第20話 魔法使い その②

「ふう、大分高くまで登ってきたわね。ホラ見てみなさいよクズゴミ、街があんなに小さく見えるわよ」


「はぁ、はぁ、うん、そうだね……」


 慣れない登山をしてヘトヘトの僕に比べ、遠足に来た子どもみたいに上機嫌のアティナには山からの景色を一望を楽しむくらいに元気が有り余ってるようだ。

 ちなみに僕は『アイズ・オブ・ヘブン』や『オーバー・ザ・ワールド』の能力を使って上空からの地上の景色はよく見てるのでこれくらいは特段珍しくもない。


「確かに絶景ですね。風も吹いてて気持ちいいですし、お昼寝でもしたい気分になります」


 後に続いて来た息ひとつきれてないカオリンも景色を眺めてそんな感想を口する。

 もちろんいつもの鎧姿で。

 魔法で楽になってるとはいえ、そんな重い鎧を着て登山なんて大丈夫かと聞いたら平気だと言ってたのは強がりではなかったのか。

 どんな鍛え方してるんだ。

 もはや何も言うまい。

 もう今度からカオリンの鎧について触れるのはやめよう。


 それとカオリンの後ろについてくる影。

 箒を杖の代わりに歩いてくるマジシャンスタイルの少女が一人居た。


「ふぃー、昼寝とまでは言わないがちょっと一服しないか? 足が棒になっちまうぜ」


 僕程ではないにしろ、疲れを見せていたマジシャンスタイルの少女……エーテルはマジシャン帽子を取って団扇代わりにして涼みながらそう言った。

 それにアティナとカオリンも頷く。


「そうね。景色もいいし、ここらで休憩しましょう」


「お、いいね。休も休も」


 僕も倒れそうだったから丁度休憩を挟みたかったところだ。

 それで何故か荷物持ちをやらされてる僕は皆んなに飲み物のボトルを投げ渡す。


「しかし、何故急に内容が護衛から採取の依頼に変わったのでしょうか。どうせ調べるなら現地で直に見た方が良さそうですが」


 飲み物を仰ったカオリンがそんな疑問を口にした。

 そう、カオリンの言った通り当日の出発直前に知らされたことなのだが、当初は調査の専門家の人を隕石まで護衛するはずが隕石の回収に変更になったのだ。

 まあ、護衛するよりも回収の方が楽だからよかったといえばよかったけど。

 と、カオリンの疑問に答えるようにエーテルが口を開いた。


「んなもん決まってる。皆んな自分の身が可愛いからさ。いくらウチらの護衛があるからといって、わざわざこんな場所に危険を犯してくる義理があるほど給料も貰ってないんだろう」


「なるほど……。そうですね、仕事とはいえ己が安全を優先するのは当然の権利でしょう」


 それでカオリンは納得したようなことを口ずさむ。

 でもどうしてだか、やはりどこか腑に落ちなさそうにしてるような感じでいるように見えるのは僕の気のせいだろうか。

 僕は調査の人の気持ちはよく分かるけどな。

 小銭で大怪我しては堪ったもんじゃない。

 まあ僕の場合、いくら積まれたって危ない目に遭うような仕事なら、嫌なもんは嫌だが。


「でも結局魔獣なんて全然現れないわね。これなら調査の人も一緒に来ても大丈夫だったんじゃない」


「ああ、そーいやまだ一匹も見かけてないね、魔獣」


 アティナの言葉に僕も頷く。

 ここ荒野地帯といえば魔獣がうじゃうじゃいることで有名だ。

 だからこそ僕も調査員も行きたくなかったのだが……。


「……確かに解せないな。あたしが前に来た時はもっと馬鹿みたいに湧いてきたもんだが……逆に変な感じだ。今は静かすぎる」


 エーテルは何やら深妙な顔して考え始めた。

 魔獣との戦闘がないと目的が果たせず、せっかくついて来た意味もないというのもあると思うが。

 すると同じくカオリンも。

 

「私も同感です。嵐の前の静けさと言いましょうか……嫌な胸騒ぎがします」


「胸騒ぎはしないけど、こうも順調だとなんかあるような気はするわね。あと、ただ歩いてるだけだと退屈になってきたし」


 なんか三人ともフラグみたいなこと言い始めやがった。

 僕はエンカウント少なくてラッキーぐらいにしか感じてなかったのに。

 やめてくれよ。

 本当に何か起こりそうで怖くなってきたじゃないか。 

 嫌な予感をさせないでほしいな。

 酷い憂き目に遭うのは御免被るぜ。


「ま、まあ三人とも考えすぎだって。飲み物でも飲んで、もっとこう気楽に、ゲホォッ!?」


 そう案じていた刹那。

 さっそく悲劇降臨。

 声をかけながら飲み物をグイッと飲んだ瞬間、僕は毒でも服用して血を吐き出しかのごとく吹き出し、ドサァと地に倒れ伏した……!


「ええっ!? 何々!?」


「どうしたんですか!? いきなり!?」


「だ、大丈夫か!? おい!」


「がはっ……!」


 これには思わず困惑しながらも、何が起こったか分からない三人は僕に駆け寄り介抱しようする、が。


「ち、ちくしょう……! 迂闊だった……! 僕としたことが……! 一本だけ中身を海水並みの塩水に仕込んだボトルを用意していたの忘れていた……! くそ、しかも……ついてねぇ、それを自分で引き当てちまうなんてよぉ……ぐふっ……!」


 一口でなんて破壊力なんだ……!

 これは是非、僕以外の誰かに飲んで貰いたかった……!

 しかし後悔先に立たず。

 自分で用意して、自分で選んで、自分で飲んで自爆したのだから誰にも文句が言えず実に歯痒い。

 

「あれ……?」


 僕が一通りことの顛末を言い終えると、アティナやカオリンだけでなくエーテルまでゴミを見るような目で見下ろしたあと僕を無視して先に歩き始めやがった。


 なんだよ、その心配して損したみたいな顔は。

 僕はお前らにはまだ何もしてないのに。

 血も涙もない奴らだ、くそぉ。

 

「……あいつはいつもあんなど阿呆なのか?」


「平常運転ね。いつも通りよ、いつも通り」


「呆れてものも言えないですよ、本当」



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 話は昨日のこと。

 街中、立ち話もなんだからということで入ったその辺の適当な茶店にて。

 エーテルと名乗った少女に結局捕まり、相談とやらを聞く羽目になったのだが。


「え、聖王軍への勧誘?」


 予想外の内容に僕は思わず素っ頓狂な声を上げる。

 聖王軍。

 その昔、聖王と呼ばれた人物が魔王軍に対抗するために組織した軍勢のこと。

 現代となり聖王が居なくなった今でも対魔王軍への活動を続けているらしいが……まさかスカウトマンがいるとは知らなかった。

 つまりエーテルも聖王軍の人間ってことか。


「……そう、魔王退治が酔狂だなんて言われる今日じゃ新しい人材を確保するのも難儀する現状でな。だからあたしみたいのが時々街に出て声掛けしてるわけさ」


「ふーん、そうなんだ」

 

 多分、エーテルはアティナの書いたポスターに魔王討伐云々書いてからこんな話を持ち掛けてきたのだろうが生憎、聖王軍に入団するつもりなんてこれっぽっちも……いや待てよ。

 これ、上手くいけばアティナとカオリンを聖王軍に押し付けれるんじゃないか。

 そうすれば僕がわざわざAランク相当の討伐依頼に付き添わられることもなくなるし。

 棚からぼたもちチャンスか?


「なあエーテル。パーティーは僕以外にあと二人いてさ、一人は魔王をブチ殺したくて、一人は魔王退治ってよりはその過程に用事がある奴なんだけど……どうかな」


「ノープロブレムだ……と言いたいが、その前に確認したいことがあってな」

 

 ……?

 確認ってなんだろう。

 前科持ちかどうかってことかな。

 それであればアティナなんかは、ちょっとしたイタズラをしたぐらいの純粋無垢な少年をボコ殴りにした罪で重犯しているからもしかしてアウトかもしれない。

 

「大丈夫、こっちからちょっかい出さなければ大人しいはずだから」


「ん……何のことか知らないけどあたしが確認したいってのはな、実力だよ。誘っておいてなんだが……魔獣の前に放り出して腰抜かしてビビるような奴じゃ意味ないだろ?」


 なるほど、道理だ。

 それで言うなら僕は最初から論外だったナ。

 でもアティナとカオリンなら魔力も高いし腕もたつから申し分無いだろう。


「分かったよ。でもどうやって確認するんだ? まさか闇討ちでもする気か」


 それなら協力は惜しまないが。


「見損なうな、そんな物騒な真似はあんまりやらねえ。それよかあんたらはブレイブなんだろ? 魔獣の討伐依頼の時にでも同行させて貰えないか、もちろん手も貸すぜ」

 

 エーテルはそんなことを言い始めたが、まあ別に僕としては吝かではない。

 いや、でもまた人が増えるのは僕としてリスキーか?

 ますます能力が使い辛くなるわけだし。

 だがエーテルは聖王軍の魔術師。

 きっと魔法の腕の方は期待出来る。

 故に戦力がアップすればそれだけ魔獣と遭遇した時の危険も薄れるってもんか。

 僕一人ならほぼ百パーセント安全なんだがな。


「うん、いいよ。アティナもカオリンも歓迎してくれると思う。さっそく明日荒野地帯にまで行く依頼を受けてるんだけど、いいかな?」

 

「ああ、決まりだな」

 

 とまあ、交渉という程でもないが話がまとまった。

 あとは明日、アティナとカオリンがエーテルのお眼鏡に叶えばいいが。

 でも二人が聖王軍は嫌だと言い始めたらどうしようか。

 二人にとっても悪い話じゃないから断る理由もない気がするけどな。

 聖王軍にいた方が街でブレイブやってるよりは目標に近づくと思うし。

 せっかくAランクになった功績は棒に振ることになるが、まあ二人は元々強かったからAランクもあっというまで有り難みも大してないかもしれないけど。


「……ところでよ、クズゴミ。お前、名前はなんていうんだ?」


 ……うん?


「いや悪い、誰に聞いてもあんたのことをクズゴミって呼ぶからよ。本名はなんていうのか気になっただけさ」

 

 エーテルはクズとかゴミとか言われて可愛そうに同情するぜ、みたいな雰囲気でそんなことを聞いてきた。

 あだ名か何かかと思ったのだろう。

 

「……本名だよ。クズゴミ・スターレットが本名だよ」


 そう僕が嘘偽りない真実を告げると、エーテルは五秒前までの雰囲気が一変。

 こいつ何言ってるんだみたいな不審者を見るような目で……。


「いや違うんだって、本当にクズゴミって名前なんだよ。クズゴミのクズは星屑のクズで、ゴミはスターダストのダストからーー」


「ああっ! 見つけたクズゴミ! 探したわよ、まったく!」


 僕がエーテルの誤解を解こうと説明していると、デジャヴを感じるが急に茶店に入って来たアティナの声で遮られた。

 嫌がらせか。


「なんだよアティナ、今大事な話をだな」


「ギルドの人があんたを殺すって探しまくってるわよ。何やらかしたか知らないけど早く土下座しに行った方が身のためよ」


 などと身の毛のよだつことを言ってきたアティナ。

 後で分かったことだがこの時アティナ、ギルドから小銭を握らされていたようで要するに僕をギルドに売りに来たのだ。


「バカヤロウ、殺されるのが分かっててノコノコ出て行く奴があるか。僕はほとぼりが冷めるまで逃げるから探さないでくれよ」


 そういう訳で会計を秒で済ませた僕の逃亡タイムが幕を開けたのだった。

 ちなみにその日の夕方ごろに捕獲され、半殺しの憂き目に遭ったのは言うまでもない。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 

 そんなこんなで今に至る訳だ。

 今度から逃げる時は国外に逃げるようにしよう。


「うわぁ、すごいわね。でっかいクレーターが見えてきたわ。隕石が落ちたというのはきっとあそこね」


 先行して進んでいたアティナが目的の場所を見つけたようだ。

 続けてクレーターを見たカオリンとエーテルも感嘆の声を上ていた。

 確かにこれは中々見れるようなものではないからな。

 高い場所からだとクレーター全体がよく見え、クレーターの外側には衝撃で吹き飛ばされたと思われる木や岩石が散らばっていた。

 クレーターの大きさや深さを見てもかなりの威力だったってこもが窺える。

 確かにあの場所に魔獣の巣があったとしても壊滅は必至だろう。

 ここからはまだ遠いし、流石にクレーターの中心部分にあるであろう隕石そのものは見えないがあんまり大きいと全部は回収出来ないから、一部を採取していく手筈だ。

 下手したら地面との激突の衝撃で粉々になってるかもしれない。

 ともかく、近くまで行ってみないことにはどんなものかも分からないか……あ、そうだ。

 『アイズ・オブ・ヘブン』を発動。

 これでどんな感じが少し観察してみよう。


 目を瞑り、暗闇の中に隕石と周りの光景が浮かび上がる。

 そして僕が見たのはなんと恐ろしいことに、隕石を囲むように周りには大量の魔獣がたむろしている光景だった……!


 う、うわぁぁ……!

 やばいな、これは。

 なんて恐ろしい光景なんだ。

 ざっと見積もっても五十匹は裕にいる。

 コリャいかんな。

 道中、全くと言っていい程に魔獣の姿がなかったのは何故かは分からないが、隕石の場所に集結していたかららしい。

 あ、無理無理。

 いくら強くてもあの数はやばすぎる。

 あんな状況で隕石の採取なんて不可能だ。


 という訳で、冷静沈着に且つ合理的な非の打ち所がない状況判断を無駄なく迅速に脳内で繰り広げた結果、僕が出した答えは……!


 逃げ帰る。


 まあ、僕からしたら当然の結論である。

 正直、考えるまでもない。

 出来ないことは出来ないとはっきり言うことも社会では時に必要であると僕は知っているからな。

 ここまでせっかく来たのが無駄骨になるのは多少癪だが仕方がない。

 あとは奴ら三人になんて言って帰るかだが。

 

 そう、僕が考えながら『アイズ・オブ・ヘブン』でその光景を眺めていると、異変が起こった。


「……?」

 

 隕石から触手というか、樹木の枝のような黒いひょろ長い物が何本もにょきにょきと生えてきて……周りの魔獣を襲い始めた!


「ひぇ……」


 それは正に地獄絵図と呼ぶにふさわしい光景だった。

 隕石から生えた触手が魔獣の身体を射し貫き、串刺しにしていき、飛び散った魔獣の血液は隕石や触手はもといあたり一面を赤く染めあげた……。

 映像だけなので音は聞こえないが、それでも魔獣たちの断末魔が飛び交うおぞましさが伝わるようだ。

 一方的に惨殺され、そして瞬く間に魔獣は生き絶えて塵と化し、残ったのは血に染まった隕石だけという……!


「あわわわわわわ」


 鏡がないから分からないけど、今の僕の顔血の気が引いて青ざめてそうだ。

 とんだスナッフ映像を見てしまった。

 軽くトラウマもんだ。

 失禁しなかったのは奇跡だな。


「クズゴミーー! 置いて行きますよー!」


 気がつけばアティナとエーテルは先に行ってて、カオリンが声をかけてくれたようだ。

 

「う、うん……今行く……」

 

 そう答えた僕は額から流れる嫌な汗をぬぐいながら追いかけて行った。

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