第一章 始まり

第1話 遥とタマの朝


 天使に微笑まれた女性は、まだ夢の中。整った外での姿とは違って開放的な寝相に、切ったばかりの髪は整えるのが大変そうな程……荒れている。







「はるちゃん、朝だよ、起きて!! 」


 夢うつつの頭に、タマの声が響いてカーテンがサァーッと開く。眩しい陽の光が部屋に入って、瞼を閉じていても晴れていることがよくわかる。


 眠たいなぁ……まだ起きたくないのに。


「今日から仕事でしょー? 遅刻しちゃうよ」


 もう……!


「わかったよ、タマ……今日の天気は? まだ何着るか決めてないからぁ」


 ベッドで布団にくるまれながらモゴモゴと、タマに返事をする。


 ずっとこうしていたいのになぁ……。


「今の気温は15℃、天気もいいし暖かそうだよ~。さぁ、起きる気になった? 」


 意地でも私を起こそうとするタマが、アップテンポな明るい曲をかけ始めた。大好きでよく聴いてはいるけど、さすがに朝からはキツイ。


「あーもう! わかったよ、タマ。起きるよ、起きればいーんでしょ! 」


 ボンっと布団をはねのけて勢いで起き上がる。


「さっすがはるちゃん! ちゃんと起きれたね。洋服決めとくから朝ごはん食べてきてね」

「はーい」


 今年で25歳になる。いいかげん、しっかりしないといけないってわかってはいるんだけど、どうしても朝が弱くていつもタマを手こずらせてしまう。


 パジャマのままでリビングに降りると、もう両親も兄貴も身支度を整えて、わいわい話しながら朝ごはんを食べていた。


 相変わらず朝から元気だな、みんな。


「おはよ~」

「おはよう、はるか

「お前、まだパジャマなのか? 」

「いいじゃない。今日は久しぶりに色々作ったからちゃんと食べていってね」

「は~い」


 優しくて滅多に怒らないお父さんと料理好きで家庭的なお母さん、口が悪くて嫌な奴だけどしっかり者の兄貴……私以外は絵に描いたような理想の家庭。食卓もトーストにミネストローネ、オムレツ、サラダと朝からフルコース。


『続いてのニュースです。政府は昨年度の成婚率が80%を超えたことを公表しました。統計史上初であり、ロイド婚に関する政策の成果を評価する声が高いと言えます。今後、ベビーバンクの活用や資金援助策に力を入れることで少子高齢化の更なる解消に繋がるとしています』


 家族でもぐもぐ朝食を摂りながらニュースに耳を傾けていると、成婚率なんて話をしている。みんなそんなに結婚したいのかな。


「ロイド婚、流行ってるらしいわねぇ」

「そうらしいなぁ。うちの事務所にもロイド婚した若いのがいるよ」 

「家もそろそろ、そんな話があって良いわよねぇ、かずはるかは付き合ってる人とかいないの? 」

「またその話か」


 うんざりといった様子で兄貴が立ち上がる。


かず、もう行っちゃうの? 」

「あぁ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」

「気をつけてな」


 私がオムレツを口いっぱい頬張っている間に、兄貴は逃げるように出掛けて行った。


「相変わらずそっけないんだから」


 無口な兄貴に母さんは少々不満げ。


「まぁ、そんなもんだろう」


 父さんはいつも通りゆったりコーヒーを飲んでいる。


「じゃあ、はるかはまだなの? 母さん、はるかがかっこいい彼氏連れてきてくれたら嬉しくなっちゃうんだけど」


 兄貴が逃げたせいでお母さんの探りが私に回ってきた。兄貴め、帰ってきたら許さないんだから。


「ないない、そんなの考えたこともないし」

「そうなの……寂しいわぁ、背が高くてスラッとしてて、笑顔が可愛かったりしたら可愛がっちゃうのに」

「それはお母さんの好みでしょ」


 適当に答える私に寂しそうなお母さん。お父さんと仲いいんだから何がそんなに寂しいのか、全然理解できない。


「まぁ、いいじゃないか。二人の人生なんだから。遥、なんならずーっと家にいていいんだぞ」

「それはお父さんが寂しいだけでしょ、あんまり甘やかすと本当に自立出来なくなっちゃうわよ」


 控えめだけどむくれるお母さんにも慣れたように、お父さんは小さく笑ってコーヒーを飲む。


「そういえば今日は予定が空いてるんだ。久しぶりにどこか出掛けようか? 」

「ほんとに? うれしいわ、ちょうどお父さんと行きたいところがあるの」


 お父さんの火消しが上手くいったのか、まるで新婚のように朝から熱く見つめ合う両親……娘が見てるんだけど。仲良くし始めた両親に気を遣って、急いでミネストローネを飲み干した。


「ごちそうさまでした」


 こそっと言って、さっと部屋に戻ることにした。


「おかえりー、ご飯おいしかった? 」

「うん。お母さんたくさん作るんだもん、朝からお腹いっぱいだよ」

「ふふふ。ママは本当にお料理好きなんだねぇ」

「私だったらクッカーに全部やってもらうけどなー。自分で作るより美味しいし」

「自分でやるのが楽しいって思うこともあるんだよ。はるちゃんは歌うの好きでしょ? それと一緒じゃない? 」

「そっかなぁー、なんか違う気が……」

「さぁ、支度しなきゃ! 今日は初日だからスーツにしたよ。着替えてヘアメイクね」

「はぁーい」 


 タマが用意してくれたのは、澄んだ青空のようなサックスブルーのスーツ。顔色が良く見えるように、メイクはピンク。


「もう25だよ? 可愛すぎない? 」

「大丈夫だよ。だってね、はるちゃん髪短くしたでしょ? スーツだし、ちょっと可愛いくらいじゃないと」


 オートクローゼットで全身を確認しながら、身支度を整えるとカッチリまとまりすぎていなくてちょうどいい。


「スーツはロング丈のジャケットでパンツがテーパードのショート丈だからね、色はパステルだけど、形はハンサムなの。袖を折り返してね! 」


 タマに言われた通り袖を折り返すと、それだけでなんだかすっきりした雰囲気が出る。


「靴と合わせるからこれも着けてね」


 アクセサリーケースが開いて、出てきたのはブラック×ゴールドのピアス。


「やった! これ、お気に入りなんだ」


 ピアスを着けるだけでぐっと大人っぽさが出た気がする。


「よし! 今日は余裕で間に合うね」

「ありがとね、タマ、行ってきます」

「行ってらっしゃい。気をつけてね! 」


 いつも通りタマに見送ってもらって仕事に出掛ける朝。恋人とか結婚とかはまだ全然ピンとこないけど、年度初めだし、とりあえず頑張って仕事をしようと、気合を入れてオフィスへと向かった。







「はるちゃん、いい出逢いあるといいなぁ~」


 主のいなくなった部屋に響くのは、ホームシステムロボのタマの声。タマは遥の部屋に付けられている円形の物体で、家中の家具家電と連携しながら遥のお世話をしている。


「勝手に媚薬チーク仕掛けたのはちょーっと悪かったかもしれないけど、はるちゃんの為だもんね」


 タマははるかの事が大好き。時には母のように世話をし、時には友達のようにはしゃいだりしながら、どんな時も心の支えとしてはるかを見守っている。


「さて、はるちゃん帰る前に充電しよ~っと」


 意志は持たないけれど誰よりもはるかの気持ちには敏感なタマ。

 

 そんなタマのいたずらにも気づかずに職場に向かい歩くはるか、見えないところで運命は今、少しずつ動き始めた。

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