第30話 流火・魔法使い
エーテルの言葉に状況を理解した途端、僕の焦燥感は臨界点を振り切った。
あんなこの街全体に相当する程の巨大な宇宙船が墜落してきたら当然どうなるかなんて、簡単に想像出来てしまったからだ。
「死ぬな。まず間違いなく」
それにはついそんなことを口走ってしまう僕。
「ちょっとクズゴミ! そんな簡単に諦めないでよ! とりあえず早く逃げましょう! 街の外まで走れば直撃は避けられ……」
アティナも言いながら気付いたようだった。
魔力切れでまともに動けないカオリン。
重体で意識の無いオウレン。
歩くのも困難な程に消耗しているエーテル。
そんな三人を連れて街の外まで移動しても時間がかかり過ぎて、ここからの距離を考えても多分逃げきれない可能性が高いだろう。
今は何故か徐ろに落ち始めてる宇宙船も、いつ急に普通の重力通りに落下してくるかも分からない。
ついでに僕もけっこう体力的にきてるからぶっちゃけ歩くのもしんどかったりする。
アティナはまあこれでも女神だからかスペックが高いのか、まだ少しは魔力も体力も余裕があるみたいだがそれでも一人で全員を連れて逃げるのは不可能だろう。
「私のことは構わず置いていって下さい。足手まといは真っ平です」
するとカオリンが何の迷いも無く自分を見捨てるようにと言ってきた。
魔力が切れてからのお前はずっとただの重しと変わらないから足手まといなんて今更だよと言いたいところだが今は黙っておこう。
それに気持ちは嬉しいが流石に僕もそれは出来かねる。
この先の人生に後味の悪いものを残すことになるからな。
「馬鹿なこと言わないでカオリン、そんなこと出来ないわよ……そうだわ! 前に行った転移の魔法陣あるところあったじゃない! あそこなら……!」
「……使い方分かるの?」
僕が聴くと、アティナは無言でしょんぼりして首を横に振った。
まあ仮に分かってたとしても確か転移魔法陣とリンクした術者しか使用出来なかった気がする。
魔法陣のあるテレポステーションもこれまでの戦闘で中の魔法陣が無事かどうか分からないし。
となると現状、全員で宇宙船の落下から逃げる方法が、僕の能力以外には無いという状況になった訳だ。
…………。
もうだめだ。
どうしようもない。
時間もないし仕方ない。
バレたくないから能力を使わないで何とかなることを期待してたけど、そんなこと言ってる場合ではなくなった。
これはいよいよ本当に僕の能力をお披露目せざるを得ない事態に発展してしまったのだ。
いや大丈夫、覚悟はできた。
今から『オーバー・ザ・ワールド』と『ベネフィット・スターズ』の能力で全員を連れてこの場を脱出する。
バレたあとのことは、助かったあとでゆっくり考えればいいだろう。
ただ今能力を使うくらいならもっと前に使うタイミングは沢山あったな。
そう思うと、僕は生まれて初めて反省する気持ちになった。
「……あのデカブツを吹っ飛ばすってのはどうだ?」
沈黙が流れてた中、徐に立ち上がったエーテルが宇宙船に箒の先を向けながらそんな無茶苦茶なことを言いだした。
何か考えがあるのか知らないけど、僕としてはもう転移して逃げるから別にやらなくていいといった感じだが。
「無理すんなってエーテル、もう身体は限界なんだろ。それより僕がーー」
「うるせえ! あたしはまだやれるっ!」
僕が言いながらエーテルの肩をポンとやった瞬間。
理不尽なことに、どこにまだこんな力が残ってたのかと思う程のパワーで顎にアッパーを喰らった。
鈍い音が身体の中にまで響いた気がする。
「ガハッ……!」
「あ。わ、悪い、つい……。でも、もうそれしか方法がないだろ……」
二度目の顎。
振動する脳。
力が抜け崩れ落ちる膝。
危うく意識を手放しかけるところだったがギリギリの瀬戸際でそれは耐え切った僕。
こんな状況でなければガムシロップを靴の中に注ぎ込んでやるところだ。
そんな中、エーテルが懐から何やら怪しげな紫色の液体の入った小瓶を取り出した。
蓋を開けると、少し躊躇した様子を見せたが、エーテルは一気にそれを……!
「ちょっと待ってエーテル! それって、エリクサーじゃ……!」
何故かアティナが慌てて止めようとするが、その前にエーテルは液体を一気に呷った。
飲むのにそんな覚悟がいるような代物ってことはかなりやばい液体だったのかと僕が思ってると、エーテルが声を張る。
「クズゴミ! アティナ! あたしが上手くいくとは限らない! カオリンを背負って直ぐに今からでも街の外へ避難しろ! しくじっても少しは時間を稼げる筈だ!」
同時に、今飲んだエリクサーの影響か、僕でも分かるほど明らかにエーテルの身体から大量の魔力が溢れていくのが見てとれた。
今のは魔力を増幅させるポーションのようなものなのだろうか。
でもその手の代物は決まって重いリスクが伴う筈。
僕はそれがどんなものか知らないが、アティナの慌てようからしてかなりヤバいものということか。
「エーテル……呑んじまったのは仕方ないけど、せっかく魔力ができたなら『スカイ・ドライブ』とかで逃げるのに使った方が……」
そう僕が尋ねるが、エーテルは頷かない。
「まだ……街中に隠れてる人がいるかもしれねぇ。それを考えたなら、まだこっちの方がいいに決まってるだろ?」
エーテルはこの事態の最中でもそれを気にしていたようだ。
それには頭が下がるが、もう本当にこの街には僕ら以外の人はいないんだって……!
……いないよな?
うん、いない筈だ。
いたとしても宇宙船が落ちてくるのを見て逃げ始めてるだろ。
「だからもう、この街にはーー」
「エーテル! お兄さんはどうするつもりなの! 一緒に連れて行った方がいいわよね!」
僕が再び能力のことを打ち明けようとすると、それを遮って頭を抱えて唸ってたアティナが吹っ切れた様子で声を上げる。
「いや、気にせず行ってくれ。兄貴の面倒はあたしがみる」
エーテルからすれば、本当なら動けないオウレンも一緒に連れていって貰いたい筈だ。
しかしそれでは逃げるのに負担になるからと、敢えて言うのだろう。
「それには人手が足りないんじゃない?」
そのエーテルの心情を読み取ってか、アティナはそう答えると僕の手を引っ張り、横になってるオウレンの隣へ連れてきた。
同じくカオリンも引き摺ってオウレンの隣に寝かせる。
「みんなは私が死ぬ気で守る! だからエーテル……思いっきりやっちゃって!」
そして『アイギス』をすかさず展開するアティナ。
アティナは言いながら笑顔でエーテルにサムズアップした。
つまりアティナはみんなを自分の『アイギス』の範囲内にまとめ、防御してるからエーテルに何も気にせず攻撃しろと言う訳だ。
それがアティナの導き出した、エーテルの宇宙船を吹っ飛ばすという言葉を信じてのこの場での最善策ということなのだろう。
「……っ! 勝手に……しろ!」
エーテルがどう思ったは分からなかったが、それだけ言うと少し僕たちと距離を取る。
そして依然、落下を続け街に落ちてくる宇宙船へと視界を上げた。
「……ねぇ聞いてよクズゴミ。この無敵の吸血神の私としたことが、あのでっかいのが落ちて来るのを見て最初に思いついたのが不覚にもあんたと同じ発想だったの。立ち向かおうとしたエーテルと比べてなんて不甲斐ないのかしら……」
「いいじゃん別に」
珍しく暗い声で自分を責めるようなことを口にするアティナ。
逃亡の一体何が悪いというのだ。
僕なんて逃げる以外の選択肢がないくらいなのに。
「不甲斐ないのは私の方です。アティナはこうしてみんなを守ってくれてるではないですか。それに引き替えて私はただ傍観するしか……」
カオリンまで悔しそうにそんなこと言い出す始末。
さっき充分に仕事して活躍したから気にしなくてもいいと思うけどな。
「〈無窮の闇、古に滅びし星の王は誕生を想う〉」
「っ!」
エーテルが魔法の詠唱を開始した。
その瞬間、鮮明な炎の揺めきに似た赤いオーラ状の魔力がエーテルを纏い、その頭上には大きい魔法陣が出現する。
両手に箒を持ちながら、まるで天に向かって祈りを捧げているように唱えていた。
「〈蒼穹、天空、台地、血肉、そして意思。されど円環する光は生命を奪いし火とならん〉ーー」
詠唱が進むにつれ、頭上に浮かぶ魔法陣が更に大きく増幅する。
赤い魔力がエーテルを囲むよう周りの空間に渦を巻く。
「これって……『合唱魔法』! それも四人唱の……! 一人で発動するつもり……!?」
合唱魔法。
僕もそれは知っていた。
魔法には発動に必要最低限の魔力の量が決まっている。
ただ中には効果は絶大だが、その量が多すぎて一人の持つ魔力で発動するのは実質不可能とされてる魔法がある。
それが合唱魔法という種類の魔法だ。
それは複数人で詠唱を合唱し、人数分の魔力を合わせることでようやく発動出来るレベル。
例えば四人唱の合唱魔法は、本来なら普通の魔術師が最低でも四人で全魔力を注いでようやく発動可能な領域の魔法なのだ。
それをエーテルは今一人で行使しようとしている。
合唱と名前に付いてはいるが何も魔力が足りていれば一人でも発動は可能なのだ。
エリクサーはこのために呑んだ訳か。
「〈破滅の使徒は移ろわざるもの、悠久の時はその身にあまりて瓦解する〉ーー」
加えて魔法の発動の無詠唱、魔法名のみ、詠唱付きの三種類の方法の中でも一番火力の高い詠唱付きでの使用だ。
その威力に疑う余地はない。
「〈終わりが始まりを告げる。闇を呑み、無を屠り、万物流転は崩壊を辿る。新世界の生まれへと。創りて穿つは〉ーー」
やがて更に赤く輝き出した魔法陣から、
「ーーーー『
目が眩む程の熱と光、赤と黄色の業炎が逆さに昇る流星の如く巨大に拡張された魔法陣から大気を裂く剛速の勢いで飛び出した!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
火山の噴火すら比にならないのではと思える『
「す、凄え……なんだあれ、威力もデカさも半端じゃない。あれならいけるだろ!」
噂には聞いてた合唱魔法。
初めて見たけど想像以上にヤバい代物だった。
これまでエーテルが使用してきた魔法とは比較にもならない破壊力を有するのは一目瞭然。
きっとあれがエーテルの持つ最強の魔法なのだろう。
「でも分散される筈の合唱魔法発動の負担だって一人で背負い込むことになるのよ。かなりリスクが高いのに……」
「エーテル……」
攻撃魔法に関しては僕より詳しいアティナは、エーテルの身体の方を心配しているようだった。
カオリンも不安気な表情。
僕も同じだから二人の気持ちはよく分かる。
僕だって早く終わって欲しい気持ちでいっぱいだ。
くそ、あれだけの魔法を喰らって、宇宙船はまだ壊れないのかよ。
ていうかもうとっくに焼き尽くしてるんじゃないのか。
でも地上からだと『
そこで僕は急かす気持ちで『アイズ・オブ・ヘブン』で状況を確認するべく宇宙船全体を視野に入れて……。
「……! 嘘だろ……?」
思わずそんな言葉が口から出た。
エーテルが死力を尽くして発動させているの魔法が直撃している宇宙船。
『
それにもかかわらずだ。
あの巨大な宇宙船を完全に破壊するには至っていなかった。
宇宙船という物をよく知らない。
もしかすると特別熱に耐久のある素材でできているとでもいうのだろうか。
その体積の半分も破壊出来ていなく、それどころかじわじわとエーテルの魔法を押し潰すように落ちてきている。
しかし流石にエーテルも、もう限界が近いようだ。
だがそれも無理も無いこと。
限界の身体に鞭打って強力な魔法を発動させているのだ。
負担がかなりある筈。
見れば尋常じゃない発汗に鼻血も出ていて、『
このまま魔法が消えれば破壊しきれなかった宇宙船が街に落ちるのは時間の問題だろう。
「……くそ、なんでだよ」
納得いかない。
何であれだけの魔法で壊せないんだ。
頑丈にも程があるだろ。
だけどもう今の僕たちにこれ以上あの宇宙船を破壊する力は無い。
そうなると少し悔しいがやはり僕が『オーバー・ザ・ワールド』で転移させて逃げるしかない。
……でもその場合、この街は巨大宇宙船の下敷になって確実に復興困難な被害を受けることになる。
そうなればもうここには戻れないかもしれない。
生まれは違えど、ずっと育ってきた故郷と言っていい街だ。
嫌な思い出もあるけど、それ以上に良い思い出だって沢山ある。
僕は別にそういうのは拘らないタイプだから、家が壊れようが、街が滅びようが、命が無事ならそれでいい。
新しい土地でやり直せばいいと思う。
だけど……。
……街の外れに母さんの墓があるんだよなあ……。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
雲に届く高さの上空。
夕焼けで周りの空は美しく橙に焼けている。
身体が浮く感覚がする程の強風が吹いている。
見渡す限りの無機質な鉄色の床に僕は立っていた。
この宇宙船ってのは全体を見ると円盤の形をしてる。
その上に乗ると街一つ並みの巨大さ故にかなり広い地平線が見える程の地面に立つと、世界に自分一人だけしかいないと感じるような不思議な空間に来たような光景が見れた。
ここに一人で転移した理由。
それは、この宇宙船ごと僕の能力で転移しようと思ったからだ。
街も救えて、あの場の全員も救える。
まさに一石二鳥の案だと自分を褒めたいところ。
「さて、と……」
しかしそれには問題が一つ。
この巨大で超重量のある宇宙船ごと転移を実行すると、発動後の代償に耐えられなくて死ぬかもしれないということだ。
僕がもはや口癖のように普段日頃から言ってる言葉だが、今回は割と本当に死にかねない。
世の中うまいことだけとはいかないのだ。
能力を使うとその分自分の体力を削るのだが、あまりに過度な使い方をすると代償として失う体力が大きすぎて命が削れる事になる。
昔でっかい数トンはあろう岩石を退かすため『オーバー・ザ・ワールド』と『ベネフィット・スターズ』を同時使用した直後のこと。
いきなり身体が重くなって意識が飛び、身体が回復しないまま衰弱して三日くらい生死の狭間を漂った経験があるのだ。
それを考えると、その何百倍のサイズに同じことしたら次は助からないかもしれない。
苦しんだ挙句に死ぬかもしれないし。
下手したら即死するかもしれない。
でも既に僕の意思は固まっていた。
アティナも。
カオリンも。
エーテルも。
オウレンも。
みんな力の限りを尽くして戦っていたんだから。
僕だって、なんかしなくちゃあな……。
今朝までの僕には考えられない選択に自分で面白く感じながら、自慢の能力の名を告げ発動した。
「『ベネフィット・スターズ』」
『ベネフィット・スターズ』第二の能力。
まず僕自身と宇宙船はその力により繋がった。
能力だって魔法と同じように名前を口にして言った方が出力が上がる。
普段はそこまでやらないけどな。
ちなみにここまでここに転移してから約三秒だ。
あとのことは一瞬で終わる。
転移先はあの場所だ。
「……」
ま、まあでもちょっと考え過ぎかもしれないな。
あの時に比べればだいぶ体力ついた気もするし。
流石に死ぬまではないんじゃなかろうか。
うん、大丈夫、多分大丈夫。
何とか……何とかなるだろ。
そして最後は僕らしく。
根拠のない楽観的な現実逃避の希望的観測を思いながら。
「『オーバー・ザ・ワールド』」
死地へと足を踏み入れた。
「…………クズゴミ?」
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