第23話 モンスター
街の上空に出現した超巨大物体。
加えて火の手が上がっているのも確認出来た。
魔獣か魔王軍か、相手の正体は不明だがいずれにしろ街が攻撃を受けているのが見て取れる状況に僕たちは。
「あわわわ、どうすればいいのクズゴミ、街が戦場みたいになってるわよ。あれなの? やっぱりあのでかいのから攻撃されてるの? なんならここから私が撃ち落として……!」
「待て待て落ち着け、流石にこの距離じゃ届かないだろ。仮に落とせても街がぺしゃんこになっちまう」
動揺してグングニルをぶっ放そうするアティナを治めると、僕は冷静に且つどれが選ばれても僕としてはノープロブレムな選択肢を提案する。
「いいか、選択肢は三つだ。一、帰らないで隣街のギルドに行って状況を報告して指示を仰ぐ。ニ、ここでひとまず様子を伺って成り行きを見る。三、見なかったことにする。僕はニか三がいいな」
しかしカオリンは反旗を翻した。
「何を弱気で日和ったことを言うのですか。すぐに街に帰還して事態の収拾に尽力するべきです。というわけで私は四のすぐに街に戻るを選びます」
「えぇ……」
ちっ、いるんだよなぁ、こういうの。
一から三までって言ってるのに勝手に新しい別な選択肢を作る奴。
「あたしは五のクズゴミを腐った根性ごとボコボコにしてからすぐに街に戻るを選択するぜ」
な……なんだって?
聞き間違いかな。
エーテルがひどくふざけたことを吐かしたように聞こえたが。
「じょ、冗談言ってる場合かよ、エーテルよぉ……」
「あ? 大真面目だぜ、あたしは」
すごく威圧するような声音のエーテル。
それには思わず冷や汗を流してしまう。
やべぇ、目がマジだ。
こいつ、大真面目に僕をボコボコにすると言っているというのか。
なんて恐ろしい奴……!
「決めた! 私もエーテルに賛成して五にするわ! ささっとボコッてすぐに街に帰りましょう」
は?
アティナが調子に乗ったことにエーテルの馬鹿げた案に便乗してきやがった。
いやほんと、僕の殴られる必要性の無さよ。
「待てや。なにがささっとだよ、そっちの方向で話を進めるんじゃない。それなら僕は四にする。これでニ対ニだから間をとって僕をボコらないで街に戻るというのはどうだ」
我ながら妙案だ。
アティナが殺る気満々に僕のことを睨むから恐ろしくなったから不本意ながらカオリンの案に僕は意見を変更することにする。
もしも多数決になったときに負けるからな、仕方のない選択だ。
が、しかし。
「クズゴミ、やはり私も五にします」
「!?」
そう僕が思って一秒もしないうちに、カオリンが悪びれもせずに平然と裏切ってきた。
そんな馬鹿な。
何故こんな理不尽な展開に。
めちゃくちゃにも程があるだろ。
まだ死にたくねぇ。
こうなったら……!
「お、お前ら、街が襲われてるっていうのにこんな所で四だの五だの騒いでる場合か! 僕たちのやることは決まってる、もたもたしてないですぐに街に帰還するべく出発するぞ! 急げ!」
僕は急にやる気を出したように三人にそう言った。
ボコボコにされるぐらいならと、正論を説いてさっきまでの話をうやむやにしてしまおう作戦にでることにしたわけだ。
「言い出したのはお前だろうが」
「グフッ! す、すんません……」
エーテルに腹パンを喰らうはめになったがな。
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行くときにも使った荒野地帯にある街の外に繋がる転移魔法陣で帰還すると、そこには避難してきたであろう人たちでごった返していた。
中には怪我をしてる人や怖さのあまりか震えて泣いてる人まで見受けられる。
街の中は相当危険な状態のだろうか。
すると顔見知りのギルドの職員の人に声をかけられた。
「あ! クズゴミだ! お前やっぱり良心が痛んで戻ってきたんだな。いくらクズでも生まれ故郷の街を見捨てるのは忍びないって訳か」
何故僕が一回街を見捨てて逃げたみたいになってるんだ。
「たった今荒野地帯から依頼が終わって帰ってきたところだ。それに僕の生まれはここじゃないし」
まあ街にいたらこの事態に間違いなく真っ先に逃げているところだが。
「一体何があったのですか、街の中はどうなっているのです」
カオリンがそう尋ねると、神妙な面持ちで説明し始めた。
「何事かなんてこっちが聞きたいぐらいだが……。急に当たりが暗くなったって騒いでたらよ、空からでかくて黒い虫みたいな甲殻をした魔獣がわんさか降りてきて街中大パニックさ」
そしてギルドにいたブレイブや兵士と連携して民間人を避難させたが、まだ逃げ遅れた人も沢山いると思われ魔獣がうろつく街の中Aランク以上のブレイブが救出作業にあたっているとのことだ。
「それで今逃げてこれた人だけでも外にある転移の魔法陣で次々と隣の街に避難してるところってわけだ」
「な、なるほど……」
いろいろ状況を聞き、僕は頷いた。
まあ何というか……あれだな。
想像していたよりもかなり緊迫した状態らしい。
ガチでやばいやつじゃん、これ。
『アイズ・オブ・ヘブン』で確認したらとりあえず僕の家は無事だったからそれはいいとしても、ほぼ街全体にあのモンスターが広がっていて完全に侵略されているような状態だ。
「ねぇ、その黒い虫って、もしかして変な触手みたいなの沢山出してこなかった?」
アティナが両腕で触手の動きを真似しながらそんなことを聞いた。
馬鹿みたいだぞって言ったら殴られた。
「あ、ああ、そうだ。飛びながらトゲの生えた鞭のようなもので攻撃をしていたな。しかもあいつらときたら頑丈で、攻撃魔法じゃびくともしなかったようだ。クズゴミ、お前なんかろくに戦えないんだから街にははいるなよ」
その魔獣の姿や攻撃の特徴を聞いてアティナ、カオリン、エーテルは同じことを考えたと思う。
それ、完全にクレーターで戦ったあいつだ、と。
「あのゴキブリ野郎がわんさか、ねぇ……」
流石にエーテルの表情にも曇りが見える。
そりゃそうだろう。
あのモンスター、一匹相手にでさえ苦戦を強いられ三人がかりでようやく倒せたという印象が僕にはある。
それが大量にいるとなると、とても勝てるとは思えない。
詰んだな、こりゃ。
「さて、と……それじゃあ僕たちは依頼直後で疲労してるからお役に立てないことだし、ここは大人しく退散させて貰うとしようかな……」
僕はそれっぽいことを言って、そそくさと避難用の転移魔法陣の列にさりげなく並ぼうとする。
しかしエーテルが逃げられないように素早く僕の腕を掴んできた。
「待ちなよ、ここまできてそりゃねぇだろ。大丈夫だ、あんなゲテモノ何匹いようがあたしが全部片付けてやる。クズゴミは一緒にきて逃げ遅れた人を避難させる係だ」
しかもなんか大丈夫とか全部片付けるとかほざいてやがる。
「そんな無茶な。一匹でも危なかったのに、大量にいたんじゃ勝てないだろ。エーテルだってもう一匹いたらやばいって言ってたじゃないか」
「はっ、勘違いすんなよクズゴミ。誰が勝てないなんて言った。ただ見た目が気持ち悪いからわんさかいたらもっと気持ち悪いなと思っただけだぜ」
「あっ、それは私も思った」
あっそう。
そうなんだ。
エーテルも虫系は苦手と。
それはいいこと聞いたナ。
事がひと段落したらペットのコオロギくんを紹介してあげよう。
顔面にナ。
今からどんな悲鳴をあげるか楽しみだぜ、グハハハハ。
この時の僕、そんな要らん行動によりコオロギくんを焼殺されることをまだ知る由もない。
「でも君たち、戦うのはやめた方がいい。あのランスさんのパーティーでさえ一匹仕留めるのがやっとだったんだぞ」
「マジかよ……」
ギルドの人からそれを聞いて、僕は少し震えてきた。
ちなみにランスさんとはこの街で一番強いと言われるAランクのブレイブで、弟二人と妹一人で四人パーティーを組んでるのである。
どうでもいいがランスさん兄妹の末っ子のハルバードは僕の同級生なのだ。
大抵の相手なら楽勝で倒せるあのランスさんたちでさえ苦戦するとは、やっぱりあのモンスター化け物だ。
そんなのが大量にいるのだから流石にここは大人しく逃げた方がいい気がしてならない。
「そのランスって人が誰かは知らないけど、私は行ってくるわ。吸血神たる私の仮にも根城にしている街にカチコミかける生意気な奴らを根絶やしにしてきてあげる」
アティナが指をパキポキと鳴らしながらそんな頼もしいことを言う。
今回はちょっと相手が悪い気がするが、まあダメ元でも人様の手助けになるのであれば特攻して貰うのもいいかもしれない。
「も、もしやれるならぜひ助っ人に行ってほしい。実は今、Sランクのオウレン・ピャウオリーさんが一人であの黒い虫と戦ってるはずなんだ。でもいくらSランクでもあの数が相手じゃ……」
「え? Sランクが来てるの?」
その言葉を聞いて、もう諦めて次の住居について考え始めていた僕に少し希望が湧いてきた。
Sランク。
数いるブレイブの中でも七人しかいない実力者であり、まさに一騎当千の猛者だとかなんとかって話しはブレイブでなくても耳にすることだ。
要はめちゃくちゃ強いってことだろう。
実際に戦ってるところは見たことないけど。
「……オウレンだと?」
エーテルが予想外のことでも起きたかのように呟く。
見ると、何かは知らないがそのSランクのブレイブの名前を聞いて顔色を変えていた。
「……? どうかしましたか、エーテル」
変化に気付いたカオリンがそう声をかけるが、反応がない。
何を悩んでるか分からないけどやっぱり逃げることにしたのならぜひ僕も混ぜてほしいところだ。
そう、僕がエーテルの気が変わったことを期待していると。
「……悪ぃ三人とも。パーティー入って早々だが、勝手に行かせて貰うぜ」
「え、ちょっと待ってエーテル……!」
アティナの声も聞かず。
そして言うが早いか、エーテルは地面に転がした箒にスケボーのように乗ると『スカイドライブ』を発動して街の方へあっという間に飛んでいってしまった。
それを手を振って見送る僕。
しかしアティナとカオリンは、そろってすぐにエーテルを追いかけようなどと言い出した。
「エーテルが何を思ったのかは分かりませんが……放っておくわけにはいきません。私も行きます」
「もちろん私もね。走ればまだエーテルに追いつけるかもしれないし、急ぎましょう」
そう言うと二人もあっという間に走って街に入っていき、僕はその背中も手を振って見送ったのだった。
改めて思うけど二人とも足速いな。
素の身体能力の高さと並外れた魔力から発動する魔法を組み合わせることによってあれだけのスピードを出しているのだろう。
そりゃいつも僕が逃げるときに足の速さ勝負になったら三秒以内に捕まるわけだ。
今のはそれよりもずっと速かったけどさ。
まあそんなことよりだ。
これで無理矢理に僕が街に突入させられるような展開は無くなったわけだな。
「あいつら行ってしまったな……頑張れよ三人とも」
「あれ? クズゴミは行かないのかい?」
僕が既に見えなくなった三人の応援をしていると、隣にいたギルド職員の馬鹿野郎がそんな水を刺してきた。
それに僕は当然のように答える。
「はー、なんで僕まで行かなくちゃいけないんだ。いやなに、案ずることはないって。奴らは強い。危なくなったら撤退出来るぐらいはな」
信頼関係を主張するようにドヤ顔で言ってやったが、ギルド職員の人はなおも口を開く。
「はあ……でも彼女らは勇敢にも危険な状態な街に向かって行ったのに、クズゴミは本当に行かなくていいのかい?」
なんだこいつ。
だったらお前が行けよと言ってやりたいところだが、そこまで言うと会話を聞いてる周りの避難してきた人たちに悪く言われそうだからここはグッとこらえるとする。
「いや……そんなこと言われても。ていうかさっき、僕に戦えないなら街に入るなよって言ってたじゃないか」
「まあ、確かに言いはしたがな……でも同じパーティーの仲間なんだろ? クズゴミも行ってやったほうがいいんじゃないかい?」
ちっ、うるせーな。
人ごとだと思って綺麗事並べやがって。
そんじょそこらの奴ならその言葉に惑わされてるところかもしれないが、あいにく鋼の意志を持つ僕には通用しないんだな、これが。
「でもなぁ、どーせ僕が行っても足手まといだろうし」
ところがそう僕が余裕気に構えていると次の瞬間、事態は一変した。
「なにを情けないことを! あんたそれでも男かい!」
何だと思い振り向くとそれは、避難してきていたギルド内でよく見かける清掃の仕事をしているおばちゃんの野次だった。
さらにそれを皮切りに、次々と僕に対する批判が飛び交う。
「クズゴミ! さっきからなんだお前の言い草は! 仲間の女の子ぐらい守ってみせるような気概はお前にはないのか!」
「ああぁ、なんと嘆かわしい。逃げの一手とは……。あれが将来を担う若いブレイブの現状か……」
「クズゴミさん! あの時語っていたブレイブとしての熱い情熱は嘘だったんですか!」
「クズゴミ兄ちゃん、かっこ悪いぞ!」
子どもにまで言われる仕末。
そして気が付けば。
僕の周りには人だかりが出来ていて。
他のブレイブ、街の老人や子どもを問わず、僕と顔見知りの連中が言いたい放題ふざけた毒づきの野次を飛ばしまくっていた。
調子に乗りやがって。
「くっ……」
だが報復しようにも、こう多勢に無勢だと流石の僕も手の打ちようがない。
くそ、どいつもこいつも好き勝手にほざきやがって。
こりゃあ、状況を利用した変則殺人だ。
しかしこのまま野次を無視して逃げたとなると僕の街での評価の株が地を這うことになるのは確実。
だからといって街に突入したフリをして『オーバー・ザ・ワールド』で逃げたとしても、あとでアティナたちに確認されたら結局は同じこと。
それは避けなければなるまい。
「まあまあ、皆さまお聞き下さい。この不肖クズゴミ・スターレット、皆さまのお言葉はしかとこの胸に受け止めました。これよりパーティーの仲間との合流及び民間人の保護を目的に街に突入する次第です」
僕はこの場を収めるために一ミリも思っちゃいないことで信用回復を試みる。
誰がどう見ても完璧な紳士的対応。
これは心ないこの連中でも僕を見直さざるを得ないだろう。
「御託並べてないでとっと行けや!」
「そうだそうだ!」
どうやら連中には人の心がないらしい。
「ちくしょう! 覚えてろ! ひと段落ついたら一人残らず壊滅的打撃レベルの不幸をもたらしてやるからなぁぁ!」
僕はそう誓い、捨て台詞を残すと街の入り口に走って行ったのだった。
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