第16話 生きる決意

「……まだ痛むところはある?」


 アリスの気遣うような声に、愛斗は改めて自分の身体を動かして確認した。


「特に痛むところはもう無いです、ありがとうございます」


「……それなら、サクッと薬草を集めて町に戻るよ」


 とりあえずは自分で動けるようになったので、愛斗は急ぎ目に周囲にあった薬草の中で大きめな薬草を根っこごと採取すると、町へと戻るのだった。




 町に戻ってきてギルドに薬草を提出した愛斗は、以前アリスに連れられて食事をした個室の店へと入って座っていた。


「……今日のことで、何がいけなかったのか自分で理解してる?」


 目の前で無表情のまま愛斗に問いかけてくるアリスに、背筋を伸ばしながらも愛斗は呟くように質問に答えた。


「ゴブリンだから大したことは出来ないだろうと思って、油断して砂を顔面に喰らった後、混乱してその場に留まったことと、まっすぐに突っ込んでいって反撃を喰らったこと、ですか……?」


 自分なりに反省していたことを述べると、アリスは分かっていないといった感じで一つ溜息を吐き、口を開いた。


「……もちろんそれもあるけれど、魔法を使えばもっとうまく対応できたはず。……それに、そもそもの話でゴブリンたちが攻撃するまで、それも私が助けたからよかったものの、気付かずに薬草を取りに行ったこともダメ。……格下の相手とは言え自分よりも数が多い相手に真正面から突っ込んでいったこともあり得ない。……ゴブリンとはいえ、相手も意思ある存在なんだから、卑怯な手、搦め手を使ってくることも想定して、安全な立ち回りをしないといけない。……同時に相手取るのが無理だと判断したのなら一度退くことも視野に入れないと。……自分の方が運動性能は上だったんだから、もっと足を使って、飛び道具も警戒して動けば今日みたいに攻撃を喰らわないで済んだでしょう? ……初めての実践で緊張していたのは仕方ないけれど、訓練でやったことを何も出来ていなかったのは論外」


 思った以上の酷評に、流石に愛斗も落ち込んだが、アリスの言う通りで何も言い返すことは出来ずにいた。




「……明日は一日休みにして、翌日から訓練再開するから、明日はしっかり身体を休めること」


 食事を食べ終わって部屋に帰ってから、アリスはそう言うとさっさと眠りについてしまった。

 しかし、愛斗は今は眠れそうにないと思ったので、音を立てないように静かに部屋から出ると、どこへともなくフラフラと歩き出した。


(はぁ……ダメだなぁ、俺は。訓練でやったことも出来ずにゴブリンにぼこぼこにされて、挙句の果てには助けてもらう始末。チートとは言わないまでももう少し凄い力があればよかったのにな)


 俯きながら、今日の反省をしつつ大通りを避けて横道に逸れてしばらく歩いていると、大きな、どこかで聞いたことのあるような声がしてきた。


「ん!? おお、アイトじゃねえか! 元気にしてたか!?」


 声を掛けられて顔を上げると、この町に来て最初に話した、ガンツがそこにいた。


「生きてて良かったな、あれから顔を見なかったから、心配してたんだわ!」


「あはは……なんとか生きてます……顔見せに行ければよかったですね……」


 前に会った時と変わりなく、豪快なガンツに今は少し気まずいなと思って、帰ろうかと思ったところで、愛斗の元気が無いのに気が付いたのか肩を組むと、そのままどこかへと連れて行ってしまった。



「次に会った時に飯を奢るって言ったしな! 酒は飲めるだろ? 好きなだけ食って飲んでいいぞ!」


 半ば無理矢理ゴンツに連れられてきたものの、確かに気分が落ち込んでいたところだったし飯でも食べて気分転換するのも悪くないかな、と思い、いくつかの注文をした。

 少し待って、先に二人分の酒が届いたところで、乾杯をした。


「ぷはぁ! やっぱり酒は仕事終わりに呑むのが最高だな! ……それで、なんかあったのか? 元気が無いみてぇだけどよぉ」


 飲み始めて早速、ガンツにそう聞かれて愛斗はどう答えるか一瞬悩んだが、結局ありのまま、今日の出来事を話すことにした。

 愛斗がぽつりぽつりとたどたどしく何があったのか、何を思ったのかを話している間、ガンツは酒を飲みながらも口を挟むことなくずっと聞いてくれていた。

 そして、愛斗が全てを話し終えるとようやく口を開いた。


「ひとまず、死ななくて良かったじゃねえか。死んじまったら何も出来ねえんだ、命あっての物種で、生きてりゃ何か出来るとは言わねえが死んじまったら全てがオジャンだ。もしかしたら生きてたら魔法がっすげえっつって有名になれたり、剣の道を究めたり出来たかもしれねえってやつを、俺はこれまで何度も見て来た。そう言うやつらに限って、死に急いじまっていけねえ。生きてさえいりゃ、幸せを探せたかもしれねえってのに、死んじまったら何も残らねえんだ。そこのところ、たとえみっともなくても今日を生きたお前さんは偉い! 生きてるからこそ、今日のことを反省出来て、明日に繋げられる! 今日はちょっぴり失敗しちまったかも知れねえがな、生きて明日を迎えられるんなら文句なしだ! 冒険者なんてただでさえ死と隣り合わせなんだから、見苦しくても生きてればいいんだよ!」


 始めは静かに諭すように話していたが、途中からはこれまでに同じような危機に襲われて死んでいった人たちを思い出したのか、徐々に言葉に込められていく熱量が増えていくのを感じていた。

 じわじわとガンツの言葉が愛斗の中にしみこんでいき、最後の方はこれだけ心配してくれている、ということと、そしてこれまでは自省していて気が付いていなかったが、生きていたことに対しての安堵で、いつの間にか涙が滲んできて、目の前が霞んできた。


「おう、今日は好きなだけ泣け! 本当に、生きてて良かったなぁ!」


「……っ! は、いっ!」


 それからしばらく、愛斗は人目もはばからずに泣いて、ガンツに背を撫でてもらうのだった。






「それじゃあな! またなんかあったら飯に連れて行ってやるから、いつでも来いよ!」


 愛斗が落ち着いてからしばらくして、たくさんの料理と追加で頼んでいた酒が運ばれてきて、それらを平らげて店から出た二人は、そこで別れた。

 アリスの部屋から出た時は落ち込んでいた気持ちが、ガンツのおかげで少し上向いてきたおかげで、一人でも帰れそうだという事で店の前でそのまま別れたのだ。



 ガンツが道を曲がって見えなくなってから、愛斗も歩き始めた。


『……元気が出たみたいで、良かったです。そして、命があったことも、本当に』


「フローリア様!?」


 愛斗も帰ろうと歩き始めたところで、頭の中に直接入ってくるような声が聞こえた。

 実は、フローリアも愛斗を慰めようかとしていたのだが、先にガンツが愛斗と会ってしまったので、これまで待っていたのだ。


「フローリア様にもご心配おかけしました。ありがとうございます! ゴブリンに勝てなかった時は、死にそうになった時は弱いことが情けなくて、恥ずかしくて仕方なかったですけど、死んでしまったらもうフローリア様と会えないって考えたら、たとえ情けなくても生きていて良かったです!」


『え、ええ……。まあ、それは置いておいて、折角こちらの世界に来てくれたというのに、すぐに死んでしまうことになっては、貴方に対して申し訳ないので……。本当に生きていてくださって良かったです』


「俺は、弱いです。けど、フローリア様ともう一度会いたい、そのためにはこんなところで死んではいけない。なので、これからは生きることに全力を尽くします。生きて、貴女に逢いに行きます」


『……その気持ちはとても嬉しく思います。けれど、無理だけはしないようにしてくださいね』






 こうして、ガンツに励まされ、フローリアと話したことで、愛斗はこれからも生き延びていくことを強く決意するのだった。

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