第12話 八武衆 その②
僕が暴力に怯えながら全身全霊をかけて掃除を終えフロントの方へ戻ると、アティナとカオリナイトが待っていた。
アティナなんぞ途中で茶々を入れに来てたくせして、待ち合わせで一時間くらい遅刻され、待たされた時みたいな態度で待っていやがる。
実際は殴られる恐怖のあまりに急ピッチで仕上げたから十分くらいの時間しか経ってないのに。
性根の悪い野郎だ。
なんと、器の小さい。
ムカついたから後で何か嫌がらせしてやろう。
そうだな。
奴の飲み物に、混ぜて飲んでも微妙に分からないぐらいの量の洗剤を入れてやるとかがいい。
きっと胃の中で泡立つことでしょう。
「あ、クズゴミが戻ってきました。清掃のお仕事、お疲れ様です」
カオリナイトがそう労いの言葉を言ってくれたのも束の間。
「お疲れ様なんて、そんな丁重に労う必要なんか無いわよカオリン。クズゴミの場合は完全に自業自得、因果応報なんだから」
この差よ。
いや、確かにアティナの言う通りではあるので、それに関しちゃ文句を言い返せないのだが。
それより気になったのは。
「え、何だカオリンって……?」
なんのこっちゃ分からない僕が疑問を口にすると、アティナが自慢気に答える。
「カオリナイトのことよ。普段の生活で呼ぶにはいいけれど、戦闘中とかだと長くて呼びにくいと思ったから私が考えたあだ名なの。うん、我ながらいいネーミングセンスね」
「あっそ。そうなんだ。そういうこと。いいのか? カオリナイトは」
ホントに何だ、カオリンって。
何かゴブリンみたいなニュアンスだな。
嫌がらせかよ。
もうちょっと他に候補は無かったのか。
しかし僕が文句を思うのとは裏腹に、本人は特に不満は無いようで、それどころか嬉しそうに言ってきた。
「はい、私は構いません。逆に愛らしい、良い呼び名を頂き感謝しています。クズゴミも差し支えがなければ私のことはカオリンと呼んで下さい」
「あ、ああ。分かったよ」
どうやら結構気に入った様子だ。
多分、さっき言ってた本名を明かさない話のこともあって、あだ名で呼んでもらった方がカオリナイト改めカオリンにとっても都合がいいんだろう。
うん、なるほど。
言われてみれば、中々チャーミングなあだ名なような気がしてきた。
アティナもたまにはいい仕事をするもんだ。
さすが吸血神様、素晴らしい感性をお持ちだ、隙がない。
僕が見事な手のひら返しを思っていると、アティナが提案してきた。
「ねぇクズゴミ。この後早速だけど何か依頼を受けに行かない? 出来れば魔獣を討伐する類のやつを。吸血神の実力をカオリンに見せてあげたいの」
面倒なことに自信に満ち溢れてかなりやる気になっている。
こうなると僕が嫌だと言っても駄々をこねても引かないから厄介だ。
「吸血……神……?」
「あ、コイツのこういうの、気にしなくていいから」
謎のワードに首を傾げるカオリンにそう声を掛けると、軽く流されたのが気に入らなかったのか怒らせちまったようで、アティナが明らかに僕に敵意を剥き出しにし拳を鳴らしながら突っかかってきた。
「クズゴミ。アンタの面を見てると急に血を欲してきたわ。そういう訳だからちょっと二、三発、顔面を殴らせて貰ってもいいかしら」
「おお、こりゃ珍しい、低沸点のアティナが手を出す前に一言了解を得てくるとは、そのモスキート並みに少ない残念なお味噌でも待てが出来たとは驚きだ。犬と同じくらいの知能指数があって嬉しく思うよ。でも悪いが鬱憤ばらしの足しなら、あのポスターにも描いてた五歳児レベルの下手くそなプランクトンみたいな絵でも描いて我慢し、ぶべぇ!? 待って! ごめん! 言い過ぎた!」
言いながらやばいかなと感じつつあった刹那、案の定力強い右フックが僕の頬をぶち抜いた。
完全にキレて、輝きを失い冷たい目になったアティナに慈悲や容赦はなく、二、三発どころか僕を殺す気かと思うほどに執拗に続けて殴る蹴るの暴行を加えてくる。
怒りや憎しみをぶつけてくるのではなく、ただ単調な作業をするように僕のガードを的確にすり抜けボディへダイレクトアタック、更に顔面、倒れたところで鳩尾にキック、と無慈悲に打撃音がこだまするのだった。
「誰か……助け……死ぬ……」
救いを懇願するも、耳に入ってないのか許す気がないのか、アティナの攻撃の手が緩められることはなかった。
それを止めるに止めれず、見守るしか出来ないカオリンは不穏気に呟く。
「声を掛けるぱーてぃを間違えたでしょうか……」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『ベネフィット・スターズ』第三の能力のお陰で暴力の嵐を凌ぎきり一命をとりとめた僕は、アティナとカオリンと一緒に街中を歩いていた。
結局あの後に依頼を受けることになり、面倒だからアティナとカオリン二人で行ってらっしゃいと言い手を振って見送る雰囲気を醸し出していたら何故か却下され、心ならず無理矢理に僕も参加させられたのだ。
今回の依頼の内容はこの街から遠く東方へある小さな村の近辺調査というBランクで受注できるもの。
カオリンは何故だかブレイブの登録の際に計る魔力測定の結果が上手く出なかったようでとりあえずCランクの位置付けだが、Bランク二人の同行であればOKだと言う。
そして具体的な調査の内容は村に着いたら直接確認するようにとのこと。
本当はもっと近場の討伐系の依頼を探していたのだが、本来この調査の依頼を受けていた他のブレイブが急に行けなくたったようで、急遽代わりに行って欲しいとギルドに頼まれ受けた次第だ。
『オーバー・ザ・ワールド』での転移なしで遠出するとなるとやはり面倒なので、僕も行くことになるなら受けるんじゃなかったと後悔している。
急遽の依頼ということで報酬金を少し増してくれるらしいからまだいいが、それを差し引いても面倒なものは面倒な訳で、そうなるとやる気が微塵も湧かないわけだ。
「結局のところ、実際に行ってみないと何を調査すればいいか分からないということなの? 内容によっては断ってもいいのかしら」
アティナの疑問はもっともだ。
ギルドも具体的な内容を聞いてから依頼を承ってくれればいいのに。
「どうだろ。とりあえず行って話を聞いてきてくれってことだけど。魔獣の討伐が目的じゃないからって言うけどさ。でも前みたいに何だかんだ遭遇する恐れもあるからな。いつでも逃げられるようにしないと」
僕はアティナと最初に行った吸血城への道中、魔獣と遭遇した時のことを思い出していた。
実際あれはアティナが手を出さなければスルー出来たかもしれないのだが。
一切戦う気がなく最初から逃げ腰思考の僕にカオリンは、内心呆れた様子で自分の剣を鳴らす。
見ると丈はそれほど長くはない剣を二刀、左腰にさしている。
その剣も柄や鞘はカオリンの身に纏っている鎧と同じく見慣れない種類のものだ。
こんなの売っているのを見たことない。
どこで買ったんだろうか。
「何を弱気な事を言っているのですか。もし人を襲うような危険な魔獣が相手であれば、そのまま捨ておくわけにはいきません。その時は任せて下さい、我が刀剣の錆としてくれましょう」
そりゃ頼もしいことだ。
お言葉に甘えるとしよう。
でも魔王を倒したいと言ってたぐらいだが、実力の方は確かなのだろうか。
ランクはまだ出てないようだから魔力面での力は分からないけど。
魔力の測定には限界あたいがあってそれより高いと結果が上手くでないらしいから、カオリンはかなりのものなのかもしれない。
魔力の強さと実際の戦闘力は直結するものだからな。
しかし昔僕が魔力測定した時に測定不能の結果が出て、ついに魔力が覚醒したかとみんなに自慢しまくってたら魔力が極端に低すぎて測れなかっただけで馬鹿にされたという悲しい過去がある。
まさかとは思うけどカオリンもそのパターンか……?
僕よりも強いのは確実に間違い無いと思うが。
もしそうであって、カオリンが落ち込むことがあったら爆笑しながら励ましてやろう。
そう企んでると、アティナが僕も気になった剣についてカオリンに尋ねていた。
「カオリンが持ってるその剣って、もしかしてサムライソードでない? 私が知っているものより刀身は短いけれど。それにかなりの業物と見たわ。この重圧ある面立ちに無駄の無い洗練された曲線美、眺めれば眺めるほどに呑まれそうになる漆黒には惚れ惚れするわね」
何を評論家を気取ってるんだと言ってやりたかったが、また殴られるのが嫌なのでやめておいた。
て言うか、その褒め言葉は前に僕が鰻を見たときに言った台詞だ。
褒めてるのか馬鹿にしてるのか分からん。
しかしそんなこと知る余地もないカオリンは気を良くしたのか、誇らしげに自分の剣を手にして長々と語りはじめた。
「流石はアティナ、素晴らしい目利きです。そう、相手が鋼の重鎧を着込んでいようと、鬼の角の如き堅固だろうと、竜の鱗並みに頑丈だろうと、この刃が引けを取ることはないと断言できましょう。そんな銘刀ではあるのですが、不思議とこの双剣には未だ名が付けられていません。名とはその物を表す言葉であり、指し示す物、力の根源。故に、この双剣は名を与えられた時その名に見合った力を生み出し、発揮すると言われています。便宜上それぞれを『無名』と『名無』と仮名で呼んではいますが、まだ真名は決まってません。それに『無名』と『名無』は師匠より譲り受けたものなのです。銘刀ということを他にしても私とって命同然に大切で多大な価値があります。ですが私の腕はまだ未熟。師匠のようにこの刀剣を万全に扱うには至りません。鍛練を重ね修行をこなしていき、いつの日か師匠の剣術に並ぶ……いえ、超えることこそが私の夢の一つなのです」
なんか後半、違う話になってる。
一ミリも興味ないけどナ。
なんとかあくびを噛み殺ろすことに成功していた僕に比べて、アティナは食い入るようにカオリンの話に耳を傾け、何に感動したのか知らんが瞳をうるうるとさせて、一人喝采を送っていた。
「なんて素晴らしい志なの……! 黄金の様に輝く意志は曇りを知らず、驕りなき健気で真っ直ぐな覚悟は私の心に強く響いたわ……! カオリン、貴女ならきっとやれると思うの! 共に夢の標を目指しましょう!」
「誉のお言葉、感謝しますアティナ。ええ、是非ご一緒させて下さい。我が剣術はあらゆる障害を斬り伏せ、貴女の道を切り開くことを約束しましょう」
アティナとカオリンの意気は見事に統合されたようで、二人は固く握手をしていた。
きっとこの二人ならどんな困難も互いに協力しあって乗り越えていけるだろう。
だから僕は帰ってもいいかな。
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「あの……今更なのですが、クズゴミとアティナはそのような軽装で大丈夫なのですか? これから東方の地に向かうとなると、この街からでは移動に最短でも三日はかかると思うのですが」
心配そうにそう言うカオリンも剣と小さい腰巾着一つしか持って無いように見えるが、どうやら村に行くのに長旅すると思っているようだ。
「いやぁ、依頼の中身にもよるけど日帰りで戻ってこれると思うよ。村の場所を確認したらテレポステーションで最寄りの街に行って、そこで馬車でも拾えば多分二時間もかからないんじゃないか」
テレポステーション。
転移用の魔法陣を張った施設であり、リンクし合った魔法陣同士の魔法陣上の範囲内を転移できるというもの。
転移させる上で色々と制限や条件はあるが遠い距離を移動するには非常に便利なものなので、ブレイブに限らず一般の人にも多く利用されている。
もっとも、僕は『オーバー・ザ・ワールド』で転移出来るので、わざわざテレポステーションまで行く必要がないからほとんど利用したことがないが。
「てれぽ……すてーしょん……? とは一体何でしょうか? 実は恥ずかしながら、横文字は苦手なものでして……分からない言葉の方が多いのです……」
気恥ずかしい感じでカオリンはそんなことをカミングアウトしてきた。
何だそりゃと思ったが、そういえば言語は同じだけど一部の言葉が異なっている国だか地域があるって聞いたことが、有るような無いような。
「えっと、要は転移の魔法陣を有料で貸してくれる所だな。転移って意味のテレポーテーションと駅って意味のステーションを掛けてるんだと思う。カオリンの地元にはそういうの無かったか?」
呼び方が違うだけで似たようものがあるのだろうか。
鎧や剣も、カオリンの故郷の特有の武具かもしれない。
「なるほど、そんな便利なものは有りませんでしたね。私は今から出向く村がある東方の地よりも更に東、極東地域にある神夢蘭という村の生まれでして。術に長けてる者はいますが、そもそも魔法自体があまり使われていないのです」
カムラン?
全然知らない名前の村だ。
『アイズ・オブ・ヘブン』の能力で結構色々と世界を眺めたことがあるが、確か極東地域は自然が多くて人工物が少なく特に変わった物も無かったから印象に薄かった。
交通も不便そうだし、作られた武具とかも輸出が少ないから見たこと無い物だったのだろうか。
カオリンもよくそんな遠くから来たもんだ。
何日掛かるのか分からないけど道中大変だったろうに。
いざ里帰りするとしても苦労しそうだ。
僕の能力なら距離も魔法陣も関係なく、一秒で行き来できるがな。
相変わらずなんて素晴らしい。
「神夢蘭かぁ……懐かしいなぁ」
改めて自分の能力の威力を自画自賛する僕の隣で、なにやら懐かしむようにアティナが呟いていた。
「え? 行ったことあるの?」
「いや、ないわよ。それより見えてきたわね。テレポなんとかってやつ」
…………は?
じゃあ何が懐かしいんだ。
そんな疑問を持ちつつ、色々と話しながら歩いているうちに目的のテレポステーションに到着した。
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人でごった返しているテレポステーション内。
他の人達が行き先の街に転移出来る魔法陣の受付の列に並んでいる中、僕たちはブレイブとしてギルドの仕事で利用するということで別に案内して貰えることになった。
しかも本来は有料のところ、ギルドから遠距離に出向く依頼の時に渡される通行証を出せば無料という大盤振る舞いだ。
まあ、金がなくて魔法陣を利用出来ずに移動に時間がかかりましたでは、依頼人もギルドも色々と都合が悪いのだから円滑に仕事をこなして貰うためには仕方のない処置ではあると思うが。
自分で魔法陣を作ってしまえばいいと考えるかもしれないが、無論のこと誰にでも作れる代物ではなく高度な技術や知識が必要になるし、作ったり使用するのには国家資格が必要だったり、魔法陣を張る土地のマナの条件が整う必要があったりと、その他多数の問題が山積みのため簡単に転移の魔法陣を作ることは出来ないの現状だ。
しつこいようだが、それを考えると僕の『オーバー・ザ・ワールド』は本当に素晴らしいと言わざるを得ない。
「それでは体重を計るのですいませんがこちらにお願いします」
受付の女の人に体重計に乗るように指示される。
見るとギルドの職員の人だ。
ブレイブの転移に関してはギルドから人を出しているとは知らなかった。
転移させる重量と場所によって料金が決まるので、利用するたびに着ている服や持っている荷物の重さと体重を計るシステムだ。
今回は料金は発生しないのだが、魔法陣に乗る重さで魔法陣に注ぐ魔力が変わるらしいので金は関係なく体重は計る取り決めになっている。
しくったな。
どうせ幾ら重くてもタダなんだから、使うことはまず皆無だけどダンベルとかを無駄に持ってくればよかった。
より高い料金が無料になったほうがなんか特した気分になれるだろうからナ。
次の機会には重しを大量に持ち込むことにしよう。
道中は重いからアティナにでも持たせるとする。
そんな僕の自己満足以外の何でもない不毛なことをしようと考えながら体重を滞りなく計る。
続いてアティナも問題なく計り終わり、次にカオリンが体重計の乗った時のこと。
測定した数値を見た受付の女の人が素っ頓狂に驚いた声を上げた。
何事かと僕とアティナもメモリを見てみると、なんと二百キロの数値が。
カオリンは鎧を着て剣を二本持っているとはいえ、さすがに二百キロは重すぎだ。
「どうしたんだろ、体重計の故障かな……? それにしたってどうして急に……? はっ、スターレット! 君、まさか何か細工をしたね!」
はぁ?
なんか知らないがいきなり根も葉もない疑いをかけられるとは心外だ。
いくら前科や未遂があるとはいえ、証拠もないのに人を犯人扱いするとはふざけている。
「何を言うかと思えば。僕はまだ何にもしてないですよ。そうやってすぐ人を疑うようだから子どもにまでダイナミックアラサー女王なんて呼ばれるんですよ」
「そのあだ名定着させたの君だよね? ちょっと表でようか?」
弁解するつもりが、ついうっかり余計なことまで口走ってしまう。
しまった……!
青筋浮かべて拳を鳴らしているの見て暴力の気配を感知し、僕は土下座をかます準備をして防御態勢を完璧に整える……!
「カオリンってばそんなにおデブだったの?」
「ち、違います! 実は私が着ているこの甲冑は兜や手甲を全て合わせると百四十キロぐらいあるのです。ですので私の体重と刀の重さを合わせるとそれくらいの重さになるかと」
カオリンが言った朗報を僕は聞き逃さなかった。
直後、態勢を解いた僕はとりあえず危機は脱したと安堵する。
「た、助かった……」
「くうぅ、覚えててよね……」
しかしやばいな。
帰ってきたら多分それはそれ、これはこれとか言って後ろからど突かれてそのままボコボコにされるかもしれない。
ギルドの職員にはもとブレイブの武闘派が多いからな。
戻るまでには上手く逃げ切れる対抗策を考えとかなくては。
「クズゴミの日頃の行いが悪いのが疑われる元だと思うのだけど」
「知らん知らん」
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