいられない。


「こちらでございます」

「うわぁ……綺麗」


 少し歩いて着いたのは、白やピンクのバラの庭園に囲まれたテラス席。予約もしていないのにどうしてこんな素敵な場所に案内してもらえたのか、聞こうとした瞬間、振り向いたロイドさんが急に私の手を取った。


「お嬢様、素敵な御召し物でいらっしゃいますね。ぜひわたくしと午後のひと時を共に過ごしてくださいませんか」

「えっ……あの……」


 凛々しい顔つきをしたロイドさんの瞳が誘惑するように私を見つめる。お姫様気分を味わえるって聞いたけど、これもサービスなのかな。


 前に来た時はそんな事なかったのに。


「お嬢様、お名前をお伺いしても? 」

「笹山……遥です」

「遥様ですか、うるわしいお名前でいらっしゃいますね」

「あ……ありがとうございます」

「遥様、どうぞこちらへ」


「遥から離れてください」


 海斗が執事ロイドさんの腕を掴んで強い瞳で睨みつける。静かだけど強い口調に怒りを感じる。


「ちょっと海斗……」


 一気に緊迫した雰囲気、なんだか剣を手にとって今にも戦い出しそうで怖い。


「これはこれは海斗様、申し訳ございません。当店のサービスはお楽しみ頂けましたか? 」

「えっ……」


 ふっと笑ったロイドさんは私の手と海斗の手を繋がせる。


「既に王子様がご一緒とは気付かず、大変失礼を致しました。ここでしたら他のお客様もいらっしゃいませんから、お二人でごゆっくりお過ごしください」


 ニコッと表情を変えるロイドさん、やっぱりサービスだったんだ。


「お席はこちらでございます。エスコートは海斗様にお願いしてもよろしいでしょうか」

「はい……」


 気まずそうな海斗に一礼して執事ロイドさんは消えていった。


 繋ぎ直された手、海斗を見つめると恥ずかしそうに顔を背ける。


「止めてくれてありがとう」


 返事はなく、私を引き連れて席へエスコートする海斗。


「いいから座って」

「もしかして海斗……怒ってる? 」

「別に……怒ってない」


 無造作に椅子を引く海斗は私が座るとさっと離れていく。テーブルを挟んだ向こう側、さり気なく髪をかきあげる仕草に、鼓動が跳ねる。


 さっきまでの楽しかった雰囲気が消えて、会話もうまく出来そうになくて……デートとしては最悪の展開なのに、初めて見る海斗に私、ドキドキしてるなんて。


「お待たせ致しました」


 注文をして目の前に美味しそうな食事が運ばれてきても、まだ雰囲気は重いまま。


「おいしいね」

「うん……」


 きれいなお皿を飾るような料理に、いつもより緊張する。もう少し楽に楽しめると思っていたのに……お店選びに失敗したかも。


「遥」

「ん? 」

「好きに食べよ、ふたりきりなんだし」


 ナイフとフォークで優雅に食べていた海斗が急にナイフを置く。ニコッと笑ってからフォークで一口、お肉を食べる。


「うん、この方がうまい! 」


 笑う海斗に心が溶けていく。怒っていたんじゃなくてよかった。


「ほら、遥もいつも通りにして」

「う、うん」


 海斗と同じように大きなお肉を口に入れる。


「うん、おいしい! 」


 にこにこ笑い合って食べるのがやっぱり一番おいしくて嬉しくて、初めてのランチしたあの日を思い返す。


 あの時から私は、海斗と過ごすこの時間が幸せで終わってほしくないと思っていた。


 あの頃から変わらないくりっとした瞳……好き、なんだと思う。


 海斗のこと。


「遥が食べてるとこ見るの、好きだよ」


 そんな事言われたらもう……この気持ち止められない。もし、好きって伝えたらなんて言うんだろう。


 この関係は壊れるのかな。


 それでも……私きっと我慢出来ない。

 


 


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