第32話 勘違い勇者(笑)

「クソ、今来るなんて卑怯だぞ! ウオオオオ!」


 目の前で愛斗に剣を抜いて向かってくる、イサムと呼ばれた男を前にして、愛斗は自衛のために自分も剣を抜きながら、考えていた。


 ……どうしてこうなった!?





 時間は少し逆戻り、愛斗たちはフォールの町の冒険者ギルドに到着した後、何故か受付に居たギルドマスターから話を聞き、フォールの町の防衛に参加することにした。

 そして、どこに配置されるべきかを考えるために自分たちの出来ること、出来ないことを話し合っていると、愛斗と練は同時に女神様から近くに勇者がいることを聞かされた。

 とはいえ、流石にこんな非常事態時に戦うことは無いだろうと判断し、そして姿も見えないので一度放置しようとした時、冒険者ギルドの二階から急いで階段を駆け下りてくるような音が聞こえた。

 音のする方をギルドマスターも含めた三人が見ていると、一人の男が姿を現した。


「そこか!」


「ん、イサムか、どうかしたか?」


 ギルドマスターが声を掛けるも気にせずに、男はあちこちを見渡して、愛斗と目があったかと思うと、いきなりそう叫んだ。

 何事か、と周囲が呆然としていると、男はいきなり愛斗に向かって剣を抜いて走ってきた。


「クソ、今来るなんて卑怯だぞ! ウオオオオ!」


 咄嗟のことに驚いたものの、それでも訓練していたおかげか、愛斗も無防備で襲われることは無く自分の腰に下げていたスズメバチを抜くと、男が振るった剣を止めた。


「いきなりなんだ!?」


 混乱する頭のまま、男と剣を合わせ、鍔迫り合いをしながら口を開くと、男は更に力を込めながら叫んだ。


「勇者なら、正々堂々とかかってこい! こんな時に来るなんて卑怯だ!」


 目の前で叫ばれたことでひるみ、そしてかなり力が強いのか押され気味になって来たので、なんとか押し返すため身体を強化しようと魔力を身体に循環させ始めたところで、背後から魔力の奔流を感じた。


「あんたこそ、いきなり何するのよ!」


 そこには、愛斗をいきなり襲われて怒ったのか、練が宙に何本も剣を浮かばせて、男に向けて射出しようとしていた。

 流石に危ないと判断したのか、慌ててイサムは後ろに向かって飛び退いた。

 愛斗もその隙に距離を取るため飛び退き、イサムから視線を離さないようにしながら練と横並びになる様に立った。


 そして、イサムはついに意を決したのか、再び、今度は身体強化もしているのか先ほどよりも速くこちらに駆け出し始めた。

 こちらも迎撃しようとしたところで、


「双方、止まれぃ!」


 ギルドマスターがそう叫び、その瞬間、愛斗と練、そしてイサムへと強力な圧力が襲い、立つことも出来ずに抑えられた。


「……ふぅ。何があったのかは知らんが、今はそんなことをしている暇は無いだろう? とりあえず、互いに武器をしまって座りなさい」


「「「……はい」」」


 笑顔なのにどこか恐ろしい雰囲気を纏ったギルドマスターに逆らえるわけも無く、三人は一度同じ机を挟んで座った。



「本当にごめん!」


 そしてようやく話を終え、互いの誤解が解けたところでイサムは深く頭を下げながら謝って来た。


「いや、とりあえずはどっちも怪我無く済んだし、俺は気にしてないよ」


「……人の話も聞かずにいきなり襲い掛かってきておいて、謝るだけで済まそうなんて頭の中お花畑でも咲いてるんじゃないの」


「練っ!?」


 愛斗はもう特に気にしていないのだが、練はまだ根に持っているようで、誤解が解けた今でもイサムに向けて冷たい目をしていた。


「えっと、とりあえず自己紹介でもしようか! 俺は、藍原愛斗。愛斗って呼んでくれ」


「……不破練」


近藤勇こんどういさむだ。勇気の女神、フォルティア様に選ばれて、勇者をやってる」


「勇者の癖にいきなり襲い掛かるとか、やってることはただの暴漢じゃん」


「練!?」


 ……初対面が悪かったとはいえ、やけに勇に対して当たりの強い練に、スタンピードだというのに大丈夫なのか、と愛斗は嘆息するのだった。

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