第9話 星屑と吸血神

 吸血城のロビーにて。


「そうですか……やはり行ってしまわれますか」


「そうしょげないでよ。そのうちまた遊びに来るわよ」


 名残惜しそうに言うブラハに、アティナはそんなことを言っていた。

 僕はもう二度と来るまいと心に決めているが。


 あの後、地獄から奇跡的に生還した僕はアティナと合流しブラハ達の見送りを受けていた。

 何でかは知らないけどアティナはこの城に留まることはしないで街に帰ると言いだしたのだ。

 せっかく厄介払い出来ると思ってたのに。

 城を取り戻すだの豪語していたのは一体何だったんだ。

 まぁこの際それはもういいや。

 何はともあれ、ようやく帰れる訳なんだから。


「アティナ、僕は先に外で待ってるから話し終わったら出てきてくれな。それでは皆様、お邪魔致しました」


「あ、そう……。分かったわ」


 ブラハ達にペコっとお辞儀し、僕がいると話しにくいと思ったので気を利かせて一足先に城を後にすることにする。


「クズゴミ様、死に場所に困った時は是非当機を訪ねてきて下さい。いつでもご相談にのらせて頂きます故」


「その時はゐっことにこも同席するのです。楽しみに待ってるのです」


「よかったら明日にでも来て欲しいのです」


 この三人はあれだけ僕に酷いことしてトラウマを植え付けたというのにまだやり足りないというのか。

 顔こそニコニコと笑顔だがその怒りは相当に根深いらしい。

 さっきのことは思い出すだけで鳥肌が立つ。

 一秒でも早く記憶から抹消したい。

 

「スターレット殿、この度は色々と悶着があったが……まぁそのなんだ、嫌いでなければ一人でも構わない、また訪ねてきてくれ。貴殿ならいつでも歓迎しよう」


 マキナ達が僕を引きずって行ったのを見ていただけに、また来て欲しい気持ちもあるが少しバツが悪そうにしている。

 なので僕は気持ちだけ貰っておくことにし笑顔で手を振って別れを言い、城を出たのだった。


「はぁー」


 なんか随分と久しぶりに外に出た気がする。

 空気が新鮮だ。

 つい深呼吸してしまう。

 城の中に居たのは精々一、二時間くらいなのにもう何ヶ月も過ごした感覚だ。

 そう感じるほど色々あったからなぁ。

 地獄を見せられたことだし。

 報復は……まあ、僕もやったこともやったことだしマキナ達の怒りも、最もといえば最もだ。

 根はいい人みたいだし、怒らせたら怖いし、敵に回したくないし、これ以上恨みを買いたくないし、僕も今回のことは忘れよう。

 あの地獄のことは特に。


「さて……」

 


 だがアティナ、



 僕は自分でしたことも、自分にされたことも根に持つだからな。

 アティナにされた数々のことは忘れるわけがなし。

 時々恩着せがましいとかねちっこいとか言われるがそんなこと関係ないな。

 というわけで早速有言実行するべく、僕は『ベネフィット・スターズ』の第一の能力を使い誰にも認識されないようになってから『オーバー・ザ・ワールド』で城の中に戻った。

 ロビーではアティナ達はまだ何かを話しているが関係ねぇ、まずは手始めに服の背中に氷でも入れてやろう。

 僕は無詠唱で『アイスブロック』の魔法を唱え、一口大の氷を作る。

 喰らえアティナ!

 悲鳴をよこせ!

 しかしその刹那、僕は静止する。

 差し伸べる魔の手を止めることにしたのはアティナ達の会話が耳にはいったからだ。


「それにしてもマキナ、あんなにバンバン弾丸撃ってくるのは反則よ。おかげでもうストップの合図が出せなくて焦ったんだからね」


「大変申し訳ございません。つい演技に熱が入ってしまいましたので。クズゴミ様への怒りは本心でしたが」


「それを言うならアティナ様こそ、あの槍を投げる技はびっくりしたのです。あと少しでミンチになるかと思ったのです」


「台本にはないアドリブでしたから、余計にびっくりしたのです」

 


 ……ん?

 なんか演技とか台本とか、色々と聞き捨てならないワードが聞こえるような。



「あぁあれね、ごめんごめん二人ならきっと躱せると思ったからちょっと調子に乗ってやってみたの。もちろんちゃんと手は抜いたわよ? あとびっくりしたと言えばね、途中でクズゴミが私のこと裏切り者だなんてほざいてきたのよ。芝居がバレたのかと思ったんだけど、そこは私の華麗な起点の利かせ方で上手く誤魔化せたわ。全くまんまと騙されて必至になってるクズゴミを見て演技よりも笑いを堪える方が大変だったってもんよアハハハハハ」


 本人がこの場に居ることも知らず、いけしゃあしゃあと口の減らないアティナ。


 え、てことはなんだ。

 吸血神の恐ろしさを思い知らすとか、実力を知らしめるとか言ってたのは嘘?

 あの派手な戦闘とかも全部茶番だったってこと?

 そのために僕はあんなに苦しみ、怯え、恐怖し、地獄まで見せられたというのか?

 一体何のために……?


 僕の中で、何段にも重ねられたトランプタワーが崩れ去るようなショックが脳をスパークさせた。

 しかしすぐさまその衝撃からは立ち直り、別な感情が構築されてゆく。



 ……いや、目的なんてそんなことはどうでもいい。



 ……こんなことを聞かされちゃあよ……仏だって黙っちゃいねぇぜ……こんの、ノミ女ぁぁぁぁ!!!!


 僕の味わった苦しみを百倍にして返してやるぅぅ!!!

 

 

 怒髪天を突く僕だったが、そんな僕の憤怒は誰も知る由のないこと。

 

「あいも変わらず、アティナ様も人が悪い。それでスターレット殿の評価は如何程でしたか。手の込んだだけあって彼の本質は見定めることは出来ましたか」

 

 ブラハが言った言葉にピタッと、氷では生ぬるいので生きた活きのいい生魚を背中に入れてやろうと、城に来る途中にあった川に転移して取ってこようとした身体を止める。

 

「まあ、そうね……とりあえず善人ではないわね。あと屑だし外道だし腰抜けだし骨なしチキンだし邪悪な心を持ってるし……あれ? いいところがない? 一個くらいあった気がしたのだけど気のせいだったかしら」


 どっかに細長い昆虫系居ないかな。

 ミミズとかムカデとか。

 アティナの髪に飾ってやる。

 魚類だけじゃ物足りないからな。

 それに今回はまだ慈悲があった方だ。

 まだ、取り返しがつくことだったから。


「あとね、クズゴミは何でだかね、一人で逃げないの。幾らでも私を置いて逃げ出すチャンスがあったはずなのに何だかんだ合流してくれてね。ヘタレのくせに、そこんとこがよく分からなかったわ」


 …………。

 う、うん……まあ……結果的にはそうだね。


「アティナ様……彼も漢なんですよ」


 ブラハがなんとも感慨深い物言いをしてるが、多分想像してるのとは違うと思う。


「ともかく、この吸血神のマスターになったぐらいなのだからクズゴミにはきっと何かあると思うの。だから私はその可能性に賭けてみたい。ついていくことにしたのはそれだけじゃないけどね」


 真面目な声で生意気なことを語るアティナには、僕が最初にアティナに会った時に感じた生命としての偉大さを再び感じた気がする。

 きっと気のせいだろう。


 考えてみれば昨日、今日会った相手をすぐ信用出来る訳もなし、アティナが僕という一人の人間を見定めようとするのは当然といえば当然のことではなかろうか。

 アティナの言い振りだと、僕は吸血神という神様にマスターとしての試練を与えられ、及第点を貰えたという認識でいていいのかな。

 ……別に嬉しくも何ともないけど。

 




 数分たって。


「ごめんごめん、お待たせ。色々と話したい事があってね。さぁ行きましょ」


「……うん」


 城の扉の前で座り込んで空を眺めて待っていた僕に、アティナが笑いかけてくる。

 

「なによどうしたのムスッとして。待たせたこと怒ってるの」


「いや……別に」


 僕としたことが、らしくもなく感傷的な気持ちになってるだけだ。

 だから、まぁ……とりあえずアティナへの報復は保留にしとくことにした。

 気分じゃなくなっちまったからな。


「ところで何食べてるの?」


「氷。いる?」


「いらない」



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 空にはもう月が昇り、天気が良いので星もよく見える時間帯。

 帰路につく僕とアティナは街に向かう馬車の中にいた。

 馬車に乗って揺られる時間がこんなにも安らぐと思う日が来ようとは、人生分からないもんだ。

 長距離の移動は『オーバー・ザ・ワールド』を使うので馬車などほとんど乗ったことが無いし、乗り心地が悪いくらいの印象しかなかったけどそんなことなかったな。

 

「ねぇクズゴミ。今回の依頼内容は吸血城の探索と調査でしょ。ギルドへの報告って、あの……えと、何とかならないものかしら。あの子達に迷惑というか、その……」


 知りすぼまりな言い方のアティナに、何が言いたいか大体察した僕は答える。


「あー、心配しなくても大丈夫だと思うよ。ありのまま報告してもサンテミリオンの名前を出せば、多分ギルドやら街のお偉いさんが菓子折りの一つでも持って挨拶にでも行くんじゃないかな。その前に他のブレイブの人がまたあの城に向かうことになるかもしれないけど、暮らしを脅かすようなことはないさ」


 サンテミリオンと人間とは良好的な関係にある。

 それをわざわざ壊すような真似はしない。

 立場的には人間の方がへりくだる態度だが、相手が世界最強の吸血鬼では仕方ないといえば仕方ないだろう。

 今回の廃城調査の件についても僕らは初陣だったからサンテミリオンの「サ」の字も分からなかったが、後続の調査組はそりゃもう慎重に城に赴かざるを得ないはず。

 その事をマキナ達には話したら、ゐっこもにこも化物に変身して侵入者を追い返すのはやめると言っていた。

 あれは心臓に悪いからな。

 ちなみに僕が報告した後でも調査がでるのは別に僕が信用されていない訳ではなく、念のため確認という意味合いでのこと。

 いくら僕でも食い扶持で嘘をつくようなことはしない。


 クソッ、それにしてもついてないな。

 僕達が後続でサンテミリオンの城だってあらかじめ情報があれば、あんな酷い目に合うようなことはなかったのに。

 本当にもう、何回死ぬかと思ったか。

 全部アティナの所為だちくしょう。


 そう心の中で悪態をつく僕の隣でアティナは「なら良かった」と言って安堵していた。

 アティナにとってブラハ達は自分の眷属とその使用人だから色々と心配なんだろう。

 眷属というよりはなんか親戚といった感じだったけど。

 そういう訳か知らんが、結構思いやりがあるんだな。    

 その思いやりをほんのちょっとでも僕にも向けてくれないものか。


「ところでクズゴミ。私、アー君に聞いた話でね、一個閃いたことがあるの。それで知ってたら教えて欲しいんだけどね」


 閃いたことか。

 一体何をだろうか。

 何のことは分からないけど、くだらないことだったら笑ってやろう。

 


「今の魔王って誰がやってるの?」

 


 魔王。

 その単語を耳にした瞬間、次第に落ち着きを取り戻しつつあった僕の心臓は寝た子を起こしように跳ねた。

 というのはついこの間、魔王城に乗り込んで魔王本人に嫌がらせをしたばかりだからだ。

 僕の犯行だとバレることはまずないと思うが、どうしても魔王という言葉を意識してしまっていけない。

 

「さ、さぁー誰だろうね。あ、あんまりそういうことは興味がないから分からないなぁー。ていうか、どうして急にそんなことを? 魔王がどうしたんだ?」


「……? どしてそんなに動揺しているの? いやあのね、アー君が言ってたのよ。私がこっち召喚されて来る前、玉座を譲り受けてから大人しかった魔王が突然に全世界に向けてその力を誇示するように憤怒の魔力の波動を放つ、という出来事があったみたいなの。知ってた?」


 そう、まだ最近のことだから記憶には新しい。

 その影響か世界各地で色々と異変が起こってることや、ギルドの上の方でもSランクのブレイブを招集した集会があったりと大分騒ぎになってたもんだ。

 来年の歴史の教科書は一ページ厚くなることでしょう。

 


 にしても憤怒の魔力って、何をそんなに怒ることがあったんだろう。

 


「アー君は魔王がようやく重い腰を上げた、なんて言っていたけど……あ、それでね、私の召喚されたのも、いや正確には私を召喚出来たのはその影響があったからじゃないかって言うのよ」


「ふーん。それでなんで魔王が誰かって知りたいんだ?  律儀にお礼でも言いに行くのか?」


 僕が冗談交じりにそう言うと、やっぱりアティナはそんな訳ないと否定する。

 だろうな、お礼参りは行ってもお礼を言いには行かないタイプだと思うからな。


「前に私が召喚されていた頃に丁度、次期魔王に玉座を交代する時でね。交代前に神界に帰っちゃったから今の魔王がどんな奴か知らないけど、それでも魔王である以上この世界のパワーバランスの頂点に立つことに変わらないでしょ」


 まぁ確かに。

 世界で一番勢力のでかいのは魔王軍だからそのトップである魔王がある意味、世界の頂点と言っても過言ではないと思うが……いまいち話が見えない。


「そこでピコーンと閃いたの。私を召喚した『クエストサモン』の条件はーー」


「世界征服だったっけ? え、まさか……」


 そこまで来て、僕は遅まきながらアティナの考えを察知し嫌な予感がこみ上げる。


「フッ、そういうことよ。世界を牛耳ってる魔王の奴を倒せば、世界を征服したも同然。条件達成で私は晴れてお家に帰れるって訳よ。いやぁ、我ながらなんて完璧な作戦なの」


 自画自賛してるアティナだが、その理屈はおかしい。

 いや、意外と筋は通ってるのか?

 どっちにしろ魔王を倒すなんて無茶苦茶だ。


「直ぐにでもぶちのめしに向かいたいところだけれど、今の私は本来の状態とはほど遠い状態。歯がゆいけれどここは力を取り戻すまでは我慢してウォーミングアップ代わりに魔獣退治でもしてるのがいいかしら」


「あのー、盛り上がってるところ悪いんだけど考え直した方がいいと思うーー」


 しかし、アティナの耳には既に僕の言葉なぞ届いていなかった。


「そうなるとお供がクズゴミ一人では不安ね。そうだわ、魔王退治行く仲間を募集してみましょう。そうすればグッと楽になるわ。なんか仲間を集って魔王退治なんて、勇者にでもなった気分でワクワクするじゃない。ね、クズゴミ」


 楽しそうにこれからな構想を語るアティナに同意を求められた僕の心境はそれはもう崖ぞこにいるような絶望感でいっぱいだった。

 僕まで魔王退治に付き合わされるのだろうか。

 なんでこんな理不尽なことになったんだ。

 このままでは今日みたいな日がまた来るのか。

 

「ハ、ハハ、そうだ……ね」


 そんな今の僕には、辛うじて涙は見せなかったが乾いた笑いでそう答えるので精一杯だった。



 誰か助けてください。

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