第17話 天香国色の騎士

 ぼちぼち日付けが変わりそうな時間帯。

 僕たちは長い一日を終えて、ようやく拠点の街に戻ってきた。

 僕もそうだが、アティナとカオリンもそれなりに疲労していてテンションがかなり低い。

 ギルドに簡単に報告を終えると、腹に何か入れるかということで酒場の方へ来た。

 席に着くと、すぐにウエイトレスのお姉さんが注文をとりにくる。


「私は……いつもの頂戴」


「かしこまりました」


 え、なにそれ。

 アティナの奴、いつのまにそんな技を覚えたんだ。

 ウエイトレスのお姉さんにも普通に通じている。

 僕も真似してみよ。


「いつもの」


「は? お前のいつもの何か知らんわ」


 酷い。

 辛辣だ。

 確かに毎回決まって頼むようなものはないのだが。

 疲れた心身に結構響く。


「えと……じゃあ、果実酒。それとソーセージ盛りを三人前」


「かしこまりました」


 カオリンは飲み物のメニューを眺めているが、そこから選ぶことはなく。


「それでは……クズゴミと同じものを私にも」


「かしこまりました」


 注文をとり終わると、厨房の方へ下がっていった。   

 ありがたいことに他に客はあまりいなかったので注文したものはすぐにきた。


「お待ちどうさまです」


 きたのは果実酒二つ、アティナのいつもの一つ、ソーセージ盛り三人前が二つ。


 ……いや、そこは分かって欲しかった。

 確かに同じのって言ったけどさ。

 いつもならツッコミを入れるところだが、今はその元気がないのがもどかしい。

 言葉って難しいものだ。

 




 あの後。

 村まで撤退した僕たちは、とりあえず村長さんに出発した後の事の顛末や一部始終を説明した。

 活発化した魔獣の群れとの遭遇を始め、にも新しい封印の札の張り替えが間に合わなかった事、そして封印されし鬼との死闘。

 その激闘の余波は村の方にまで及んでいたらしく、雷鳴や爆発音、さらには地響きなど、身の危険を感じさせる現象が多々起こっていたためかなり心配していたそうだ。

 それで無事に僕たちが戻ってきて皆、心底安心したのだと。

 戻ったら村長さんだけでなく、村の人総出で出迎えられたから逆にびっくりしたぐらいだ。

 相当ご心配をかけてしまったらしい。


 色々と申し訳ない。

 いや、本当に申し訳ない。

 

 とまあ、封印の札のことなどの過ぎ去ったことは綺麗さっぱり忘れて、そんなこんなで村を後にし、街まで帰ってこれた。

 一応、依頼は大成功だ。

 報酬は今日は時間が時間だから明日以降貰えることになったが、あれだけ魔獣とやり合った割には金が少ない。

 元々魔獣との戦闘は無しの方向での内容だったから仕方ないといえば仕方がないが、なんか腑に落ちない。

 まるで損した気分だ。

 まあ、戦ったのはほとんどアティナとカオリンだけど。

 特に村への撤退途中に遭遇した魔獣なんて、カオリンが無双しまくってたからな。

 実にもったいないことだ。

 魔王を討つとか言ってたが、あれだけ強ければそんなのしないで、もっと大きい街とかに行って強いパーティーとかに志望すればいいのに。

 今時、魔王を討つなんて言うのは聖王軍の奴らぐらいだ。

 本当にもったいない……。


「……なあカオリン。カオリンの実力ならさ、別に魔王討伐に拘らなくても上位のブレイブになって充分活躍出来るんじゃないか。僕とアティナはランクも低いし、その……大した依頼も受けれないし……。よければ僕、Sランクに知り合いがいるからその人のパーティーを紹介……も出来るし……」

 

 僕は尻すぼみな言い方になってしまったが、カオリンにそう聞いてみた。

 はっきりものを言わないのはカオリンに、自分を追い出したいのかな、と思われるのが嫌だったからだ。

 そんなつもり毛頭ない。

 ただ、ここにいてもせっかくのカオリンの実力を活かせる環境でもないわけだから、宝の持ち腐れかと感じたからそういう提案をした次第だ。

 Sランクのパーティーなら、もっとしっかりとした整った環境もあるし、メンバーも強くてまともで連携とかもやりやすいはず。

 そっちの方がカオリンも存分に腕をふるえるというものだろう。

 僕は足手まといになりかねないし、アティナは強力な魔法を見境なく撃ちまくるから連携なんてもってのほか。

 カオリンがどう思ってるのかは知らないけど、同じことを感じてるなら、自分からは言いづらいと思うから僕の方から声を掛けたほうがいいかなと思ったのだ。


 それでもしカオリンが僕の言葉に頷いてくれたなら。




 まずは、紹介料をがっぽりゲット……!

 奴は羽振りがいいから、カオリンレベルの人材を紹介すればそれなりに報酬は弾んでくれると期待出来る……!

 あと今回の依頼で痛感したのが、人が増えるとやっぱりその分能力の使うタイミングが難しくなるってことだ。

 アティナだけでも大分余計だというのに、これ以上の増員はもう御免……!

 そのアティナは僕がこの話をしたらぎゃあぎゃあ横から反対してくると思っていたが、意外にも沈黙して飲み物を啜ってるだけだ。

 アティナなりにカオリンのことを思ってのことかは知らんが、面倒がなくて好都合……!

 いいネ。

 一石二鳥すぎる……!


 僕がそんな完璧且つ、みんなが幸せになれる算段をしながらカオリンを窺うと、ちびちび飲んでた果実酒のジョッキを置いて俯いていた。

 何を悩んでるのだろうか。

 あ、そっか。

 流石に即答はアレだと思ってちょっとは考えるふりをしているんだな。

 なるほど。

 その小芝居は確かに効果的だと思う。

 僕でも同じことをするだろうな、うん。

 

 しかし、次にカオリンが話し始めた内容を聞いて、僕は自分が下衆の勘繰りが過ぎたことに気付かされる。


「……クズゴミ、アティナ。申し訳ありません、私は一つ嘘を吐きました。私の本当の目的は、魔王を討つことではなく、ある人を探すことなのです……!」

 

 俯いてたカオリンは、重々しい雰囲気でそんなことを打ち明けた。

 僕が期待してた返答じゃなかった。

 にしても、人を探して、か。

 確かに魔王を討つなんて最初聞いた時は正気を疑ったもんだ。

 そういう訳があったのか。

 僕の『アイズ・オブ・ヘブン』なら十秒あれば見つけられるが……。


 そして次にアティナが聞いた。


「人って……前に言ってたカオリンの師匠のこと……?」

 

 それにカオリンはコクリと頷く。


「……はい、その通りです。そういえばアティナには少し話しをしましたね。……私は、急にいなくなった師匠を探して神夢蘭の村を離れこの地まで来たのですが……肝心の師匠が何処へ行ったのかは分かりません。師匠は神夢蘭の人間ではないので故郷も分かりません。どんな知り合いがいたのかも分かりません。居場所にも心あたりはありません」

 

 何も分からないってことか。

 ノーヒントじゃ探しようがないだろうに。

 それならブレイブになるよりもギルドに捜索の依頼を出して村で待っていた方が楽な気がするが。


「ただ一つだけ……手がかりがあるとすれば。師匠が口癖のようにいつも言っていたことがあるのです。それは、魔王を倒すことが目標だ、というものです。……それで私は浅はかとは思いますが、私自身も同じ事を志して活動していれば、闇雲に動くよりは師匠の足跡を追えるのではないかと……そう、考えました」


 ……そういうことか。

 気持ちは察するところだけど、それは中々難しいことだろうな。

 人探しに苦労したことない僕にとっては分かりづらいことだ。

 だが、なんとなく話は見えた。

 幾らカオリンに腕っ節があっても一人では限界がある。

 ブレイブならパーティーで複数人の行動が出来るし、仕事上、広範囲で活動して色々な情報をギルドを通して得ることが可能だ。

 その師匠の人間像の噂でも入ってくれば儲けものだろう。

 ただ、問題があるとすれば……。


「だけど、魔王討伐なんて目指すパーティーが中々いなかったってわけか」

 

 そう、今のご時世にそんな酔狂とも言えることを本気で実行するブレイブなんてまず存在しない。

 仮にいたとしても、僕らみたいな少人数で現実味のないものばかりだろう。

 それにしたって絶滅危惧種だ。

 あとは聖王軍だが、あれは普通には入れないし。

 

「……魔王討伐の募集の張り紙を見かけて、声を掛けさせて頂いたのですが……お二人が真剣に魔王討伐を目指す中、それを利用するような真似をしてしまいした。本当に申し訳ありません」


「いや、そんな、謝るようなこと」


 カオリンが謝罪しながら頭を下げてきたので、僕は慌てて止めた。

 魔王討伐なんて言ってるのはアティナだけで、僕にやる気はサラサラないのにそんな風に謝られては逆に申し訳なくなってくる。

 そんなこと律儀に告白しなくたっていいと思うが、それもカオリンの言うところの武士道精神ってやつなのか。

 

「……カオリン、辞めちゃうの?」

 

 僕がカオリンの態度にあたふたしていると、話の流れ的にカオリンがパーティーから抜けると思ったらしいアティナが、珍しく悲しそうな面持ちでそう言った。

 そんな顔されると、遠回しとはいえカオリンをパーティーから脱退させようとしていたことに僅かながら罪悪感が湧いてくる。

 おかしい。

 なんで僕は今アティナとカオリンに謝りたいと感じているのだろうか。

 何も悪いことしてないのに。

 言葉って難しい上に恐ろしいんだな。

 恐ろしいから直ぐに忘れよう。


「いえ、アティナ。辞めるつもりはありません。約束したではないですか、我が剣で貴方の道を切り開くと。ただ、やはり私は師匠を探してたい気持ちもあるのです。それがお二人の邪魔になってしまうのなら、身を引くのも致し方ないことかと思い……」


「そんな、邪魔なんてとんでもないわ! カオリンは師匠に逢いたいのよね? だったらそこに私たちに気を遣う余地なんてないわよ。ねぇ、クズゴミ!」


 食い入るようにカオリンに言葉を返したアティナは、更に僕に激しい同意を求めてきた。


 え?

 まあ、邪魔とは言わないけど別に今のところ魔王討伐を目指す活動らしいことは何もやってないから他のパーティーと変わらないし、その上で師匠探しならなにも僕らのパーティーに拘らなくてもいいんじゃないかと。

 しかし、この流れ、この空気でそんなこと口が裂けてもそんなこと言える訳がない。

 言ったらアティナに半殺しにされる憂き目に遭う。

 なのでここは。


「そうだな。カオリンさえよかったら、パーティーに……まあ、二人しかいないけどさ。一緒にまた依頼をこなしていこう。それに師匠探しも手伝うぜ。三人で探せばきっと見つかるさ」


 僕は微笑んでカオリンに言った。

 そこに虚偽の心情はない。

 臨時収入はもう諦めた。

 保身も何とかするしかない。

 ならいつまでも諦めたことは引きずらずに、さっさと割り切る方がここはいいと思ったのだ。

 

「クズゴミ……アティナ……! どうして……! そんなに……!」

 

 カオリンはよっぽど嬉しかったのか、ひどく感動した様子で震える声で問う。

 それにアティナはそんなの愚問だといった感じで答えた。


「そんなの、カオリンがカオリンだからよ! 決まってるじゃない!」


 ……?

 とりあえずアティナはカオリンを気に入ってるってことだな。

 そうじゃなければこんなに喜怒哀楽が表に出るような奴じゃない、と思う。

 カオリンも「ん?」みたいな表情を一瞬見せたけど、アティナの気持ちは伝わったらしい。


「……ありがとう。そのお気持ち、感謝の至です」


 カオリンは兜の紐をほどき、それを脱いだ。

 脱ぐと『天魔舞動』の効力の恩恵が消えて、ただの重りになるからと言っていたが……。

 何気にカオリンが兜を取るのは初めてお目にかかる。

 雪のような白色の揃えられた毛髪は僕よりも身長の低いカオリンをより一層に子どもらしく見えるため、兜をかぶっているのと脱いでいるのとで大分印象が違うから少し驚いた。

 鎧のせいで厳格な雰囲気を醸し出していたのか、兜を脱いだだけで年相応の少女という認識が生まれる。

 数時間前に鬼や魔獣とあれだけの戦闘をした人物とは思えないほどに、華奢だった。

 

「改めてーー八武衆が一人、カオリナイト。我が運命、貴方方と共に歩みましょうーー」

 

 覚悟が重いことと会った時には言えなかった名乗りを上げて、カオリンはニコッと笑ってくれた。

 



 ……疲れているせいか、僕としたことが不覚にもその笑顔にドキッとしてしまったのは内緒だ。

 

 

 

 

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