第34話 日常 その③ ハッピークラッシャー
例えば当たり付きおかしが当たった時の小さな幸せ。
例えば愛する人と結ばれた時の大きな幸せ。
そんな幸福の大小にかかわらず人が発する幸せのオーラを察知し、その幸せを破壊しに現れ希望を絶望に転換せし神出鬼没の存在。
それが、ハッピークラッシャーである。
そんなハッピークラッシャーの決め技、『ハッピークラッシュ』に幸せを叩き壊された被害者は数知れず。
それはとある血が好きなクレイジー少女の場合。
二段重ねのアイスクリームを片手に、それを幸せそうに頬張る少女の姿。
するとそこに。
「ハッピークラッシュ!」
刹那の一瞬。
目にも留まらぬ早業で少女の手からアイスクリームを叩き落とすハッピークラッシャーが出現。
アイスクリームはそのまま地面に激突してぶちまけられ、少女は突然の出来事が起きてしまったことにどうすることも叶わず、悲痛な叫びをあげた。
更にとある鎧を着た少女の場合。
近所にいる野良猫たちと戯れ、ニコニコと幸せそうに満面の笑みを浮かべる少女の姿。
するとそこに。
「ハッピークラッシュ!!」
瞬きほどの時間。
超高速で野良猫の群れに突っ込んだハッピークラッシャーはそう宣言すると同時に野良猫を蹴っ飛ばした。
何が起こったか分からずパニックになる少女と野良猫。
攻撃されたことで怯えた猫たちはすぐさま散っていき、二度とその場に戻ってくることはなかったという。
そしてとあるマジシャンスタイルの少女の場合。
ポカポカと暖かい昼下がり、ハンモックの上で幸せそうな寝顔を晒す少女の姿。
するとそこに。
「ハッピークラッシュ!!!」
ほんの僅かな間。
達人でも見逃すレベルのスピードで木に吊るされていたハンモックの紐をチョキっと切断。
それに従い重力によって落下した少女は地面に後頭部を強打し、夢心地から一気に現実に引き戻され、訳もわからず辺りを転がりまくったのだった。
……と、僕はそんな被害者供からの話を笑うのを必死に堪えながら聞いていた。
流石に被害者の前でその不幸話を笑い飛ばしたら命がいくつあっても足りない。
まあ要するに、アティナはせっかくのアイスを台無しにされ、カオリンは猫との至福のひとときをぶち壊され、エーテルは昼寝を阻害された精神的損失及び肉体ダメージにより怒り心頭といったわけだ。
にしても、そのハッピークラッシャーとやらもなかなか良い仕事をするな。
もし会えたなら、是非ともそのハッピークラッシュというのをご教授頂きたいところだ。
そう僕がハッピークラッシャーに対して関心しているとアティナが拳をパキパキと鳴らしながら、うすら笑みを浮かべ近づいてきた。
「……それで、遺言は? それとも墓には何て書けばいいかを聞いた方がいいかしら」
……遺言? 墓?
一体何のことだ?
「ちょっと何のことかさっぱり話が見えないんだけど」
「話が見えない、か。今際の言葉にしてはパッとしないけど、一応覚えておいてあげるわ。じゃあサヨナラ、クズゴミ」
いや、違うから。
そういうことじゃないから。
そもそも何で僕が殺されなくちゃならんのだ。
「まあ待て。要はあれだろ? そのハッピークラッシャーとやらの正体を僕だと思ってるんだろ? そりゃ誤解だって。そんな外道な真似を僕がする訳ないだろ」
だいたいやるにしてもそんなハッピークラッシュなんて叫ぶわけがない。
自分から手がかりを残してどうする。
「消去法で言って、この街であんな嫌がらせするのはあんたしかいないじゃない」
アティナがまたふざけたことを言う。
何が消去法だ。
冤罪がすぎるぞ。
「冗談じゃない。だったらあれだ、こいつはきっと流れ者の仕業だよ。僕の噂を耳にして罪をなすりつけようとしているんだ」
僕は必死に身の潔白を主張する。
実際この街に住んでてそれなりになるけど、そんなハッピークラッシャーなんて奴の話なんか初めて聞いたぐらいだ。
最近この街に来たのだろう。
すると次はカオリンが。
「クズゴミ聞いてください。もうやってしまったことは仕方がありません。罪を告白し、素直に謝れば少しは罰の重みが減るかもしれませんよ」
シスターみたいなこと吐かしやがるが、こいつも僕を犯人と決めつけてやがる。
これはカオリンも相当頭にきてるな。
「待ってくれよ。本当に僕じゃないんだって。確かに似たようなことをやった前科はあるし、同じようなこと言って言い逃れしようとしたけど。だいたい僕がやったって証拠だってないはずだ!」
「証拠が無いのが証拠です」
舐めたこと言いやがる。
ふざけすぎだ。
そんなめちゃくちゃな言い分が通るわけないだろうが。
「カオリン、面倒だ。鳩尾のあたりを蹴っちまえ、吐き出すように喋り出す」
今度はエーテルの野郎がなんか物騒なこと口走りやがった。
テメェらいい加減にしろってんだ。
なんかもう、信用なさすぎて悲しくなってきた。
それにこのままでは冤罪による断罪により死罪は不可避、まぬがれない現実。
仮に本当はやってないけど罪を認め土下座しまくっても半殺しは確定だ。
こうなったらほとぼりが冷めるまで逃げるほかない。
ならばここはひとまずこの三人の怒りを少しでも鎮めるところから始めるか。
「ま、まあちょっと落ち着けよ三人とも。時には許すっていう寛容さも必要だ。アティナ、アイスなら新しいのを買ってやるよ、今度は三段のやつ。カオリン、猫なら沢山会える場所を教えてあげるから溜飲を下げてくれ。エーテルは、えーと……我慢して下さい」
「そいつは愉快な提案だ。なら手前の血で我慢してやるよ」
「血なら私も欲しい!」
駄目だ。
お話にならない。
でも流石に我慢しろはまずかったか。
火に油な発言だった。
しかも比較的優しいカオリンは苦手な血と聞いたせいで、恐怖しつ体育座りになってその場で丸くなってしまっている。
カオリンからこの状況を打破する糸口を見つけようとしていたが、今やそれももう駄目。
もういいや。
話し合いによる和解に期待出来ない以上、とっととトンズラしたほうが身のためだと迅速に判断した僕は逃げ出そうとする。
が……駄目……!
くっ、囲まれた……隙がねぇ……!
「とりあえず逃げれないように簀巻きするなりしてふん縛っちまおう。どう処刑するかはゆっくり考えればいい」
「そ、そんなこと許される訳が……!」
僕はバイオレンス過ぎる処遇に異議を唱えるが全く聞いてもらえず、それどころか死を悟らせる言葉を投げかけられる。
「人間そのうち、寿命かなんかで死を迎えるでしょ? それって今でもよくなあい?」
よくねえよ。
よくもまあ次から次へと無駄にいい笑顔でそんなふざけたことを言えたもんだ。
この吸血神のおつむには血と暴力のことしか考えがないらしい。
恐ろしい奴だ。
しかし参った。
能力をバラしたくない身分としては、こうも接近されていたのではおいそれと力を発揮出来ない。
かと言って正攻法で戦ったところで簡単にねじ伏せられるのは火を見るよりも明らか。
それに僕としたことが、今ポケットの中は全部空っぽで虫の死骸もレモン汁水鉄砲も持ってない。
武器も無いのに不意打ちや騙し討ちしたって敗色濃厚だ。
いや、そもそも勝機は皆無だというのに、この二人を相手に抵抗を見せようとすること自体が自殺行為。
暴力には勢みというものがあるからな。
ついうっかり本当に殺されるかもしれない。
そんなのは御免だ。
やはりここは、言葉で説得するしかない、か……!
「くっ、お願いだ、時間をくれ。ハッピークラッシャーとやらの正体は僕が必ず暴いて連れてきてみせるから……! それが出来なければ.その時は煮るなり焼くなり好きにして構わない……!」
僕は瞬時に土下座をかまし、頭を床に擦り付けながら懇願した。
もちろん嘘だけどナ。
ほんの少しでも隙が生まれればその間にスタコラサッサするつもりだ。
コイツらにカケラでも慈悲の心が有ればの話だが。
「駄目。あんたのことだからその間に逃げるに決まってるじゃないの。大人しくしていればせめて苦しまずに……」
「お願いします! マジで! マジで逃げないから! 僕、マジで頑張るからお願いします! 今回は本当に僕じゃないんですっ!」
僕の目論見がバレバレだったのは置いといて、慈悲のカケラも無かったのでややゴリ押し気味だが、情けない声を演出して更に強く頭を下げる。
これでも駄目ならゲロ吐いてでも隙を作って逃げるしかない。
「いいと思いますよ、挽回の機会をあげても。私も今回はもしかしたらクズゴミは関係無いような気がします」
そんな助け船を出しくれたのは復活したカオリンだった。
「さすがカオリンさんだ、話が分かる……!」
チャンスだ。
ぶっちゃけ十秒でも僕を自由にしてくれれば逃げ切れる自信がある……!
「カオリンがそう言うならね……。あ、じゃあこうしましょう。今ここでクズゴミを半殺しにして、残りの半分はクズゴミがハッピークラッシャーを見つけられなかった時にやるの」
は?
「嫌だ! そんなの! それじゃあ僕の無実を証明出来るとしてもボコボコにされることは変わらないじゃないか! 完全に殴られ損だ! だいたいお前の言う半殺しなんて信用出来るか!」
「信用出来ないのはあんたの方でしょ! 普段の行いが悪いからこんな事になるのよ! 自業自得だと思って黙って殺られなさい!」
くそ、日頃の行いのことを突かれると僕としても痛い。
だが今回は無実なのに殴られるのは御免だ。
やっぱりゲロゲロして隙をつくるか……!
「まあ落ち着けよ二人とも。クズゴミ、一時間だ。一時間以内に真犯人を突き止めろ。それが出来ればお前は無罪釈放、晴れて自由の身だ。だが出来なかった時は……覚悟を決めるんだな」
「そんなあ! たったの一時間じゃ無理だ!」
とは言ったものの、かなり理不尽な事を言われている気もするが内心僕はガッツポーズしていた。
一時間だろうが一分だろうが、この場を抜けれればこっちのもの。
ごね得……!
「今死ぬよりはマシだろ、ガタガタ言うんじゃねぇ」
「そうよそうよ」
「ひでぇ……」
しかし表面上は追い詰められた様子を醸し出す。
奴らから謎の余裕があると思われるとまた状況がどう変わるか分からないからだ。
馬鹿が。
アティナの言う通り今この場で僕を半分でも殺っておけば、そのデカイ態度が後で泣きを見るような事にはならなかっただろうに。
その時、自分の甘さを呪うんだな。
そんな訳で街に出てきた僕。
『アイズ・オブ・ヘブン』で確認したところ、奴らやっぱり僕のことを信用していないようで後をつけて来てやがる。
僕に能力が無ければ気付くのは難しかったであろうほどの完璧な尾行だ。
まあ、いくら付いてきても『オーバー・ザ・ワールド』をもってすれば撒くのは容易いこと。
しかしだ。
このまま逃げてもいいが、まだ時間には余裕がある。
ならここはひとつ、本当にハッピークラッシャーの野郎を取っ捕まえてみようじゃないか。
大体そいつのせいで僕はこんな憂き目に遭ってるわけだし。
何かしらの復讐をしてもバチは当たるまい。
問題はどうやってハッピークラッシャーを取っ捕まえるかだ。
居場所だけなら『アイズ・オブ・ヘブン』で知ることが出来る。
だがわざわざこっちから出向く必要はない。
向こうから来て貰えばいいのだ。
三人の話を聞いて考えるにハッピークラッシャーはその名の通り、他者の幸福を感じ取ってそれを壊しに現れる輩と見ていいと思う。
つまり僕自身が何か幸せを感じることをして誘き寄せればいいのだ。
街は広いから一回で誘き寄せるのは難しだろうけど何回もやっていればそのうち成功するだろ。
まあ時間内にうまくいかなかったときは最初の予定通りに逃げればいい。
よし、非の打ち所がない完璧な作戦だ。
そうと決まれば実行あるのみだ……!
「……意外ね、クズゴミのことだから絶対に自由になった途端に即行で逃げるかと思ったのに、悠長にも泥遊びを始めたわよ。現実逃避のつもりかしら」
「あんな道に泥水を撒いたら通行の邪魔でしょうに……しかし何故クズゴミはこの期に及んであのような迷惑行為を……?」
「さっぱりだな。せっかく与えた時間も人様に迷惑かける行動に費やしやがって、始末におえない奴だ。やはり始末するしかないか……?」
僕の行動を覗いている奴らは好き勝手言いながらも不思議に思ってるだろうが、まあ意味は後で分かるだろう。
僕は今、建物と建物の間にある狭い一本道の路地に泥水を撒いて水たまりを作っていた。
街の大通りへの近道になっているため、結構通る人が多い道だ。
だが別に通行止めにしたくてルンルン気分で泥水を撒いた訳ではない。
現に水たまりはそれ程大きくなく、ちょっとジャンプすれば簡単に飛び越せるレベルのものだ。
当然ここまではまだ準備段階に過ぎない。
僕の狙いの真骨頂はここからにある……!
「……? クズゴミってば、今度はおもむろに木の足元あたりにロープを巻き付けてゴールテープみたいに伸ばし始めたわね。それしては随分と低い位置だけど……まさか」
「ええ、おそらく通行する人の足を引っ掛けて転倒させる魂胆なのでしょう。しかもわざわざ地面に泥水を撒くなんて卑劣な真似を……許せませんね」
「だが流石に間抜けだぜ。いくらロープを張ったってあんな見え見えの形じゃ誰も引っかからねえよ」
準備は終えた。
木にロープを巻き付けピンと張ったものを手に僕は道の端っこの建物の壁側で待機する。
あの三人も僕の狙いに気付き、あんなの無理だろと思っている頃だろうが、ところがどっこい。
僕は今、『ベネフィット・スターズ』第一と第二の能力を同時に発動し、ロープと僕自身を認識出来ないようにしている。
ちなみにここで少し説明するとだ。
『ベネフィット・スターズ』第一の能力は極限にまで認識されづらくする能力。
故に既に僕のことを認識しているあの三人に対しては後出しで発動しても無力なのだ。
僕のこともロープも認識出来てることだろう。
しかし今からここへ来る通行人はどうか?
当然、僕もロープも認識することは出来ず、泥水の水たまりにだけ意識を取られることになる。
人は見えるものには注意を払うが、見えないものには注意しようがないからな。
更にそこへ密かに練習しておいた僕の神がかり的なロープで人の足を引っ掛ける技術が合わさればまさに無敵。
すっ転んで泥まみれになることは明白という寸法だ。
するとそこに。
「来た……!」
思わず邪悪な笑みを浮かべてしまう。
歩いてきたのは、白いワンピースが似合う小さな女の子だった。
お使いの途中なのかやや大きめなバスケットを両手で持っており、足元が少し見辛そうだ。
まあどっちみち僕の能力で見えないことにかわりないが。
女の子は水たまりを見て道を通るかどうか少し迷った素振りを見せたが、やっぱり通るようだ。
え? こんな無垢そうな女の子にまでやるのかって?
当然だ。
僕は差別や贔屓が嫌いでね。
老若男女、人種、身分に関係なくやると言ったら相手が誰であろうとやる。
それがこの僕、クズゴミ・スターレットである。
そして女の子が道を踏み出してしまった……!
かかった……!
その綺麗なおべべ、泥まみれにしてやるぜ!
瞬間……!
僕は巧みにロープを操作して女の子の足首に引っ掛ける。
短く悲鳴をあげ、転倒する女の子。
重力に従い、泥水の水たまりにその身体は引きつけられていく……!
「あのクズ! あんな子どもにまでやるなんて……! くっ……!」
どうやらアティナが女の子を救うべく走り出したようだがもう遅い。
水たまりに激突まで既に一秒を切っている……!
不可避の惨劇は運命付けられているのだ……!
「よっしゃ決まった!」
炸裂を確信した僕は思わず歓喜の声をあげる。
そこに当然罪の意識は無かった。
しかし刹那。
突風が吹き荒れた。
自然のものではなく、意図的に産み出された強力なものだとすぐに理解する。
その強力さは一瞬とは言え、転倒する女の子を浮かすようにさえ見えるほどだ。
そしてその風に気を取られていた僅かな時に奴は現れた。
顔は確認出来ない。
白いお面をしていたからだ。
身体は黒を主体とした兵士が着るような分厚くガチャガチャした服でまとっている。
激突寸前に女の子を支えて救い、僕の邪魔をした。
何より話には聞いた奴の決め台詞。
「ハッピー……クラッシュ……!」
そうか間違いない、こいつが……!
こいつがハッピークラッシャーか……!
「現れやがったな……悪党が……!」
ついに合間見えたハッピークラッシャーと僕は対峙した。
既に能力は解除して僕も姿を見せている。
素晴らしい。
作戦通りだ。
まさか一発ツモを引けるとは思わなかったがな。
「悪党はあんたの方でしょ……!」
そこへ苛ついた声音のアティナと、カオリンとエーテルも集合してきた。
「よぉ、ナイスタイミングだアティナ。こいつが例のハッピークラッシャーだ。今こそ積年の恨みを晴らす時だ、お前らやっちまえ!」
「「「…………」」」
しかし無言の三人。
しかも何故だかゴミを見るような目で僕を睨んでいる。
「……あれ? 皆さん、何か不具合でも……?」
僕は嫌な予感がしながらも恐る恐る聞いてみる。
「クズゴミ、一体誰をやっちまえと言うの? ハッピークラッシャーさんは外道な罠にかかりそうになった子どもを助けてくれたいい人じゃない」
あ、そういう解釈?
「いや、違うんだって。これはハッピークラッシャーを誘き出すためにやったことであってだな。それにアティナ、お前アイスの恨みを忘れたのか!」
僕は怒りを煽るようなことを言ってやるが、アティナは冷静だった。
「私思ったの。あれはクズゴミがハッピークラッシャーさんに成り済ますためにわざとハッピークラッシュと叫んで犯行に及んだのではないか、と」
そんな邪推を口走るアティナ。
ふざけすぎだ。
あまりにも酷すぎる。
それには流石の僕も言葉を失ってしまう。
「だいたい、たった今子どもを救ったヒーローと悪質な嫌がらせをしたクズ野郎。どっちが信用に足る人物かなんて説明がいる?」
「ま、待てよ、そりゃないって本当に。僕は心苦しいながらもハッピークラッシャーを誘き出すために必死に……!」
「心苦しいにしては随分と楽しそうだったじゃねえか」
アティナの馬鹿げた妄想を否定しようとすると、エーテルがそんなことを言いだした。
「あ、あれは幸せそうな感じを醸し出す演技であって本心ではなくてだな……!」
そう動揺しながらも言い訳してると今度はカオリンが女の子に寄り添って優しく声をかける。
「お嬢さん、大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」
「うんー! お面の人が助けてくれたのー!」
もう駄目だ。
完全に僕が悪者の空気だ。
どうしてこうなった。
詰みだ。
もはや何を言い繕っても無駄なのか……!
いつの間にかハッピークラッシャーの野郎もいなくなってやがるし。
あの野郎、逃げやがったな……!
「さて、ハッピークラッシャーさんがいい人だってことが分かった訳だし、これでクズゴミに時間を与える必要も無くなったわね」
気が付けば。
僕は既に逃げられないように囲まれていた。
白いワンピースの女の子はこれから起こる血生臭い光景は目に毒だと言わんばかりに、カオリンがとっくにこの場をあとにさせている。
「待てよ……待てって、待ってくれ。僕が成り済ましたって言ったけど、本当にハッピークラッシャーがやった可能性だってあるじゃないか。つまり現段階では犯人は未確定。僕を処罰するのは早計ってもんだ。疑わしきは罰せずという名言を知らないのか……!」
「知らないわ」
アティナは冷たくそう言うと、僕の胸ぐらを乱暴に掴みかかってきた。
いよいよやばいと赤ランプが点滅し始めた僕の脳内では生きるための口八丁をフル回転で考える。
「分かった分かった! 金だろ! いくらだ!? いくら欲しいんだ!? それともあれか! 血か!? あげる! あげるから! 僕が死なない程度に好きなだけあげるから! だから助けてくれ!」
「その戯言は前にも聞いたわ」
僕の懸命な命乞いに全く耳を貸さないアティナは強く握った拳を振り上げる。
「罪を憎んで人を憎まず! 罪を憎んで人を憎まず!!罪を憎んで人を憎まず!! 罪を憎んで…………!」
そして。
そんな最後の抵抗も虚しく。
最初の鉄拳が僕の顔面をとらえる鈍い音が路地にこだましたのだった。
その日。
奇跡的に生還した僕が得た教訓は。
逃げるチャンスが出来たなら、要らんことせず、すぐ逃げろ、であった。
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