第7話 吸血城の使用人 その④

「……騒々しい……な」


 吸血城のある一室。

 窓がないため灯りを消すと全くの闇に呑まれる部屋だ。

 部屋の外から嫌でも響いてくる騒音に眠りを妨げられたこの部屋の主である彼の第一声からは、非常に不機嫌な心地がうかがえる。

 まだ天には日が昇っているが彼にとってその時間帯は真夜中と同じなのだから無理もない話だが。

 その真夜中に叩き起こされたのは最近では二度目になる。

 つい数日前に起こったとある事象。

 それには思わず飛び起きるほどの衝動に、いつも冷静な一部の使用人達も取り乱して部屋に飛び込んでくるほどだった。

 今回は使用人が誰も騒ぎ立てないところを観ると、それほど酷い事態ではないみたいだが城で誰か暴れているのは音と魔力の具合で察知する。

 まあ、これくらいであれば自分が出向くほどでもないだろう。

 そう判断した彼は再び寝りにつくことにした。

 この後の悲劇が降りかかることを知らないまま。







 吸血城上階、大広間にて。

 その大広間は運動会が開けそうなほど広く、壁一面の大きな窓がありテラスへと通じているが、黒い分厚いカーテンで仕切られていて外からの光を完全に塞いでいるため相変わらずランタンの火しかなく薄暗い。

 

 どうやらアティナはせっかく撤退してくれた相手を追いかけて決着を付けるつもりらしい。

 どうしてわざわざと僕は思うが、さっきアティナが言ってたが吸血神の誇りと矜持のためにやられっぱなしで逃げ帰る訳にはいかないんだと。

 あと城を取り戻すとかなんとか。

 片やメイドさん達の方も僕やアティナのような城に入ってくる侵入者に対処しなければならない役割らしいし。

 利害が一致してしまった以上、そこに戦いが起こるのは必然だったんだろう。

 僕ならどっちの立場であっても相手に謝りまくり、その場を治めた後からバレないように報復でも何でもする作戦をとるようにするけどナ。


「あんた、そんな陰湿な情けないことばっかりするからクズとかゴミとかってバカにされるのよ」


「陰湿だろうが何だろうが知ったこっちゃないさ。僕は平和主義者なんだ。血を見なくて済むに越したことはないってもんだ。と言うわけであとは頑張ってくれ」


 そう言って僕はカーテンにくるまうようにして隠れに行った。

 エクスポーションのおかげで心身ともに回復した今ならアティナとメイドさん達の戦いを観戦する元気もあるってもんだ。

 一気飲みした直後に不味さのあまり吐き出してしまって全部瓶の中に戻しちまったけど効果はあった。

 いやぁ、正直言って効力はまゆつば物だったけどちゃんと効くもんなんだな。

 ちなみにその瓶は元の場所に返しておいた。

 見た目や臭いは飲む前と後であんまり大差無いから大丈夫だろ、多分。


 アティナとは僕が『アイズ・オブ・ヘブン』を使って後を追って観ると、この大広間に居るのが分かったので『オーバー・ザ・ワールド』で近くまで転移して来て合流したわけだ。

 聞くと、逃げていったゐっことにこを追ってきたらこの大広間に入っていったらしいが、今は姿は見えないらしい。

 そこで『アイズ・オブ・ヘブン』で探し出してみようと思ったその瞬間。

 


「お初にお目にかかります。侵入者様」


 

 静かだが大広間全体に反響する声の持ち主は、僕がさっきネズミをけしかけて怒らせた殺戮マシーンメイドさんだ。

 大広間奥にあるステージに上がって大剣を装備しており、横にはゐっことにこも一緒にいる。

 あと顔の落書き落とせたらしいな。

 それにどうやら僕には気付いてないみたいだ、助かり。


「名乗らせていただきます。当機の名はマキナ・ト・ドール。本、吸血城の使用人を務める身です。そして貴女がアティナ様とお見受け致します。こちらのゐっことにこの話では、それはそれは強力な魔力をお持ちのようで……!」

 

 あのメイドさん……マキナの言葉は丁寧な口調ではあったが、明らかにアティナに敵意を剥き出しにしてるが伝わる話し方だ。

 しかしアティナに気負けした様子はない。

 僕なら既に逃げだすことを考えだしているところだ。


「いかにも。究極無敵の最強少女、吸血神アティナ様とはこの私のことよ」


 誰もそこまで言ってない。


「それにしても貴女、なんとまあ変わった身体をしてるのね。血が一滴も流れていない人は初めて見るわ」


「……!」


 アティナの言葉にマキナは一瞬驚嘆の様子を見せたが、すぐに平常心で答える。


「おっしゃる通り……。当機の身体は機械仕掛け故、血液は流れておりません。代わりに流れているのは活動するのに必要なエネルギーとして、我が主人様の魔力になります」


「マキナ様は人ではなくアンドロイドなのです」


「ゐっこやにこよりもずっとずっと強いのです」


 アンドロイド。

 その言葉には聞き覚えがあった。

 確か人工的に人を模して作られたロボットのことだ。

 殺戮マシーンという比喩はある意味当たってたんだな。

 話では聞いたことがあったけどまさか実在していたとは知らなかった。

 

「ふーん。ま、アンドロイドだろうと人だろうと私からすれば大差ないわ。いつだって勝利するのは私だから」

 

 アティナは胸を張って言い放った。

 本当にあの自身は何処から湧いてくるのだろうか。

 

「大層な自身をお持ちのようですが、武器も持たぬまるごしの状態で我々は三人を相手取るおつもりですか。侵入者を相手に騎士道精神に乗っ取って戦うつもりは毛頭有りません。せめて仲間のあの男を呼んだら如何ですか? いえ、ぜひ呼んでくださいませ。八つ裂きにするので」


「マキナ様、ゐっこにもやらせて欲しいのです」


 ヒェ……。

 あの感じだと、二人ともまださっきのことに腹を立ててるみたいだ。

 見つかったら今度こそ殺られる。

 頼むから余計なことは言わないでくれよ。

 

 青ざめた僕がそう思うアティナは、マキナの言う三対一の状況に全く怖じける様子も逃げ出すことも無く、やれやれとでも言いたげな感じの表情でため息を吐いていた。


「……ああ、なんて事なの。まさかこの私が敵に身を案じられる日がこようとは思いもしなかったわ。心底舐められた気分だわ。武器ならね……!」


 アティナが手を宙に掲げる。

 何をするのかと思っていた次の瞬間、僕の頭をスレスレに外から窓ガラスの一部をぶち破りカーテンを引き裂いて、何かが勢強く入ってきた。

 

 危なっ!?

 

 それはさっき放り投げた筈のグングニルだった。

 アティナは華麗にキャッチしたグングニルをドヤ顔で構えて、その穂先をマキナ達の方に自分の力を誇示するように突き向ける。


「この通りよ。ひとりでに私の手元に戻ってくるからおかげで何処に投げても無くすことがなくて重宝してるの」


 え?

 じゃあ昨日仔犬に持っていかれた時、わざわざ追いかけまわして取り返した苦労は何だったんだ?

 そんな便利な機能があるなら最初から使ってほしかった。

 

「それと貴女の言うあの男はね、生憎だけれど戦いにおいて何の役にも立たない雑魚だから置いてきたわ」

 

 ちっ、舐めたことを言ってくれる。

 だけどしっかり僕の居場所ははぐらかしてくれて、



「け、決してそっちのカーテンの裏には隠れてなんかないわよ?」



 は?



 僕がアティナの失言に凍りついた瞬間、マキナの鋭い殺意の眼光がカーテン越しに僕に突き刺さり強烈な悪寒となって身体を震わせた。

 身の危険を察知した僕は、またもや無意識のうちに能力を発動させる。

 『ベネフィット・スターズ』……!


 刹那、マキナの腕から放たれた砲弾のごときエネルギー弾が僕が隠れているカーテンの掛かった壁一面の窓ガラスを着弾の爆発と共に吹き飛ばした。

 凄まじい爆音と煙、無残に崩れ去った壁がその破壊力を物語っている。

 何とか無傷で要られたが能力を発動していなかったら当然のこと、木っ端微塵に吹き飛んでいたことだろう。

 アティナの野郎、本当に余計なこと言いやがって。


「あー、マキナ様ずるいのです自分ばかり。あれではゐっこの分が跡形も残っていないのです」

 

「……これは申し訳ないことを。つい加減を忘れて撃ち込んでしまいました。どうかご容赦を」


「マキナ様はいつもやり過ぎだとにこは思うのです」

 

 口振りからして、こんなことが奴らにとっては日常茶飯事だとでもいうのだろうか。

 なんて恐ろしい連中だ。

 

「ちょっと! そっちには居ないって言ったのにどうして攻撃したのよ!?」


 アティナがあたふたしながらマキナを責め立てた。


「当機には虚偽を看破する機能が備わっております。アティナ様が仰った事柄に嘘の反応を示した故に、あの男がカーテン越しに隠れていると判断した次第です。この機能を使用するまでもなく今のはあからさまでしたが」


「くっ……! 成る程そういう事……不覚ね。流石の私でもそんな能力があるなんて予想出来なかったわ。でも安心しててねクズゴミ。仇は私が討つ!」

 

「いや、まだ死んでないから」

 

 満場一致で死んだことになった僕だが、奴らには生きてることをバラさないために見えないよう爆発の煙に上手く身を隠し、アティナにだけ聞こえるように小さな声で生存報告をするが。


「っ!? あ、クズゴミ! なんだ、くたばってなかったのね!」


 最早わざとかってほどのやたら大きい声はしっかり奴らの耳にも入ったことだろう。

 失敗した。

 何でわざわざアティナに話しかけてしまったんだ。

 こうなるともうアティナは遠回しに僕を殺しにかかってるのではないかと疑いたくなってくる。

 さっきだってあの大技を敵がいたとはいえ、僕がいる方向に撃ちやがったし。

 僕の隠れてる居所をばらすようなこと言うし。

 人がフラフラになるほど血は吸うし。


 ……あれ。


 なんか本当にそんな気がしてきた。

 いや、流石に考えすぎか……いや待てよ。

 この城に入る前にアティナは昔この城に住んでいたと言っていた。

 そして奴らはこの城の使用人を語っている。

 吸血城なんて名前なんだから吸血神が主人でもおかしくない。

 そうなるとアティナと奴らは主従関係にある可能性が浮上するわけだ。

 マキナが言ってた主人様とはアティナのこと。

 今回の依頼を選んだのもアティナだし。

 そう言えば僕のことは侵入者とかあの男とか言うのに、アティナのことはマキナもゐっこもにこも様付け呼んでいて……!


 え。


 ということは、つまり今まで一緒に行動してきたアティナは……あちら側……!?

 小芝居をうっていて、僕を殺そうとしている……!?

 でもそれなら色々と辻褄が合う……!

 おそらくあの時、アティナが落とし穴に落ちて離ればなれになった時に使用人連中とコンタクトがあったんだ……!

 それ以降の出来事だ……! 露骨に僕を殺そうとしてきていたのは……!

 


「ねぇどうしたの? 何で黙ってるの? 何で私にそんな自分以外誰も信用しないような濁ったような視線を向けるの? 頭でも打った?」


 僕が非の打ち所がない完璧な推理を繰り広げていると、アティナが珍妙な物でも見るような眼差しを向けきいてくる。

 なので僕はバッサリと言ってしまった。


「今しがた僕の中でアティナ、お前が裏切り者だっていう仮説が生まれてしまってな」


 すると間髪いれずにアティナが言う。

 

「はぁ? クズゴミ、あんたどうやら本当に頭打ったみたいね。どういう腐った思考回路で物を考えればそういうチンプンカンプンな結論がでるのかしら。被害妄想も大概にして頂戴」

 

 ぐ、ムカつく言いようだが……確かにそうかも。

 突然裏切り者呼ばわりされれば誰だっていい気はしない。

 うん、やっぱり僕の考えすぎだ。

 すまん、アティナ。

 ちょっと邪推が過ぎた。

 ツケを一個減らすから許してくれ。


 アティナに素直に謝った僕。

 しかしその考えが杞憂では無かったと知るのは少し先の話である。


「っと、『アイギス』!」


「ぎゃあ!?」

 

 追撃のエネルギー弾を『アイギス』で防いだアティナの隣でエネルギー弾が弾けた爆発にビビって不甲斐ない悲鳴をあげたのは僕だ。

 目と鼻の先で爆発が起こって怖かったのではなく、ただびっくりしただけだと言い訳しておく。


「アティナ様。その男をこちらに引き渡せば貴女の無事は保証する、と提案致しますが」

 

 マキナは、次なるエネルギー弾の射出のチャージをしながらそんなふざけた話を持ちかけてきた。

 しかしそれに対するアティナの返事は実に冷ややかだ。


「ふ、あり得ないわね。そんな敗けを認めるような愚行、私がするわけないじゃない。貴女たちはもっと自分の心配をした方がいいと思うわよ」


 依然、自信満々の態度は崩して無かったがアティナにとってもあのエネルギー弾は脅威なのか、『アイギス』を解除して反撃に移ろうとはしない。

 それが僕の不安を煽った。


「あ、でもやっぱり最終手段として考えておくわ」


「へ? 今なんて?」


 まさかの発言に僕の不安は加速する。

 嘘だと言ってくれと付け加えようとしたがマキナの言葉が遮った。



「そうですか。それでは、ご逝去して下さいませ」


 

 その台詞と共にマキナの雰囲気が変化する。

 殺意を纏わらせ、完全に殺るきモードに入ったようだ。


「ーーっ! 来るわね! クズゴミ! 死にたく無かったら私の側から離れないで!」


「言わずもがなだよ……あれ?」


 その時僕は遅まきながら、さっきまでマキナの両サイドに立っていたゐっことにこがいなくなっていることに気が付いた。

 やばい。

 爆発の煙に乗じて移動していたのは僕だけではなかった。


「アティナ! 後ろからも来てる!」


「嘘っ!?」


「「遅いのです」」


 マキナが振り回していた大剣をそれぞれ装備したゐっことにこは既に背後に回り込んでおり、攻撃魔法での遠距離攻撃を選択する。

 僕は能力で身を固め、さらに効果を『ベネフィット・スターズ』第二の能力で付与させようとアティナに近づいたが、それは奴らの攻撃に対してあまりに遅かった。


「『ピュリファイア』」


「「『ディフュージョンホーン』!」」

 

 三方向から放たれるエネルギー弾と攻撃魔法の同時攻撃による応酬は、小屋一つ簡単に吹き飛ばしてしまいそうな程の火力。

 直撃の衝撃を覚悟した僕だったが、『アイギス』の守りは僕の予想以上だった。

 

「お?」

 

 アティナは正面から来るエネルギー弾を防いでいるにもかかわらず、後ろからの『ディフュージョンホーン』の角の群勢も先程同様に見えない壁にぶち当たり次々と弾いている。

 後ろ側にも『アイギス』が展開されていたのだ。

 まさか死角になる背後の守りをも完備とは恐れ入った。


「すごいなアティナ。この見えない壁、盤石の防御じゃないか。これなら余裕で凌ぎ切れそうだ」


 僕が褒めると、もっと自慢気に意気揚々と言うと思ったら声のボリュームを少し落として説明してくれた。

  敵に聴こえないようにというアティナの計らいなのだろう。

 

「当然よ。私の父から貰ったとっておきなんだから。それと『アイギス』は壁でなくて盾ね。今は大した魔力を使えないから力が出せなくて透明になってるけど。それよりもクズゴミ……」


 へー、この見えない壁は盾だったのか。

 しかし凄い守りな事に変わりはない。

 こりゃアティナの評価を見直さなくちゃいけないーー。

 


「もう最終手段を使いたいのだけど、どうしよう」



「え」


 ……そう思った矢先にこれだ。

 そうだった。

 短い付き合いだけどアティナはこういう奴だった。

 声のボリュームが落ちたのは自信消失の表れだったとでもいうのだろうか。


「その……私としたことが相手の力量を見誤ってしまったわ。あのバカスカ撃ってくる爆発するやつ結構強いのよ……! うー、この爆炎じゃ合図が届かないじゃないの」

 

 アティナが文句を言ってるのは僕を差し出すっていう合図のことだろう。

 そんなの届かなくていい。

 いや、届かないで下さい。

 

 というか、これかなりマズイ状況だ。

 今のアティナの感じでは『アイギス』を展開出来なくなるのも時間の問題だろう。

 奴らはこっちの消耗狙いで弾幕を撃ち続けているし。

 そうなると僕も最終手段として『ベネフィット・スターズ』でごり押しで逃げるか、『オーバー・ザ・ワールド』で転移するかしなくちゃならない。

 でもそれだと僕の能力をばらす事に他ならないし。

 それは嫌だな、どうしよ、参ったな。

 

 ーーーーそして数秒悩んだ末に僕は決断した。


「気は進まないがこうなったら仕方がない」


 一か八かだが、ばらすくらいならやってやるという意気込みでアティナに問いかける。


「アティナ! あのマキナってアンドロイドを何とか出来ればまだ勝機はあるか?」


 アティナは一瞬困惑したが、すぐに答える。


「う、うん。一番厳しいのがアレだからマキナをどうにか出来れば『アイギス』を解いても残り二人の相手は何とかなると思うけど……ちょっと、一体何をする気なの!?」

 

「僕がマキナの気を引きつけて隙を作るから、アティナは今出せる一番火力のある技でも魔法でも喰らわしてやれ」


 危険は伴うがコレぐらいしか手を思いつかなかった。

 本当にやりたくないけど成功すればマキナを倒せるかもしれない。


「分かったわ! その作戦乗ったわよクズゴミ! 流石私のマスター、やる時はやるんだから! いつでも攻撃出来るように待機しているわ! 」

 

 あ、あれ?

 もっとこう「危険だからやめなさい」とか「無茶よ、早まらないで」とか言われると思ってたのに。

 全然そんな事なかったな。


「でも具体的にはどうするつもりなの?」


「くくく、まあ見てな」


 僕は不敵に笑いながらアティナを後ろにやり、声が届きやすいように『アイギス』の範囲内ギリギリ前まで出る。

 マキナも僕に気付き、何をするつもりか様子をうかがっているようだ。

 そして僕は息を大きく吸い、大声で叫んだ。



「おいマキナとか言ったな! お前冷静沈着なメイドを演じてるがさっき僕はお前がネズミを怖がって慌てふためく姿を見てるから滑稽にしか見えないぜ!! ガハハ!!」



「!?」


 その僕の煽りに『アイギス』越しだが、マキナがピクッと反応したのを見逃さなかった……!

 攻撃の手を止めるほどとは、やはり気にしていたらしいナ……!


 僕は今度は反対側を向く。


「ゐっこちゃん! にこちゃん! 聞いてくれ! 君達が尊敬するマキナ様はな! さっきネズミに襲われて「キャータスケテー!」とか「イヤー!」とか言ってよ! みっともなく悲鳴をあげまくってたんだぜ! 笑っちまうよなあんなカッコつけてるのによ! ダハハハハハ!」


「なっ!? いや、違います、あれは……! ゐっこ! にこ! そんな男の言う事に耳を貸してはいけません!」


 唖然としてる二人にマキナは活を入れるようとするが僕はそれを無視して続ける。


「いや本当なんだってコレが! 思い出しただけで爆笑もんよ! あのネズミが身体にくっついた時のパニくりようときたら、下手なお笑いより笑えたぜフヘヘへへへへ! そんでもって、それを目撃した僕を恥ずかしいもんだから殺そうとしてる訳よ! 城の警備とかじゃなくて、自分の汚点の口封じに二人を付き合わせてるんだから、みみっちいったらありゃしないよな!! まったくよぉ!!」


 外道の笑いがこだまする。

 僕は邪悪に思いつくがままに下衆な魂の咆哮をあげるが如く、あることないこと喋りまくった……!

 

「マ、マキナ様……」


「やはり、ネズミがお嫌いだったのですか……」

 

 さらに二人の反応にマキナは顔を真っ赤にしてわなわなと震えていた。

 アンドロイドにも羞恥心があって助かったぜ。

 僕はちょっと引き気味なアティナに「お前も笑え」と指示をだすが、なんか引きつった乾いた笑いしか出てなかった。

 修行が足りないナ。


「フ、フ、フフフフフ。ゐっこ、にこ、『モード・クラッチブレイカー』です。早くして下さい」

 

 怒りすぎて逆に笑えてくる現象に陥ってやがる。

 あれぐらいでトサカにくるようじゃまだまだだネ。


 ゐっことにこは、なにやら巨大な肉叩きのようなかなりゴツいハンマーに変身し、マキナの両手に収まった。

 重量があるであろうハンマーを、マキナは物ともせず軽々と振っている。

 表情こそ笑顔だが目には影が差し込んでいて、さっきまで冷徹な無表情だっただけに恐ろしさ倍増だ。


「フフフフフ、早急にあの世へ送って差し上げます」


「やれやれ、図星を突かれて怒り心頭ってか。見ちゃいられんな」


 呆れたような口調で気に触るような言い方をする。

 最早僕の言葉はマキナの怒りに注ぐ燃料にしかならないようだ。

 今度は笑顔が消えて、ゴミを見るような目で睨みつけてきた。


 もう慣れてるよ、それ。

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