第3話 樹梨亜と夢瑠


 仕事の後、ランチの約束を思い出した私は急いで待ち合わせ場所にやって来た。カフェの前の大通りで信号待ちをしていると、既にテラス席で楽しそうに話している二人が見える。


 早く行かなきゃ……。


 小走りで横断歩道を渡って店のドアを開け、チリンチリンという鈴の音を聞きながらテラス席へ入る。


「ごめん、遅くなって! 」

「おそーい……ってあれ? 」 


 不満げな樹梨亜じゅりあが私を見て分かりやすく驚く。


「髪……切ったの? 」

「うん、バッサリいきたくなっちゃって。それよりごめん、仕事してた」


 謝りながら急いで樹梨亜じゅりあの隣に座る。


「ハルちゃん、今日もお仕事だったの? 」


 夢瑠めるは相変わらずおっとりしていて髪を切ったことにもリアクションはない。


「うん、ちょっとだけね」


 そう答えながらオムライスセットとアイスティーを注文する。


「やっぱり遥はその方が似合うよ。でも昔は短いの嫌がってなかった? 」

「そうなんだけど、シミュレーションしたらこれが一番似合う気がしたんだよね。昔と違ってパーマでボリューム出してるし、これならいいかなって」


 学生の頃、ボーイッシュなショートヘアのせいでよく男子に間違えられた暗黒時代を思い出す。


「お待たせしました。オムライスとアイスティーです」


 さっき、注文したばかりなのにもうエプロンをつけた女性が私の食事を持ってきてくれた。


「ありがとうございます」


 軽く会釈するとその女性も軽く会釈をして戻っていく。


「ねぇ、今の人、ロイドだよね? 」


樹梨亜じゅりあが見つけたと嬉しそうに、でも周りに聴こえないようにこそっと私達に言う。


「うん、名札がそうみたい。キレイなロイドさんだねぇ」


夢瑠めるの座席からは見えてたんだ。


「名札? 」


樹梨亜じゅりあが聞き返す。



「職場にもロイドさん達いるんだけどね、名札の名前見るとわかるようになってるの」

「そうなの? 」

「うん。私達は普通に名前だけなんだけど、ロイドさんは名前と登録番号の下二桁が書かれてるんだって。図書館にはロイドさん結構いるから、先輩に教えてもらったの。樹梨じゅりちゃんのとこはほんとにロイドさんいないの? 」

「学校はロイド自体が立ち入り禁止なんだよね。だから大変でさぁ」

「そうなの? 」

「うん、人間ばっかりだとさ、仕事は押し付け合うし、嫌みや文句ばっかだし、意見がまとまらなかったり揉めるんだよね。まぁ……毎日が刺激的っていうの? そんな感じ」

「確かにインターン大変だったもんなぁ」

「あー、遥のとこ大変だったよねぇ、今の仕事は大丈夫なの? 」

「うん。今は気が楽。いつも一人だから困ることもあるんだけど自分のペースで働けるからね」

「良かったねぇ、ハルちゃん。樹梨じゅりちゃんはボコボコにしちゃだめだからね」

「もうしないって。したくても我慢してるんだから! 」


 中学の時に出逢って、高校、大学と偶然同じだった私達の付き合いはもう10年を超えた。今は樹梨亜じゅりあが教師、夢瑠めるが図書館司書、私が動画講師としてそれぞれ働いている。


 天然でかわいいの塊みたいな夢瑠める、姉御肌でちょっとヤンチャな樹梨亜じゅりあと、私は性格も好みも全然違う。


 なんでこんなに続いたのかはちょっと不思議だけど、こうして三人で過ごす時間はいつもすごく楽しい。


「最近さ、彼氏ロイドってどうかなって思ってるんだよね」

「あー、流行ってるよねぇ」


 そういえば……今朝そんな話を聞いたばかりだ。


「彼氏ロイド? 」


 夢瑠めるはきょとんとしている。


「そう、正確にはパートナーロイドって言うらしいんだけどね、レンタルしてデート出来たりするらしいんだよね。ロイドとの結婚もありかななんて思ってるからさ」

「結婚!? 」


 樹梨亜じゅりあの結婚願望は知っているけれど……まさか、そんな風に考えているなんて。


「でも結婚はさ、まだ他にいい人に出会うかもしれないよ? 」

「人はもう懲り懲りなの。私、家庭には憧れるけど人間と温かい家庭を作るなんて絶対無理だと思ってるから」


 樹梨亜じゅりあがそこまで言い切ることに少し、驚く。


「だって、人間同士なんて付き合ってもうまくいくわけないでしょ? 好きだとか言ったっていつか絶対変わるし、浮気に借金、暴力暴言……離婚したらもう関係ないなんて養育費払わないで他の女作るのがお決まりのパターン。でもロイドなら絶対そういうことしないし、顔も性格も自分の好みで選べるんだよ? すごくない? 」


 父親で苦労した樹梨亜じゅりあがそう言うのは重みを感じるし……わかる気もする。


「それはそうかもしれないけど」


 でも、そうとも限らないと思いたい私もいる。


「じゃあ樹梨じゅりちゃん、レンタルするの? 」


 今までずっと黙って聞いていた夢瑠めるも、なぜか興味があるみたい。


「オーダーしようと思って」

「オーダーってことは、買うの? 」

「うん。そうかな、とりあえず仕事はずっと続けると思うし」


 夢瑠める樹梨亜じゅりあで話が進んでいく。


 彼氏ロイド……ねぇ。


 アイスティーをずずっと啜る。


「遥は興味ないの? 」


 そんな私を二人が見つめる。


「うーん、興味ないっていうか、そもそも彼氏欲しいとか思ったことないんだよね」

「そういうことならさ、今度一緒に見に行かない? ね? 三人で行こうよ」

「え、話聞いてた? 興味ないってば」

「ふーん……」

「な、なに? 」


 樹梨亜じゅりあが目を細めて私を疑うように見てる、なんか今日は朝からロイドとか彼氏とか……言い訳するのもめんどくさい。


樹梨じゅりちゃんの目がね、ハルちゃんの事だから彼氏いるのに私達には隠してるんだろうなって言ってるよ」

「な、いないってそんなの!! 」

「ハルちゃん」

「は、はい……」

「嘘ついたら指千本飲まなきゃいけないんだからね! 」

「え……? 」

夢瑠める……それ、指じゃなくて針」

「あれ!? そう……だっけ? 」


 指千本……想像すると怖い。真顔を装っていた樹梨亜じゅりあもコーヒーを飲もうとして吹き出した。


「ちょっとやだ~、想像すると怖いんですけど!! 」


 吹き出したコーヒーを拭きながら笑う樹梨亜じゅりあにつられて夢瑠めると私も大爆笑。


「で、なんの話だっけ? 」

「さぁ、なんだっけ? 」


 ひとしきり笑ったら、何の話かもどうでも良くなっていた。


「じゃあ、今度の日曜日ね! 」


 別れ際に言う樹梨亜じゅりあ。結局、押しの強さに負けて今度、三人でロイドショップに行くことになってしまった。







 二人と別れた帰り道、オレンジ色に染まった街を家に向かって歩きながら、ぼんやり考えていた。


 彼氏ロイドかぁ……。


 なんだろう……よくわかんないけど、彼氏ってそういうものなのかなぁ。学校にも職場にも男性はいたけどあまり意識したことがないし、私は女子に見られてないから。


 彼氏とか……恋愛って何なんだろう。


 ふと、今朝の笑いあう両親が浮かぶ。


 樹梨亜じゅりあの“人間同士がうまくいくはずない”という言葉も浮かんできた。


 本当に……そうなのかな。


 想像もつかないけれど、一緒に笑い合える人とは、出来たら自然に出逢いたいな。


 その時、びゅうっと強い風が吹いて木々がざわめいた。


「寒っ! 」


 やっと春が来たと思ったのに……まだまだ夕方は身体が冷える。


 早く帰って温かいココアでも飲もう、自然に足が速くなっていた。


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