第19話 魔法使い その①
今日の僕は理不尽な事に、無理矢理に箒を渡されギルドのぐるりを掃かされていた。
例のごとく、ちょっとしたお茶目なイタズラがバレた所為で罰を与えられたのである。
やった事と言えば、ギルド内のトイレのトイレットペーパーを全部根こそぎ撤去したぐらいだというのに。
でもそれはトイレットペーパーが無ければトイレが使えないから汚される事もなく、掃除のパートのおばちゃんの負担も激減すると思った親切心からの行いであって、怒られる筋合いはないはずだ。
確かに本当にトイレを使いたい瀬戸際の人に回収したトイレットペーパーを高額で売りつけていた事は認めるが、僕の思いやりに溢れた善行に比べれば帳消しどころかお釣りがくるだろうに。
あんまりと言えばあんまりな仕打ちだ。
そんな訳で僕は学んだね。
良いことをしても報われるとは限らない、と。
情けは人の為ならず、なんて言葉は嘘っぱちだな。
全く、いい勉強になった。
僕がそう世の中の不条理を呪いながら渋々と掃除している姿を傍目で観察している奴がいた。
「今日は真面目に罰を受けているみたいですね。精が出ます」
いつもの鎧を着込んだ格好のカオリンである。
仕事のない日くらいは脱いだらどうだと聞いたら、重い鎧を着て活動するのも修行の一環だと言う。
「でも自業自得ですよ、クズゴミ。人様に迷惑かけるような事をするからいけないんです。反省して掃除に励んで下さい」
諭したように物を言ってくる。
ちっ、うるせーな。
説教紛いな事をほざくカオリンにイラッときた僕はさっき見かけた落ち葉に隠れてた毛虫を探すが、どこかに逃げたのか全然見つからない。
くそ、なんでもない時はいるのに肝心な時にいやがらない。
やはりこんな事があるかもと想定して捕獲しておくべきだったか。
僕とした事が、不覚の極み。
やはりここは『アイズ・オブ・ヘブン』の能力をもって探すかしかない、か……!
「……? 何か探してるんですか」
「いや、別に。何でも」
流石に落ち葉をめくったりするのを挙動不審に思われたか、つっこまれた。
お前の鎧の隙間に入れてやる毛虫だなんて告げたら、激昂してなます切りにされるかもしれない。
ただでさえ掃除をやらされているというのに、毛虫攻撃を勘付かれて反撃の口実を与えてしまうような二次被害は避けたいところ。
となるとここは適当に話を逸らすのが吉か。
「小銭でも落ちてないかと思ってさ。……ところでその持ってるポスターは一体……」
よく見るとカオリンが何やらデジャヴを感じるロール状に丸めたポスターをいくつか脇に抱えているのに気付いた。
「これですか? 実は私も師匠を捜すのにアティナみたいに張り紙を作って情報提供を呼びかけようかと思いまして。よかったら見てもらえませんか」
そう言って一枚ポスターを広げて、親の似顔絵を描いてそれを見せようする小さい子どものような無邪気な笑顔で差し出してきた。
とても綺麗に且つ丁寧に内容が書かれていて、筆者の想いが伝わるかのようだ。
それだけに……その師匠がもしかすると、既に他界してるかもしれないなんて言える訳がなかった。
僕は一度、カオリンの師匠の名前や姿の特徴を聴いて『アイズ・オブ・ヘブン』でサーチした事があるのだが、結果は何も映らなかったのだ。
『アイズ・オブ・ヘブン』はこの世に存在すれば何であろうと見る事が出来るが、逆にこの世に存在しなかったり死んでいる生物は見る事が出来ない。
つまりはそういうことなのだ。
その事は言えないし、言うつもりもない。
だから僕は、この事にはあまり口を出さないでカオリンに希望を持たせるような事はしないようにしようと決めたのだ。
……まあカオリンには悪いが、もし仮にその師匠が生きていて『アイズ・オブ・ヘブン』で居場所を割り出せても、能力の事をバラす事に他ならないから教えるつもりはなかったけど。
「うん、よく書けてると思うよ。少なくともアティナの落書きじみたヤツに比べればかなり上等だ」
「そ、そうですか? ありがとうございます。では早速貼り付けてきま……あ、そういえば忘れるところでした」
去っていこうとしたカオリンが踵を返してもどってきた。
今度はなんなのか。
「言付けを頼まれていまして。掃除が終わったら受付まで顔を出せ、とのことです。ついでにちゃんと掃除しているか見てきてくれと言われたんでした」
「なん……だと……?」
嫌な予感しかしない。
今度は何がバレたんだ?
まさかあれか?
ギルドの職員用の茶菓子の羊羹の裏にからしを塗った件か?
どうしよう、次やったら殺すって釘を刺されてたけど、ついうっかりしてやっちまったんだよな。
くそ、まだ死にたくねぇ。
もしその事だったら逃げても捕まるのは時間の問題だ。
ならば一か八か誠心誠意心を込めて土下座する作戦でいくか。
そっちの方がまだ助かる可能性が高いかもしれない。
「クズゴミ……また、怒られに行くんですか」
カオリンに呆れられたが、そんな事を命に比べれば些細な事。
しかし今の僕には、神に身の安全を祈りながら箒を動かすしか出来なかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
掃除を終え、死ぬほど嫌だけど行かねば死ぬかもしれないので受付に行こうと思ったその矢先。
「なあ」
「ん?」
そんな兵士が不審者に職質かける時のような声音で呼びかけられた。
振り返ると見てみると声の主は、魔術師のローブを身にまとい、とんがり帽子を被って手に箒を握ったまさにザ・マジシャンといったスタイルの少女だ。
僕よりもやや低めの身長だが、この少女からは得体の知れない威圧されるようなオーラを受けてるせいか、物凄く大きく感じるような気がする。
まあそれより僕が一番に気にしたのは……この少女が箒を持ってるってことだが……。
そうか、分かったぞ。
きっとギルドの人に言われて僕の掃除を手伝いに来てくれたんだ。
そうだ、そうに違いない。
じゃなければこんな格好で箒を持ってうろつくような仮装パーティー染みたことをする訳がない。
まったく、わざわざマジシャンスタイルの奴に箒を持たせて寄越すなんて、手の込んだ事を。
だが遅すぎだ。
もうとっくに終わった後なんだな、これが。
もっと早く来てくれれば良かったのに。
「せっかく来て貰ってなんだけど、掃除はもう終わったんだ。戻っていいよ」
「……掃除? なんか誤解してないか? こいつは掃除道具じゃないぜ。まあ、畜生供を掃除するって意味なら強ち間違いでもないが」
女の子にしては随分とワイルドな口調。
素でこれなのかな。
それか何か拗らせてるかのどっちかか。
それに畜生の掃除って、何にどう使うんだ、その箒。
何にせよ、ヤバそうな奴にはあまり関わらないようにしたいが。
「掃除じゃないなら何の用なんだ?」
まさかとは思うが、僕に恨みを持つ何者かに雇われた刺客……?
「……あんたがクズゴミ・スターレットだろ? このポスターのことを誰に言えばいいと聞いたら、皆んなあんた聞けと口を揃える」
阿呆な被害妄想をする僕に放り投げてきたのは、以前アティナが馬鹿みたいに貼りまくったポスターだった。
まだあったのか、これ。
見かけるたびに剥がして紙飛行機にして周ったからほとんど残ってないと思ったのに、どこから持ってきたのだろうか。
「内容は見させて貰ったぜ。いずれは魔王の仕留めるってとこも、な。もしそれが与太話でないってなら、少しばかり相談があったんだが……」
……相談?
相談ってなんだろ。
要は本気で魔王を倒すつもりならパーティーに混ぜてくれって話じゃないのかな。
いやでも、そんな魔王退治なんて命知らずなことを言い出す奴がアティナ以外にこの街にいる気もしないし。
仮に本気だとしても、それはそれで面倒くさいことになりそうだ。
何にせよ、関わり合う前に逃げるに限るナ。
「悪いんだけど、この後ギルドに顔を出さなきゃいけない用事があってさ。また今度でもいいかな」
と、僕には珍しく本当のことを言って逃げる口実を作る。
いつもこういう時は負ってもいない古傷が痛むとか適当言ってその場を立ち去るのだが、今回はマジもんだ。
「……そうか、そんなら時間を改める。突然誘って悪かったな。また会おうぜ、クズゴミ・スターレット」
そう言ってぷらぷらと手を振って帰っていった。
誰だったんだ、一体?
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
殺られると恐怖してビクビクしながら受付まで歩いて行くと、嬉しい事に切り出されたのは別件で依頼の話だった。
命拾いしたと心の中で安堵する僕。
念の為代わりに、特売で大分前に買って捨てようと思ってた羊羹を持ってきたけど必要なかったナ。
それはそうと話の内容を聞くと、良いニュースと悪いニュースだった。
僕が先に聞いたのは良いニュースの方。
この街から北の方へ約十数キロ程離れた場所にある荒野地帯。
そこに昨日未明、空から謎の巨大物体が墜落したという情報だ。
どうも、隕石ではないかという話らしい。
それの何が良いかというと、実はその荒野地帯にアティナが無理矢理持ってきた魔獣のハンティングの依頼に出向く予定だったのだが、その隕石騒ぎのおかげで中止になったからだ。
というのも、落下地点が丁度良くターゲットの魔獣の巣窟あたりで生態的に魔獣はその時間帯は巣に篭ってると思われる頃合いなので、隕石の衝撃による破壊で全滅したと考えるのが妥当だろうとのこと。
そう上手くいくものなのかと疑問に思ったが、まあギルドがそう判断したのなら僕としても好都合。
なにせ僕は一緒に同行する他のブレイブの荷物持ちや囮までやらされる予定で、あと長距離を歩くのも面倒くさいことこの上なかったからな。
非常に助かった。
しかもおいしいことに依頼のキャンセル料も出るらしい。
実に素晴らしいことだ。
ちなみにその隕石は勿論放っておく訳にもいかないので、専門家の人が現地まで調査に行くことになっているらしく、荒野地帯は危険な魔獣が多いことからブレイブの護衛を必要としているとか。
ただでさえ凶暴な魔獣が出没する危ない場所なのに、人を守りながら移動するなんてかなりの負担が強いられることは明白だ。
冗談じゃない。
しかし、そこで悪いニュースというのが。
その護衛に付くブレイブ、僕らってことだ。
「と言うわけで、仕事はハンティングからエスコートに変更になった。出発は変わらず明朝。今日は明日に備えて休息を取るということで。以上、終わり」
僕は暇そうにグングニルをくるくる回して遊んでるアティナと、ポスターを貼り終えたカオリンを酒場の席に着かせてギルドから言われたことを説明した。
すると早速アティナは嫌な顔をしている。
「えー? なんで護衛なんて怠い依頼が回ってくるわけ? それならまだ魔獣の巣窟にカチコミやる方が良かったわ」
アティナはくるくるは飽きたのか、今度は自分の髪をいじりながら気だるげに吐かしやがる。
同じ魔獣と戦うにしても護衛などの縛りや枷があると途端にやる気を失くす傾向があるな。
それにしても髪が長いの気にしてるのだろうか。
僕が切ってやるよ。
根本からバッサリと。
まあ、実行に移したら取り返しのつかない怪我を負わされるかもしれないからやらないけど。
「Aランクが二人もいるからだよアティナ。そんなパーティはこの街じゃ片手で数えるくらいしかいないからな」
そう、アティナとカオリンはブレイブの中でも上位のランクに位置付いていた。
カオリンは結果待ちだった魔力測定の結果が出てどうやら他の人に比べると群を抜いて数値が高いらしく、いきなりAランクのブレイブに認定。
アティナも再測定した結果かなり高魔力のようでAランクに昇格した。
おかげでもっと幅広く依頼を受けれるようになり、報酬金も悪くない額を貰える。
しかしAランクといっても良いことばかりでなく、例えば今回みたいなAランク相当の突発的な緊急依頼をやらざるを得なくなったりするのだ。
ちなみに僕の魔力は相変わらず測定不能でランクは変わりないからアティナとカオリンと一緒でなくてもと思ったが、アティナが付いて来ないと血管に腫瘍ができる呪いをかけるとシャレにならないこと言い始めたから仕方なく一緒に依頼を受けてる。
そんなこと本当に出来るのか知らんが、勘弁してほしい。
助けてくれ。
「ふむふむ、ハンティングが狩り、エスコートが護衛の意ですね。勉強になります」
絶望の心境の僕の隣で、今言ったカオリンの言うところの横文字の言葉を懸命にメモしていた。
勉強熱心なことに、自分の知らない言葉が出た時はいつもメモするようにしているらしい。
この間それを利用して嘘の意味を吹き込んでやったら、恥かいたとかいってカオリンの奴殴りかかってきやがった。
カオリンも意外と怒ったら先に手が出るタイプと知った瞬間だ。
親愛を込めたただのジョークだったというのに、なんて酷いやつ。
そう自分のことは棚に上げて人を非難していると、僕は何やらギルドの方から騒がしくこちらに向かってくる足音に気が付いた。
猛烈に嫌な予感がする。
非常に激しい胸騒ぎ……!
リアルな死の予感……!
と言うわけで、ここは直感に従い早く逃げることにした。
「あー、二人とも? 僕はちょいと用事を思い出したから帰るけど、もし誰かに僕の在りかを聞かれても知らないと言っておいてくれ」
その場を立ち去る前に念のためアティナとカオリンに口止めをしておく。
「別にいいけど、どうしたのよ急に」
「また何かやらかしたんですか?」
そんな二人の言葉は最後まで聞かずに、僕はそそくさと裏口から酒場を後にする。
と、それと入れ替わるように泡食ったようにギルドの職員が入って来た。
「はぁ、はぁ、そこの二人、スターレットの奴を見かけてないか! ギルドに連れてくるように命じられているのだ。しかも生死は問わない、と」
そんな非人道的なことを命令されてるってのか。
ひでぇな。
ふざけてやがる。
人の命を何だと思っているんだ。
実は立ち去ったように見せかけて、もしかすると僕の杞憂ということもあるので『ベネフィット・スターズ』第一の能力を使いその場の様子をうかがっていたのだが、まさかの案の定。
速やかに避難しておいて正解だった。
「クズゴミならたった今、裏口の方から出て行ったわよ。直ぐに追えば捕まるかも」
「そうか! 情報提供、感謝する!」
当たり前のように何の躊躇もなく僕を裏切ったアティナに言われ、ギルドの職員は裏口の方から去っていった。
だがいくら行ったってそっちの方に僕はいない。
当然だ。
だって僕はここに居るからな。
そして裏切り者には相応の罰を。
ネズミ用のホウ酸団子を食わせる刑に処す。
神とは言え同じ哺乳類だし、効果はあるだろう。
だが問題はどうやって食わせるかだ。
一歩間違えば、それは僕の口の中に捻じ込まれることになる。
くっ、難しい課題だ。
僕はそう悩みながら、とりあえずお目当てのホウ酸団子を手に入れるべく今度こそ酒場を後にし、商店街を歩いていた。
街道は毎度のことながら、人でごった返して賑わってる。
この人混みならギルドの連中からもそう簡単には見つからないだろうというカモフラージュも兼ねてのこと。
木を隠すなら森の中とはよく言ったもんだ。
それにしても最近は実際に外に出てみることが多くなった。
少し前まで外には出ずに自宅でゴロゴロしながら『アイズ・オブ・ヘブン』でウインドウショッピングと洒落込んでいたが、それをやってると暇を持て余したアティナがちょっかいかけてくるからいつからか、やらなくなってしまったからだ。
最初はムカついてレモン汁スプレーで顔面に反撃をくれて追い払ってやった時もあったけど、まあ実際に現地に行って肉眼で見て回るのも悪くない。
と、気になる店が視界に入った。
大きな通りから横道にはいったところだ。
看板にはゲテモノ屋と書いてある。
そういや昔、一回だけ行ったことがあった。
蛇とかカエルとかトカゲの干物に、あと食用の虫とかが商品として並んでいたのを覚えている。
爬虫類や昆虫系は触るのは別に何ともないが、食べるのは流石に避けたもんだ。
カブト虫の幼虫みたいな虫なんか踊り食いだからな。
そうだ。
いいこと考えた。
別にホウ酸団子にこだわる必要なんてないからな。
この店で買った食用の虫でたこ焼きでも作ろう。
アティナと、そういえばカオリンにも借りがあった。
この前のシュークリームのことがまず一件。
あと昨日枕投げをしたとき、投げてもアティナもカオリンも全部躱すから枕片手にダイレクトアタックを仕掛けたんだが、それもヒョイっと躱されてな。
勢いあまって転んじまったところを、奴ら二人掛かりで滅多打ちにしてきやがったんだ。
許せねぇ。
それに比べれば虫とはいえ、食用なんだからたこ焼きのタコとすり替えて食わせるぐらいは全然手ぬるいと言えるはず。
だいたい、ちゃんとした店で売っている食べ物を馳走してやるんだから文句を言われる筋合いはない。
よし、それでいこ……いや待てよ。
……馬鹿か、僕は。
そんなアホな理屈が通じる奴らではないと充分に理解してるだろうが。
まず、間違いなく致命傷を負うことになる。
僕としたことが、変なテンションで取り返しのつかないミスを犯すところだ。
落ち着け、冷静になれ。
クールにいこう。
やはり、僕の犯行だと悟られない方向での復讐を編み出さなければ。
「よう、ご機嫌だな。クズゴミ・スターレット」
背中をパシッと叩いて呼んできたのは、さっきの拗らせマジシャンスタイル少女だった。
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