第11話 八武衆 その①

「あーくそっ。なんで僕がこんな目に会わなくちゃならんのだ」

 

 モップやバケツなどの掃除道具を手にとった清掃員スタイルをして、僕はぼやいた。

 何事かと言うと、コーヒーに入れるようの砂糖を塩にすり替えたのがバレたせいで、罰としてギルドの喫煙所の清掃を命じられてしまったからだ。

 どうもザマァないことに、甘党のギルドのお偉いさんがどっぷりと砂糖とすり替えた塩を入れたコーヒーを飲んで盛大に吹き出したらしい。

 こんな目に遭うのならせめて、その現場居合わせてその瞬間を見てみたかった。

 最高に笑えただろうに。

 とりあえず後悔ばかりしても仕方がないので、適当にさっさと掃除を終わらせちまおう。

 

「こんちわー、掃除しに来ましたー」


 ガラス張りになった喫煙所のドアを開けると、煙草の煙やヤニの匂いが充満していた。

 ギルド内は基本禁煙で、 喫煙所が設けられているがここ一箇所しか無いのでいつも満員になるほど人がたむろしている。

 

「なにぃ? 掃除だぁ? 俺たちの至福のひとときを邪魔しようってのかよ。しっしっ。んなもん、後にしろ後に」

 

「おうクズゴミ、今度は何やらかして掃除やらされてるんだ? いっそのこと、ブレイブなんてやめちまって清掃の仕事にでもつけばいいんだ」


「喫煙所を綺麗にする前にオメェの薄汚れた脳みそを掃除しろってんだ、うひゃひゃひゃひゃ」

 

 暴言の集中砲火を浴びせられ、他のブレイブやギルドの連中に蝿を払うかのように部屋を追い出されてしまった。

 どいつもこいつも舐めたことを好き勝手言いやがる。

 ふざけやがって。

 上等だ。

 いくら人間ができていて温厚な僕にでも頭にくることだってある。

 これは連中にそれ相応の天誅を与えざるを得ない。


 そこで僕が用意したのは、こんなこともあろうかと貯蓄しておいた爆竹とネズミ花火をやや多めに手頃な袋に詰め込んだもの。

 それを担いで『オーバー・ザ・ワールド』と『ベネフィット・スターズ』第一、第ニの能力を併用して使い、誰にも悟られずに喫煙所に侵入する。

 そして大量に床にばらまき、誰かが認識する前に煙草用に置いてあったライターを拝借してすかさず導火線に着火しまくった。


 喰らいやがれ……!


 瞬間、喫煙所に甲高い破裂音が反響した。

 同時に広がるのは煙草の煙とは比にならないレベルのむせ返るほどの爆竹と花火の爆煙……!

 何が起こったか把握出来ない連中は、訳もわからず我先に逃げようと一つしかない狭いドアへ殺到する……!

 しかしそのドアにも既に僕が、外側からテープで留めて開きにくいようにするという細工してあったのだ。

 それが功を奏した。

 人が詰まって中々出られず、煙に咳き込みながら早く行け早く行けと罵詈雑言をパニクりながら叫ぶ醜くい様は実に見るに耐えない程に面白い光景なんだな、これが……!

 炸裂……!

 ふざけた連中に天誅を与え、なおかつ喫煙所から追い出すという、まさに一石二鳥のウルトラC……!

 それに僕が笑いをこらえ切れるはずもなく。


「がはははははは! ザマァ見やがれ! 人を馬鹿にするような輩は皆こうなるのだ馬鹿め! 悪口は相手を選ぶべきだったな!」

 

 勝ち誇った気分で薄汚い笑いをしながらそれを安全な外側で見物する僕。

 もちろん、『ベネフィット・スターズ』の能力で隠れながら。

 そりゃそうだ。

 近くでそんなこと言ってたら自分が犯人だと自白するようなもの。

 慎重な僕はそんな愚行を間違っても犯さない。

 偶々喫煙所にいた罪のない人達にも火の粉が散るかたちになってしまったが仕方のない犠牲だったんだ、許してくれ。

 しかしそれは別にいいとして、一つ大変な問題が発生してしまった。

 

「やべぇ、大惨事だ……!」


 連中が逃げ出した後の喫煙所を覗くと、爆竹と花火の残骸やさっきの騒ぎでひっくり返された灰皿から煙草の吸殻や灰がブチまけられて滅茶苦茶になっていた。

 

 これは酷い。

 人を追い出せたのはいいが状況はむしろ悪化してしまった。

 全部綺麗に片付けるとなると相当骨が折れる作業になる。

 自分で作り出した惨状を前にしてなんだが、正直言ってこれの後片付けは面倒だからやりたくない。

 しかしだからといってこれを放置して逃げた場合、僕はどうなるのだろうか。

 イタズラをしたあげくに罰の掃除までやらずに逃げたとなると、お小言や説教で済むのなら良いのだが、それがパンチやキックがとんでくることになるのであれば話は別だ。

 こうなったら打つ手は一つ。

 何でも良いからそれらしい適当な理由を言い繕って、誰かに掃除を押し付けるほかあるまい。

 となると、そのもっともらしい理由を考えて騙されてくれそうな間抜けを探さなくちゃならないわけだが、同じ手を以前にも使ったことがあるからこのギルドに僕の言葉を鵜呑みにする奴はほぼいないときた。

 どっかに都合よく、噂は聞いていても実際に僕と面識はない新人のブレイブでもいないものか。

 それなら何とか騙せるかもしれない。

 よし、希望が湧いてきたぞ。


「……クズゴミ、そんなとこで何をボケっと突っ立ってるの? 馬鹿なの? 暇なの? 死ぬの? お迎えがきてるところなの?」

 

 周到な計画を練っていた僕を邪魔するように言葉の暴力を振るったのは沢山の丸めたポスターを抱えたアティナだった。

 ぶっ飛ばしてやりたいと思ったのだが、業腹なことに戦闘になると僕よりアティナの方が上なので殴りかかっても返り討ちにあうだけだ。

 なのでここは、後でアティナの顔面に水風船を喰らわせることにして我慢することにする。


「うるせーな。僕だって色々と忙しいんだよ。アティナこそ、性懲りも無くまだポスターを貼りまわってるのか?」


 どうもこの間の依頼の帰り道に言ってた魔王退治に向かうために仲間を集うというのは寝言ではなく本気だったようで、ギルドや街中のドアや壁に仲間募集のポスターを貼りまくっているのだ。

 しかしその甲斐もなく、今のところ勝手にポスターを貼るなという苦情が来ただけで呼びかけに集まる物好きなんて全くいない。

 それもそのはず。

 今時、魔王退治なんて無理難題を仕出かそうと書いて募集をかけたって、世迷いごとと笑われるのが関の山だ。

 当のアティナはそんなことないと言って懲りずに手書きのポスターを貼り続けているが。


「ええそうよ。私考えたの。どうしてこの私が呼びかけてるのにも関わらず一向に声が掛からないのかって。そして思ったの。ただ単純にポスターを貼る枚数が足りなくて情報が広まってないのではないか、と」

 

 ……そういう問題じゃないような気がするけどな。

 とりあえず何も言わず、黙って続きを聞くことにする。


「少し離れたところに新聞社があるじゃない? 手っ取り早く情報を拡散するために募集の広告に載せるか、新聞と一緒にポスター配ってってお願いしに言ったのだけど、飴あげるから帰れって追い払われちゃってね。しょうがないから地道に自分で範囲を広げながら貼っていくことにしたわけ」


 そりゃそうだ。

 いきなりそんなこと言われて分かったと了承して貰える訳がない。

 前に僕が新聞社に四コマ漫画描いたから載せてくれと乗り込んで行ったときには目の前で漫画を破り捨てられたうえに邪魔だと罵倒され蹴り出されたもんだ。

 その仕打ちに比べれば飴まで貰えたのは温情がある。

 流石の鬼畜新聞社でも女の子相手に蹴り出したりするような乱暴なことはしないってか。

 ちっ、まさかこんなところにも男女差別の片鱗が見え隠れしているとはな。

 いつの日か、そんな理不尽なは差別が撲滅されることを僕は信じている。

 ……まあそれよりもだ。

 アティナの仲間集めに対する誠意は割と本物らしい。    

 ならばを利用しない手はないナ。


「と、言うわけでクズゴミも暇してるぐらいならポスター貼るの手伝って頂戴」

 

 そう言って持ってる分全部のポスターをぐいっと渡してくるアティナに、僕は待ったをかける。


「まあ待て。誰も人が集まって来ないのは別にポスターの貼った枚数云々じゃないと思う」

 

「……? じゃあやっぱり貼る場所が悪かったってことなの? 一回どっかの知らない人に怒られたし」


 クエスチョンマークを浮かべているアティナに続けて話す。


「場所は別に大丈夫じゃないか。実際ポスターはここを出入りする人の目にははいってるとはず。でもアティナはまだこの街、もといギルドに来てから日が浅いだろ? それにいきなりBランクのブレイブになったとはいえ新入りだ。そんな奴が仲間募集、それも魔王退治だなんて言ったって誰も相手にしないってもんだ」


 加えて自分は神だとか痛い女なんかと好んで一緒に仕事する変わった奴はそうそう居ないから、なんて言ったら殴られるかもしれないから黙っとこう。

 他に原因があるのならアティナと僕が連れだってことはもう結構知れ渡ってるから、そのパーティーに入ろうとすると戦闘力皆無の僕まで付いてくるせいだと言うのもあえて言わないでおく。

 僕は魔王退治なんて付き合うつもりはこれっぽっちもないが。

 

「だからしばらくはコツコツと地道に実績と信頼を作ることだ。そうすればそのうちアティナの頑張りを評価した人から声をかけられるさ、多分」


「ふーん……そういうものなのねぇ。コツコツとか地道とか、私の性に合わないのだけど」


 異議を唱えるアティナだが、僕はそれを適当に聞き流す。


「まあそう言うなって。千里の道も一歩からってやつだ。そんな訳でまずはその記念すべき第一歩目だが、あれを見てくれ」


 僕は自分でやらかした散らかりまくった喫煙所の方へ指をさし、それを見たアティナは苦い顔をしていた。


「うわぁ……酷い惨状ね……あそこで一体何があったと言うの?

 

「なんでも悪ガキどもが花火大会を開催したらしく、しかも後片付けもせずにそのまま逃げたらしい。ギルドの職員並びにあの喫煙所を使用する喫煙者の方々は大変お困りだ。そこで率先してボランティアであの有様を綺麗に掃除する。するとどうだ。その姿を見た他のブレイブや周りの人達からのアティナに対する評価はうなぎのぼりという訳だ」


 我ながら素晴らしい話の展開の仕方だと心の中で自画自賛しつつ、いけしゃあしゃあと嘘をはく。

 そこには当然、罪悪感や罪の意識などはかけらも存在しない。

 あるのはしてやったという満足感だけだ。


「なるほどー! それは良い考えだわ!」


 よし、アティナの反応も悪くない。


「そうだろ? あとこれあげる。こんなこともあろうかと既に掃除道具を一式揃えておいたのだ……!」


 そう言って僕はズイッとバケツとモップを差し出した。

 渡したあとは適当に頑張ってとでも言って早いところこの場を立ち去れば作戦完了だ。

 いやぁ、この馬鹿がちょうど来てくれて助かっーー。


「ーークズゴミさん」


 道具を取るのかと思っていたアティナの手は、道具を素通りして何故だか僕の肩をポンと叩いた。

 そして妙に優しい笑顔と僕の名前をさん付で呼ぶときは大体……。


「あっと、急用を思い出し、グフッ!?」


 嫌な予感を感じ逃走を図ろうとするよりも素早く、アティナの繰り出した強威力の鉄拳が正確に僕の鳩尾辺りに鈍い音を立てて突き刺さった。

 その余りの重い苦痛と衝撃に、堪らず僕は道具を手放し身体を丸めるようにその場でうずくまる。


「うぐぅああぁぁぁ……! な、何故……!?」


 悶絶の中、アティナへ疑問の眼差しを向けた。

 ちなみに今の何故は、何故殴ったかの何故ではなく、何故僕の言葉が嘘だと分かった、の何故である。

 まさかこいつ、心理学者並みの観察力と洞察力を隠し持っていて僕の物の言い方や性格、この場の状態から真実を推理して僕の完璧な策を見破ったというのか……!


「私ね、本当はクズゴミが罰で掃除をやらされてると聞いてからかいに来ただけなの。そしたら変な方向に話を持っていくからちょっと合わせ聴いていたけど、最終的に私に掃除を押し付けようとするなんて。クズゴミ、あんた調子に乗りすぎね」


 アティナはいつものゴミを見る目で見下しながら種明かしをした。

 あっそ。

 そう言うこと。

 蓋を開ければ簡単な理由だった。

 普通に僕の考えすぎだった。

 そうさ。

 この野郎にそんな知能の高さがある訳なかったんだ。


「それじゃあね、クズゴミ。私は残りのポスター張りに行ってくるから。さっき新入りは相手にされないって言ってたけど、案外やってみないと分からないでしょ? コツコツ地道にやるならこっちをやるわ。それと、悪どい事もほどほどにしないと今に本物の天罰が下るわよ?」

 

 そう言ってアティナは立ち去って行った。

 正直さっきのポスターの話の件は掃除をやらせるための嘘に繋げるように即興で考えたことだから内容なんて適当だし、実際のところどうかなんて興味もない。

 あと……天罰が下るだって?

 余計なお世話だ。


 情けないが痛みでうずくまってる僕にはそう思うことしか出来なかったのだった。

 復讐はまた今度ということで。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 

 ギルドのフロントで。

 程なくしてダメージを回復させ復帰した僕は、今度こそ掃除を押し付けるべく挫けずに獲物を探していた。

 

 さっきはあれだ、ちょっとついてなかった。

 運が悪かったんだ。

 人の罰を受ける姿を見て嘲笑おうとする、くされ外道女神をターゲットに選んでしまったのがそもそも間違いの元だった。

 さらにアティナの言ってたことから察するに、もう僕が罰で掃除やらされてるってことを知ってる奴はそこそこいる恐れもある。

 同じ轍を踏まないよう、次は少し慎重に相手を選ばなければならない。

 そうなると顔見知りは候補から除外。

 完全に初見の相手で尚且つ、このギルドにはほとんど出入りしたことのない新顔のブレイブが望ましい。

 そこまでいけば罰だの掃除だのなんて話は届いてないだろうという読みだ。

 最初から真面目に掃除に着手していれば今頃はとっくに終わっていたことを考えると、今からでもこんな馬鹿な考えは捨ててさっさと掃除した方がいいような気もしてきたが、それだとさっきまでの僕の血の滲むような苦労が無駄になる。

 ここまで来たらもう後には引けねぇのよ。

 絶対誰かに押し付けてやる……!


 しかしその十数分後、その決断を後悔することになるのだが、きっと上手くいくと希望的観測をしている今の僕はその未来を考えることから逃げているため気付かない。


「もしもし、すいません。宜しいですか?」


「ん?」


 ガヤガヤと混み合う中、見慣れない変わった鎧を着た奴に声をかけられた。

 僕よりも頭一個分くらい低い身長、加えてこれまた変わったヘルムをかぶっていて、顔は見えにくいが声色から言ってまだ少女だ。

 全身フルアーマーの奴は時々いるのだが、それの鎧とは違う種類の品物なんだろうか。

 まあなんにせよ、こんな格好した奴は三年程通っているがこのギルドじゃ見たことがない。

 さらに鎧を着込んでいるところを察するに多分ブレイブなんだろう。

 それ以外の仕事や用事のことで、わざわざ鎧を着てここに来る理由はないはずだからな。

 つまり何処か他所から来た新顔のブレイブ。

 僕のことも、僕の根も葉もない悪意のある噂も知らないと思われる。

 それならいけそうな気がしてきた。

 よし、コイツに生贄になって貰うとしよ。

 なに、仮に掃除を押し付けようとしてることが何らかの形でバレたとしても、さすがに殴る蹴るまではされまい。

 

 そう一瞬で決めた僕は、気楽な心持ちでターゲットの相手に紳士的な感じで返事をした。


「何か御用かな、鎧のお似合いな美しいお嬢さん。僕に出来ることであれば、話だけなら聞いても……なんだよその微妙そうな顔は」

 

「……あの、すいません。まさかそんな歯が浮くような言葉を返されるとは思いもしなかったのでつい……。あ、全然そんな、気持ち悪いとか思ってないですよ? 本当に、これっぽっちも」

 

 ……アティナといい、この鎧少女といい、何故に人の賛辞を素直に受け取らず、悪口を添えて返してくるのだろうか。

 慌てた素振りで撤回しているがもう遅い。

 僕の傷ついた心はどうしてくれるんだ、ちくしょう。


「い、いいんだ……別に……。それでなんだっけ。トイレならそっちの方を奥に行ったところにあるけど」


「厠の場所を聞きたかったのではありません。私はこの張り紙を見て貴方を訪ねてきたのです」


 そう言って鎧少女が差し出してきたのはアティナがせっせと貼り回っていたポスターだった。

 正直言って意外だ。

 どこで見たのか知らないが、まさか本当にこんなので人が来るとは。

 でも新顔ならあれか、アティナのことを知らないし、とりあえず新天地に慣れるまでは適当な仲間を募集してるパーティーに参加して活動したいって魂胆なのだろう。


「私は貴方のような人を求めていたのです。今この時代で魔王退治を目標に掲げるというその気概、感服します。それに何を隠そう、私は魔王を討つことを目指して遥々海を渡って来たのです」


 え。


 ……あ、そうなんだ……。

 そっちか……。

 まさか他にもいるとは思わなんだ。

 よほど腕に自信があるのだろうか。

 

 僕がそんな不安げな感想を抱いていると顔に出てたのか鎧少女も心配そうにしているが、まあいいや。 

 掃除を押し付けたらアティナに引き渡してしまおう。

 僕としてはそれでなんの問題もない。


「えと、その、か、歓迎するよ。僕はクズゴミ・スターレットっていうんだ。ひとつよろしく頼むよ。あとアティナって奴がいてさ。そのポスターを書いたのはそいつなんだけど、今どっかに行っちゃってて。そのうち戻ってくるから待っててくれな」


「はい、心得ました。よろしくお願いします。……その、失礼ながら伺いますが、屑……塵、という名前なのですか」


 そう挨拶すると、鎧少女は僕の名前に疑問を思ったのか首を傾げてそんなことを聞いてきた。

 変わった名前だからそういう風に思われるのには慣れてるから、別にどうってことないが。

 馬鹿にして笑い飛ばされるよりはマシだ。


「まあね。ちなみにクズゴミのクズは星屑のクズで、ゴミはスターダストのダストから」


「あー! クズゴミここにいたの!」

 

 僕の台詞を遮って現れたのはアティナの奴だ。 

 全部何処かに貼り尽くしたのか、さっきまで抱えてたポスターは無くなっていた。

 まだ持ってたら、あとは貼っとくと言って貰ったあと、細切れに切って紙吹雪にして遊ぼうと思ってたのに残念でしょうがない。


「んー? クズゴミ、この子は?」


 とてとてと歩いてきたアティナの興味は、すぐに鎧少女に向いたようだ。

 

「ああ、アティナ。彼女は例のポスターを見て、来てくれてだな。名前は……えーと」


 そういえば名前を聞いてなかったと、鎧少女の方をチラりと見ると、何故だかばつが悪そうに下を向き、申し訳なさそうに口を開いた。


「……お二人ともすいません。私の故郷の仕来りで……無礼は承知の上なのですが……初対面の相手に自分の名を明かしてはいけない教えなのです」


 恐る恐る鎧少女は言うのは、きっと名乗りもしないことで相手の気を損ねてしまうことを恐れてのことだろうが、生憎にも僕もアティナもそんなことを気にするような柄じゃない。

 その心配は杞憂だ。


「別に謝らなくても気にしてないよ。それよか、何て呼んだらいいかなぁと思って」


 僕がそう言うと、安心したのかパアッと明るくなった鎧少女は嬉々とした。


「お気遣い痛み入ります。それでは私のことは、よ」


「カオリナイトさんっっ!! いらっしゃいましたら受付まで来ていただくようお願いしますっ!! カオリナイトさんーーっ! いらっしゃいますかーーっ!?」


 呼び方を伝えようとした鎧少女の声をかき消すほどの大声で受付の人が叫んだ。

 ガヤガヤしてるからこの場にそのカオリナイトって人がいたら確かに大きい声で言わなきゃ聞こえないだろうから仕方ないと言えば仕方ないが。


「カオリナイトさんっ! カオリナイトさんっ!」

 

 何度も連呼しているが当人は現れない。

 もう既に外に出てしまってるのではないか……おや?

 鎧少女の様子が変だ。

 なんかプルプル震えてるというか。



「……す、すいません。ちょ、ちょっと行ってきます」



 顔を真っ赤にした鎧少女もといカオリナイトは、受付の方へ小走りで去っていった。



「……ドンマイね、カオリナイト」


「いやぁ、あの流れの後にこれだからなぁ、恥ずい気持ちは分かるわぁはっはっは」


 さすがにブレイブの登録には名を明かさない訳にもいかず、本名を書いたんだな。

 アティナは苦笑いし、僕が茶化すように笑っていると、背後から強い殺気のこもった声色で呼ばれ……。


「ご機嫌ですね。スターレットさん。ところで、罰則の清掃が全く進んでいないようですが……!」


 この間、僕をボコ殴りにした受付のお姉さんだった。

 しまった。

 さすがにあの惨状を放置してる時間が長かった。

 僕は一変、恐怖で身体が凍りついたが、なんとか『オーバー・ザ・ワールド』で転移して逃げることは我慢する。

 

「あの、えと、その、ですね……あ、後でやろうかと思ってまして……」


 此の期に及んでまだ人に押し付けようと考えている僕。


「後?」


「直ちにやって参ります」


 しかしそれを鶴の一声というか、鬼のひと睨みというか、ともかく逆らえない絶対的な圧力によりさっきまでの僕の目論見は一蹴される。

 暴力を恐れた僕はお姉さんに敬礼をした直後、喫煙所に向けて逃げるように猛ダッシュしたのだった。


「……やれやれ、先が思いやられるわね」


 アティナには言われたくなかった、くそ。

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