第16話 紅の悪魔、地獄の化身
鬼は再び距離を殺した。
一瞬にしてカオリンの眼前にまで迫った巨体は、その剛腕を鞭のように振るい、一撃必殺の火力を生んだ長剣が横一閃する。
申し分ない破壊力と化け物じみた剣速。
並みの相手なら身体を瞬時に切断されているところ。
ーーだがカオリンの首には届かない。
長剣は虚しく空を切る。
カオリンはその鎧の重量を微塵も感じさせることなく後ろ側へ跳躍し、難なく回避したのだ。
「ーーーーーーっ!」
鬼は追撃する。
今度は着地後の硬直の隙を狙い、二度目の一撃必殺を込めて長剣を叩きつける……!
脳天から一刀両断の軌道を辿った剣線。
それを避ける間もなく、小剣で受けるカオリン。
しかしまともには受け止めてはいない。
カオリンは剣を通して巧みに力の方向を操作し、鬼の攻撃をいなしたのだ。
結果、地面に撃ち落とされた長剣は深く土を切り裂き食い込んだ。
鬼は固く食い込む長剣を、造作もなしに引き抜く。
そしてそれにより生じた隙を見逃さず、カオリンは当然のごとく撃って出た。
「ハァ……!」
カオリンの攻撃。
右の一太刀、左の二太刀、そして両の剣を交差して斬りつける……!
鬼の懐へぬるりと滑り込み、交差してすり抜ける間に三度の剣戟を撃ち込む早業。
首元へのクリーンヒットを成功させた。
しかし、それでも鬼を沈めるには至らない。
それどころか。
「ふんっ。そんな鈍で幾ら斬ろうと、儂の肉体には響かんぞ……!」
鬼は涼しい顔をして自分の首元を撫でていた。
その言葉の通り、カオリンが斬りつけたのにもかかわらず、鬼の身体には痣すら残っていない状態。
確かに、先のアティナの攻撃を迎撃した際の爆発を真近で受けたはずなのに、無傷でいられる耐久力があるのだ。
剣で斬りつけた程度ではダメージを与えられる筈もないのも頷ける。
だがカオリンにそのことを聞いても動じる様子はない。
さりも当然といった具合の態度だ。
「……鈍ではありません。我が愛刀『無名』と『名無』は非傷の特性を持つ剣。故にどれだけ刃で撫でようと、切り傷一つ付くことはないのです。もし、私が普通の刃を扱っていたなら、あなたは今ので倒れていましたよ?」
「……何ぃ……?」
なるほど。
血が苦手なくせに刃物を武器に使っていたのはその特性があったからなのか。
でもその特性は武器として如何なものなのだろう。
それじゃあ敵を全然倒せないんじゃ……?
そんな感想と疑問を思っていた刹那、僕は全身が粟立つの感じた。
鬼の奴が、どうやらカオリンの言った挑発的な台詞に激怒したようだ。
それに伴い、鬼の肉体は血管が浮き出るほどに力み、怒りの情緒により魔力が急激に膨らみ辺りの大気を震撼させる。
人一倍他人の怒りに敏感な僕には分かる、奴は今かなり危ない状態だ。
元からかもしれないが、さっきまでの殺意が一段と増しているのを感じる。
あいつも低沸点の類だったらしい。
直接怒りの矛先を向けられているのはカオリンのはずなのに、よく少しの動揺もなくいられるなと感心する。
僕ならとっくに漏らしてるところだ。
「儂を前にしてあまり調子に乗るなよ小童がぁ! 直ぐにその生意気な口を二度ときけなくして思い上がった態度を取ったことを後悔させてから嬲り殺してくれるっ!」
怒号をあげる鬼。
その肉体は何が起こったのか次第に赤く変色していき、蒸気が出るほどに熱がこもった。
それだけではなく、隆々とした筋肉は膨張し、その巨体を更にひとわまり大きくさせより強力な威圧感を醸し出している。
野郎、第二形態を隠していやがった……!
「グハハハハハッ! これが儂の真の姿よぉ! こうなったらもう大量の血の海を作り出すまでは止まらんぞぉ! 手始めにまず、貴様の首や手首の動脈の血管をビィィっと引きずりだして! 血管からほとばしる血液を浴びてからぁ! 身体中に切れ込みを入れて失血で死に至らせてやるぞぉ!」
やたらと血にこだわったやり方だな。
血の話を聞いて隣にいたアティナがピクッと反応しているのはほっとくとする。
それより心配なのはカオリンだ。
「カオリン! 大丈夫かーー」
「あ、あ、あわわわわわわわわ」
全然、大丈夫じゃなかった。
案の定、青ざめた顔でへたっていた。
嘘だろ。
益々トチ狂った鬼を目の前にあの状態はやばいって。
そんなへたり込んだカオリンを見て鬼は調子づいたようで。
「今更震えて怖がったところでもう遅いわぁ! 絶望と激痛の中でくたばるがいい!」
指を鳴らし、今にもその鋭利に尖った爪をカオリンに突き立てる気満々だ。
マジでやばい。
どうする。
このままではカオリンがやられる。
消耗が激しそうなアティナを無理させられないし、カオリンはまるっきり動けなさそうだ。
どうしてこんなことに。
くっ、行けるのは僕だけか……!
……気が進まないがこうなったら仕方がない。
「ごめん」
と、蚊ほども感じていないことを言って、僕はアティナの顔に地面から掴んだ砂を投げつけた。
もろに喰らったアティナは悲鳴をあげる。
「ギャアァ!? このクズ! 何するの……あれ?」
アティナは僕を突掴もうとしたが、僕は既にそこにはいなかった。
今のはアティナの視線を一瞬、僕から外すための行い。
能力のこと、バレたくないからな。
「あうぅ…………」
「涙目で情けない声で唸っても無駄だぁ! 儂に慈悲などない!」
手を伸ばせば届く距離にまで鬼はカオリンに接近している。
カオリンが自分に恐れを抱いていると思っている鬼は、更に怖がらせようと焦らしながら攻撃するつもりらしい。
そしてその行為が、鬼の運命を分けた。
僕は『ベネフィット・スターズ』第一の能力を発動しつつ、『オーバー・ザ・ワールド』で鬼のすぐ真横まで来ていた。
よって、鬼もカオリンも僕のことは認知出来ていない状況にある。
馬鹿な野郎だ。
やるならいたぶるような真似をしないでさっさとやればいいものを。
お陰で僕が攻撃するチャンスが生まれたって訳だ。
それと、儂に慈悲などないと言ったが。
奇遇だな。
僕もだ。
その愚行のツケに、今地獄に送ってやる……!
僕が胸ポケットから取り出しのは一本の注射器。
針が太く、中身を一気に出せるタイプのやつを用意した。
普通は薬を入れるもの。
だが肝心の中身の液体の色はとても禍々しく、かなり濃い赤色だ……!
まさかこれを使えるとはな……!
注射器の蓋を取る。
そして針の先端を鬼に突き刺す……のではなく、鬼の鼻腔内に向けて中身を放出するためにロックオンの構えをとる……!
喰らいやがれ。
「デビルレッドヘルリバース……!」
僕が宣言したのは、タバスコの比ではない辛味成分を含む調味料の名前だ。
人が摂取すると最悪ショック死する程のやばい代物だが、この鬼相手になら使用しても何の問題もない……!
製造も販売も禁止されてるが、こんなこともあろうかと裏ルートで入手しておいたのだ!
人に使うのは流石に避けていてお蔵入りしていたのだが……いっぺん使ってみたかった夢が叶ったぜ……!
そして僕は躊躇なく射出する。
途端、鬼は何の前ぶりもなく急に大きく仰け反った。
鼻を抑え、悲鳴にならない悲鳴をあげながら地面をのたうち回る……!
赤く変色していた顔は更に赤く染まり、顔のいたる穴という穴から汁を出しまくる惨状……!
顔面が大火事だ……!
「ハハァ! 天罰だ脳筋野郎が!」
能力で誰にも気付かれないのをいいことに、悪ふざけが過ぎる僕。
こんな時だが笑いが止まらない。
鬼の奴、あれだけ余裕ぶっていたのに、数秒でこの有様だ。
ザマァなさすぎる……!
世の中、鬼よりも鬼な奴がいるってことを思いしったか。
勉強代は高くついたようだがな……!
「おっといけない」
本来なら追い討ちを仕掛けたいところだが、今回は惜しいけど自重せざるを得ない。
早くカオリンを連れて逃げねば。
僕は『ベネフィット・スターズ』の能力を解除し、カオリンに駆け寄る。
「立てるかカオリン。今こそ神がくれたチャンスだ。この隙に早く逃げよう」
「えっ、あっ、クズゴミ……いつの間に……。あれはクズゴミがやったのですか」
突然暴れ始めた鬼を指差して、何が起きたか分からずポカンとしているカオリンはそんなことを聞いてきた。
「僕は何もしてないよ。それよりはよ、トンズラしようってば」
色々問われると面倒なので適当にカオリンの言葉はスルーして、とりあえず鬼から少しでも遠くへ逃げようとカオリンの手を掴むが。
「ま、待って下さい、クズゴミ」
待たない。
そう思って無理矢理引っ張っていこうとしたが、僕は思わず足が止まる。
予想外だった。
「ぐぬああぁああぁああっ!! おのれぇ! 殺すぅぅぅ! 殺してやるぅぅぅ! うがぁぁぁあああああ!」
顔面が汁でぐちゃぐちゃになった鬼が叫びながら向き直る……!
その肉体は怒りのためかデビルレッドヘルリバースの刺激のためか、さっきよりも更に筋肉は膨張し、人型だった鬼はもはや異形の怪物にへと変化を遂げていた。
馬鹿な……!?
デビルレッドヘルリバースをまともに喰らって、まだ攻撃する気力が残っているとは……!
くそっ、死に損ないが。
しぶとく死に抗うか。
……などと言ったものの、実際かなりのピンチに陥っている。
まず僕の姿を鬼に認識されている限り、『ベネフィット・スターズ』第一の能力で鬼から隠れることが出来ない。
走って逃げても、恐らくあの異形の姿になっても鬼の方が僕より速いかもしれない。
カオリンなら一人で逃げられると思うが、それはカオリンの性格的にやらない気がする。
そうなると厄介なことに、能力を発動する時はカオリンも巻き込む形でやらなければならないことになる。
と言っても『ベネフィット・スターズ』第三の能力で無敵になっても逃げ切れるとも限らない。
あとは『オーバー・ザ・ワールド』で転移するしかないが……その場合はやはり能力をばらすことになるし。
いやでも、さすがに命には変えられないよな……。
揺れる天秤。
測りかねる決断の重さ。
心拍数を上げる心臓。
二者一択の境地……!
しかしここで僕、閃く……!
一人になってバラさずに能力を発動出来るチャンスを作り、なお且つ僕の株をも右肩上がりさせるという一石二鳥のウルトラC……!
僕の場合、練りに練った計画よりも、直感で思いついたアイデアの方が功を奏すことが多いのだ。
ちなみに、鬼が異形の姿になってからここまでの間、わずか二秒……!
「……カオリン、あいつは僕が引きつける。だからその隙にアティナを連れて逃げてくれ」
普段なら囮になるようなことなんて、間違っても口にしない。
しかし今は特別だ。
そう言い、僕は化け物となった鬼からカオリンを庇うように立ち塞がる……!
完璧に決まった。
かっこよすぎるだろ、今の僕。
正直、これがやりたかっただけというのは否定出来ないが、まあそれに頷いたカオリンがアティナとどっかに行ってくれれば万々歳、作戦成功だ。
成功の瞬間、転移で即、逃亡することを約束する。
ぶっちゃけるともうこの場に一秒でもいたくないのだ。
「な、何を馬鹿なことを……! 駄目です! 危険すぎます! そんな、一人で戦おうなんて……」
「誰が戦うなんて言ったよ。時間を稼ぐだけだ。大丈夫、あとで必ず合流する。僕に任せて早く行くんだ」
後で死ぬ奴が残すような台詞を言うが、この僕にそれはない。
安全第一、人命優先で行動するからだ。
主に自分の、な。
それよりいいから早く逃げてほしい。
じゃないと僕も逃げれない。
しつこいようだが、本当に僕にとって能力のことが漏れるのは死活問題なのだ。
しかし僕の期待とは裏腹に、カオリンは背を向けない。
それどころかへたっていた身体に喝を入れたか、血への恐怖は克服したのか、鬼を相手に再び愛刀を向け相対した。
「……未熟を恥じるばかりです。自らの恐怖心に打ち負け、敵を目前にしながら醜態を晒すばかりか、仲間に要らぬ気を使わせてしまった……。ありがとう、クズゴミ。あなたのその勇敢な心は、私に勇気をくれました」
「そ、そうなの」
別に全然そんなんじゃなくて逃げたい一心で言ったことだったけど、カオリンが調子を取り戻してくれたならまあいいか。
それよりカオリンは戦うつもりのようだ。
だが、完全に怒らせてパワーアップした鬼を相手に、さっきと同じようにはいかないだろう。
やっぱりここは逃げたほうが。
「がっっ!!」
「!?」
一瞬のこと。
鬼は転げ回ったおかげで十メートルくらいはできた距離を、一息で跳躍し間合いを詰めてくる。
異形の姿に変わる前よりもはるかに素早い移動に、僕は走馬灯を見るところだった。
そして鬼が狙いに捉えているのはカオリン。
牙か爪か、それとも拳か。
剣は既に手放しているが、奴の攻撃力が減ることはない。
全身五体そのものが全て凶器のようなもの。
いずれの攻撃でさえも人を仕留めるには事足りる。
触れられれば良くても致命傷、まともに直撃すれば文句なくあの世行き。
そんな死を予感させる圧倒的な暴力の前にカオリンは。
「ーーーー『天魔舞動』」
静かにそう、唱えた。
刹那、異形の巨体は命を切り裂かんと言わんばかりにカオリンに向け、鋭利に尖った爪を立てようと眼前にまで迫る。
その爪が到達するまで、瞬きほどの時間もないわずかな瞬間。
カオリンが身を躱すのには充分だった。
いや、正確に躱したと分かったのはこの数秒後。
僕の肉眼には、そして恐らく鬼にも、カオリンが一瞬にして消失したようにしか映らなかった。
予備動作なく、もはや不自然と言ってもいいほどに、カオリンの動きは素早かったとのだと直感する。
直感せざるを得ない。
目にも留まらぬとはこのことか。
手応えを確信した感覚が何も無い空間を掻き切り、無為に終わった攻撃を認識する鬼は、すぐさま消えたカオリンの後を追おうと視野を広げる。
が、今のカオリンを相手にその行動は遅すぎた。
「あがっーーーー!?」
鬼は身体に衝撃が走り、悲痛の声を上げる。
その衝撃がカオリンの反撃によるものだと理解したのは、カオリンが動きを止め鬼の前に立った時だった。
再び『無名』と『名無』を用いて斬りつけたのだ。
唖然とする他ない。
鬼は全くカオリンの動きについていけていないことがこの数秒で証明されたからだ。
それはカオリンはあの高速で動く鬼を遥かに凌駕する速さで動けることを意味している。
時に。
魔法の発動において、無詠唱と魔法名のみでの発動の効力の差がどれくらいあるのかという論文をとある有名な魔術師が発表したことがある。
それによると、簡単に言えば無詠唱の時の出力が一だとすれば、魔法名のみの発動の時の出力は百だという。
魔法の種類や個人の技量にもよるが、それだけの差が生まれるとのことだ。
つまり『天魔舞動』を魔法名のみで発動した今さっきまでは、血の弱みのことは抜きにしたら鬼と互角以上に渡り合っていたというのに、まるで本気ではなかったということか。
すげぇな、カオリン。
やっぱり滅茶苦茶強いじゃないか。
僕はカオリンは出来る奴だと信じていたよ。
最初っからやれ。
そして劇的に変化したカオリンに、鬼もたじろいだように後ずさる。
「ぬぐぅうう……! これは……!?」
加えて、身体に異変を感じたのか、鬼は膝をついた。
「『無名』と『名無』は非傷の剣。ですが非殺の剣ではありません。一斬りごとに生命力を削ぎ落とし、生命力を失った相手を死に至らしめることこそを狙いとするものなのです」
何それ怖い。
血が苦手なカオリンにはおあつらえ向きとは思うけど。
それを聞いた鬼に焦りの色が見える。
目視出来ないほどの速度に自分を殺傷至らしめる攻撃手段を持った相手の認識に、怒り狂った感情は一気に冷め、危機感に見舞われたのだ。
本気を出しても敵わないと、本能で理解させられたからだ。
そこで鬼がとった次の手は。
「あっ」
鬼は身体を煙に変化させた。
そういえば奴にはそんな手段があったな。
確かに煙の状態の相手ではカオリンの剣も当たらない。
だがそれは鬼だって同じこと。
煙の状態では攻撃出来ないはず。
そして攻撃の際に実体化した瞬間、カオリンの高速の反撃を喰らうことになる。
なら、全く恐るるに足らずだ。
しかし僕のその見通しは甘かった。
煙になった鬼は一気に上空まで移動し、下半身は煙のまま上半身だけを実体化させ、宙に浮かぶ形となる。
「あの野郎、あんなこと出来たのか……!」
僕は鬼の予想外の能力に思わず口を開く。
あの高さで構えられてはさすがのカオリンの剣も届かない。
「ふぅぅ、見事な身のこなしだ、小娘よ。腹立たしいがその速さには目が追いつかぬわ。だが超広範囲で一帯を攻撃すれば幾ら早くとも無意味! 大地ごとまとめて吹き飛ばしてくれるぅ!!」
そう宣言すると、鬼はいつの間にかに回収していた長剣を地に向けた。
刃の先端に視認出来るほどの膨大な魔力が集中する。
考えるまでもなく、やばい代物だということが分かるほどの魔法に、逃げる以外の打つ手はないと直感した。
本気でケリをつけにきたようだ。
「ひええぇ……! カオリン、もう駄目だ。今度こそ逃げよう。あんなの攻撃しようもないし」
僕は必死にそう促すが、カオリンは何故だかこれっぽっちも慌てふためくこともなく。
「いいえ、そんなことはありません。あの位置はまだ私の射程距離内です。次の一撃で決着をつけましょう」
そう余裕すら見えるカオリンは二本な剣を鞘に納め、鬼を見据えて居合斬りの体制をとった。
だが無論のこと、剣を振るって届く距離ではない。
何をするつもりかは分からないが、何が起こってもいいように僕はいつでも走れるように身構えた。
こうなったらもうカオリンを信じて任せよう。
「受けるがいい……!」
気配が一変する。
爆発的に高まった魔力は翡翠色のオーラとなってカオリンを中心とした渦を作り、大気を鳴動させる。
「死に去れせ……!」
片や、鬼がチャージした魔力は禍々しい黒塊となり、今にも爆発しそうにエネルギーの火花を散らしている。
互いが互いに相手を必殺せしめる威力を誇る技の衝突が起ころうとしていた。
カオリンはあの黒塊を真っ向から迎え撃つつもりか、まだ動かない。
そして先に仕掛けたのは、鬼だった……!
「喰らえ! 我が必殺のーー」
「『グングニル・ブラッド・クロス』ッ!」
直後。
渾身を込めて何か叫ぼうとするよりも速く、後ろから飛んできたグングニルが鬼の背中に直撃した。
え。
結果、暴発した黒塊のエネルギーにグングニルの纏った魔力が上乗せされた威力の巨大爆発が鬼を蹂躙する。
「うぐああぁああああああああぁあぁああぁあああ!?」
空中で轟き、引き起こされた衝撃は大気を震わせ、熱を帯びた突風を撒き散らし、爆音と閃光を広げる。
そして何が起こったか分からずに、爆発と共に断末魔の絶叫を残して、鬼は塵と化し風の中に消えていってしまった……。
唖然と佇む僕とカオリンは微妙な表情をしながら、文字通り横槍を入れてきたアティナの方を見るとあいつは自慢気に。
「やったわ! 不意をついて仕留めてやったわよクズゴミ! 作戦通り……あれ、何、どうしたの? 何か問題あった?」
問題あるかって?
強いて言えばカオリンが今度は僕に向けて微妙な表情しながら白い目線を向けていることか。
アティナの言い方だと僕がアティナに指示したように取られるじゃないか。
最初に言ったことをアティナは思いだして実行し、カオリンはその作戦の囮にされたと、気持ちを利用されたとでも思っているのだろうか。
いや、この目は思っている目だ。
何という誤解。
どうやら僕のカオリンに対して爆上がりした株は一瞬で地に落ちたらしい。
ここは誤解を解かなくては。
「あの、カオリン? 今アティナが言ったのはだな」
「アティナ、素晴らしい攻撃でした。流石です。あとは魔獣がまた寄って来る前に撤退しましょう」
スルーされた。
あんまりだ。
もう取り返しがつかないというのか。
ちくしょう。
そう、僕はやり切れない気持ちを胸に涙を飲んだのだった。
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