第25話 ロストピースグラウンド

 エーテルを追いかけ進み、街の中心部に位置する大広場に辿り着くとそこには。

 

「うわぁ……」


 何匹かなんて数えきれない程のモンスターの丸焼きが黒煙を噴き出して山のように積み上がっていて、まさに地獄絵図のような光景が広がっていた。

 街に突入する前にモンスターがわんさか居ると聞いていた割にはそんなに見かけないなと思っていたが、どうやらこのあたりに集中していたようだ。

 このモンスターは普通の魔獣と違って死んでも塵にならないし、こりゃ後片付けが難儀しそうだな。

 

「……どうやらここで戦闘があったようですね。見たところ全て同じ攻撃を受けた様に思えますが、まさかこれだけの数を一人で……?」


 確かにどのモンスターもまるで雷に打たれたのかって感じに焦げているように見える。

 エーテルが炎で焼いた時はもっと煤っぽかった。

 焼きすぎたというのもあると思うが。


「だ、だとしたら中々やるじゃないの……で、でも私だって本気を出せばこのぐらいの数は余裕で殲滅出来るけど!」

 

 別に張り合わなくていいのに。

 多分この状況を見て、さっき三匹だの二、五匹だの言って自慢していた自分がみみっちくなったのだろう。

 それを煽ったらきっと痛めつけられるだろうから口にはしないが。


 でもこれだけ倒されていればもうほとんどモンスターもいなくなってるだろ。

 これで少しは安心だ。






 そう思った矢先。


 気が付けば僕たちはモンスターの大群にがっつり囲まれていた。

 さっき一安心してから、ものの一分……!

  

「えー、この状況をかすり傷一つなく安全に切り抜けられる良い方法がある方は挙手を願います」

 

 僕は自分の能力のことは一旦選択肢から除外して、ダメ元ではあるがそんなことを二人に聞いてみた。


 現在、僕らはアティナの発動した『アイギス』の中に籠城している状態だ。


 ドーム状の『アイギス』の周りには、中に光がほぼ届かないくらいのモンスターが尋常じゃない数群がっていて一瞬でも『アイギス』が消えれば押しつぶされて圧死するだろう。

 半透明で外側の様子が見えるため大量にほぼ隙間なく密着してくるモンスターが否応にも視界に入るためひどくおぞましい。

 完全に閉じ込められたも同じだ。

 こっちから攻撃することも『アイギス』で遮ってしまっていて出来ず、強行突破も不可能。

 はっきり言って詰みである。

 僕の『オーバー・ザ・ワールド』を使わなければの話だがな。


 するとカオリンが小さく手を挙げる。


「実は私、自害用の飲めば眠るように逝ける毒薬を常に常備しているのですが、よかったら使いますかクズゴミ?」


「何それ便利しゃないの。貰っときなさいよクズゴミ」


「何をふざけたことを。いらんからな。来世に期待ってことか? 何の解決にもなってないし」


 ていうかそんな恐ろしいものを常に持ってるのか。

 やばいな。

 今後、カオリンと食事する時は細心の注意を払うことにしよう。

 盛られるかも知れないからな。

 

 …………。

 

 それよりもしかしてこれは、いよいよもって僕の能力を使わざるを得ない状況ではないか?

 流石のアティナとカオリンでもこの数で囲まれた状態では分が悪すぎる。

 ここはやはり『オーバー・ザ・ワールド』の出番。

 『ベネフィット・スターズ』第二の能力でさっき街の人を避難させた要領で二人と一緒に転移して逃げれば問題ない。

 連続で能力を使いすぎたせいでだいぶ身体に疲労感が溜まっているが、あと一回ぐらいならいけそうだ。

 けどそれは僕の能力を告白することにままならない。

 本当に大変しつこく言うが、僕は自分の能力のことをバラしたくないのだ。

 しかしだからといってここで僕一人だけ逃げてアティナとカオリンを見捨てた結果二人がやられると、多分僕の心の中に後味の悪いものを残すことになる。

 それは僕としても出来れば避けたいところ。


 くそ、なんらかの奇跡が起きて転移のショックで二人に記憶障害が発生して転移時のことを全部忘れてくれないかな。

 ここ二、三日分の記憶もついでに消えていいから頼むよ、マジで。


 と、そんな儚い願いを思っていると。


「いただきます!」

 

 一瞬、急に何言ってんだと思えば。

 突然アティナが、後ろからいきなり僕の首元に噛み付いてきた!


「ア"ァァァァァァァ!? 痛い痛い痛い! 何をするんだぁ! やめて! 助けて! カオリンッ! カオリィン!」


「ひょっひょやけやから!」

 

 そのまま血を吸われ悲鳴をあげ抵抗する僕を、やたら強い力で押さえつけてくるアティナ。

 その様を見て自分はどうすればとカオリンはオタオタしているが、どうせなら早く助けてほしい。

 アティナはちょっとだけだからと言ってるようだが、こいつのちょっとは信用出来ないんだよな。

 下手したら致死量の血を吸われることになる。


「ふぅ、ごちそうさま」


「うぅ……この野郎、ふざけた真似を……」


 思わずよろめき膝をつく僕。

 おかげで身体の力が抜けてほぼ瀕死状態だ。

 この状況を乗り切ったあかつきには前髪を三ミリほど切断する刑に処そう。


「ご、ごめんごめん。ちょっと吸いすぎたかも知れない……でも見てて頂戴。おかげで少しだけど力が戻ってきたみたい。吸血神の力の片鱗をお見せするわ……!」

 

「力の片鱗……!? た、確かに、アティナの魔力が急に増大したように感じます……! まだこれほどの力を隠していたというのですか……!」


「それより今、吸いすぎたかもって言った? 大丈夫なの? 失血死しないだろ?」


 聞き捨てならない言葉に少々の恐怖を覚えながらアティナに問うが、小さい声で多分とだけ呟かれた。


 マジかよ。

 冗談だろ?

 本当に勘弁してくれ。

 くそっ、死ぬ時はもろともだからな。


 僕はそんな恨み言を思いはしたが、実際問題少し力が戻ったくらいでこの状態をアティナがなんとか出来るのか疑問だった。

 自信満々な様子を見るに何か奥の手でもあるのだろうか。

 出来ればなんとかしてほしいところだが。


「はははは! 虫の身でありながら吸血神である私に楯突いたのが運の尽き! まとめて吹っ飛ばしてあげるわ!」


 急に調子ずき始めたアティナは『アイギス』の中央に立つと天井に向けて手をかざす。

 それと同時に、半透明だった壁全体の外側がぐぢゅぐぢゅと湧き出た血のような魔力で赤く染まっていった……!


「『アイギス・ブラッド・クロス』ッ!」

 

 アティナが発言すると、『アイギス』の外側全方位からモンスターの奇声と肉が弾けるような嫌な音が響き渡った。

 中からは依然赤く染まってるため僕は『アイズ・オブ・ヘブン』で状況を見てみる。

 するとそれは戦慄する光景だった。

 無数の砲弾と化した血塊のような魔力が『アイギス』の表面から次々と連続で激流のように打ち出され、群がっていたモンスターを残らず四散させていく。

 あの恐ろしく硬い外殻もそれを浴びてはひとたまりもないらしく着弾の瞬間に粉砕され、本体の身体をも破壊する。

 そして周りがしんと静かになり『アイギス』の外に出た時。

 気が付けば十秒そこらの時間だったが、あの大量にいたモンスターに生き残りはいなかった。


「はぁ……はぁ……流石に神具の同時使用は堪えるわね……。でも見てみなさい、まとめて倒してやったわ」

 

 清々しい顔で額の汗を拭うアティナ。

 何気にアティナが疲労を見せるのは初めてなような気がする。

 それだけ今のは大技だったのだろう。

 こんな手があるなら最初から勿体ぶらずに使ってくれればよかったのに。


「まるで嵐が過ぎ去った後のような惨状ですね。それだけ今の攻撃の威力が凄まじかったということですが」

 

 カオリンは辺りを見渡しそんな感想を述べていた。

 確かに嵐の過ぎ去った後という表現がピッタリくる。

 なにせ……。


「ひでぇ、めちゃくちゃだ……!」


 アティナの魔法はモンスターをミンチにしただけではなく、広範囲にわたって民家などの建物を倒壊させ吹き飛ばし残骸の山を作っていた。

 あたりは見るも無残な瓦礫の塔。

 モンスターが荒らしていたよりも被害は甚大だ。


「ど、どうしようクズゴミ、ちょっとやりすぎたかしら……これはいくらなんでも怒られるわよね……」


 アティナにしては珍しく意気消沈していた。

 自分がやったことに自責の念を感じるなんてらしくないな。


「いやあ、仕方ないじゃん。やらなきゃやられてたんだから。建物に遠慮してやられてたんじゃ元も子もないしな。他に人もいなくて巻き込んでなさそうだし。気にすることはないさ」

 

 そんな慰めの言葉をかける僕。

 本当はめっちゃ責め立ててやろうと思ったけどアティナの様子を見て気が変わったのは秘密だ。


「クズゴミの言う通りです。アティナが倒してくれなければ私もクズゴミも奴らの餌食になっていたかもしれません。本当に助かりました」

 

 カオリンがアティナに礼を言う。

 それにはアティナも吹っ切れたようで。


「そうよね! やらなきゃやられるものね! 私とした事が何をしょげ返ってたんだろ!」


 どうやら元気を取り戻したようだ。


「だいたい誰も僕ら以外見てないんだから全部モンスターのせいにしてしらばっくれりゃいいんだよ。だからどんどん壊せ壊せ、はっはっは」

 

 ちなみに、僕がこの時の自分の発言を猛烈に後悔することになるのはこの後すぐである。






 それから移動している内によく見た風景の場所にでた。

 我が自宅の前の通りである。


「もうこのまま帰りたい……」

 

 つい切実な独り言を漏らしてしまう僕。

 と、同時にさっきの惨劇がこの辺りでなくてよかったと心から安堵する。

 

 僕の家が無事でよかった……! 

 本当によかった……!


 そんなことを思った次の瞬間。


「っ! 上です!」


「!?」


 カオリンの声に反応して咄嗟に上を見上げると、白く発光する大玉が降ってきた……!


「危な!?」


 僕の前を進んでいたアティナとカオリンが避ける寸前の場所に白い大玉は落下。

 地面を軽くえぐる衝撃を生む。

 そういえばクレーターで戦った個体も同じ攻撃をしてきてたっけ。

 飛びながら光弾で不意打ちしてきたが失敗に終わったというわけだ。


 にしても今のはやばかった。

 すごく危なかった。

 もし、ちょいとでも光弾の起動がずれていたら僕の家に直撃していたところだ。

 あんなのが当たったら家がふっとんじまうよ。


「また湧いてきたわね。いい加減しつこいけど、まあ一匹なら楽勝ね」

 

 現れたモンスターを相手にアティナがグングニルを構える。

 さっきの大群と比べれば一匹程度ならかわいく感じるのだろう。

 しかしちょっとやな感じなのが、


「や、やろう……! 何故屋根の上に……!?」

 

 そのモンスターはふざけたことに僕の家の屋根に着地し、そこに居座りながらこちらを威嚇している様子を見せていた。

 屋根がモンスターの重量でミシミシと音を立てて今にも崩れそうなので早くよけてほしい。

 すると横で。

 

「喰らいなさい! グングニル・ブラッド……!」

  

「ちょちょちょちょちょちょ待って待って待って待って待って」


 僕は大事な自宅の屋根に乗っているモンスター目掛けてグングニルをぶっ放そうとしているアティナに思わず静止の声をかける。


「ちょっと何よ! なんで止めるのよ!」


「いや、だって……僕ん家……」


 僕は、お前もカオリンも居候している家がそれを使うとえらいことになるぞと、お願いだからやめてくれと言いたわけだ。

 みなまで言わせる気か。


「それならクズゴミ、ついさっき自分でこう言ったじゃない」


「え、何を……」


 なんだっけと思う僕をよそに、アティナはグングニルに纏わせる魔力を全く緩めることなく集中させる。

 まさか本当に打つ気じゃ、


「ーー建物に遠慮してやられてたんじゃ元も子もないって、どんどん壊せって」


 その言葉は攻撃を中断する気など毛頭ないということを意味していると、否が応でも理解させられた。


 直後、僕がショックと後悔の念で思わず血を吐き出しそうになったのとほぼ同時に、アティナは一ミリのためらいもなく腕を振るってグングニルを投槍した。

 『グングニル・ブラッド・クロス』。

 それはグングニルに血のような魔力を纏わせ、赤い破壊の渦と化して投擲するアティナの決め技。

 その破壊力が折り紙付きなのはよく知っている。

 当たれば鋼だって粉々になるだろう。

 いつもとだいたい同じ威力のそれは僕の家の屋根に立つモンスターに吸い込まれるように飛翔する。

 片やモンスターは、それを口から吐き出した光弾で迎え撃つ。


「頼む……! 頑張ってくれ……!」


 赤い渦と光弾が空中でぶつかり合い拮抗するのを見ながら、ついうっかりモンスターの方を応援してしまう僕。

 しかし応援の甲斐なく、その拮抗もすぐに崩れ、赤い渦は光弾を呑み込みながら威力を落とすことなくそのままモンスターに向かう。


 いや、大丈夫。

 あの軌道ならギリギリモンスターを巻き込んで屋根の上を通り抜ける……!

 被害は最小限で済むはず……!


 そしてモンスターにグングニル命中した瞬間。

 膨大な魔力のせいか、直撃と同時に大爆発を引き起こした。


 当然、僕の家も巻き添えを喰らった。

 その光景が目に入った瞬間、思わず意識が飛びそうになる。

 爆発の衝撃波は家の上から下までを完膚なきまでにバラバラに吹き飛ばし、その原型をとどめることなく完全に崩落させた。

 崩れた屋根と共にモンスターは家内に落下し、その上に崩壊した家が降り注ぐ。

 崩壊する思い出が詰まった我が家。

 数少ない心の拠り所。

 おそらく圧死したイタズラ用のペットの昆虫。


 そうして、僕の家は一瞬にして廃材と粗大ゴミの塊と化したのだった。

 そしてそれをただ漠然と眺めるしかなかった僕。


「……嘘だ……夢だろ……? これ……? 夢に決まってる……!」

 

 ところが夢じゃありません。

 現実です、これが現実。

 頭ではそう分かっていても、膝から崩れながらそう言わずにはいられなかった。

 僕はその瞬間、悲しいことにこれまで生きてきて未だ経験したことのないレベルの深い絶望感を覚えてしまう。

 わずか十秒そこらで自宅を無くしたという悲劇。

 しかも目の前で。

 僕ぐらいの鋼の精神を持ち合わせていなければ身投げしてるところだ。

 そんな僕でも今回ばかりは無傷とはいかないが。


 どうして……何故僕がこんな酷い目に遭わなくちゃならないんだ……!

 人助けをして善行を積んでいたはずなのにこの仕打ち……!

 突如にして安住の地を奪われるという理不尽……!

 何という不条理……!

 

 そんな絶望に打ちのめされていると。



「ッッッーーーグオオオ!」


 

 腹に響く強烈な雄叫びが響く。

 見ると、崩れた家から廃材を蹴散らし、地面スレスレの低空飛行で急接近するモンスターの姿があった。

 アティナの攻撃で甚大なダメージを負っているにもかかわらず、まるで僕が引き寄せたのかと錯覚してしまうぐらいに一直線に飛んでくる。


「ぐ……!」


 まさかのダメ押しにめまいがしそうだ。

 家を失った直後に今度は命を失いそうになるとは。

 『ベネフィット・スターズ』第三の能力でガード体制を……!

 

「『魔鏖斬・鬼哭刃』……!」

 

 しかし僕にモンスターが激突する寸前。

 突風が吹いたと感じるほどの疾さで、カオリンが飛び出しモンスターの横っ腹に緑に輝く刀身を打ち込んだ……!

 疾さに鎧の重みも加わった一撃は、瀕死のモンスターにはとどめになったのか、喰らって吹き飛んだモンスターは地面に倒れ伏したまま動かなくなった。






 モンスターを倒したことを確認したアティナとカオリンは手を地に伏して泥沼のような悲壮感に浸かる僕に駆け寄り、いろいろ励ましてくれた。

 しかし僕の心には響かない。

 どれだけ涙を飲んでも、いくら運命を呪っても、どうにもならないこともある。

 既に経験して分かっていることだ。

 どうやらこれも、一生消えない心の傷になりそうだ。


「あの……大丈夫ですか、クズゴミ? 顔色があまり優れないですが。その……あまり気を落とさないでください」


 能力の連続使用と無理矢理吸血されたことと過度な精神的ダメージにより、僕のコンディションは過去最悪を更新していた。

 ほんと、誰か助けてくれ。


「えと……ご、ごめんねクズゴミ。まさか爆発するとは思わなかったの……。でも安心して頂戴、特別に吸血城の部屋を一つあげるから……!」


 いらない。

 せっかくだけどいらない。

 あの城にはロクな思い出がないからな。


「いや、いいんだ……二人ともありがと、もう大丈夫。それより早くエーテルを探しに行こう。まだ一人なら危険だ」


 僕はゆっくりと立ち上がると二人にそう促す。

 もうこうなったら現実逃避だ。

 帰りたいが帰る家が無くなった以上、前を見据えるしかない。

 一時しのぎでも今は考えないようにしよう。

 そうでもしなきゃ今にでも発狂しそうだからな。


 そうして、僕の言葉に頷いた二人と共にその場を後に

したのだった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 約三分後。

 またしても現れたモンスター。

 それをアティナとカオリンが相手をする。


 僕はそのうちに、もう面倒なので『オーバー・ザ・ワールド』でエーテルの居る場所へ転移することにした。


 『アイズ・オブ・ヘブン』で確認したところ、そう遠くない場所にエーテルが居ることは分かってたからあとは僕が案内すれば合流出来ると思ったわけだ。

 

「居やがったな、エーテル」


 考えてみればエーテルが突然街に突撃して行ったのが元凶で僕はこんな憂き目にあっているんだ。

 やりたくもない正義の味方をやったり。

 大事な大事な家を失ったり。

 許せねえ。

 奴にも後で、前髪切断の刑を処そう。

 

 とまあ、ほぼ言いがかりを思いながらも僕はエーテルとは少し離れたところに転移してきた。

 いきなり近くに行ったら不審がられるかもしれないからな。

 何度でも言うが、僕は自分の能力のことをもらしたくない。

 ちょっとでもやばそうな芽は出さないように立ち回ることを心がけているつもりだ。


「……? 誰だろ?」


 エーテルが誰か知らない人、こんなところにいるのだからおそらくブレイブの人だろうが、なんか親しげに楽しそうに話している様子が見て取れた。

 仲のいい知り合いなのか、同じマジシャンハットを被っている。

 随分余裕そうだな。

 まあ無事ならなんでもいいけど。

 とりあえず探しに来ましたといった感じを醸し出しながら行くとしよう。


「おーい、エーテルー、やっと見つけーー」



「お兄ちゃんずるいよさっきから! せっかく私が見つけてダメージ与えてた分を横から攻撃して倒しちゃうんだもん! これじゃあ全っ然私のカウントがたまらないじゃない! 今から横取り行為は禁止だからね!」

 


 ……あれ……?


 僕はその声が聞こえた瞬間、かけ行く足をストップさせた。


 なんだ今のは。

 僕の知ってるエーテルはもっとバイオレンス且つこじらせた言動の持ち主だったはずだ。

 おかしいな。

 人違いかな。

 『アイズ・オブ・ヘブン』の能力で見た姿の確認もしたから、あれはエーテルだと思ったんだけど。

 まさか、能力の故障……不具合か……?

 もしそうだとしたらかなりやばい。

 由々しき事態過ぎる。

 僕の人生を揺るがす大問題だ……!


「……エーテル、あっちに居るのは知り合いか?」


 僕が能力の心配でいっぱいになってると、エーテルとお揃いのマジシャンハットを被ってる人が僕に気付いた。


「ちょっとお兄ちゃん、誤魔化さないでーー」


 それを聞いて後ろを振り向いたエーテルは僕と目が合ったと同時。

 ビクッと固まったと思えば、急沸騰したかのように顔を真っ赤に染め上げあわわわといった表情でガタガタと震え始めた。


「や、やあ……」


 そんなエーテルに何と声をかければいいか分からず困った僕は、とりあえず適当に挨拶程度の軽い感じで手を振ってみる。

 が、すぐにしくじったことに気付く。

 もっと、僕は何も聞いてません的な態度をとっていればよかった……!

 

「……同じパーティーの人だよ。ちょっと大事な話してくるから、お兄ちゃんはここで待ってて」


「お、おう……」


 エーテルがツカツカと早足で僕に近づいてきた。


 猛烈に嫌な予感がする。 

 これは逃げた方がいいのだろうか?

 いやでも、もし仮にエーテルが僕を捕まえる気なら既に手遅れな位置どり。

 確実に捕まえる距離だ。

 ならここは下手に動かないでおいた方がいいか。

 まあ、まだ殴られると決まったわけじゃないし。


 と思っていたら、あっという間に僕はエーテルに手を引っ張られ崩壊した建物の影まで無理矢理連れて行かれた。

 そして理不尽に家を失ったのがついさっきだと言うのに。

 さらなる理不尽が僕を襲う。


 気が付けば僕は、依然羞恥で顔を真っ赤にしたエーテルに胸ぐらを掴まれ、今にも記憶が吹き飛ぶぐらいに強く殴られそうな状況に陥ってしまった。


「ま、待ってくれエーテル。気持ちは分からないでもないけど、今のは不可抗力であって別にそんな悪気があった訳じゃ……!」


「んなこたどうでもいいんだよ。だが今のを聞かれたんじゃあ、生かしちゃおけねぇ……! ……くそっ! なんでっ、お前はっ、このタイミングで来るんだよ、クズゴミっ!」


 ますます掴む力が増していくエーテル。

 よっぽど聞かれたのが恥ずかしかったのか。

 でもそんなこと言われてもしょうがないじゃないか。

 僕だって別に聞きたくて聞いた訳でもないのに。

 このままでは口封じに殺されかねない。


 くそっ、どうしてこんなひどいことに……。


 



 ……でも能力の故障でなくてよかった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る