第8話 吸血城の吸血鬼
「オーケーアティナ。もう『アイギス』はお役御免だぜ。あとは、あの茹で上がったタコ野郎を転がすだけだからな」
「え、ええ。分かったわ」
おずおずと『アイギス』を解除したアティナから僕は距離を取り、マキナを引きつけるように立ち回る。
逃げ回るには『アイギス』は逆に邪魔になるので解除してもらった。
もちろん念のため能力を使ってガードしているが、あんな怒りに身を任せた攻撃なんて見切るのは戦闘の素人の僕でも容易だ。
これも、今まで怒らせた人達からの攻撃に晒され続けてきた賜物だナ。
怒りの矛先を向けられるのには耐性がある。
「貴方のドブの詰まった頭蓋ごと、その口を天井に吹き飛ばせばこの煮えたぎる感情を落ち着けることが出来るでしょう。大人しく案山子のように突っ立っていて頂けますか」
「ぺっ」
僕は唾を吐き捨てた。
そしてその挑発は最後の一線をぶっちぎりで抜いてしまい、臨界点を突破した憤怒はマキナの中の機械に影響を与えたようだ。
マキナはその瞬間、本当に殺戮マシーンと化して猛突進してきた。
「っっっっ!!」
ハンマーを僕の脳天を目掛け、叩き潰そうと力任せに振り下ろす。
僕をトンカツにする前の肉みたいに叩きまくる気満々だ。
そしてそれは怒りのせいか、ネズミを大剣で鮮やかに輪切りにしたときのような技術は見られず、まさに原始的な一撃であった。
そこまでくるとかなり調子に乗ってた僕も、だんだん恐怖を感じてくる。
しかしここで怖気付くわけにはいかない。
勇敢な僕は華麗に怒りの一撃を回避すると、素早くマキナの背後に回り込んだ。
空振りしたハンマーは床に直撃し、巨大な亀裂を作るが僕はそれに目もくれなかった。
恐らくは威力を重視したハンマーの重さが仇となり、マキナの動きがほんの少しだけ遅延したその隙を突いて僕はガチ説教されてから封印していた技を解放する。
マキナのメイド服のスカートの裾を掴み、一切躊躇することなくめくり上げた。
「!?」
「奥義、スカートめくりだ」
ずっと昔、この技で女の子を泣かせまくってたら母親やら学校の先生からもの凄い剣幕で叱られたので滅多にやらないように封印していたが、今はそんなことを言ってる場合ではないので致し方なく解禁した。
大体の女の子はこの技で怒らせて泣かせたもんだ。
そしてそれはマキナも例外ではなかった様子。
一瞬何をされたか分からなかったようだが、された事を認識すると我を忘れて怒っていたのに、今度はプルプル震えて泣きそうな顔をしている。
今奴の頭の中では怒りと羞恥心が混ざり合ったカクテルが出来上がってることでしょう。
「あ、あ、貴方は一体、な、何のつもりでーー」
「くーろ! くーろ! くーろ! くーろ!」
僕はわざとマキナの言葉を遮るようにそんなことをノリノリで連呼した。
その光景にアティナは完全に引いてるようだが、分かってくれ、これも攻撃の隙を作る作戦なのだ。
「うううう、ああああああぁぁぁ!!」
「マ、マキナ様! ここは一旦、身を引いた方がいいのです!」
「一度気を鎮めて、体制を整えるのです!」
変身した状態でも話せたゐっことにこがそう声を掛けるが当のマキナには届いておらず、涙目になりながら尚も僕を殺そうとハンマーを振り向けてきた。
怒ったり、笑ったり、泣いたりと忙しい奴だ。
こうして見るとアンドロイドといっても普通の人と何ら変わらないんだなと思う。
これが何も感じない鉄のような奴だったらこうも上手く型にはめることは出来なかった。
なまじ、感情豊かな造りが仇となった訳だ。
「馬鹿が」
『ベネフィット・スターズ』第三の能力を発動したままマキナと対峙した僕は、向かってくるマキナの殺意に押されることなく立ち向かい、足を引っ掛けてやった。
冷静さを完全に失っている状態のマキナは、いとも簡単に転んでしまう。
そしてそれこそ待ち望んだチャンス。
「ううっ……」
「よっしゃザマァみやがれ! 今だアティナ! ぶちかましてやれ!」
僕は既にアティナの攻撃の巻き添えを喰わないように避難した後で嬉々と合図として呼びかけた。
しかも変身を解いたゐっことにこが心配そうにマキナに寄り添っている状態……!
一石二鳥、いや一石三鳥……!
一網打尽だぜ!
……しかし肝心のアティナが全く動かない。
「……? どしたのアティナ。はやくやっちまえよ」
「……嫌よ」
……は?
せっかくここまできて何言いだすんだコイツは。
「オイオイ、話が違うじゃないか。僕が隙を作るからお前は攻撃を喰らわせろって言ったろ。いつでもやれるように待機してるからって言ってたじゃないか」
僕が抗議の声をあげるが、アティナはツーンとした態度で反抗する。
「あんたね、幾ら何でも今のはあんまりよ。相手の尊厳を踏みにじるようなやり方は許容出来ないわ。敵なら何やっても良いって訳じゃ無いのよ」
諭すように説教じみたことをぬかすアティナに軽く苛つきを覚えるが、今はそんな悠長なこと言ってられない。
気が付けばマキナが起き上がり体勢を整えていた。
「……ゐっこ、にこ。二人は下がっていて下さい。リミッターを解除し、あのモードを発動します。巻き込まれると危険ですので早く」
「……申し訳ありませんマキナ様。そのご命令は聴けないのです。ゐっこも闘うのです」
「あそこまでマキナ様を虚仮にされて黙っていられないのです。にこも闘うのです」
再びマキナの両サイドに立ち尽くしたゐっことにこは、既に構えをとっておりその瞳には揺るぎない覚悟を秘めている。
そんな二人を見たマキナはどうやら冷静さを取り戻したようだ。
「二人とも……申し訳ありません。当機が不甲斐ないばかりに……。深く感謝します!」
マキナも同じく戦闘体勢を取る。
二人の覚悟に感化されたのか。先程までの不安定さはその姿には見受けられず、強さも増しているようにすら感じる程だ。
もう駄目だ。
こうなってはもう僕達に勝ち目はない。
「ひぇぇぇ、ヤベェよアティナ。やっぱりもう一回『アイギス』を頼むよ。何とか逃げ切る案を考えなくちゃ」
「あ、悪いけど自分の身は自分で守って貰えます?」
…………!
……言いたいことがありすぎて逆に考えがまとまらなくなって言葉を失ったが、とりあえず一つ僕が確かに思うのはアティナ、お前は、あとで、マジで、引っ叩く。
僕はそう心に固く誓い、一人で逃げようとした時だった。
大広間の扉乱暴に開き、彼は現れた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ええい! 騒がしいぞ! 一体何事だ!」
不機嫌極まりない声音に、深い血の色をした眠たげな眼と寝癖の立ってる髪をした長身の男が突然怒鳴り込んできた。
この城の住人なのか、明らかに寝起きの姿のその人はだいぶ腹を立ているようで、近所迷惑の家に苦情を言いに来た人みたいな感じだ。
見ればマキナもゐっこもにこも、僕とアティナを目の前にしているにもかかわらず戦いの構えを解き、男に駆け寄っていった。
「ブラハ様」
そう畏敬と、どこか親しみを込めた声でマキナは返事として名を呼んだ。
敵よりも優先して寄り添う忠誠心を見るに、マキナがさっき言っていた主人様というのはあの人のことなのだろう。
「ただ今、侵入者の男を苦しめてから亡き者にしようとしていたところです。害虫駆除に等しい行いであります故、特別ご覧いただいて楽しめる代物ではありません。ブラハ様こそ、このような時間に如何されたのですか?」
酷い言われようだ。
それに何で僕だけ。
「そ、そうか。それは水を差すような真似をしてすまなかったな。だがもう少し静かに事を済ませることは出来ぬか? 爆発の振動が城中に響いていて目が覚めてしまったぞ」
あの人……ブラハは、マキナが僕に向ける怒りを感じ取り萎縮したのか、最初抱いていた不機嫌さは穴の空いた風船のようにしぼんでしまったようだ。
「お言葉ですがブラハ様。侵入者があった場合の対応は全て当機に一任し、更に城の損害を気にしてやられてしまっては元も子もないのでやり方も自由でいいと仰られたのはブラハ様です」
「す、すまん……。その通りであったな……。要らぬ事を言った……申し訳ない……」
意気消沈して謝りながらぺこぺこしてる姿は気持ちは大いに分かるが、なんとも不憫なものだ。
あのブラハという人が主人だと思ったけど僕の思い違いかな。
「マキナ様はご主人への風当たりが台風並みに強いのです」
「ご主人元気出すのです。睡眠を邪魔されれば誰だって気を悪くするのです」
「おお、二人は優しいな。励ましの言葉、礼を言うぞ。起きている時間帯が違い、余り接する時間が無いが元気そうでなによりだ。マキナ、君にも苦労をかけるな。ありがとう」
「……当機にはもったいないお言葉です。それよりブラハ様、あちらに……」
そう言いマキナは僕とアティナの方に視線を送る。
ブラハもああ、分かっていると口にしてこちらを見据えた。
そのまま忘れてくれれば良かったのにと思うが、やっぱり奴らはまだ僕らを侵入者と敵視していてミンチにするつもりだ。
しかし思い違いは思い違いだったみたいで主人であったあのブラハという人、見かけによらず優しそうだから土下座して謝罪すれば見逃してくれるかもしれない。
僕はそんな淡い期待を安易にしたが、それは自分から上げて落とす、突き落とされるために高台に登るのに等しいことであった。
「なっ」
意図せずそんな間抜けな声が出た。
僕が接近を視覚することすら許さず、それどころか消えたと感じたブラハが動いたこと知覚したのは眼前にまで移動した時に生じた僅かに揺れる風に煽られてからだ。
もはや悲鳴も弱音も出せなかった。
裸で飢えた魔獣のいる檻に放り込まれた気分だ。
もしブラハがその気だったなら無敵になる間も、転移する暇も凌駕して僕を攻撃出来たということに他ならない訳で、つまり僕が敵う要素は皆無であるからしてコンマ数秒でも早く逃げることが最善の策であることは揺るぎのない事実だから、あれこれ心配するのは今日全て乗り切って寝るとき布団の中でやればいい。
と、そこまでを瞬時に思い爆ぜた僕は『オーバー・ザ・ワールド』を発動を構え、見捨てても良かったけど目覚めが悪いから一緒に連れて転移しようとアティナの腕をつかもうとして
「待ってクズゴミ」
その一言に、僕の動きは水が凍るように固まった。
普段なら待つ訳ないが、逃げの一本道を爆走する僕の行く手を止められたときの反応としては無理もないと後の僕は考える。
しかし今の僕には次の行動までに余白が空くほどに余裕はなく、目の前のことをただ視界に受け入れた。
「お久しぶりです、アティナ様。このブラハ・サンテミリオン、この日が来ることを待ち望んでおりました」
ブラハは教会で十字架に祈りを捧げる信者のようにアティナに跪き、頭を垂れてそう口にしたのを確かに聞いた。
え、え、どゆこと?
この人、アティナのお友達なの?
それにサンテミリオンってどこかで聞いたことあるような?
僕は昔、調子に乗ってテキーラ四本目を開けた記憶を最後に迎えた朝、見知らぬ森の奥地で目が覚めた時くらいに困惑していた。
そして解せないのが状況が分かってないのがこの場で僕だけだということ。
マキナ達はまるでこうなると知っていたような面をしてこの光景を見守っている。
「え、あぁ! 嘘っ!? もしかしてアー君!? やだぁ! ちょっと見ない間に全然雰囲気変わったわね! とんだ悪ガキだったのこんないい男になって! 一瞬、誰か分からなかったわ!」
そんな暫くぶりに会った親戚のおばちゃんみたいなノリで騒ぐアティナは随分テンションが上がっているが、一方の僕は更なる恐怖に身を震わせる。
そうさ、思い出した。
サンテミリオン。
確か、世界最強の吸血鬼一族の名前だ。
他の他種族に排他的な吸血鬼一族には有り得ない話だがサンテミリオン一族は人間と友好的な関係を結んでいて、お互いに不利益を与えない仲を取り持つ平和的決まりとしてサンテミリオン条約なんてものがあるくらいだったはず。
なのでお互いにちょっかいをかけるのはご法度だ。
となると僕は、蜂の巣に顔突っ込むよりもヤバイことをやらかしてしまったことになる。
なんせ知らなかったとはいえ、サンテミリオンの城に侵入して使用人に喧嘩ふっかけちまった。
それで僕がミートボールにされるだけで済むならいいが、サンテミリオンと人間との関係に亀裂を入れることになり数多の街に血のプールが出来上がった日にはあの世で血の池地獄に沈むことになるかもしれん。
「アティナ様はお変わりなく、お元気そうでなによりです。大伯父のアダムも、アティナ様が再びこちらにやって来られたことを知ればきっと喜ばれることでしょう」
大罪の責を感じ、誰かに責任転嫁出来ないか考える僕を他所に二人は話している。
「ああ、アダムね。近いうちに挨拶に行ってくるわ。それにしてもアー君、どうしたのよそんな他人行儀な話しかたして。昔みたいにアテ姉ちゃんって呼んでもーー」
「あの、ちょっ、アティナ様、あれはもう昔の話でありましてこのブラハもまだ青く、こらっそこ! 微笑ましいものを見る目で見るんじゃない!」
ニコニコとそんな微笑ましい光景を見ていたマキナ達に、ブラハは気恥ずかしそうにかみついた。
随分と仲が良さそうで何より。
そうか。
今わかったけどこの二人、吸血鬼と吸血神だったな。
片や眷属、片や自分の崇める神様ときたもんだ。
なんかそれ以上の関係っぽいけど。
あれだけ敬うとはあのブラハってサンテミリオンの吸血鬼もなかなか信心深いんだな。
この感じなら僕が仕出かしたことも罪に問われなさそう。
僕は完全に蚊帳の外みたいだし、そういう訳で逃げるように帰らせて貰お。
「ーーところで、そちらの男はアティナ様とはどういう関係で?」
ゆっくりとその場を去ろうとしたところに話題をふられあ、びくっと身体が震えたの僕は感じた。
しまった、逃げるのが少し遅かったか。
「あ、忘れるところだったわ。こいつはね、今の私のマスターなの。『クエストサモン』で私を召喚したわけ」
「えぇと、あの、その、ク、クズゴミ・スターレットです。召喚したってのはちょっと語弊があるけど、一応マスターやらせて貰ってます、はい」
威圧感を勝手に感じてる僕は腰を低く手の甲の紋章を見せてそう説明する。
もう、真ん前に立っているだけでちびりそうだ。
「アティナ様のマスターであったか。申し遅れた。我が名はブラハ・サンテミリオン。どうぞ、ブラハと呼んで貰いたい」
「ど、どうも」
深々とお辞儀をして名乗るブラハに恐縮すぎて変な汗が出てきた。
さっきマキナ達に仕出かしたこともあるし、早く帰りたい。
といっても流石に自分達の主人の敬う人物のマスターを相手に、この場で暴行を働くわけには奴らとていくまい。
つまりさっきのは全部チャラ……!
助かったぁ……!
「あれ、クズゴミなんだか顔色が優れないわよ。そういえばさっきからよね。マーキナーっ! 私、アー君とまだ話しがあるからクズゴミを休憩室にでも連れてってあげて頂戴」
は?
「お前、急に何をーー」
口走るんだ、と最後まで言う暇もなく奴らは僕の背後まで来ていた。
瞬間、静電気が発生した時のようなピリッとした痛みが背中に走ったと思うと同時に、身体が麻痺したかのように力が抜けていった。
何をされたか分からないがまともに声を上げることすらままならなくなり、僕の命綱の能力も満足に使用出来ない状態に陥ってしまう。
まるで死神の鎌が喉元を捉えたかのようだ。
ガシッと僕の両肩を掴むマキナの手と、僕の両手を握るゐっことにこの手には、少なくはない殺気の込められた力を否が応でも伝わってくる。
恐らくアティナは僕に対する復讐のチャンスを与えたつもりなんだろう。
余計な事を。
ふざけやがって。
誰か助けて。
そして僕はこれから自分に降りかかることに、心底震えるしかなかった。
「フフフ、それではクズゴミ様、ご案内致しますので此方へ。拷問……ではなく休憩室の一番いい席をご用意させて頂きます」
「クズ様、心配は要らないのです。加減は心得ております。ゐっこは生かさず殺さずの調整が上手いのです」
「ゴミ様、安心して欲しいのです。ポーションが沢山有りますので死にはしないと思うのです。多分」
「これは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だ」
この時を待っていたと言わんばかりに三人ともいい笑顔をして、これは悪夢だと願う青ざめた僕の身体を、ズルズルと闇へと引きづっていくのだった。
この時、アティナが笑いながら手を振って見送っていた事を僕は一生忘れない。
「……よろしかったのですか、アティナ様。ご存知、彼女達はいい使用人ですが、少々やりすぎてしまう傾向があるのが玉に瑕。加えてマキナから先に感じた怒り具合では下手すると彼は廃人になる恐れも……」
「そんなまさか……だ、大丈夫でしょ。とりあえず命までは取らないと思うわ……多分」
地獄の一丁目に攫われていく僕を見送ったアティナとブラハは不安を口にする。
この事をきっかけに、僕は暫く他人を信じられなくなりました。
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