第18話 日常 その②

 カオリンが加入してから幾日か。

 身体の疲れも大分癒えてきた今日この頃。

 カオリンはアティナと同じく、僕の家に居候することになった。

 今までは安い宿暮らしだったみたいで、部屋が空いてるからそれなら家に来いと誘ったのだ。

 アティナがな。

 あの野郎、完全に自分の根城と思い込んでやがる。

 そのうち、奴にはヒエラルキーというものを思い知らせなければならない。

 

 まあ、それはいつかのお楽しみとして。


 今日は唐突に天啓、面白いこと閃いてしまった。

 思い立ったが吉日だ。

 早速、実行に移すとしよう。

 

 

 自宅のキッチンにて。

 まずは用意するのはさっき買ってきたお得用、一口サイズのシュークリーム三十個入り袋。

 ここから五個ほど、注射器を使って中に常に備蓄してあるタバスコを注入する。

 何もタバスコは鼻腔内に噴射したり顔面に吹きかけるだけが使い道じゃないってことだ。

 一回、二回、三回。

 よし、これくらいでいいか。

 注射器三本分のタバスコがこの一個に凝縮されているって寸法よ。

 あとは皿に盛り付けて完成だ。

 タバスコを仕込んだ分と普通の分を混ぜて盛る。

 お手軽、激辛タバスコ爆弾入りシュークリーム盛りの出来上がり……!

 食べた瞬間、って寸法だ……!

 さて、あとはこいつを誰に食らわせようか……おっ。

 僕がシュークリーム盛りを持って廊下を歩いていると、部屋で座禅を組んでいるカオリンを見つけた。

 最初の獲物発見だ。


「よぉカオリン」


「何ですか? クズゴミ」


 相変わらず重苦しい鎧を着込んでるカオリンに早速声を掛けた。


「実はシュークリームを買ったんだけど一人で食べるにはちょっと多くてさ。よかったら一緒にどうかな?」


「? とは一体何ですか? 横文字の名前の食べ物はあまり知らなくて……」


 そう尋ねてきたことに、僕は内心ガッツポーズ。

 これで仮にタバスコ爆弾を食べたカオリンが怒り心頭で殴りかかってきても、これはこういう食べ物なんだと適当に言い訳出来る。


「なーに、ただのお菓子だよ、お菓子。この中にクリームが入ってるんだ。美味しいよ」


「くりーむ?」


 尚も首を傾げるカオリン。

 うーむ、あまり甘いとか味の説明するとボロが出そうだ。

 ここは、はぐらかすのが吉か。


「ま、食べてみりゃ分かるよ。どーぞどーぞ」


「はぁ……そうですか。では折角なのでご馳走になります」


 ちなみにこの時のカオリンの心境はこうだ。

 


 怪しい。

 クズゴミがただの善意で菓子を振る舞うとは考えにくいですね……。

 となると、あるとすれば一口食べた瞬間何かの見返りを求めて来るとか?

 恩着せがましいクズゴミなら十分にあり得ますからね。

 もしくはお得意のイタズラ……この菓子に何か細工が施してある……?

 例えば中に何か辛いものを入れたとか。

 この前なんて、抹茶味の餡子とだと偽って練りわさび入りの饅頭を食べさせられるところでしたし。

 その可能性を考慮するならばクズゴミが先に菓子を口にするまで様子見が得策……!






 とでも思ってるんだろ?

 目を見りゃ分かる。

 完璧に僕を疑ってる目だからな。

 しかし疑わしいのなら最初から誘いを断るべきだった。

 お前のミスは「ご馳走になります」と言ったあとに疑いの芽が生まれたことだ。

 カオリンの性格と武士道精神を重んじる信条からして、一度食べると口にした以上、全く食べないということは礼を失すると考えしないはず。

 つまり、どんなに疑わしくても最終的にはタバスコ爆弾を喰らわざるを得ない……!

 

「頂きます。……うん、美味い」


 僕は皿から一個取って口に運ぶ。

 カオリンの思惑通りにまずは僕が先陣を切る。

 サクサクとした皮にしっとりとしたクリームの甘さは絶品だ。


「頂きます……ん、美味しいですね! これ!」


 それを見て、カオリンも僕のあとに続きシュークリームを食べる。

 するとどうだ。

 食べる前の警戒していた雰囲気は何処へやら。

 クリームの甘さの様にとけてやがる。

 けっ、ちょろいな。

 女なんて所詮こんなもんよ。

 これで一個食べてもう結構です、は無くなったと言っていいだろう。

 この調子ならまだ食べる。

 これも当然狙い通りだ。


 そして僕の予想通りカオリンは二個、三個と次々とシュークリームを口に運ぶ。

 僕も合わせて何個か食べる。

 ちなみに自爆することは決してない。

 まずは見た目。

 タバスコ爆弾と化しているシュークリームは微かにだが外側から赤くなっている。

 ネタを知っている僕には直ぐに見分けがつく。

 また、皿への盛り付け方にも一工夫施している。

 まあ工夫と言っても皿の半分にタバスコ爆弾を集中して盛って、そちら側をカオリンが取る側に向けて置いただけだが。

 更に警戒している初見でタバスコの赤みを見破られないよう上の方には普通のシュークリームを盛るという念の入れよう。

 僕が食べ、自分も一個食べて大丈夫なら警戒は薄れ下の方のタバスコ爆弾の赤みには注意が届きにくいと読んでの行い。

 どれも単純だが効果はてき面だ……!




 カオリンは考えていた。


 このしゅーくりーむという菓子、甘くてとっても美味しいです。

 クズゴミも特に何か要求してくるわけでも無いですし、何よりも一緒に食べてるのですから菓子に仕掛けがあるというのは流石に考えすぎでした。

 そうです。

 きっとこれは本当に善意でご馳走してくれてる物なんです。

 クズゴミ、すいませんでした。

 心の中でとはいえ、あなたを疑ってしまって。

 仲間を疑うなんて、私もまだまだ修行がたりませんね。

 せめてもの償いに今はクズゴミの善意に甘えさせて頂きましょう。



 反省の意とともにシュークリームを噛みしめるカオリンだったが、ついにその時がきた。

 無作為にカオリンが手に取ったその一個。


 来た!

 それだぜ……! カオリンちゃんよ……!

 赤みの目印があるから間違いない。

 しかも角度的にカオリンからは見えない位置にあるから直前で気づくことはないはず。

 くっ、まだだ。

 まだ笑うな。

 笑うのはカオリンが悲鳴をあげたその瞬間だ……!


 

 しかしここで僕、致命的なミスを犯すのだがこの時の僕には気づく余地はなかった。

 


 ……!?

 今感じた背中にぞくりと這い寄る悪意は一体……?


 八武衆として培った経験と今までに積んできた鍛錬により、カオリンは相手の発する意の感覚を察知することに長けていた。

 そしてそれが、ギリギリの瀬戸際でカオリンを悪魔の魔の手から救ったのだ。



 違いない。

 今の悪意は今手にしたこの一個を皿から取った刹那、クズゴミから感じ取ったものでした。

 くっ、この男、やはり信用なりません。

 その証拠にこの一個、さっきまで食べた分に比べてわずかとはいえ、重いです。

 中に何か細工を施したのは明白。

 恐らくは辛い系の調味料、わさび、からし、あるいはクズゴミがよく使っているたばすこを混入させている……?

 いずれにせよこのまま食べる訳にはいきません、が……かといって一度手に取った分をわざわざ皿に戻すのは余りにも不自然。

 ここはひとつ、クズゴミのあるかないか分からない良心に訴えかけてみますか。



「クズゴミ! ありがとうございます! こんな美味しい菓子をご馳走して頂いて! 私とても嬉しいです!」


 それはまさに太陽も嫉妬する様な眩しく、とても可愛らしい百二十点の笑顔だった。

 ややわざとらしいがその笑顔をモロに貰った僕だが。



「そりゃ良かった。どんどん食べてよ」


 

 あぁ? 

 感想なんていいからとっとと食えっつーの!

 けっ!

 その笑顔も直ぐに地獄に落ちることになるぜガハハハ!

 

 どこまでも腐り果てていた。 

 やはりこの間は疲れていただけだと理解する。

 


 そしてカオリンの笑顔の裏では。



 くっ!

 今の笑顔を見てもまだ鬼畜の所業を続行するというのですか。

 流石はクズゴミ。

 その名前は伊達じゃありませんね。

 そのクズさには感服せざるを得ないです。

 仕方がありません。

 あまり気が進みませんが、こうなったら実力行使です。


 次の瞬間カオリンは何を思ったか、手に持っているシュークリームを笑顔で僕の口元に近づけてきた。



「クズゴミ、あーんして下さい。あーん」


「え」




 何……だと……!?

 馬鹿な……何で、今、そんな、マジか、よ……!

 

 

 それはまさに、防御と攻撃を同時に行う一石二鳥のウルトラC。

 カオリンの予想外の一手に僕は余裕を失った。

 何とか動揺を表に出さないようには出来たが冷や汗が噴き出す。

 

 待て待て待て。

 こんなことする様な奴じゃないだろ。

 だというのにこのタイミングでそれをしてくるということは、これはつまりもう、勘付いたってこと?

 シュークリームに仕込んだタバスコ爆弾を……いや、そこまでのネタに届いていなくても自分の取った分に何か嫌な予感があるとその異常なまでに研ぎ澄ませた感覚で看破したというのか……!

 不味い。

 どうする。

 何とか上手く断る方法は……。

 このままではタバスコ爆弾で自滅することになる。

 

 僕はこめかみから汗が一筋流れるのを感じた。

 しかし瞬間気付く。

 この一手を打開する、その突破口を……!



 カオリン、頰を少し赤らめている……?

 


 そうか。

 こいつ、慣れない事で恥ずかしがってるんだ。

 それを我慢しての挙動。

 カオリンのこの一手、苦肉の策と見た。

 なるほど、ならばそこにつけ込めばまだ何とか……!


 僕が逆転の手を模索しいたその時だった。


「え、何々? シュークリーム? 私にもちょうだいちょうだい」


 ここでアティナ、参戦。

 獲物二号が寄って来やがった。

 その食い意地が命取り……いや、今はそうじゃない。


 ナイスだ。

 いつもは邪魔ばっかりするが、今回は良いとこに来た。

 アティナ、茶化せ!

 この状況を茶化してくれ……! 

 そうすればカオリンも耐え切れなくて引っ込まざるを得ないはず……!


 一方のカオリンは。


 アティナ!

 良いところに駆けつけてくれました!

 何とか私に合わせて下さい……!

 あと、ひと押しなんです。

 この外道の口に細工されたこの菓子をねじ込むためにも手助けを……!



「えっ、どうしたの二人とも……?」

 

「クズゴミにあーんしてあげてたところです」


「いや、そんな、僕は折角だけど遠慮しようかと」


 一瞬困惑したアティナだったが、普段おちゃらけてはいるものの、そこは百戦錬磨の吸血神。

 瞬時に二人の意図を察知し、状況を把握することに成功した。

 問題はアティナがどちらの味方に着くかということだが……。

 アティナは少しも迷うことなく言った。



「クズゴミ、折角だからあーんして貰いなさいよ。このチャンスを逃したら女の子にあーんして貰う機会なんてもう二度と訪れないと思うの」


 アティナはポンと僕の肩を叩き、死の宣告をした。

 どうや日頃の行いというなはこういう時に精算されるらしい。


「流石はアティナです。さあクズゴミ。もう観念して口を開けて下さい」


 僕は流れ出る大量の冷や汗を感じた。


 チクショウ。

 もうダメだ。

 おしまいだ。

 追い詰められた。

 くっ、業腹だがこうなったら最終手段を取るしかない。

 

「うっ、急に気分が……! 悪いけど僕はこのへんで失礼させてーー」


「待ちなさいよ」

 

 僕がしれっと逃げようとすると、アティナが呼び止めて来た。

 しかしそれを無視して走り出す。

 

「逃すかぁ!」

 

 が、ダメ……!


「な!? しまった……!」

 

 走り出す寸前、一瞬で僕の背後に回ったアティナに羽交い締めされ、そのまま体重をかけられ倒され、床に激突し、のしかかられる形になった。

 

「グフッ! ま、待ってくれ! 話せばわかる! 魔がさしたんだ! 実はそのシュークリームにはタバスコがたっぷり仕込んであるんだ! 僕が悪かった! だから頼む! 今回は見逃してくれぇ!」


 逃げようとした今、知らなかったとしらを切るのは無理だと判断した僕は正直に打ち明けて謝罪し、許してもらおう作戦にでたわけだが……。

 

「そんなことだと思いました」


 そこにはすでにゴミを見るような目で僕を見下すカオリンの姿があり、その眼差しには一切の慈悲は感じられなかった。

 どうやら許すなんて選択肢すら無いようだ。


「このしゅーくりーむはどうするつもりですか? 食べ物を粗末にするなんて言語道断ですよ? ここは細工をした張本人が責任を持って食べると言うのが筋というもの。あ、心配しなくても大丈夫です。私が食べさせてあげますから……!」


「あああああ……だ、誰か助けーー!」

 

 僕が救いの手を求める声を上げるが、


「因果応報よ。誰もあんたを助けないわ」

 

 アティナの無慈悲な台詞が遮るのだった。




 結局僕の口に全てのタバスコ爆弾がねじ込まれることとなる。

 そして涙で歪む視界に、僕は奴らへの復讐を誓ったのだ。

 

 この怨み、はらさでおくべきか。

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