第14話 八武衆 その④
「私が村長です」
村に到着すると村長さんの居る家に案内され、そう挨拶されると、早速今回の依頼の内容について説明された。
一緒に村の歴史だの時代背景だの色々と話していて、ほぼ適当に聞き流したが要約すると、この村のまた東に行った所にあるちょっとした洞窟の最奥にある封印の札を張り替えてきて欲しいとのことだ。
本当は村の人間以外には任せたくないらしいが、どうもここ最近で道中現れる魔獣の活動が活発になっているらしく、村の人間では危なくて近づけなくなってしまったとのこと。
というより、魔獣が活発になっているのが封印に何か異常があったのではないかという懸念を生んだらしい。
なので遺憾だが、ギルドに依頼してブレイブの人に行ってもらおうとした訳だ。
「そういうことでしたか。いやー、しかしまたどうしてそんなことになったんでしょうね」
僕がなんとなく聞いてみると村長さんは答えてくれた。
「恐らくではありますが、封印の札の効力が弱まっている、もしくは封印されている存在そのものの力が強まっているからだと思われます。それも先の世界的規模の事件。魔王による世界に向けての攻撃宣言とも取れると言われる、憤怒の波動の発信が原因ではないかと村の者は噂しております」
なるほど、またそれか。
つまり、諸悪の根源は魔王の奴という訳か。
とんでもない野郎だ。
色んな人に迷惑をかけてやがるとはな。
「封印もそうなのですが、いつ活発化した魔獣による被害が出るとも分からないので、安心出来んのです。此度に封印の札を張り替える必要が生じたのもその為でして」
確かに、活発化して凶暴になった奴がいつ襲ってくるかもしれないとなると不安だろう。
凶暴になった奴の怖さはさっき知ったばかりだから気持ちは分かる。
「これが新しい封印の札です。より強力な魔力が込められております。上手く作用すれば封印の効果が働き、更に深く封じ込めることが出来るはずです。そうすれば魔獣の活動も落ち着くかと」
そう言って村長さんの側近っぽい人から小さい巾着を受け渡された。
中を覗いて見るとロール状に丸められた紙が入っていて、多分広げても板チョコくらいの大きさだろう。
こんなん貼ったぐらいでちゃんと封印出来るのだろうか。
「ねえ村長さん。その洞窟には何が封印してあるの?」
そう、ずっと横で聞いていたアティナが村長さんに質問する。
「それが、実のところ具体的に何が封じ込められてるかは知らないんですよ。先代の村長から封印の管理を引き継がれたのですが、先代も知らなかったみたいで。きっと、人を襲って生き血を啜るような凶悪な魔獣でも封じ込めてるんでしょう」
「ふーん、そうなの。嫌ね、生き血を啜るなんて。野蛮よ、野蛮」
おい、吸血神がなんか言ってるぞ。
いくらなんでもふざけすぎだ。
どの口がほざきやがるってんだよ。
「……ところでそこの、鎧のお嬢さん。その鎧に刻まれた模様。あんた……いやあなた様はひょっとして、八武衆のお方では……? 」
「……!」
村長さんがカオリンの着ている鎧を見て、急に態度を改めたように問いていた。
それに一瞬言葉に詰まったようなカオリンだが、そのあと特段慌てるわけでもなく穏やかに答える。
「村長。今日は八武衆の立場では無いものとして来ていますので、その話は……」
内緒話をする時のようにボソボソっと小さい声だ。
それを聞いた村長さんは、軽く会釈するともう何も言わずに引き下がった。
八武衆?
その言葉を耳にした時の反応や、村長さんに釘をさすようにしていたのを察するに、カオリンは八武衆というもののことは話したくないようだ。
まあそれが何かは知らないし、何のことかも分からないからカオリンが話したくないならわざわざ追求することでもないだろう。
気になったことは根掘り葉掘り聞こうとするアティナも黙ってることだし、僕も何も言わずにおくとする。
それよりもだ。
村長さんはいいことを言った。
カオリンの鎧のことを話しに持ち出してくれたおかげで思い出した。
カオリンの背中に半額のシールをいたずらで貼っていたのを完全に忘れていた。
そう、店の惣菜とかに貼られるあれだ。
まだカオリン本人もアティナも気が付いていない様子。
だがもし仮に例えばアティナがシールの存在に気が付いてシールを剥がしたとして、それをカオリンに伝えたら真っ先に疑われるのは間違いなく僕だ。
いや、疑うとか疑わないとかその過程をすっ飛ばして犯人、黒と断定。
速攻で報復に暴力を振るってくるかもしれない。
短い時間だけどなんとなく分かったことだが、カオリンも結構すぐに手が先に出るタイプだ。
話し合いは期待出来ないと思われる。
今にして思えば何が面白くてそんなことをしたのかさえ分からない。
だからと言って殴られるのは、嫌だ。
何とかしてこの事態をやり過ごしたい。
そうなると問題はどうやってバレずに剥がすかだ。
シールってのは貼るのは簡単で一瞬だが、剥がすとなると少々面倒なものであって、隙の無いカオリンの背後を取ってやるとなると至難の業となる。
しかしだ。
至難とは、難しいということであって不可能ということではない。
必ずシールをバレずに剥がすチャンスが訪れずはずだ。
僕なら三秒、いや二秒あればいける。
能力もフル活用すれば出来ないことはない。
よし、なんとしても過去の馬鹿な行いを清算してみせるぞ……!
直後。
「あれ? カオリン、背中に何か付いてるわよ?」
「え? 何でしょう、取ってもらえませんか?」
「僕に任せてくれ」
チャンスなど一ミリも無かったことは忘れて、高速で動き、アティナよりも先にカオリンの背中に手を伸ばした僕は自分の想定していたタイムを上回る手捌きでシールを剥がし取った……!
「な、なんだこりゃあ……! 半額って書いたシールだぁ……! 一体どうしてこんな物が。しかし僕の活躍で跡も残らず綺麗に取れたぜ……!」
剥がしたシールを天に掲げて、あくまで第三者がやった犯行のように言い回す。
ちょいと演技に白々しさと必死さが出てしまった気がしたが、それよりも僕としたことが再び大変なミスを犯してしまう。
しくじった。
わざわざ半額とかシールとか騒がないで取ったらすぐに丸めて捨てて、しらばっくれればよかった。
テンパりすぎてまともな思考回路が働かなくてなっている証拠だ。
くっ、やばい、勘付かれたか……?
ところが僕が思っていたような惨劇は起こらず、逆に穏やかに、というより何も特別なことはなく。
「え、ええと……ありがとうございます」
「クズゴミにしては素早い行動だったわね。カオリン、気をつけた方がいいわよ。後で何か恩着せがましいことを言ってくるかもしれないわ」
アティナの減らず口は無視するとして、カオリンからも僕を疑うような感じはない。
コイツは何を大袈裟な反応をしているんだ、みたいな目では見られているけどそれを除けばノープロブレムだ。
それには僕も思わずホッと安堵する。
どうやら僕の心配は杞憂、とんだ独り相撲をしていたようだ。
そうだよな。
冷静になって考えてみたらシールを貼られたくらいで殴る蹴るの暴力を振るような奴なんて、中々いないよな。
今のが僕の犯行だと思われてるかどうかは謎だけど、アティナならともかく心の広いカオリンがそれくらいで怒るわけがない。
心の中とはいえ、カオリンがブチ切れて襲いかかってくるなんて怯えてしまって申し訳ないことをした。
気が向いたらシュークリームでも奢ってあげよう。
近い未来にこの件を振り返されて痛い目に合わせられるのだが、この時の僕はまだ知る由もない。
そんなこんなでとりあえず暗くなる前に早いとこ出発しようと僕が言うと、アティナとカオリンは頷いた。
村長さんと側近の人に軽く挨拶をして家をあとにする。
「しかし……あんな年端もいかない少女が…………惨い話だ……」
多分、僕だけ聞こえたことだが。
それは誰に言うわけでもない村長さんの独り言であったようで、聞き耳を立てたわけでもないが聞こえてしまったことだった。
……?
今何か凄く大事なことを聞いたような、気にしておかなくてはいけない予感がするけど……まあいいか。
僕もアティナとカオリンに続いて家をあとにした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ねえカオリン。八武衆の中にカイエンっているかしら」
「! はい、いますよ。アティナ、あに……カイエンのことを知っているのですか」
「ええ、ちょっとね。そっか……カイエン、やっぱり八武衆になったのね……」
何やら、しみじみと感傷に浸っているアティナ。
二人が何か話してるようだが、僕は完全に蚊帳の外だ。
今僕たちは封印の洞窟を目指して道中の森というか森林を徒歩で移動している。
洞窟までは一本道で分かれ道などはないから迷わないはずだと教えられ道沿いを歩いているが、僕の『アイズ・オブ・ヘブン』をもってすれば迷子になる怖れは皆無だ。
もっと言えば『オーバー・ザ・ワールド』を使えれば道中の移動すら必要なく、こんな仕事十秒くらいで終わるのだが、それは僕一人の時に限った話なのが悲しい。
「それにしても、魔獣が活発になっているって割には全然見かけないな。さっきから虫がちょろっと飛んでるくらいだ」
僕は周りを見渡しながらそんな感想を呟いた。
ちなみに一応カオリンにもこっそり伝えたのだが、蚊や蛭が出没しても手を出さないようにしている。
アティナが烈火の如く猛り、滅茶苦茶に怒って手がつけられなくなるからだ。
「何を呑気なことを言ってるのよクズゴミ。警戒態勢をとりなさい」
「……え? 何で、なんかいるの?」
アティナが意味深なこと言うので不安になってもう一回周りを見渡して見るが、別に何かいるようには見えない。
音だってなんら変わりないと思うが、アティナと、それにカオリンも何やら辺りを警戒している様子だ。
「囲まれていますね。正確な位置と数は分かりませんが、恐らく十体前後はいるでしょう。かなり統率のとれた動きをしている印象を受けます故、知能の高い魔獣かと思われます」
マジか。
全然気が付かなかった。
やばいな、襲ってくるか?
周りに居るって聞いた後に注意して見ても、やはり肉眼では見つけられない。
アティナとカオリンも相手の気配や殺気を探っているようだが、敵の正体が分からない以上迂闊に動けないのだろう。
敵が襲って来るのが先か、アティナが痺れを切らして辺り一面を魔法攻撃で更地に変えてしまうのが先か。
どちらにしてもこのままでは結構厳しい状況だ。
そこで、『アイズ・オブ・ヘブン』……!
その能力で周りに居る魔獣をサーチし、位置と数と正体を確認する……!
目をつぶり光を遮断し、暗闇に対象を映し出す。
そして次第に見えてきたのは……木の枝に潜み、今にも手に持った武器を投擲しようしているゴブリン供の姿だった……!
ーーまずいっ……!
「アティナ! 飛び道具だっ! 上から来るぞっ!」
咄嗟にアティナに檄を飛ばす!
そして流石はアティナ、瞬時にもかかわらず状況を一瞬で判断し展開する……!
「『アイギス』ーーっ!』
アティナがそう宣言した刹那、鉄同士が打つかるような高い音が連続で響きわたる。
頭上に手を掲げ傘になるように出現した『アイギス』は、ゴブリンからの小剣や斧の投擲を全て容易に退けたのだ。
間一髪、危なかった。
だが、以前にあった吸血城での攻防に比べれば、これぐらいは可愛く見える。
改めて即時発動出来る利便性と、広範囲にも対応出来る防御力には下を巻くばかりだ。
カオリンも感銘を受けたような表現を見るに、僕と同感だろう。
「どうやらただのゴブリンみたいね。有象無象が、敵じゃ無いわ」
飛び道具が通じないと理解したゴブリン供はどうやら今度は白兵戦に切り替えたようで、次々と木の枝から降りて来る。
全員手に武器を持っており、小柄だがその肉体の感じから見て取るにやはり魔獣なんだと認識してしまう。
おっかなすぎる。
正直、直ぐにでも逃げたいところだ。
「ヒェェ……! カオリン、ここはアティナに任して僕たちは下がってよう。大丈夫、戦闘力だけが取り柄の奴だしゴブリンなんか相手に遅れはとらないって」
「何を言ってるのですか。いくらゴブリンとはいえ、多勢に無勢。アティナ一人に任せるのは賛成出来かねます。油断は禁物ですよ、クズゴミ」
アティナに任せるという名目でカオリンに横にいてもらおうという打算だったが、もっともすぎる言葉で論破され瓦解した。
くそ、やはり自分の身は自分で守るしかないのか。
しかしそんな僕に助け船を出してくれたのは意外にもアティナであった。
「あらカオリン、侮らないで頂戴。クズゴミの言う通り下がってても大丈夫よ。いい機会だから私の実力の一部だけど、披露してあげるわ!」
意気揚々とグングニルを現界させ何やら魔法を使う様子のアティナに、なんか猛烈に嫌な予感がしてきた。
助け船なんて思ったのは早計だったかもしれない。
「ア、アティナ、なるべく派手な魔法は使わないようにね? でかい音や光は目立っちゃうから控え……」
「『アルティマ・スパーク』ッッーーーー!!」
瞬間、森林の中で落雷が落ちた時のような鋭い発光と甲高い轟音が鳴り響いた。
僕の呼びかけが届く前に発動したアティナの魔法は、グングニルの穂先を中心に広範囲かつ無差別に稲妻の放電を発生させ、無際限に轟く雷はゴブリンだけでなく周りの木々にも被弾し、焼き焦げ燃えて発火する前に煤と化すほどの威力を誇っていた。
喰らったゴブリンは即死、人が喰らっても即死は確実。
あのっ、馬鹿がぁぁっ!
心の中で叫びながら、僕はすでに迅速な判断力による決断でアティナが魔法を唱える前にカオリンを引っ張ってその場を離脱し、安全圏へ逃れるため疾走していた。
あいつはどうして味方を巻き込むような魔法を好んで使うのだろうか。
巻き添えを喰らったら炭になるレベルの魔法まで用いて身の危険を感じさせ無駄な体力を消耗させてくるとは。
嫌がらせもここまでくると流石に恐れ入る。
せっかく封印の札があるのだから実験にアティナにはっつけてやろうかな。
「はぁ、はぁ、ここまで来れば、射程範囲外だろ。カオリン、大丈夫か? 巻き添え喰らってない?」
何とか雷の放電が届かない結構離れた場所まで走って逃げきることに成功し、息を切らしながらもカオリンの無事を確認する。
『ベネフィット・スターズ』の第二、第三の能力を使ってガードしたから無傷のはずだが一応だ。
ちなみに僕は怪我はないが疲れて満身創痍になった。
「……はい、私は大丈夫です。……それにしても凄まじい威力の魔法ですね。アティナは大魔術師だったのですか」
アティナを非難する僕とは逆に、その魔法に感動していたカオリンであった。
「……そうだな、確かに魔力は桁違いに凄いと思うよ。アティナ一人で戦争ごっこが出来そうだ。魔法一発で壊滅させられるだろうよ……敵も味方も」
そんな嫌味をぼやきながら一息ついてると、アティナが戻ってきた。
一言文句を言ってやろうと思ったけど、まあ魔獣を一掃出来て助かった訳だし今回は飲み込むとしよう。
しかし、何でか知らないけど何かから逃げるように走って来る。
「やあ、お疲れ様ーー」
「二人とも! 逃げて逃げてっ!」
……ん?
……なんだろ。
ゾンビでもでたのかな。
労いの言葉をかけようとすると、そんな場合じゃないといった具合に叫びながら僕とカオリンの間を止まらないでそのまますり抜けて走っていったアティナに何事だと思っていると。
「……クズゴミ、何かこう……地響きがしませんか?」
カオリンがそう呟いた。
……する。
例えるなら大勢の生き物が集団で動いているような、そんでもって近づいて来るような、そんな感じだ。
原因がなんとなく、察しがついてしまう。
見たくないけどアティナが逃げてきた方向を振り返ってみて、念のため『アイズ・オブ・ヘブン』で確認を……。
……『アイズ・オブ・ヘブン』で確認するまでもなく理解した。
恐らくさっきの稲妻の音と光に刺激され寄ってきたのであろう。
大量の魔獣が軍勢となって突撃してくる光景が視界いっぱいに広がって……。
次の瞬間、満身創痍だなんてことも忘れて僕とカオリンはもはや無意識に身体が動かし、アティナの後を追うように走り出した。
これはもう、とにかく無我夢中で逃げるしかないと本能で察知したのだ。
流石のアティナもあれだけの数では分が悪いと逃げ出しのだろう。
僕一人なら文句なく、速攻で『オーバー・ザ・ワールド』を使って逃亡するところだ。
ちくしょう、どうしてこうなった。
あまりにも酷すぎる。
全部アティナの所為だ。
アティナには後で、さっき拾ったムカデを無理矢理に握らせる嫌がらせをすることを固く決心する。
絶対に泣かせてやるからな。
……その前に僕が泣きたくなっているのは秘密だ。
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