第35話 四天王 前編

「平穏、平静、平和。それらの維持に大切なのは”赦すこと”というのが僕の自論なんだ。だから僕のモットーは人に優しく、自分にはもっと優しくだ。優しければ人を赦すことが出来る。そう、人はもっと寛容な精神を持つべきなんだ。そう思うだろ?」


「よく分からねぇが、それで? 言いたいことはそれだけか? じゃあ歯ぁ喰いしばれ」


 正座した僕の前に苛立ちながら仁王立ちしたエーテルが拳を強く握り振り上げた。

 話を聞いてくれと懇願して適当な話をしたはいいものの、それは全くエーテルの心には届かなかったらしい。


「ま、待ってくれ。そもそも何で僕は殴られなきゃいけないんだ?」


 今回僕がしたことといえば、エーテルがいつも大事そうに手入れしたり磨いたりしてる箒で掃除したぐらいだ。

 掃除すること自体は咎められるようなことでは無い筈なのに。


「あたしの大切な箒でゴミ掃除しやがったからだ。おかげで埃まみれになっちまったじゃねぇか」


「そりゃ悪かったけど、でも箒って本来そういう風に使うものだろ? エーテルみたいに跨って擦ったり、魔法の伝導に使ったりするほうがおかしいんだ」


 余談だが、攻撃系の魔法は通常何かしらの武器等を通して発動させるのが一般的だ。

 例えばアティナはグングニル、エーテルは箒を使って魔法を撃ち出している。

 素手でも出来なくは無いが、一歩間違うと自分の手を傷つけてしまう恐れがあるので非推薦の方法として知られてるのだ。


「こ、擦ったりなんかしてねぇよ! 妙な言い方するんじゃねぇ! ……それにこの箒は特注で魔法戦闘用に作られてる品だからそんじょそこらの物とは訳が違うんだぜ」


「へえ」


 怒りのせいか、ますます顔を赤くするエーテル。

 ていうかわざわざ特注するなら箒じゃなくて武器にも使える杖とかの方がよかったんじゃなかろうか。

 空飛ぶのにも使うなら箒の方がイメージはぴったりだが。


「クズゴミ。ついでに私も言いたいのですが、私の剣を背中掻くのに使うのは何とかなりませんか」


 今の流れに便乗してか、カオリンも不満気に文句を物申してきた。


「えぇ? いいじゃないか減るもんじゃないし。長さといい硬さといいジャストサイズなんだよ」


「じゃすとさいずが何かは分かりませんが、そういう問題ではありません。私の大切な剣を孫の手代わりにしないで下さいと言いたいのです」


 堅いこと言いやがって。

 カオリンの剣は非傷の特性で刃で背中を掻いても切れる心配がないから丁度なものだったのにな。


「クズゴミはもっと物を大事にするべきよ。私のグングニルもこの間売り飛ばそうと言ってたし」


「あれはお前だって乗り気だっただろうが」


 アティナのグングニルは遠くに飛ばしても持ち主の所に帰ってくる能力があるので、売って戻して売ってを繰り返せば儲かると画策したのだ。

 山分けするって約束でな。

 結局、僕らみたいな若造から買ってくれる店が無くて失敗したのだが。


「とにかく、次やったら永久歯と永遠にサヨナラする憂き目に遭わせるから覚えておけよ」


「す、すみません……」


 きつめにエーテルに脅され、身の安全を考えた僕は二度としないと誓ったのだった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 月日が流れるのは早いもので、僕が住むこの〈イグザンプル〉の街史上最大最悪の事件、異星人襲来から一ヶ月以上経過した。

 まあアティナ達もひとまず退院し、ブレイブギルドを通して借りた仮設住宅にパーティーで身を寄せて暮らしながら街の復興作業の手伝いをする日々だ。

 帝都から派遣されてきた魔術師やブレイブの協力もあって復興作業はかなりスピーディーだった。

 ただ一番の目的は大量にあったモンスターの亡骸らしく、何でも回収してどっかの施設で研究材料にするなんて話らしい。

 街の復興作業はそのついでらしいという噂だ。

 街としては処理に困ってるところだったからありがたいことではあるが。


 まあそんなこんなでひとまずブレイブはお役御免出来るあたりまで復興は進んだ。

 なので僕たちは通常の仕事に戻れるようになり、ようやく元の生活が戻りつつある。

 ……いや、全部が元通りという訳ではないが。


「ところでよ、今更な話だがこのパーティーの戦力を確認したいんだが」


 奇跡的に何故かほとんど被害のなかったギルドで、藪から棒にエーテルがそんなこと言い出した。

 確かにエーテルが加入した日から今日まで街の復興の手伝いばかりで魔獣との戦闘はなかったのだ。

 だけどブレイブの魔獣討伐の仕事がなくなる訳でもないので、明日あたりから活動を再開しようかと話していたタイミングでもあった。

 モンスターや異星人との戦いがあったとはいえ、戦場で背中を預ける相手の戦力を改めて確認したい気持ちがあるのだろう。


「ふっ、いい質問よエーテル。吸血神たる私の強さを余さず語るとなるとかなり長くなるけど、まず私の武器はあの言わずと知れた最強の槍である聖槍グングニルね。そして守りは不屈と不壊を冠する盾アイギスを有しそれらを更に神器ブラッド・クロスで強化するの。加えて攻撃系の魔法もほぼ全部使える隙の無さときたら無敵と言っても差し支えないでしょうね」


 するとさっそくアティナがノリノリでベラベラと話しだした。

 自分の力を自慢出来るこの手の話はアティナの好物だから一番に乗ってくるとは思ってたところだ。


「グングニル……な。ところで攻撃魔法全部使えるって何気に凄ぇな。あたしは火属性だから火全般と無属性の魔法が多少いける程度だぜ」


 血液にA型やB型と血液型があるように、魔力にも火や水といった属性が存在する。

 通常これも血液型のように一人につき一種類なので複数の属性を持つことは出来ず、魔法もそれに対応したものしか使えない。

 例えばエーテルが火属性なら、水や風の属性の魔法は使えないということだ。

 ただ無属性という属性を問わずに使える魔法も存在する。

 代わりに消費する魔力の量が桁違いだったり、難易度が高く習得に至らなかったりと壁が高い。

 まあ、そんな訳だから全部の攻撃魔法、つまり全属性を持つアティナは凄いとエーテルは言ったのだ。

 流石は腐っても神ということか。


「私は風属性の魔法が少々と武器による近接格闘ですね。遠距離攻撃も一応可能です。アティナやエーテルの魔法ほど威力に欠けますが……」


 いつもの鎧姿のカオリンがややトーンの低い声でそう言った。

 多分カオリンの性格からして、アティナとエーテルに比べれば自分の火力の少なさを気にしてるのかもしれない。

 エクスカリバーは威力はあるが使ったら魔力切れで『天魔舞動』を維持出来なくなって鎧の重さで動けなくなるからいざという時以外は使わないことにしたようだし。


「つまり近接はカオリンで、遠距離はエーテル、中距離はアティナという布陣だな。素晴らしいバランスのパーティーという訳だ、隙がない。流石はAランクが揃ってるだけある」


 褒めてるようで実は適当なことを言う僕。

 実際は強力な魔法をバカスカ撃ちまくった方が強いと思う。


「……クズゴミは? そう言えばあんたがまともに魔法使ってるの見たことないわね」


「時々小さい氷出してるだろ。『アイスブロック』って魔法だよ。僕は水属性だからな。あとは雲を出すやつとか……」


「『アイスブロック』……そういや、次に氷を背中に入れたらお前の名前の通り、お星様にするって約束、忘れてねぇだろうな」


「あー」


 完全に忘れてた。

 でもあれはエーテルが暑い暑い言うから冷やしてあげようという善意の心からやった行いなんだがな。

 それなのにショボいイタズラだと思われるのは心外だ。

 しかしあの時のエーテルの驚きかたはかなり笑えたナ。

 今後はバレないように行動しなくては。


「大丈夫、しっかり覚えてるから。ごめん、もうあんな真似はしないと誓うよ」


 だから表面上は猛省しているように見せかける。


「クズゴミは嘘つく時、手を握る癖がありますよね」


「え、マジ?」


 カオリンに言われ思わず僕は軽く握ってた手を開く。

 だがそれは罠だということにすぐ思い至った。


「まあ嘘ですが。ですがこれで嘘つきが見つかりましたね」


「へ?」


「いい度胸してるぜ、クズゴミ。やはり反省には痛みを伴わせないと効果は無ぇか」パキポキ


「へ?」


 訳もわからないまま何故か酷い目に遭わされようとしている僕。

 してやられたというわけか。

 なんで全量無垢な聖人の生まれ変わりと自負する僕がこんな悪意に陥れられなければならないのだ。


 そしてそんな不幸を呪う僕の眼前にまでグーパンが迫って……!



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 その後、逃げまくった僕は身を隠すためにも街の中心部にある高台の屋根に転移して街を一望しながら黄昏ていた。  


「はあ……」


 思わずため息をこぼす僕。

 最近ずっと家を買いたいと悩んでいるのだ。

 なんせ愛しの我が家は木っ端微塵に吹き飛んでしまったからな。

 しかしそれには圧倒的に金が不足している。

 銀行からちょろまかすことも僕の能力を駆使すれば容易いことだが、急に大金を手に入れると入手経路を尋ねられそうで怖い。

 まさか盗みましたとは言えるわけもない。

 それに流石の僕も罪悪感というものがある。

 普段のお茶目なイタズラ程度ならまだしも完全な犯罪行為を犯してしまうのは良心が痛むというもの。

 なのでそれは最終手段として取っておくことにする。

 それか都合良く高額賞金のかかった魔獣でも現れないものだろうか。

 迷わずアティナに特攻させてやるのに。


「……ん? 何だろ?」


 そんなこんな考えながらぼーっと街の外を眺めていると、かなり遠くに人の集団がぼんやり見えた。

 『アイズ・オブ・ヘブン』で軽く見通してみると何やら剣呑な雰囲気の鎧を着込んだ大勢の騎馬隊が隊列を組んでいて、武器を装備しこれから戦争でもするかのようだ。

 馬車馬の代わりに地竜までいる。

 そして全員がただの人ではない。

 肌の色が薄い紫や赤色なのを見る限り、おそらくあれは魔族だろう。

 もはや軍隊だ。

 しかも見据えている方角はこの街の方。

 まるで討ち入りでもしてくるのかという感じだが、まさかそんなこと……。


「……魔族が大勢何故あんなところに……嫌な予感しかしないけど、まあ一応様子を見てくるか」


 即逃げしてもよかったが、攻撃されると決まった訳でもないし、まだ逃げなくても大丈夫だと思いたい。










 そんな訳で『オーバー・ザ・ワールド』で魔族の軍隊の居る近くまで転移してきた。

 言うまでもなく『ベネフィット・スターズ』第一の能力を発動した状態でだ。

 すると。


「ーー以上だ! 魔王様に仇なす不届きな異能力者を生かしてはおけない! 我らが将、魔王軍四天王がひとり、エルフローザ・コラレットが必ず怨敵を討ってみせるだろう!!」


 は?


 軍隊に向かい拡声器で檄を飛ばす、他の魔族と比べて装飾の鎧を身につけた地位の上そうな魔人が、驚きの情報を口にした。

 どうやらこの軍隊は魔王軍で、しかも完全に戦争仕掛けに来ているようだ。

 瞬間、僕の心臓はキュッと苦痛を感じ、恐ろしさにより身体が少し震え、嫌な汗がだらだらと流れてくる。


 これはヤバい。

 ヤバ過ぎる。

 その不届きな異能力者ってひょっとしなくても僕のことではあるまいか。

 魔王への嫌がらせには心当たりがありまくりだ。

 しかも噂には聞いた魔王軍四天王がやってくるなんて聞いてない。

 高額賞金首でも来ないかと思ってはいたけど、まさか本当に来るとは思わなかった。

 くそ、にしても何故だ。

 何故、僕と僕の居場所が特定出来た……!?


 と、僕の疑問に答えるように魔人の檄が続く。


「知っての通りひと月ほど前、あの街で新種の魔獣の群勢の襲来があり、その際に現れた星の仮面の男が我々の探している転移の異能を使用したという情報が諜報員からはいっている。何としてもその男の正体を突き止めるのだ!」


 そしてそのためにまずはあの街を落とすのだ、などとふざけたことを言い出す魔人だが、それを聞いてひとまず僕は安堵するところもある。

 どうやら僕個人を特定された訳ではなく、転移の異能力者がいたからという訳らしい。


 よかった、助かった。

 危うく人生にピリオドを打つところ……。


 ………………。


 いや、待て。

 やっぱり全然よくないな。

 結局、街が襲われるのは変わらないじゃないか。

 え、何、これはあれか。

 魔王にちょっかいかけた僕に非があるのだろうか。

 馬鹿な。

 僕としてはあんな些細なことで四天王を差し向けるような魔王の狭量に原因があると問いたいところだ。

 悪いのは全部、魔王の筈。


 ……まあでもやっぱり、ほんの少しは僕にも責任の一端がないこともないかもしれない気もする。


 それにこのことをギルドに伝えたあと、いちブレイブとして真っ先に逃げたとなると裏切り者として半殺しにされるかもしれない。

 かと言って黙って僕だけ避難するのは流石に後味が悪いものがある。

 まあせっかく僕が命掛けで歴史的活躍の末に死守した街だしな。

 仕方ない、ここは責任者として一肌脱ぐしかないか。



 まずはこの魔人たちへ妨害工作を施し、作戦を少しでも邪魔してやるか。

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