第22話 魔法使い その④
あれはまだ僕が小さくて幼く、純粋な清い心を持ち合わせていた子どもの頃。
ある一冊の絵本を夢中になって読みふけったのを覚えている。
内容はとある魔術師の悪い魔獣との激闘の活躍を描いた英雄譚。
今となっては中身はほとんどうろ覚えだが、一つだけ鮮明に印象に残っていることがある。
それは作中の主人公である魔術師は魔法使いと呼ばれ、箒に乗って空を華麗に飛びながら移動したり戦ったりすることだ。
単純だった僕はすぐに影響され、箒を持ってその魔法使いの真似事をしてごっこ遊びに興じたのは懐かしい思い出だな。
「待って、その話おかしいわよ。クズゴミに純粋な心を持ってた時期があったなんて信じられない。さては改ざんした話ね、それ」
「しかし本当だとしたら逆に不思議ですね。どうしてクズゴミはゴミクズのような人格になってしまったのでしょうか」
舐めたことを言うアティナとカオリンにはそのうち減らず口の代償を払わせるとしてだ。
その箒で空飛ぶ魔法使いは星形やハート形の煌びやかな魔法で悪い魔獣を退治して、やられた魔獣もたんこぶを作りながらポテッと倒れるだけだった。
言うならメルヘンチックというか、ギャグ風というか。
小さい子どもには実際のこと描いては毒だと、作者さんの配慮だったのだろう。
そんなこともあり僕の中では、魔法使いというのはやんわりとして華やかで対象年齢五歳くらい向けの血生臭さとは無縁のものを思っていたのだが。
「どうしたゴキブリ野郎、おねむの時間か? だったら灼熱のゆりかごで永遠に夢を見な! 『ファイア・クラッカー』ッ!」
現実は残酷であった。
エーテルは実に上機嫌に箒で上空に浮きながら、宣言通り地上に叩き落としたモンスター目掛けて『ファイア・クラッカー』たる魔法を撃ちまくっている。
どうしてあいつはあんなになってしまったんだろ。
一体何に影響されたというんだ。
今目の前で繰り広げらている事は僕のイメージとは著しく異なる魔法使いの有り様であり、夢から現実に引きずり込まれた感覚を受けてしまう。
思っていたのと違いすぎだ。
そこには煌びやかな星やハートの魔法ではなく、目を覆いたくなるような大量の巨大な業火の弾丸が地を這うモンスターに無慈悲にも叩きつけられ続ける光景があった。
火の海地獄と焦げの匂い。
そして火球の弾幕を撃ち込まれ続け動くに動けないモンスターの悲痛な鳴き声。
なるほど、これがリアルな魔法使いの戦いか。
こんなの幼い僕が見ていたらトラウマものだった。
どうやったらこの光景があの絵本のようなメルヘンチックになるのか。
人間の想像力は偉大だナ。
今や僕の華やかな魔法使い像は大きく崩れ去ったのだ。
だが同時に生々しいリアリティを感じ、儚いイメージは消え失せ現実を勉強出来たことにより一つ大人になれた。
魔法使いとはああいう手合いで、実際の現場では血と殺戮が飛び交うものなのだと。
まあ、たまたまエーテルの奴が箒に乗って飛んで、マジシャンスタイルをしているだけで魔法使いを意識してるかどうかは知らんが。
そして数分後。
クレーターのくぼみ全体を火の海に変え、業火の釜を作り出したエーテルは一仕事終え満足した様子でクレーターの外で見物してた僕たちの元に降りてきた。
「ふぅー、あちぃあちぃ。手こずらせやがって、ザマァ見ろ。バーベキューにしてやったぜ」
「こりゃ焼け死んだって、気の毒に……いったいなんだったんだ、あいつは」
『アイズ・オブ・ヘブン』で確認してもサーチ出来ないから間違いなく天寿をまっとうしているはずだ。
この業火の前じゃ確認するまでも無い気もするがな。
「やるわねエーテル、『スカイ・ドライブ』って物凄い難易度が高い魔法なのに完全に使いこなすなんて」
「ああ、ありがとな。あたしは前世が鳥か羽虫だったのか、不思議とこれだけは得意なんだ。……それでも奴がもう一匹いたらあぶなかったかもな」
『スカイ・ドライブ』ってのは、さっきエーテルが空を飛ぶのに発動した魔法のことだ。
使える人があんまり居ないから実際に見たこと無かったけど箒に跨るのはエーテルぐらいだろうな。
「凄かったですねエーテル! まさに天魔の如くでしたよ。私、感動しました! 今度是非一緒に乗せてもらえませんか!」
カオリンなんかは余程感動したのか目をキラキラさせていた。
「いいけど、鎧は脱いでくれよな?」
モンスターのインパクトが強すぎて完全に記憶から抜け落ちていた。
今回の依頼の目的のことだ。
実際は隕石でなく化け物だった訳だけど、あの火の海からではカケラも回収するのは厳しいだろう。
まあ緊急事態だったんだ、仕方ない。
殺らなければ殺られていた。
結果的に、意図的に過剰な程の炎で焼き尽くしてしまいましたと説明しても許してくれるだろう。
それでも一応煤でも残っていないか見てみようとなり、消化されたクレーターの中に再度足を踏み入れたのだが。
「……元々黒いから分かりづらいけど、多分黒焦げになってるんだろうね」
「それならクズゴミの髪の毛も黒いから黒こげにしても分からないわね」
アティナが洒落にならんこと言うのは僕がアティナを盾にするように陣取ってるからだろうか。
それぐらいで目くじらを立てやがって。
相変わらず器の小さい奴だ。
そして僕が何から盾でガードしているかというと。
ぷすぷすと煙を出してこんがり焼けたモンスターである。
完全に塵か煤になったと思ってただけに、見つけた時はかなりビビったもんだ。
カオリンとエーテルは警戒しつつ、いつでも攻撃出来る体制でいる。
魔獣は生き絶えると塵になるので、逆に塵になってない場合はまだ息があるという解釈になるからだ。
二人が警戒するのは当然のこと。
しかしはアティナはグングニルを構えることもなく、無防備に近付くと。
「大丈夫よ二人とも。心臓が止まって血液の流れが無くなってる。間違いなく死んでるわ」
アティナにしては珍しく、随分と真面目な雰囲気でそんな事を皆んなに伝えた。
ていうか、そんなことまで分かるもんなのか。
てことはアティナには死んだふりは通じないってことか、今知れて僥倖だった。
「……そうなんですか?」
「そうよ。吸血神にして血を司る神である私が言うのだから間違いない!」
半信半疑のカオリンに胸を張って誇らしげにアティナは言い切ったが、僕は念のため何が起こっても逃げられるように一番離れたところにいるようにしておくとする。
「なあ、吸血神とか、血の神とか、一体なんの……」
「あー、あんまり気にしないでそっとしてやってくれ。心臓とか血の流れとか云々のくだりも、そういう魔法ってことで……」
エーテルが言いかけたところに、こっそりと説明が面倒なのでそんな感じのことを言っておいた。
召喚だの紋章だのマスターだの、説明したら長くなりそうだからな。
とにかく当初の目的を果たすべく、黒焦げになったモンスターの一部を剥ぎ取った。
時に僕の『オーバー・ザ・ワールド』には使うと反動があって体力を削るのだが、『ベネフィット・スターズ』第二の能力を併用したときは更に上乗せで体力を削る。
軽い物や、人ひとりぐらいなら問題ないが、僕より大きくて重い物だったりすると体力では反動を払いきれずに生命力が削れることになってしまう。
要するにこのモンスターのサイズだと僕の能力で動かしたら命の危機があるってことだ。
世の中上手い話しだけじゃないってことだな。
まあ仮に反動がなくても今の場合はやらないが。
僕たちはとりあえず用が済めば長居は無用と、さっさと帰路につくことにした。
「え、聖王軍に入らないかって?」
「そうさ、アティナの腕なら文句無しだ。カオリンもな」
アティナのおうむ返しにエーテルが答えた。
エーテルが切り出すまで忘れてたのだが、そういえば聖王軍へのスカウトみたいな話があったことを思い出す。
「エーテル、僕は?」
「えっ? ……あ、うん。そうだな……炊事係くらいなら居場所があるんじゃないか」
遠回しに不合格と言われた。
ちくしょう。
いや別に入るつもりは無いから構わなかったけど、気を使われて言われたことで逆に少し凹む。
まあそれはいいとしてだ。
問題はアティナとカオリンがどう言うかだが。
「エーテルが聖王軍の魔術師ってことは聞いたけど、スカウトまでやってたのね」
「まあな。それ以外にもあるっちゃあるけどな」
それ以外のことって何だろう。
拷問係かな。
「……? すかうと……?」
「雑用って意味だグフッ!?」
僕は横文字が苦手なカオリンに嘘の情報を流したら何故か理不尽にもエーテルに腹部を殴られた。
強烈な鈍痛に思わず膝を落とす。
苦痛のあまり悶絶してるというのに誰も気にもかけてくれない。
あまりにもひどすぎる。
「カオリン、スカウトってのは勧誘するって意味だからな」
「分かりました。大丈夫ですよエーテル、クズゴミの言うことは話半分にしか聞いてないので」
ニコッといい笑顔でそんなことを言われると流石の僕も傷つく。
確かに嘘つく頻度は高いけど。
「さて、クズゴミに話の腰を折られたが……どうだよ、二人とも。行ってみる気はないか?」
またすぐ人を悪者にする。
怖いけどその内エーテルの帽子の中にでもタバコの灰をプレゼントしてやろう。
バレたら割とガチで半殺しにされそうだがな。
多分、エーテルの凶暴性はアティナ以上だ。
「……そうね、折角だけど私はパスかな。今のほうが気軽で楽しいしね」
僕には見せたことないような申し訳なさそうな感じのアティナ。
「私はクズゴミとアティナについて行くと決めてるのです。申し訳ありません、エーテル」
なんてことだ。
二人とも、折角のお誘いだというのにスッパリと断りやがった。
聖王軍って確か入軍しようと思ってもなかなか難しいって聞いたことがあるような気がするのにもったいない。
「ん……そうか、残念だけどしょうがないよな。分かった、まあ何か縁があったらまた……」
「待ってエーテル、いいこと思いついたわ。つまりエーテルはもっと私たちと一緒にいたいってことなんでしょ。それならエーテルが私たちのパーティーに入ればいいのよ」
「え」
一瞬エーテルが思考停止したように固まった。
そりゃそうだ。
何をどうしてそう思った。
「……はは。アティナ、お前素直でいいやつだな」
それにはエーテルも苦笑いで返していた。
「単純で都合のいいやつだなって意味、ぐえ!?」
僕が横から捕捉のつもりで口出しすると何故かカオリンに身体がくの字に曲がりそうなほどの威力で横腹に肘打ちを喰らわされた。
内蔵にダメージが響き渡り手を地につける。
しかしそんなことになってる僕はやはり無視された。
「あ、あれ? もしかして私、全然的外れなこと言ったかしら。そういう感じじゃなかった?」
全然違うよ。
そう言おうとした寸前にカオリンから殺気を感じ取った僕は直ぐに口を噤んだ。
もう余計な茶々を入れるなと目が言っている。
怖すぎるからもう黙っておこう。
「いや、えーとだな。そういうことじゃないんだが……何て言うのかだな……」
そんなアティナの言葉に律儀に対応しようと困ったようなエーテルは戸惑っている。
そして少し何か考えてるような素振りを見せると。
「……それも有りっちゃ、有りか……」
まさかの一言を呟いた。
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また一人、パーティーに人が増えた。
こんなことになるとは予想だにしなかっただけに絶望を抑えきれない。
もう人が増えないようにアティナの貼ったポスターは密かに何枚か剥がし回って全部処分したというのに、あの苦労は全くの無駄だったようだ。
カオリンの時も思ったことだが、やはり多人数で行動するとそれだけ僕の能力の使い所が難しくなり、変に勘づかれる恐れも多くなる。
エーテルの実力はさっき目の当たりにしたばかりだから疑う余地は無いしブレイブになったらいきなりBランクとかありそうだけど、僕にとってはそれでもマイナスだ。
どうにかエーテルの気を変わらせることは出来ないものか。
「なあエーテル、本当にいいの? 聖王軍の方はどうするんだ?」
「ああ? んなもんほっといたって構いやしねぇって。あたしの場合」
悪びれることもなくエーテルはそう言い放つ。
なんという職務怠慢。
僕が真似したら身体に一生消えない傷を負わされそうだ。
「それにブレイブの兄がいてな、ちょうど用事があったことだ。あの街に滞在してブレイブの活動していればその内会えるだろうからちょうどよかった」
そんなに会いづらい兄なのかな。
一人っ子の僕にはよく分からない話だ。
しかしブレイブと聖王軍の二足わらじか。
まあ実際にブレイブと何か他の職業を兼務することは別に禁止されていないから大丈夫だけど。
僕の知り合いにもそういう奴がいるしな。
しかしまいった。
エーテルの気を変わらせる素材が思いつかない。
こうなったら街に帰って最初の依頼は害虫駆除でも受けて嫌気をささせるか……?
そんなこと考えながら歩いていると、来るとき僕が塩水で自爆した眺めのいい場所まで戻ってきたのだが。
「なんだ……あれ……」
そこで僕たちはそこから見える光景に息を呑んだ。
さっきは一望出来た街のその遥か上。
街全体と変わらない程の影を街に落とす、超巨大な浮遊物体が上空に鎮座していた。
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