第20話 パートナー
夢のような花火の夜から何日か経った。
キャリア研修は思っていた以上に難しい。人材育成とか経営論とか……考えた事もなかったし、周りは意識が高くて社長や役員を目指しているような人ばかり。出世欲のない私は、周りから完全に浮いていた。
「ただいま……」
疲れた……今日も帰るなり、ベッドにダイブ。
「おかえり、はるちゃん大丈夫? 」
「う〜ん、タマ、おやふみぃ……」
「え、はるちゃんはるちゃん! まだ寝ちゃだめだよぉ」
こんな感じで、タマとゆっくりする時間もすごく気になっている草野君の事を考える時間も、全然ない。
「はるちゃん! はるちゃん! 」
「ん〜……タマ……」
タマが呼んでる。
「はるちゃん……タマ、休んでほしいなぁ、今日の樹梨ちゃん達との約束、キャンセルしよう? ね? 」
樹梨亜達との約束……!!
「タマ、今何時? ていうか何日? 」
「15日だよ、はるちゃんあのまま寝ちゃったから……もうお時間もギリギリだし、今日はタマとゆっくりしようよ」
「タマ……そうしたいけどだめなんだ。樹梨亜にお祝い持ってかなきゃ」
「はるちゃん……」
「シャワー浴びてくるからなんか簡単に着られるの出しといてほしいな。メイクも簡単でいいよね」
今日は樹梨亜が大事なパートナーを紹介してくれる日。
式はしないと決めた樹梨亜に、どうしてもおめでとうって言いたくて慌てて支度を済ませて、樹梨亜の家へ急いだ。
「ごめん! 遅くなって」
「来てくれてありがと、タマから聞いてる。大変なんだって? 」
「うん、大丈夫。ごめんね、約束してたのに」
樹梨亜のお祝いなのにテーブルにはアイスティーと手作りのケーキ。逆にもてなされてしまう私と夢瑠。
「樹梨ちゃん、ロイドさんは? 」
「もう帰ってくると思うんだけど」
「帰ってくるって? 」
「仕事してるの、ショップの隣に修理センターがあるんだけどね、そこで働いてもらってメンテナンス費用浮かそうと思って」
コーヒーを飲みながら言う樹梨亜の微笑みはいたずらっぽいけど、いつもより柔らかい気がする。
「あ、帰ってきた」
物音に気づいた樹梨亜が振り向くと、そこに立っていたのは背の高い男の人……海斗より高い……何気なく比べてしまって恥ずかしくなる。
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
「おじゃましてます」
爽やかな雰囲気のその人に深々と頭を下げられ、私達も慌てて頭を下げる。
「お帰り、紹介するから座って」
「うん」
その人は樹梨亜に微笑みかけると隣に座る。見るからに穏やかそうで紳士的な、大人の男性。
この人が……樹梨亜の理想のパートナーなんだ。
「悪いけど名前伝えてもらっていい? 一度で覚えるから」
樹梨亜に言われて私も夢瑠も、ちょっとぎこちなく挨拶をする。
「夢瑠さんに遥さんですね。この度、ご縁ありまして、樹梨亜さんのパートナーになりました
ロイドさんとは思えないほど流暢に話す
「遥と夢瑠の事は昨日話したけど覚えてくれてる? 」
「はい、中学の頃からの友達で二人の事がとても好きだと言っていましたね」
「そ、そこまで言わなくていいから」
最近の樹梨亜はしっかり者のお姉さんって感じになっちゃって、焦るとか恥ずかしがるとか……そういう所、無くなったのかと思ってた。
「すみません。お二人をとても大切に思っている事が伝わってきたのでつい……」
「あー、もうそれ以上言わないで……」
平然と、紳士的に爆弾発言をする
一気に場の緊張もほぐれる。
「樹梨ちゃん、そんなに私達のこと大好きなんだね! 」
「それは知らなかったな。いつも冷たいのにさ」
樹梨亜が
「もうこの話はやめ!! 」
「すみません、余計なことを言って」
怒る樹梨亜を笑いながら優しくなだめる
「樹梨ちゃんと
「はい、樹梨亜は美しくて心も綺麗な人なので幸せです」
「もういいから
「
「そうなんですね。ありがとうございます、遥さん」
「二人だけの時に言ったらラブラブだね! キャー!! 」
「ほら夢瑠、あんまり樹梨亜いじると消えてなくなっちゃうよ」
「あっ、ほんとだ。ごめんね、樹梨ちゃん」
「いいけどさ……」
褒められ下手で照れ屋な樹梨亜のかわいい所が、なんだか
“幸せになりたい”
ずっとそう願ってきた樹梨亜が望む幸せを手に入れられた事が、友達としてやっぱり嬉しい。
生涯を共にするパートナー……私にもいつかそんな日が来るのかな。
幸せそうに微笑みを交わす樹梨亜と
相談……してみようかな。
「ハルちゃん、大丈夫? 」
気づくと、夢瑠が私の顔を覗き込んでる。
「ごめん、ちょっとぼーっとしちゃった」
「なんかごめんね、疲れてるのに……」
「あ、違うの、全然! そんな事ないから。で、何の話だっけ? 」
「あのね、水野さんが特別にレンタルチケット2枚くれたんだって! だから夢瑠とハルちゃんとでロイドさんをレンタルして皆でどこか遊びに行こうって話してたんだけど、ハルちゃん忙しい? 」
「忙しかったらいいんだけど、夏だし、海とかどうかなーって、ね、夢瑠」
遠慮がちな二人、毎年夏休みは3人で遊びに行っていたけどこれからはきっと……それぞれのパートナーも一緒にとか、そういうことになるんだよね。
「いいよ、行こっか! 」
「やったぁ! 決まり〜!! 」
夢瑠の嬉しそうな声が響く。
夏休みかぁ……海斗は、忙しいのかな。
「そういえば
「はい、海水浴程度なら1kmは泳げるのですが、残念なことに深海は潜れなくて」
「いや、それは私達も無理だから」
樹梨亜の鋭いツッコミが
「よかったね、相性の良さそうなロイドさんで。返品出来ないって聞いてたからちょっと心配だったんだ」
執筆疲れか寝てしまった夢瑠を起こさないよう、樹梨亜と二人でひそひそ話。
「私もこんなにおとぼけだとは思ってなかったけど、意外とちょうどいいかな。仕事でイライラして帰ってきてもあの雰囲気に笑えちゃってどうでも良くなるし」
「わかる〜、笑うとどうでもよくなるよね。なんか寝癖ついてたりさ」
「
「あぁ、そっか」
「遥、誰のこと言ってんの」
笑う樹梨亜はそれ以上聞かなかったけれど、時間があると海斗の事ばかり考えている自分に気付く。
あの夜で終わりなんて嫌だな……海斗……どうしてるのかな。
「はるちゃん、おかえり」
いつも通り迎えてくれるタマの声にほっとする。
「ただいま」
ひさしぶりのタマとの時間。
「樹梨ちゃん、よかったねぇ〜」
「うん、幸せそのものって感じでさ」
パートナー……か。
“遥”
慌てて浮かんだ声を打ち消す。
やっぱり……私が勝手に舞い上がってるだけだよね。連絡しようか迷いながら帰ってきたけど、私には自信なんて持てそうもない。
会いたい。
声……聴きたい。
今、何してるのかな……こんなに好きになったのにまだ海斗のこと、知らないことばっかりで。
「はーるちゃん」
「うん……」
「はーるちゃん、お風呂先にどう? そのままだと寝ちゃうよー……って寝ちゃった」
座ってクッションを抱きしめたまま、うっとり夢心地。意識が、ゆっくり落ちていく。
「はるちゃん! はるちゃん! 」
うっすらと、タマの声……気持ちいいのに。
「海斗君だよ! 海斗君! 待ってたんじゃないの? はるちゃん! 」
「えっ!! 」
眠気も吹っ飛んで飛び上がる。
「つなぐよ! 」
焦るタマの声に、なぜか髪を直す私。
「遥……ごめんね、夜遅くに」
「ううん、いいの」
久しぶりに聴く声……何でこんなにうれしいんだろう。
「遥の声、聴きたくて」
その言葉に心が跳ね上がった。
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