第24話 正義の味方
「ただいま」
僕は街に突入すると同時に、まず転移して帰宅した。
こんな状況でなに呑気に帰ってるんだと言われそうだが、まずは作戦を考えるためにも一度落ち着ける場所に腰を下ろしたかったのだ。
危ない橋を渡らずにこの状況を切り抜ける作戦をな。
まず無謀にも突っ込んで行った奴ら三人についてだが。
とりあえず放っておくことにしようと思う。
街の外で避難してきた連中にあーだこーだ言われはしたが、多分あの三人は僕が何言ったところで逃げるという選択はしないはず。
モンスターと戦うってなっても僕では足手まといだし。
まあ奴らなら滅多なことはないだろう。
あとで合流すればいいとする。
次は逃げ遅れた街の人の避難についてだが。
さっきも『アイズ・オブ・ヘブン』で一望した感じだと、モンスターは街全体にはびこっている。
そんな中避難と言っても人がどこに居るかとか、逃げる道中にモンスターと出くわすリスクとかの問題は多く、人数や時間、実力がどうしても必要になってくるだろう。
なにせ相手はそこそこの速さで飛行する。
並大抵の人では走って振り切るのは難しいこと。
そうなれば見つかったときに交戦は避けられない。
しかもその戦闘力ときたらAランクでも苦戦するほど。
Bランク以下では街に入るのは逆に危険なのは明らかだ。
現に今、捜索活動しているのはAランクだけらしい。
それを考えるとBランクなのに街に突入して人々の救出作業にあたる僕はもっと評価されてもいい気がする。
まあそれはそれとして。
崩壊したり火の手が上がっている建物がある以上家の中も安全とは言い難い。
AランクもB 、Cランクに比べれば人数がいないから捜索活動も捗らないだろうし。
かなり厳しい状況だ。
しかし。
そんな難題の解決も、僕の能力をフル活用すれば意外と簡単。
まず居場所だが、これは『アイズ・オブ・ヘブン』を駆使すれば楽勝で探し出せる。
場所が分かれば『オーバー・ザ・ワールド』で駆けつけて『ベネフィット・スターズ』第二の能力を発動させ一緒に安全な場所に転移すればオーケー。
もちろん何人居ても大丈夫だ。
探す時間の短縮、道中のリスクの排除、しかもその作業にかかる時間は多くても十秒あれば事足りる。
消耗した僕の体力はポーションで回復すればいい。
逃げ遅れた人がどれくらい居るかは分からないけど、五分もあればあらかた終わる気がする。
すげぇな、最強過ぎる。
我能力ながら実に素晴らしい。
まさに救世主。
聖人さながら。
勇者そのもの。
神がかり的。
勲章ものの働きだ。
ただ散々自画自賛しておいてなんだけど、残念ながらこの作戦にも穴はある。
それは、少なくとも助けた人に僕が異能力者ということがバレるってことだ。
正直なところそれはちょっと……って感じではある。
いやまあ、今そんなこと言ってる場合じゃないってことぐらい分かってはいる。
分かってはいるが、バレることに深い抵抗があるのも事実。
もし僕が異能力者って情報が広まったらなんて考えたら恐ろしくて夜も眠れない。
今まで疑われたけどアリバイがあるから無罪になったイタズラ関係の罪がまとめて降りかかることになるからな。
下手したら命を狙われかねない。
日頃の行いが悪いのが悪いと言われたらそれまでだが、せっかく活躍してもそれではあんまりだ。
ならどうするか。
まあこれも答えは簡単。
ようは正体を僕だと分からなくてすればいい。
その昔。
異能力者だとバレる恐れと、せっかくの能力を自慢したい欲望を天秤にかけるという葛藤をしていた時期があってだな。
迷ったあげく妥協案として、顔が割れないように仮面を付けて変装した上で能力を使いまくって人助けをし、チヤホヤされようという考えに至ったのだ。
まあそれは体力の限界とかやる気の欠如とか家庭の事情とか色々あって結局もうやらなくなり、黒歴史として封印していたのだが……。
「まさか再びこの仮面をつける日が来ようとは思わなかった……!」
僕は物置の奥にしまっておいた星のマークが目立つ仮面を取り出して装着した。
前の時はバレなかったから今回も大丈夫なはずだ。
更に仮面による変装に加えて、声帯模写で声を変える。
こんな時のために練習しておいて正解だった。
ちなみに、ここまでの思案及びお面やポーションの準備にかかった時間、約三十秒也……!
出来る男は準備が早いものなのだ。
「よし、やるか……!」
僕は無駄にカッコつけて気合いをいれ、『アイズ・オブ・ヘブン』を発動させた……!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
とある民家に転移してきたとき。
「おおお……終わりじゃ、この世の終わりじゃ……」
一人で身をくるめ、うな垂れてる爺さんを見つけた。
この世の終わりは少し大袈裟な気もするが気持ちは分からないでもない。
僕はそんな爺さんを安心させようと声をかけた。
「お爺さん、大丈夫ですか。助けに来ましたよ、もう心配いらないですぜ」
ちなみに今の僕の声は声帯模写の応用により、いつもの中性的な声音と比べてだいぶ男っぽい。
なんかそっちの方が正義の味方みたいだからナ。
そして僕に気づいた爺さんは。
「何じゃお前は! 人様の家に勝手に入りよってからに! しかもなんじゃ! 土足じゃないか! 非常識にも程がある!」
ぷるぷる震えてたのが一変、急に怒り出した。
「え!? あ、いや、その、ごめんなさい。すいません……」
予想外の叱責。
大声で怒鳴られて僕は慌てて靴を脱いだ。
転移して直接家の中に来たからそこまで気が回らなかった僕も悪いが、せっかく助けに来たのだからそれぐらいは大目に見てほしいものだ。
緊急事態だし状況が状況だからしゃーないじゃないか。
まあいい、とりあえず気を取り直して。
「えー失礼しました。ですがお爺さんは靴を履いてください。これから外の安全な場所に転移しますので……」
そう言って爺さんの手を取ろうとすると、ペシっと払われた。
「ええいうるさい! お前のような怪しい面のつけた奴の言うことなぞ信用出来るか! さてはお前、今のような避難時に空きになった家を狙うけしからん盗っ人じゃな!?」
「そ、そんな滅相もない……」
爺さんのもっともな言い分に僕はたじろいでしまう。
とんだ言いがかりだ。
まあ確かにそう思われても仕方ないと言えば仕方ないが……かと言って顔を見せて自己紹介するのも嫌だし、どうしたもんか。
と、僕が爺さんをなだめながら悩んでると瞬間、家全体が揺れ天井からバキバキと物が壊れる音が響いてきた……!
「な、なんじゃあ!?」
「やべぇ……!」
『アイズ・オブ・ヘブン』で見てみると、まずいことに屋根にモンスターがなんと三匹もへばり付いていて、今にも破壊して侵入してきそうな光景があった……!
くそっ、もはや悠長にしてられない。
こうなったら強制的にでもやるしかない……!
「お爺さん。ここは危険だ、早く逃げましょう。さあ、私の手に掴まって……」
そう僕が触れたと同時に『オーバー・ザ・ワールド』と『ベネフィット・スターズ』第二の能力のコンボで有無を言わせず一緒に転移しようともう一度手を差し伸べると、ムカつくことに爺さんは近くにあった杖で抵抗してきた……!
「やかましい盗っ人め! このっ! わしに触るな!」
「痛たたたた……!」
杖でビシバシと叩かれた。
このじじい!
下手にでてればつけあがりやがって!
「じじい! 残りの短い人生が更に縮まるのが嫌なら黙って大人しくしやがれってんだ!」
苛立った僕は無理矢理に爺さんに掴みかかった!
「何をする! やめんか! おい、こら! 離さんかい、このガキャァ!」
「暴れるんじゃねぇ! 老いぼれが!」
成り行きだが盗っ人どころかもはや強盗じみたことを強行してしまう僕。
神様、僕は今やってるのは人助けなのです。
僕は何も悪いことはしてません。
天罰を恐れた僕はそう自分に言い聞かせ、とにかく爺さんを連れて転移した。
転移先は避難先の隣街である。
周りには転移魔法陣で避難してきた人たちも居て、突然現れた僕と爺さんに驚いてる様子だ。
まあ多分一番びっくりしてるのは目を白黒させてるこの爺さんの方だろうが。
「な、なんじゃあここは……!? いつの間に……!? 一体どうやって……!?」
相当困惑してる様子だ。
こりゃ助けるつもらが逆に寿命を縮めちまったかもしれないナ。
まあすぐ死ぬよりはマシだろう。
「それじゃあ爺さん、あっちにギルドの人が居るから避難してきたと言って保護して貰えよ」
「お、お主は一体……?」
爺さんが何か聞きたそうだったが、時間も惜しいので最低限のことだけ言って僕は再び街に転移で戻ったのだった。
戻ったのはあの爺さんの家だがな。
上から洒落にならないぐらいみしみし聞こえるから早く逃げたいが、なんせ靴を置いてきちまったからな。
更にそんな危ない家の中に戻るという負わなくていいリスクを負わされた代償として……。
このちょっと気になってた高そうな壺は叩き割らせて貰うとする。
そんな訳で僕は、壺を持ち上げると同時におもいっきり地面に叩きつけた!
「オラァ!」
ぱりーん!
そう快感な音を立てて粉々に粉砕する骨董品ぽい高級そうな壺……!
ストレス解消にこれ以上のことがあるだろうか。
ちなみにその時の僕、罪悪感ゼロである。
どうせすぐにモンスターが天井を突き抜けて来て部屋をめちゃくちゃに壊すだろうから、その前に僕が壺の一つや二つ叩き割って何が悪い……!
そうして気分がスッキリした僕は次の瞬間には帰宅していた。
他の逃げ遅れた人を探すために……!
「ふう。全く、正義の味方も楽じゃないナァ」
とんだ正義の味方であった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
測ってはないけど多分壺を破壊してから五、六分が経過したころ。
僕は一通り救出作業を終えていた。
逃げ遅れた人が思ったよりも少なかったのと、たくさん居たとしても一か所に固まっていてくれたおかげで、かなりスピーディーに完了出来たのだ。
元々そんなに大きな街でもないこともあるとは思うがな。
これが大都市だったらもっとずっと時間がかかっていただろう。
救出作業にあたっているAランクのブレイブたちも逃げ遅れた人が居ないと分かれば勝手に撤退するだろうから僕が気にかけることもないし。
これにて僕の役目は完遂したという訳だ。
「よし、無事に崩壊しているな」
一仕事終えた僕はというと、さっき助けた爺さんの家がしっかり崩れてるからどうかを見に来ていた。
念のためな。
当然、『アイズ・オブ・ヘブン』でモンスター供がどこかへ去って行ったのを確認してからだ。
多分奴らも人の気配を感じてやって来たのだろうが、壊して中に入っても誰も居なかったから他所に移動したのだろう。
いいだけ人の物を破壊してトンズラするなんて、とんでもない生き物だ。
許すまじ、モンスター供……!
そんな輩にはいずれ死の制裁が下ること間違いなしだな。
ちなみに、その言葉が自分にブーメランすることになるのをこの時の僕はまだ知らないのであった。
「あれ? クズゴミじゃない、どうしてこんなところにいるの? とっくに逃げたのかと思ったわよ」
誰かと思えば、グングニルを片手に意気揚々としているアティナであった。
見ればカオリンも一緒だ。
これから僕も逃げようと思ったところだったのに、なんてタイミングで声をかけてきやがる。
「そりゃお前、一ブレイブとしての正義感から危険と分かっていながらも反対を押し切って自ら住民の救出作業を買って出てだな」
まあブーイングを受けなければ絶対にやらなかったことだが。
でも実際にはやったのだから多少リップサービスしても構わんだろう。
「……はあ、でもここにクズゴミがいるということは全くの嘘という訳ではないようですね」
完全に疑いの眼差しで僕を睨むカオリンは、そんなに僕がここにいるが信じられないのだろうか。
少し悲しくなってくる。
それともリップサービスを見破られたか。
「まあ僕だってやる時はやるからな……そういえばエーテルは? 追いかけて行ったんじゃなかったっけ?」
「追いかけてたのだけどね、そしたらあの黒い虫が邪魔して来て足止め喰らったの。でも聞いてよクズゴミ、私あの黒いの三匹もやっつけたのよ、三匹も!」
自慢気に言ってくるアティナ。
確かにあれを倒したのは凄いと思うが。
「アティナ、ですが三匹目は私が弱らせた個体です。とどめを刺したのはアティナでしたけど」
「うっ……カオリンのケチ。なら間を取って二匹と半分ってことでどう?」
何が二匹と半分だ。
物言いをされ、せこいこと言う吸血神にカオリンは仕方ありませんねと言っていた。
仲良いな、お前ら。
いいことだ。
お邪魔するのも悪いし、僕は帰らせて貰うとしようかな。
「そうよ、こんなことしてる場合じゃなかったわ。早くエーテルを追わないと。何してるのクズゴミ早くついて来て!」
嫌だなあ。
嫌だけど断ったらまたどんな罵詈雑言が飛ぶか分からないし。
まあ、アティナとカオリンが意外とあのモンスターと戦えるって分かったから少しは安全だろう。
エーテルを見つけたらすぐに帰れば大丈夫か。
いざとなれば『オーバー・ザ・ワールド』もあるしな。
そんなアティナの呼びかけに僕は、イエスと答えた。
「分かったよ……」
そういうことで、とりあえず僕はアティナとカオリンの後に続いて行った。
後に僕はこの時のイエスの選択を後悔することになる。
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