☆第15話 危ない恋


 楽しかったなぁ……久しぶりに公園で二人だけの時間。


 一緒に走って、いつものベンチで休んで、色んな話して。好きなバンドは兄貴と同じだし、映画好きは私と一緒。


 嬉しいな。


 “ここに来たら会える気がして”


 あの笑顔が忘れられない。草野君も私に、会いたいって思ってくれていたのかかも……。


「そんなわけないでしょ、おい! 」

「わっ!! な、何!? 」


 目の前でバチンと大きな音。気づくと樹梨亜に夢瑠に……水野さんまでいぶかしげに私を見ている。


 そうだった……ロイドショップ来てたんだった。


 樹梨亜達との約束の前に草野君に会ったりしたから、つい上の空。


「変だよ遥、ずーっとニヤニヤして」

「変だよ、夢瑠みたいにほわほわして」

「いつもと雰囲気が違うようです」

「そ、そんな事ないってば、別にいつも通りだし」


 それでも変わらない、みんなの疑うような視線。


「もう、何でもないってば! いい天気だなって、ぼーっとしてただけ」

「いい天気……ですか」


 眺める空は、どんより曇り空。水野さんの言葉に恥ずかしさが増す。


「すみません……で、何でしたっけ」

「ハルちゃん! 夢瑠と一緒に理想のロイドメーカーやろうよ! 」

「理想の……ロイドメーカー? 」


 既に一度したらしい説明を、水野さんがしてくれる。理想のロイドメーカーというのは、質問に答えるだけで、自分だけのバーチャルパートナーを試せる……というものらしい。


「自分の自覚する理想と、本能的に求める相手とは違うので思わぬ発見があって人気なんですよ」

「あーぁ、私もやってみたかったな」

「すみません、樹梨亜さんは完成をお待ち下さい」


 既にロイドを予約した人は使えない決まりになっているらしい。残念そうにむくれる樹梨亜に水野さんが苦笑する。


「それでは始めましょう」


 目にも留まらぬ手さばきで、手首にピンクの吸盤を付けられて始まる理想のロイドメーカー。


「あなたがしてみたいデートは? 」

「公園……あとカフェとか」

「おうち! 」


「あなたが失敗して落ち込んでいます。どんな対応が嬉しいですか? 」

「う~ん……そっとしといてほしい」


 落ち込んだとき……か。


 “やりたい事、ないとだめなんですか”


 私が嬉しかったのは、あの言葉に……真剣な眼差しとレモンティー。


「遥さん? 」

「あ……はい、真剣に向き合ってくれたり、好きな物をさり気なく差し出してくれたり……あとは、笑顔でいてくれると癒やされるなぁって……」


 なぜか一瞬、時が止まる。


「なんか、具体的すぎない? 」

「心拍数が上がっていますね。実体験のようです」


 樹梨亜の指摘に小さく笑う水野さん。図星過ぎて恥ずかしいけれど、まだ質問は続いていく。


「些細な事でケンカしてしまいました。どうしますか? 」

「う~ん、ゲームして負けたら謝る」

「私は……謝るかな、気まずいの嫌だし」


「あなたがしてほしいプロポーズは? 」

「白馬に乗って……一緒に納豆食べる」


 プ、プロポーズ……なんてまだ早いのに、草野君に言われたりしたら……キャーー!!


「遥さん、面白すぎて回答出来ませんね」

「えっ……? 」


 我に返ると、水野さんと樹梨亜が大爆笑している。


「すみません……こんなユニークなお答え初めてでしたので、つい……」


 笑ったのが一生の不覚だというように固く表情を整える水野さん……笑っている方がいいのに、そんなにこの仕事厳しいのかな……でも……とりあえず妄想してたこと、バレてなくてよかった。


「それで、遥さんのお答えは? 」

「私は……普通でいいです」

「普通……ですか? 」

「はい、大好きな人から言ってもらえたら、きっとそれだけで嬉しいと思うんです」


 そう、ずっと一緒にいたい……そんな風に言ってもらえたら、ただそれだけで幸せなはず。


「どうか……しました? 」


 みんな、私を見て固まっているけど、なにか変なこと言ったかな。


「なんか聞いてる方が恥ずかしいよ」

「今日のハルちゃん、お姫様みたいね。ほら、ちょうどお洋服もふわふわだし」

「恐らく、心に秘めたお方がいらっしゃるのでしょう」

「そ、そんなことないですから! ただきっと嬉しいだろうなって思っただけで……」


 弁解している間も、樹梨亜に夢瑠に水野さんの視線が痛く感じる。なんで私、ごまかしてるんだろう……好きな人がいるくらい、別におかしいことじゃないのに。


「質問は以上です。脳波などの身体データと併せて自動計算しますので、少しお待ちください」


 そうして出来た理想のロイドに……私は目を丸くした。







 便利な時代になったものだ……このようなシステム一つで人の心を読むことが出来るとは。


 画面の中のロイドは、思わず海斗と呼びそうになるくらいの間抜けな笑顔。それだけ遥の脳内は海斗でいっぱいということだろう。


「こんにちは! 」

「わっ!! 」

「立体化してみました」


 隣に座らせると、遥は緊張で顔を赤らめ、目を合わせられないほどだ。


「これが遥さん、夢瑠さんのお答えから自動計算された理想のパートナーです。遥さん、何か話してみてください」

「えっ……あの、はじめまして」

「はじめまして、笹山さん」


 遥も海斗に似ている事に気付いているのだろう。樹梨亜と夢瑠はまだ草野海斗の存在を知らないようだ。


「こ、こ、こんにちは……」

「こんにちは、夢瑠って呼んでいい? 」

「は、はい……」

「夢瑠、かわいい! 顔真っ赤だよ」


 こちらもやはりか……初めて見た時から夢瑠の視線は遥に向いていた。恐らく、そういうことだろう。夢瑠の隣に座るバーチャルパートナーは、遥を男性化したようだ。


「ちょっとだけ遥に似てない? 」

「樹梨ちゃん! そういうのいいから」


 樹梨亜は知っているのだろう。今時、同性同士のパートナーなど珍しくもないのに遥だけは、全く気付いていない様子で、夢瑠の心情を思うと不憫ふびんにさえなってくる。


「水野さん、なんか恥ずかしいですね」

「そう言われる方が多いですね。ですが、これをきっかけに決められる方も多いんですよ」


 なるほど、遥と海斗は似ているのかもしれない。この……周りの気持ちもわからず呑気にしている所など、海斗を見ているようでイラついてくる。


「夢瑠さんの方はオーダーでないと難しいですが、遥さんの方はレンタルロイドでも似たロイドが在籍していますよ。比較的作りやすいようです」


 海斗の正体を知っているのかどうか、揺さぶりをかけてから席を外す。


「それではごゆっくりお過ごしください。珈琲お持ちします」


 遥は気付くだろうか……自分が恋する相手は思うより恐ろしい相手だと。


 海斗は何者か。


 その正体など知る必要はない。


 ただ、笑顔に騙され深入りする前に引き離さなければ……犠牲者を減らす方法はそれしか、ない。


 結局、人の想いというのは、いつも叶わぬ方へ向かうのかもしれない。


 遥と海斗の背中が寄り添い合うように見えた、一瞬。


「すみません、そろそろお時間です」


 それぞれのDNAが求める相手とのティータイムを30分程で打ち切った。制限時間があるからだ。


「あの……」

「何でしょう? 」

「ロイドさんって……すごく自然に会話が出来るんですね」

「ええ、最近の技術は進んでいるのです、詳しくは言えませんが……」


 気付いたのだろうか、用心深く表情を探る。目的を忘れてはならない。


 感傷的になど、なっている場合ではない。


「私は……計算された優しさより、人の優しさの方が、やっぱり嬉しいかな……」

「そう……ですか」


 惚けた笑顔、緩みっぱなしの口元……遥の感じている人の優しさ、それは偽物で、ロイドの……しかも非公認の悪どい企みを持った奴らに支配された、黒い優しさだというのに。


「遥さんは、とても純粋な方なのですね」

「え……」


 素直で純粋で、鈍い……遥の特性は危険だ。


「ですが、優しい男性には注意した方がいいですよ。思わぬ企みや思惑があるかもしれません」


 あくまでも表の水野沙奈として、微笑みと共に。遥は意図も分からずこちらを見ている。


 この言葉が遥の中に残るかはわからない。でも海斗がその素振りを見せた時に思い出し、そっと離れてくれたなら……僅かな望みを託すしかない、今は。


 相変わらず、浮足立った様子で帰っていく遥はいつになく危なげで、思わず溜め息が生まれる。


 取り越し苦労ならいい、でも確かにあいつは何かを企んでいる。


「草野海斗は……危険です」


 遠ざかる背中に呟いていた。



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