第32話 元凶 前編
あの熾烈な悪夢の日からもう二日経つ。
日中、僕は避難先になっていた隣街を手荷物片手に歩いていた。
向かっているのは病院。
アティナもカオリンもエーテルも、医者から短期間とはいえ入院するように診断されたのだ。
大きな怪我は無いとはいえ、流石に三人とも極端に魔力を酷使して身体にガタが来たらしいから、当然と言えば当然だろう。
そんなことで今日お見舞いに出向く訳だ。
しかし僕も念のため検査して貰ったのに全く異常無しとはどういうことなんだ。
仮にも一度死んでる身だというのに。
とんだヤブ医者だな。
一緒に根も葉もない噂を流して病院の評判を下げてやりたいところだ。
まあそれだけ女神様が完璧に復活させて下さったのだろうが。
「ふぅ、やっと着いた」
病院まで到着して一息つく。
『オーバー・ザ・ワールド』で転移してきてもよかったのだが、この間のこともあるからしばらくは緊急時以外はあんまり使わないようにするつもりでいる。
無茶な使い方をしなければ大丈夫な気もするが、念のため用心するに越したことはない。
それだけあの出来事には肝を冷やしたのだ。
神界で女神様に見送られ意識を失ったあの直後。
気がつけば僕は本当に宇宙船の上に倒れていた。
状況確認や色々考える暇も無く、すぐさま逃げるように転移して街へと帰還。
するとそこには全滅の最後を迎えた光景が広がっていた。
エーテルが倒れてたのはまあ分かるが、余裕がありそうだったアティナまで倒れてて、カオリンまでも意識が飛んでる状態。
オウレンも気絶したままで、何があったか知らないがどうやら僕が宇宙船を転移させても完全にめでたしとはいかなかったらしい。
急いで僕は救助隊を誘導して引き連れて来て、そのまま全員病院送りになったのだ。
その後、無事だった僕は現場に居合わせたブレイブとして経緯や相手の情報などの状況説明を求められたり、モンスターの残党がいないか街中の探索の補佐をしたりと、滅茶苦茶忙しかった。
現在確認出来てる状況では怪我人は多数出たものの、奇跡的に死人はいないらしく、街の損害も激しかったが、それでも五割程は軽い被害で済んでいて少しの修理でまた住宅として住めるとのこと。
それを聞いて、僕の犠牲も無駄では無かったと心の中で涙したもんだ。
とはいえあの時の僕はどうかしてた。
いくら街を救うためとはいえ、自分の生命を投げ出すような真似をするなんて今となって冷静に考えれば有り得ない行い、
まああの時はあれだ。
状況が状況だったこともあって一種のヒロイズムに酔ってしまってたんだ。
今度からはもっと慎重に判断するように心がけなければな。
と、まあとりあえず僕はギルド経由で仮設住宅も借りることも出来て、少し落ち着いたのでこうして隣街の病院に来た次第だ。
元いた街の病院の方は半壊してしまったから仕方のない処置だ。
僕も家が無くなったから早く新しい住居を手に入れたいが、街の復興もあるし、金も無いし、当分先の話になるだろう。
まあ今は生き残ったことを喜ぼうじゃないか。
「えーと……あ、ここか」
病院に入り、看護師さんに部屋の場所を聴くと、病室があいうえお順で患者の名前に並んでるらしいからまずはアティナの所に来た。
個室になっていて、部屋の外にアティナの名前が書いてある。
お見舞いの品に肉汁が真っ赤な流血ステーキのサンドイッチとかいうのを買ってきたけど無難に果物とかの方がよかったか。
まあアティナなら腐ってなければ大抵のものは食うだろ。
「おーいアティナ、生きてるかー」
ノックして軽口を言いながら部屋に入る。
すると。
「あ」
「「「あ」」」
…………。
一瞬の沈黙が流れる。
先客が来ていた。
そして僕はその姿を見た瞬間。
自分でも驚くほどの過去最速のスピードで回れ右をして部屋から脱出しようと試みる。
が、しかし。
「一目見るなり逃げるとはつれないのです」
「せっかくだからゆっくりしていくといいのです」
「ひぇ……」
その倍は相手の方が速かった。
既に僕は逃げられないように両足をがっしりと掴まれ、捕縛されている。
そしてそのままズルズルと部屋の奥の窓側の方へ引きずられ、有無を言わさず椅子に座らされた。
何故だか囲まれる位置どりをされていて、簡単には逃亡を許さない状況だ。
「あ、あの……ご無沙汰してます。来てたんですね」
僕は少々震えた声で、軽くここへ来たことを後悔しながらもそう口にする。
「ギルドの方からここの事を聴きました。まあそんな他人行儀になさらなくても構いません。当機どもとクズゴミ様の仲ではありませんか。そう、中々忘れられない邂逅をした仲……!」
「ゐっこはあの時のことを忘れたことは一日たりともないのです」
「にこもあの時のことは今でもはっきりと、鮮明に記憶してるのです」
え、嘘だろ……?
まさかまだあの城での事を根に持ってるのか……!
勘弁してくれよ。
あれは僕も辛く重い罰を受けたからチャラになった筈じゃなかったのか。
そう、この方々は以前僕がアティナと行った吸血城で使用人しているアンドロイドのマキナと、小さいのが獣人のゐっことにこだか。
僕は一刻も早く忘れたかったが、メイド服姿を見た瞬間に記憶が蘇ってしまった。
あれ以来というもの、メイド服を見るだけで拒否反応が出るレベルでのトラウマだからな。
「その節は大変な無礼を働いてしまい申し訳ないと心底反省してます」
深々と頭を下げながら自然と謝罪の言葉が出ていた。
保身のためにだ。
もちろん申し訳ない気持ちなど微塵もない。
自論だけど謝罪とは相手ではなく、自分のためにするものだからだ。
まあ正確には反省はしていない。
してのるは、やらなきゃよかったと思う後悔だけだ。
最近気付いたが、反省とはつまり後悔する事ことに他ならないのだと思う。
「いえ、あの事は今はお忘れ下さい。本日はアティナ様の御見舞いに参った次第ですので」
今は、と些か恐怖心が残る言い回しをするマキナに僕は無意識に『ベネフィット・スターズ』を発動しそうになる。
ということは後から襲われるのだろうか。
「あ、そうだ。アティナ……寝てたのか」
突然のトラウマとの再会で頭から抜けていたが、そういえば僕もアティナのお見舞いに来たんだった。
ベッドでよだれ垂らしながら寝ている姿を見ると、普通に元気そうに思える。
少しだけ心配してたけど取り越し苦労だったか。
「少し前までは起きていらしたのですが、二度寝すると言われてそのまま寝てしまわれました」
「みんなでトランプしてたのです」
「アティナ様は勝てなくて不貞寝してしまわれたのです」
「そりゃ楽しそうでなにより……」
なんかその調子なら本当にアティナの事は大して気にしなくても大丈夫そうだ。
神が入院ってのもシュールだしな。
院内で吸血事件でも起こす前に早く退院出来ればいいのだが。
「そういえばもしかして、ブラハさんもここに……?」
吸血といえば吸血鬼。
同じ吸血城で会った吸血神のアティナを深く崇拝していたブラハを思い出す。
あの人が一番優しい心を持っていたから印象に残っていた。
「いえ、ブラハ様は城でお休みになって頂いてます」
マキナにそう言われ、考えてみればそうだよなと僕は思う。
ブラハ・サンテミリオンは吸血鬼だ。
こんな日中では外には出られない。
それで使用人であるマキナ達に見舞いを任せたというところだろう。
「自身も行くと言って聞かなかったのですが、今ブラハ様は命に関わる程の大怪我を負った身。お身体に障るので無理に動かないよう十字架に張り付け束縛してきました」
「えぇ……」
なんて酷いことをするんだ。
それでも従者か。
「十字架に釘で張り付けて鎖で雁字搦めなのです」
「マキナ様はブラハ様に容赦が無さ過ぎるのです」
ゐっことにこも結構引いてる様子。
だってかなりエグい内容だ。
大怪我してるのそんな事されたらトドメになりかねないのではないか。
アティナよりもブラハの事の方が心配になってきたが、僕に出来るのは健闘を祈るばかりだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
その後、しばらくアティナの事や世間話なんかして、一時はどうなるかと冷や汗ものだったが無事に病室をあとにした。
色々話せて少し仲良くなれた気もするし、背後から刺されるようなことはないと思いたい。
結局アティナはずっと寝たままだったが、まあまた今度会いにくるからいいか。
そんな訳で廊下を歩く時も一応後ろを気にしながら、次はエーテルの所にやってきた。
本当はオウレンの所にも行こうと思ったが、違う病院なのかここには入院してないと言われたのだ。
かなりの重体だったからもしかしてもっと大きい病院に運ばれたのかもしれない。
「エーテル、僕だけどー」
ノックして扉を開ける。
静かなので寝てるのか居ないのかなと思いつつ、そぉっと入ってみると。
「あれ、オウレンさん……?」
「ん、確か……」
見ると椅子に座ってたのは、緊急治療室で寝てるものだと勝手に思っていたオウレンだ。
エーテルはベッドで眠っていて、それを介抱しているようだった。
あと帽子を取った姿を見るも、当たり前だが兄妹だから顔も雰囲気もそっくりだ。
「えっと……僕はクズゴミ・スターレットっていいます。エーテルのお見舞いに来たんですが……大丈夫なんですかオウレンさん、安静にしてなくて」
「……ああ、
無傷です、とは何となく言い辛い。
他の仲間が入院する程に消耗して戦ってたのにお前は何してたんだと思われそう。
本当はかなり活躍して文字通り命懸けの選択までしたのに誰も知らないというのも悲しい気がしてきた。
まあそれを差し引いても能力のことはバラしたくないがな。
あとオウレンも僕の名前にはやっぱり違和感を感じている様子だが別に今その事は言うまい。
「はい、僕はなんとか大丈夫でした。他のパーティーの仲間は入院してますが大きな怪我は無いと言った感じでして」
「そうか……それはよかった。おっと悪いな、まあ座ってくれや」
そう言ってオウレンは空いてる椅子を差し出してくれた。
「ど、どうもすいません」
Sランクのブレイブに気を使わせてしまい恐縮過ぎてつい謝ってしまう僕。
ていうか今更ながらオウレンさんが居るのは予想外だ。
こんな事ならエーテルのお見舞いの品にアティナのと一緒に買った骨粗鬆症チキンなんてものじゃなくてもっと真面目なものを持ってくるんだった。
何が骨まで柔らかくて食べられますだ、くそ。
「……先日はすまなかったな」
「え?」
僕が腰掛けながらしょうもない事を悔やんでいると、何故かオウレンが謝罪の言葉を口にした。
「俺が倒れた後にもまだ大物が残ってたんだろ? たっく、情けねぇ話だぜ。その間俺はただのお荷物で、しまいには妹にエリクサーまで使わせて守られちまった」
「いや、でもそれは……」
ひどく自分を責めた物言いのオウレン。
僕はそんなに責任を感じることは全くないと思うが。
「クズゴミ君達にも負担を掛けさせてしまっただろ。本当に申し訳なかった。Sランクなんてもてはやされてこの体たらくじゃ世話がねぇーー」
「何言ってんですか。オウレンさんが居なかったら下手したら街を救えず僕達も全滅するまでありましたよ。なのに負担なんてとんでもないです。オウレンさんが居てくれて本当に助かりました。だから……!」
だからそんな申し訳なさそうにしないで欲しかった。
せっかくの功労者がそんなんじゃ自分の中だけとはいえ、街を守った英雄だなんて自画自賛してる僕がみみっちく思えてくる。
実際に全部の問題をオウレンさん抜きで解決するのは難しいかっただろう。
オウレンさんはもっと胸を張るべきだ。
なのに自分を貶めるようなことを言うから聞くに忍びなくなって、ついらしくもなく大声で……。
「しぃ……」
「あ、すいません……」
オウレンが静かにというジェスチャーをしてエーテルをチラっと伺った。
見るとエーテルは変わらず寝息をたてて深く眠っているようだ。
「ありがと、お前いい奴だな」
「オウレンさん程じゃありませんよ」
それから少しの間だったけどオウレンさんと色々話しをした。
エーテルはその間も起きてこない。
どうもあの時の呑んだエリクサーの副作用で魔力の回復が通常よりも遅いらしく、眠りが深くなるらしいのだ。
だけどとにかく寝てれば良くなるので今はひたすら寝かせるのが大事なんだとか。
「それじゃあ僕、そろそろ行きます。お見舞い行くとこまだあるので……」
「そうか、長話して悪かったな」
そう言って僕は席を立つ。
するとオウレンが別にいいのに出口まで見送りについてきてくれた。
「なあクズゴミ君。エーテルのこと何だが、今あいつは聖王の遺物を……」
「聖王?」
聖王の遺物って何の話だ?
でもそういえばエーテルは聖王軍の人だったな。
オウレンさんももしかしてそうなのだろうか。
まさか聖王軍への勧誘か?
でもエーテルには遠回しで不合格と言われたけどな。
「……いや。悪い、何でもねぇ。忘れてくれ。エーテルと仲良くしてやってくれって言いたかった。それに何かあれば俺に相談くらいしてくれ」
「……ええ、頼りにしてます……!」
僕はそう元気よく返事し、オウレンが差し伸べてきた手を握手してその場を後にした。
結局オウレンさんは何を言いたかったのか謎だが、まあ別にいいか。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
しかしSランクブレイブとのパイプを手に入れたのは大きな収穫だったと言える。
実際はランク差もあるから一緒に仕事することは無いだろうが、エーテルを怒らせて手に負えない時は連絡させて貰おう。
にしてもオウレンさん良い人だったな。
僕が人生で会った中でも上位に入るレベルで優者だった。
何で兄妹なのにあの優しさのカケラでもエーテルには無いんだろうか。
どうせならそのへんも似てほしかったものだ。
「あっ、ここだ」
さて、最後はカオリンの所だな。
病室のネームプレートの名前を見て確認する。
普通にカオリンって書かれてるけどカオリンってのはアティナが考えたあだ名なんだよな。
……あれ?
そういえばカオリンの本名って何だったけ?
やばい、完全に忘れた。
カオリ……何とかだったような気がするけど、全く思い出せない。
「カオリンー、起きてるかー?」
ノックして病室へと入るが返事は無い。
ベッドの所にカーテンが掛かってるので例の如く寝てるのだろうか。
まあそれならお見舞いの品にカオリン用に買った大火傷豚の切り身とかいう要するに焼いたチャーシューなのだが、それだけ置いて今日は帰るとするか。
そう思いカーテンを開けようとした。
その刹那。
「動くな、首が跳ぶ」
「っっ!?」
気付けば僕は背後から何者かに首筋に刃物を当てられていた。
その鉄の冷たさで一気に恐怖で身体が凍えるような感覚を味う僕。
皮が切れる瀬戸際の力加減。
僅かでも力が加われば出血沙汰だ。
ていうか斬首されて殺される。
「君は何者で、何の用だ」
「ぼ、ぼ、僕はクズゴミ・スターレットっていいます。カオリンのお見舞いに来たんですけど……」
静かに透き通るような声が僕の命を狙っている。
とりあえず『ベネフィット・スターズ』第三の能力を発動させたから大丈夫だが、それでも怖いものは怖い。
「かおりん? 知らぬ名だ」
あれ、部屋間違えた?
「しかも
「ちょ、いや、違うんですって! マジで、本当に本名なんですそれが!」
僕はそう必死に訴える。
しかしまるで取り合って貰えてない様子だった。
「しかも君、この命を握られた状況にいながら真に恐怖していないよな? 君にはどこか余裕がある。その謎めいた根拠が実に不気味だ。ここでくたばりな」
「そんな殺生な……!」
あまりにも酷すぎる。
今まで殺されそうになったことは多々あったが、こんな滅茶苦茶な理不尽な事で死にそうなるのは流石に初めてだ。
助かった暁には、この人にはそれ相応の罰を受けて貰わざるを得ない。
そう決めた僕は、能力を発動しながらごり押しで逃げる作戦を決行しようと思いつく。
しかし。
「やめて下さい兄者!」
「っ!」
静止する声と共にカーテンがシャァーと開くとそこに居たのは。
「その人は私の仲間です。離してあげて下さい……!」
病院で貸し出ししてるパジャマ姿の少女……。
おかげで僕は解放された。
僕のことを仲間と言っているが。
「え、誰だっけ?」
「えぇ!?」
僕がそう言うと少女はかなり驚いた様子で声を荒げる。
「私です! カオリナイトです! どうしたのですかクズゴミ! 誰かに殴られて記憶が消えたのですか!」
必死に自分をアピールしてくる少女。
カオリナイト?
やっぱり知らない……いや、待てよ?
「ああ、なんだカオリンか。鎧着てないと誰だか全然分からなかった。もはや鎧が本体ーー」
「兄者、やっぱりこの人知らない人でした。切り刻んでしまっていいです」
「待って待って待って」
流石に怒らせたか、光を失った瞳で僕を見ながらカオリンがそんな洒落にならないことを言い出した。
だって仕方ないじゃないか。
今まで鎧を脱いだ状態のカオリンと会う方がレアなぐらい家でも休みの日も鎧を着込んでるんだから。
風呂と寝る時ぐらいしか脱がないんじゃ僕が見る機会なんてほぼ無いに等しいから、本当に許して欲しい。
「ごめん、悪かったって。お詫びにほら、肉買ってきたからこれあげるよ。病院食は味が薄いだろ」
僕は機嫌を直してもらおうとお見舞いの品に持ってきた大火傷豚の切り身を渡す。
するとそれを見たカオリンの瞳に輝きが戻ってきた。
これは、何とか助かったと思って間違いないナ。
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