第31話 魂魄王
随分と長く夢を見ていたような感覚から意識が覚醒した。
どうやら僕は気を失っていたらしい。
ゆっくりと身を起こしてみると、そこは窓も無い広くて丸い見知らぬ部屋だった。
何でこんなところで寝てたのだろうとまだぼやけてる意識で疑問に思うが、とりあえず何とか死なずに済んだのかと安堵していると。
「あーあ、とうとう死んじゃいましたね、お兄さん」
「え」
まさかの死亡宣言を下された。
振り返るとそこいたのは、ただものならざる雰囲気のある、床まで届くくらいに伸びた黒髪を生やしたあどけなさそうな幼い少女だ。
はっきり言ってお化けだと思った。
髪が長すぎるせいだろ、少しは切ればいいのに。
それよりも死んだと言われても、僕はこうして生きてるのだからどういうことか訳が分からない。
しかしその少女の言葉は、不思議と真実味があるような気がした。
「えっと、僕が死んじゃったってのはどういう……?」
不安になった僕はともかく聴いてみる。
「寝ぼけないで下さいお兄さん。分かってますよね? お兄さんは能力使用後の反動で来る代償を払いきれずに死んじゃったんです」
「!!?」
少女の今の台詞を聞いて僕は多分、心臓が暴れまくったかのように人生の中で一番ビビった。
もちろん死んだ、ということにではない。
生涯秘密にすると誓い、バレないように唯一僕が真面目に隠蔽の努力してきた能力についてを、何故この少女が知っているのかということにだ。
「……あれ? ていうかお兄さん、私のこと分かります? もしかしてやっぱり、あの時に記憶が全部消えちゃいましたか?」
あまりのことに固まってる僕を見て、少女は首を傾げていた。
正直もうさっきから何が何やら分からなくて逃げてしまいたい気持ちでいっぱいだ。
「……どうやら本当に分からないみたいですね。仕方ないです。また自己紹介から始めますからしっかり聞いてて下さい」
「え、あ、はい……」
能力が露見してた衝撃の事実に人生最大のショックを受けている僕を尻目に、少女は淡々と話を進めていった。
ところで記憶が消えたってのは何のことだろう。
記憶が消えた記憶なんて心当たりが無い。
あの時ってのはどの時だ?
もしかして記憶が飛ぶ勢いで殴られたことが多々あるからそれのどこかで本当に記憶が飛んだのか?
「それでは……私はこの神界で魂の管理を担う女神です。お兄さんの世界でなら魂魄王と名乗った方が通りがいいでしょうか」
「ごめん。知らないで……え、女神?」
この女の子、女神様だったのか。
その魂魄王とやらは初耳だが、どうりで威厳というか、迫力があるような気がしてた。
不思議なオーラ漂う神聖な方だと一目見たときから思ってたんだよな。
女神というと、アティナのご同輩ってことかなのだろうか。
それに神界ってのは確か条件召喚で召喚される前にアティナがいた場所だったはずだったような。
でもそうか、女神様が言うのなら間違いないか。
心のどこかで何とかなるだろと根拠もない淡い期待を抱いたのも束の間、まるで何とかなる気配は微塵もなく、もちろん奇跡も起こらず。
どうも結局、あっさりと僕は人生に終止符を打ってしまったらしい。
「さっきも言いましたが、お兄さんは現世で死んでしまいました。今のお兄さんは魂だけで辛うじて自我を保てている状態で、私の匙加減一つで完全消滅も容易いような儚い状況です」
「そ、そうなんですか?」
本当に死んだと分かり、逆に少し落ち着いてた僕は消滅するという言葉に再び不安と恐怖心を煽られる。
というかそもそも死んだら普通どうなるんだ?
考えたこともなかったが、僕という存在はやっぱり綺麗さっぱり消えてしまうものなのだろうか。
「でも安心して下さい。今のお兄さんは覚えてないと思いますが、私一つお兄さんに貸しがあるんです。なので今回だけは代償を私の方で何とかするので生き返らせてあげます」
「マジですか!」
歓喜で思わず大きい声を出してしまう。
急転直下の死から一転、いきなり復活させて貰えるときたもんだ。
女神様に貸しを作った記憶はやっぱり無いけど生き返らせてくれるなら何でもいいや。
さすが女神となると人ひとり生き返させるのも簡単ということか。
……そういえば戻れると思って今気付いたけど、僕が宇宙船を転移させたあと、街の方はどうなったんだろう。
早く戻らないと一人だけ逃げたという汚名を着させられることになりかねない。
「……ん。え、あれ?」
しかしすぐさま違和感が襲う。
僕はまたもや重大な忘れ物に気付いたときのようなあの心臓に悪い疼きを味わった。
街の状況を見てみようと『アイズ・オブ・ヘブン』を使用しようと思ったのだが。
何故だか発動しない。
いや、それどころかそれ以外の『オーバー・ザ・ワールド』と『ベネフィット・スターズ』も使えない。
……え、え、何で。
やばい、どうして……!?
「ふふ、お兄さん、能力は今の魂だけの状態のお兄さんには使えません。魂が肉体に収まって初めて使用可能になります。代償を払う為にです」
「魂だけ?」
突然もはや命同然の心の支えである能力が使えず、発狂寸前になった僕の心中を見透かすように小さく笑いながら女神様が説明してくれた。
言われてみても身体の感覚は特段死ぬまでと変わらないからいまいちピンとこないが、他でもない女神様が言うのだからそうなんだろう。
「なんとなく分かったような、分からないような……じゃあ、つまり生き返ればまた元通り使えるってことですか?」
「まあそういう感じです」
よかった。
それなら安心だ。
能力が有るのと無いのとでは今後の僕の人生計画が大きく異なるからな。
もはや無いと外出すら不安過ぎて出来ないぐらいだ。
「それは助かります……ところで女神様はどこで僕の能力のことを……?」
そしてもう一つ、僕にとっての死活問題がそれだった。
まあ女神だからと言われればそれまでだが、怖いのが一応女神のアティナも実は能力のことを知ってて知らないふりをしていることだ。
「どこでも何も、お兄さんの能力は元々私があげたものですよ? だから私が知ってるのは当然じゃないですか」
「え」
まさかの事実。
そうだったのか。
物心ついた頃には既に使えた力だけど、いつの間に貰ってたんだ。
それに普段から神様ありがとうと感謝しながら使っていたのだが、まさか本当に神様の能力だったとは。
今の僕があるのはこの方のおかげだナ。
あと考えたら死ななきゃここには来れないのだから女神様から僕の能力の情報が漏れることは無いか。
「さて、お兄さん。どうしますか? そろそろ現世に戻りたいですか? それとも私ともう少しお喋りしたいですか?」
僕が黙々と保身のことを考えてると、女神様は何か期待した目で見つめながらそんな二択を迫ってきた。
もしかして早く帰って欲しいのだろうか。
でも出来れば女神様にはもっと色々と聴きたいことが……あ、待てよ?
「もっと話したいとこですけど……そういえば今の僕は魂だけってことは身体はどうなってるんでしょうか」
ふと気が付いたが、結構重要なことだったりする。
無事に保管されてるものなんだろうか。
「それならまだお兄さんが最後に居た場所に転がってます」
え?
「それってやばいじゃないですか。宇宙船と一緒に落下して身体がぐちゃぐちゃになったら魂が戻れなくなるのでは……」
ていうかもうかなりの間ここで寝てたような気がするし、とっくに宇宙船と墜落してミンチになってるのでは。
「確かにそうですがまだ大丈夫です。現世と神界とでは時間の流れが異なりますので。現世の一秒が神界での十時間ぐらいです」
「な、なるほど……なら大丈夫か」
それを聞いて僕の心配はすーっと消える。
どういう仕組みでそうなるのか知らないが、それならまだ余裕がありそうな気がしてきた。
そういうことなら向こうではまだ一秒も経ってないのではなかろうか。
「ちなみに僕がここにきて何時間ぐらい経つんですか?」
一応確認しようと思いそう聴くと、女神様は指で数えながら答えた。
「そうですね。今日で五日目ぐらいでしょうか」
「やっぱりすぐ戻ってもいいですか?」
全然大丈夫じゃなかった。
五日目ってことは換算すると十秒そこらの時間が向こうで経ってるってことだろ?
そんなに高い位置に転移してなかったから下手したらもう落下スレスレかもしれないじゃないか。
ていうか流石に寝すぎだ。
女神様も起こしてくれればいいのに。
「分かりました。でもお兄さんは心配しすぎです。仮に駄目だったらまた違う生物に転生すればいいじゃないですか。お兄さんの場合、次は虫ケラなんかピッタリですよ」
「虫ケラ……」
なんて酷いことを言いやがる。
何か女神様に恨みを買うようなことしたっけ?
相手が女神様じゃなかったら髪に大量の接着剤を塗してるところだ。
流石の僕も女神様を相手にそんな罰当たりなことはしない。
「それじゃあお兄さん、この円の上に立って下さい。眠るように意識を手放せば、起きた時には現世です」
「は、はい」
僕は言われるままにいつの間にか出来てた光る線で書かれた円の中に立つ。
すると、不気味なことに身体が急に霞のようになり、意識が薄くなってきた。
「あ、そういえばお兄さん。一つ言い忘れたことがあるんですが」
女神様が何か言ってるが、もう強烈な睡魔に襲われたみたいに脳が働かない。
「代償はチャラになった訳じゃありません。不定期で分割してくるので気をつけて下さい」
聞き捨てならない重要なことを言われた気がするが、もう全然頭に入ってこない。
ほとんど右から左だ。
「あとは何かあれば現世の魂魄王を訪ねて下さい。それが私ですから」
……魂魄……王……って……だから……なんだ……。
まあ、いい……か。
アイズ…………オブ…………ヘブ……ン……で……。
「もう消えますね。それじゃあサヨナラです。クズミ……じゃないか、今はクズゴミさんですね。今度はもっと能力の使用には注意して下さい。次はこうはいきませんよ」
ーーお兄さん。
女神様が笑顔でそう呼びかけてくれたのを見たのを最後に、僕の意識は消失した。
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