3
この日以来、僕の勉強が一段落すると、それを見計らったかのようなタイミングでどこからか現れるカッタと一緒に外で遊ぶのが日課になった。
手が回らないくらいの大木の木登り。
僕は木に登るなんて初めてで、おっかなびっくり足を出していたらカッタに遠慮なく笑われた。
それでも一頻り笑った後、ちゃんとどこに掴まればいいのか、どこに足を置けばいいのかを教えてくれて、地上数メートルの高さまで登ることが出来た。
別段見晴らしのいい景色が広がっているわけではない。それでも吹き抜ける風が気持ちよくて、しばらく枝に腰掛けて二人で話をした。
登る時は夢中で気が付かなかったけれど、当たり前ながら登りがあれば下りもある。
下りる時は登った時の数倍怖かった。
竹を削って竹とんぼも作った。
カッターと彫刻刀くらいしかまともに刃物を持った事のない僕に、カッタが素朴な作りのナイフを渡してきた。
竹を切ったり、大まかに形を整えるのはカッタがやってくれた。
見様見真似で指まで切らないように注意しながら削っていく。
それっぽい形になったところで試しに飛ばしてみたらすぐに失速。
対してカッタの竹とんぼは面白いくらい高くよく飛んだ。
なんだか悔しくて削り直そうとしていたら、カッタがするりと取り上げそのまま仕上げをしてくれた。
一応は僕作の竹とんぼもカッタのと同じくらいに高く飛んだ。
「どっちが長い時間飛ばしていられるか勝負だ」
ここでもカッタは勝負と言ってきた。
何回も何十回も飛ばした。夢中になっているうち、途中から数もわからなくなったので、勝負は引き分けになった。
叔父さんに道具を借りて海に釣りにも行った。
父さんや叔父さんが釣りへ行くのについていって、やってみるかと釣竿を持たせてもらった事は何度かあったけれど、最初から自分でやるのはこの日が初めて。
意気込んで餌の入った箱を開けた直後に飛び退った僕を見て、ここでも思い切り笑われた。
小さいミミズを触るのに躊躇していたら、カッタが平然と摘まんで針に付けて、そのまま海へと投げ入れた。
「どっちが多く釣れるか勝負な!」
借りた釣竿は一本だったので、時間を決めて順番に釣る事にした。
バッグを漁るとルアーも入っていたので、僕はそちらを使わせてもらう事にした。
数時間粘って釣果は僕が四匹、カッタが二匹。
釣り勝負は僕に軍配が上がった。
一番大きい魚は、道具のお礼に叔父さんへ。
二匹は台所にいた母さんに焼いてもらって自分たち用に。
残りはそのまま母さんに渡してきた。
人が大勢集まっている。
誰かしらの胃に収まるだろう。
いつも一人で本を読んでいるか、宿題や参考書の問題を解いているばかりの夏休みだった。
だからこんな風に誰かと外で遊んで過ごす夏は初めてで、この一週間は毎日起こる事どれもが新鮮だった。
「勝太たちも明日帰るのか。ここもまた静かになるな」
「父さんたちは仕事があるし、僕も学校が始まるからね」
笹舟競争をしたあの川に足を浸して涼みながら、冷凍庫から持ち出したアイスを並んで食べる。
こんな風に過ごせるのも今日で最後だ。
なんだか帰るのが少し名残惜しいなんて思ってしまう。
「あのさ、また来年も会えるかな」
「そうだなぁ……」
簡単な問い掛けに、カッタはふと考える素振りを見せる。そして急に立ち上がったかと思うと、こちらを向いてにっこり笑った。
「みんなが俺の事を忘れなかったらな」
「え?それってどういう事」
「俺もそろそろ帰るよ。茄子の牛にでも乗ってさ。一緒にいろいろ遊べて楽しかったぞ」
「ちょっと待ってよ、茄子の牛って」
それは何の前触れもなかった。
目の前の少年の姿が急速に年を重ねていく。
まるで早回しの動画を見ているみたいだ。
今起きている事が信じられずにただ呆然と眺めている間に、さっきまでそこにいた少年は、その面影を残した一人の老人へと変化していた。
「またいつかな。これからも見守ってるから、まずは受験頑張れよ」
それだけ言うと、光に溶けるようにすうっと消えてしまった。
どこか見覚えのある笑顔を残して。
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