第6話 吸血城の使用人 その③

 その後。

 僕とアティナは未だに吸血城の中に留まり続け、更にはあれだけ追いかけ回され、ようやく撒くことが出来た相手を今度は逆にこっちからわざわざ会いに行くような愚行を犯している。


 原因はアティナだ。


 今の内に帰ろうと言ったのだが、アティナは奴らに吸血神の恐ろしさを思い知らせてやるまでは帰らないと言って聞かない。

 何でも自分の住んでた思い出の城にあんな変な連中をのさばらせおくわけにはいかないとかなんとかと力説していた。

 何が思い出だ。

 城のことほとんど忘れてたくせに。


「大体何処に帰ると言うの? ここが私の帰るべき場所はここなのよ。彼奴らに吸血神の神聖な城に蔓延ったことを後悔させてやらないと。その暁には特別にマスターとして、クズゴミもここに住むことを許してあげるわ。あの馬小屋よりはずっといいでしょ」

 

「くぅ、このやろう。人の大事な家を馬小屋扱いしやがって……」


 ムカついたからコイツは後で蜂蜜シャンプーの刑に処すことにしよう。

 これでアティナに溜まってるツケは何個目だったかな。

 

「それにしても大丈夫? さっきから顔色が優れないわよ? 血の気が引いて真っ青になってる感じで」

 

「さっきガッツリ血を吸われたせいだよ。おかげでフラフラだけど、それでアティナが力を少しでも取り戻せたなら良かったと思っとくよ」


 正味な話、遺憾だがアティナの戦闘力が今の命綱だ。

 自分で言うのもなんだが僕の能力はかなり強力ではあるが、その引き換えに体力をかなり使う。

 能力の質は、現在の僕の体力に依存するのだ。

 ヒットアンドアウェイ精神を心掛けている僕のやり方であれば、例えば『ベネフィット・スターズ』なら一回数秒。

 長くても十数秒だ。

 それくらいなら平気なのだが、今日みたいに連続で何分も使うと血を吸われてなくても顔が真っ青になるくらい疲労する。

 そうなってしまうと満足に能力を使えなくなるし、最悪発動することすら出来ない。

 今の僕とさの体調だとまさにその状態だ。

 やたらと逃げるために走り回ったり、普段よりも過剰に能力を使ったせいで自分でも予想以上に不味いことになっている。

 と言うわけでアティナには最後の希望として頑張って貰いたい。

 

 まあ僕の体力が貧弱じゃ無ければ問題無かったのだが。



「一パーセント、と言ったところね」


「……? 何が?」


 何の話か分からない僕は唐突に何か言い出したアティナに首を傾げる。

 多分しょうもないことだと思うが。


「私の本来出せる全力の百パーセントの力に比べて、今出せる力の割合が一パーセント」

 

「今すぐ帰ろう」


 しょうもなくなかった。

 大切な情報だった。


 ポンっとアティナの肩を叩き懇願の眼差しで見つめながら僕はそう頼んだ。

 だって百分の一しか実力を出せないんだろ?

 ふざけてやがる。

 よくそんなんであれだけの口がほざけたものだ。

 こりゃ、八つ裂きにされる前に逃げたほうが懸命だナ。


「まあお待ちなさいな。吸血神の一パーセントを舐めてもらっては困るわね。昨日も言ったと思うけど魔王や人間王とも互角以上に渡り合ったことがあって、その時の力が百パーセントなの。だから魔王の力の百分の一ぐらいの力が今の私にあると思って貰えればいいわ。血を吸うさっきまではそれ以下だったのよ。癪な話だけどね」

 

「あー、成る程ね、はいはい分かったよ」


 よく分からなかったが、もう駄目だということは悲しいほど理解出来た。

 僕としたことが、アティナの言葉に耳を貸し、ありもしない希望に寄り縋り自分の運命を他力本願上等と委ねてしまうとは。

 今日僕死ぬかもしれない。

 おしまいだ。

 誰か助けてくれ。

 

「……? ねえ、どうしてそんなこの世の終わりみたいな顔をしているの? あ、もしかして弱体化している私のことを案じてくれてるね。それなら余計な心配よ。今の状態でもあの化け物やそんじょそこらの魔獣程度なら瞬殺よ。瞬殺」


 怖がってる子どもを安心させようとする母親のような口調で物を言ってきた。


 またふざけたことを言う。

 勘違いも甚だしい。

 僕は自分の身の心配をしているんだ。

 

 そう思う僕の心中は荒れていたのだった。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「……ん。何だこりゃ?」


 通路を歩いていると突き当たりに一際大きな扉を発見した。

 その扉を挟むよう両端に、タヌキとキツネの石像が配置してある。

 一見不自然に見えるがこれがお洒落なのだろうか。

 この通路や城の雰囲気にはミスマッチな気もするが。

 しゃがみ込んで撫でてみるとひんやりと冷たく。石の感触でつるつるしていて埃ひとつ被ってない。

 多分あのメイド達が掃除してるのだろう。

 

「結構ピカピカだ。大事に扱われているのかな? 丁度いいや。ムシャクシャしてた所だ。八つ当たりさせて貰お」

 

 僕はポケットからいつでも落書きが出来るように忍ばせてある黒色のマジックペンを取り出しタヌキの石像の顔にペン先をはしらせた。

 まずはど定番、髭を生やそう。

 さらに目元と口元に小ジワをガッツリ書き込み、顔を老化させる。

 おでこの部分には巻きグソの絵を手慣れた手つきでサラサラとお絵描きだ。

 勿論巻きグソに集るハエも忘れずにデコレーション。

 あとはバカとかアホなどの普通の悪口をあちこちにトッピングして完成だ。


「ああああああ! 折角の綺麗に掃除してる石像が台無しだ……! 掃除、やり直し……! 残念! うしゃしゃしゃしゃしゃしゃ!」


 すると横から笑いを堪えながら見てたアティナもついに吹き出した。


「ぷっ、あははははは! 傑作! 酷いことするわね……! ははははは! それちゃんと取れるんでしょうね? フフ」


「そうかぁ! しまった! マジックで書いたから雑巾で擦った程度じゃなかなか取れないぞ! なんてこったいひひひひひひひひひ! ザマァァァァァ!」

 

 僕が今自分の置かれている状況を差し置いていつもの調子で下衆な笑い声を上げていた次の瞬間だった。


 煙と共にタヌキの石像がさっきの給仕服を着た獣人の子に変身したのだ。


 いや逆か。

 獣人の子がタヌキの石像に化けてたんだ。

 多分、この場所を僕達が通ることを読んで不意打ちでも仕掛けるためにわざわざ石像に化けて待機してたのだろう。


 あ、目が合った。


「あの……その……こんちわ……」


 殺意で満ち溢れていることが直ぐに分かる眼差しだ。

 あれ……。

 この子、本気で僕のこと殺る気じゃん。

 やばい……!

 

 くっ! 土下座……! 間に合うか……!?


 僕は冷や汗をかく間も無く、今出せる最大速度で頭を床に擦り付けようと体勢を作った。

 身体に染み込んだその一連の動作は、速さ、精錬さ、躊躇の無さ、どれをとっても常人のそれを遥かに凌駕する勢い。

 土下座慣れしているということだ。

 それの何が悪い。

 よく、お前にはプライドが無いのかと言われるが、殴られること回避して許して貰えるのならば靴だって舐めるさ。

 大体、土下座をすることとプライドが無いということとなんの関係があるというのだ。

 それに痛いのは嫌だからな。

 謝罪とは、相手の事情ではなく自分の身を安じてする行為なのだと思う。


 しかし最速で土下座した僕だったが、許してもらえるかどうかは別の話だった。

 獣人の子が攻撃の体勢に入る。


 ダメか……!

 振り絞れ!

 『ベネフィット・スターズ』!

 

 発動の刹那。

 その小さな身体の何処にこんな力があるのかと疑いたくなるほどの威力の蹴りを喰らった僕は通路の端まで無様に飛ばされ転がった。

 

「ッッツゥ……!」


 一瞬だけ体力を振り絞って発動させた『ベネフィット・スターズ』第三の能力の無敵効果のおかげで骨折や内臓破裂などの致命傷は避けることが出来たが、衝撃までは防ぎきれなかった。

 身体の痛みと視界が回転したことによる三半規管へのショックは僕に大ダメージを与え、瀕死の状態へと追い込んだ。

 

 ぅぅ……ヤバイ、超痛い、吐きそう。


 僕を蹴った獣人の子はというと、ハンカチを取り出して自分の顔を拭いていた。


「……にこ、どうです? 取れましたか?」


「全然取れて無いのです」


 いつのまにか変身を解いていたキツネの石像の獣人の子の方に、鏡が無いので見て貰ってるらしい。


「うー……乙女の顔に落書きするなんて、とんでもない外道なのです。その罪は死に値します」


「ゐっこの言う通りなのです。よって、脳天から刃で身体を真っ二つなのです」


 獣人の二人……ゐっことにこが僕にとどめを刺そうとゆらゆらと寄ってきた。

 二人とも栗色の髪の癖っ毛のある髪で髪型も同じ、背格好もほぼ同じだが、片方がタヌキのような尻尾と耳でもう片方がキツネのような尻尾と耳と獣人特有のものがある。

 タヌキの方がゐっこでキツネの方がにこというらしい。

 耳と尻尾がなかったら見分けつかないほどだ。

 今は僕が顔に落書きしたおかげで見分けやすいが。

 

 

 僕を見下す二人の視線に、これから潰される虫の気持ちを思い知らされた。

 

 ヒェェ……!

 見た目は愛くるしい女の子なのに、言動と雰囲気が滅茶苦茶おっかねぇ。

 目が完全に座ってやがる。

 畜生! 真っ二つなんてゴメンだぜ!

 アティナ! 助けて! アティナぁ!



「あーあー、ちょっとそこのお二人さん?」

 

 二人の後ろに距離をとっているアティナは既にグングニルを現界させおり、壁に寄りかかって声を掛けるその表情は、今にも泣き出しそうな僕とは対照的に余裕の笑みだ。

 しかしその身体から放たれる魔力は全く無視出来るほどのものではなく、ゐっことにこの意識は有り難いことに其方に振り向いた。


「この私が居るというのに、むざむざ背を晒すなんて愚の骨頂よ! 私は吸血神アティナ。血を司る神にして、全吸血族の頂点に立つもの……! 許しをこうなら今の内よ」


 アティナはグングニルを構え、なんとも痛い名乗りを上げる姿はなんか知らないけど今は頼りになる気がした。


 いいぞー! アティナ! たたんじまえー!


「……? 吸血神……。全然知らないのです。私は吸血城夜勤担当、ゐっこなのです。主な業務はゴミ掃除なのです。今大きなゴミを見つけて処理するトコなので邪魔しないので欲しいのです」

 

「同じく夜勤担当、にこなのです。更に同じく、吸血神なんて神様は知らないのです。アティナさんと言ったです? 今引き下がるのなら見逃して上げないこともないのです」


 この二人も名乗り上げ何やら戦闘の構えをとった。

 やっぱり吸血神ってのは相当マイナーな神様なんだろうか。

 ところで今、日中だけど夜勤担当がいるんだな。


「そう……二人とも知らないの……。それは残念ね。だったら教えてあげる。吸血神の力と、同時に私に牙を剥いたその愚かさを! そこのボロ雑巾の始末はその後にして頂戴」


 アティナが目を爛々とさせ言い放ったのだった。


 くそ、ゴミだのボロ雑巾だの好き放題言いやがって。       

 あいつ一回、マジでぶっ飛ばしてやろうかな。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 極一部に限ってではあるが、特有の不思議な力を有する獣人が存在する。

 その力とは己の肉体を観て記憶した、或いは強く想い描いた物に姿形を変える『変幻の法』と呼ばれる術であり、要約すると様々な物や生物に変身出来る能力である。

 そして恐ろしいのが、ただ変身した物の見た目に化けるのでは無く、変身したその物体や生物と同じ性質をもつことができる点にある。

 鉄塊に化ければ身を守れ、路上の石に化ければ身を隠せ、鳥に化けようものなら空を仰ぐことをも容易なのだ。

 ただしこの世のあらゆる事柄には限度があり、『変幻の法』とて例外ではなく、己の身体よりも著しく大きい又は小さい物や生物には変身する事は叶わない。

 また、変身出来たとはいえその物体や生物よりも能力が劣化する場合もある。


 

 ーー『歴史教本 種族 獣人編』より一部 抜粋


 

 昔、夢うつつの中授業でそんな話を聞いたような気がするけど、まさか実際にお目にかかる日が来るとは思いもしなかった。

 サーカスで見る分には申し分ない程の代物だが、自分を殺す凶器として向けられるとあっては素直に喜べるはずもない。

 アティナが相手をしてる間にこの場から離れたいが今は立ってるのもやっとの状態だ。

 ましてや背を向けてるとはいえ、あの二人に攻撃するなんて以ての外。

 そもそも僕にまともな攻撃手段なんて無いのだが。

 

「『ディフュージョンホーン』」


 にこはボウガンに変身したゐっこを用いて、その魔法をアティナに向けて射出した。

 鋭くユニコーンの角のような形状をした魔法は、ボウガンから打ち出されたと同時に分裂し拡散しながら空を切る。

 一瞬にしてアティナの視界を埋め尽くすほどに増殖した魔法は一枚の壁となってアティナに矢の速さでアティナに迫っていく。


「アティナ!」


 僕はさっきまでのアティナへの恨みも忘れて叫んでいた。

 あれはやばい。

 この通路では狭くて逃げ道がなく、あの量では全て迎撃するのも回避するのも至難の業。

 このままでは蜂の巣にされる。


「黙ってなさいクズゴミ」


 しかし当の本人に全く焦った様子はなく、それどころか余裕の表情を見せている。

 そしてアティナがとった行動はグングニルで『ディフュージョンホーン』を叩き落とすでも、魔法で迎撃するのでも無かった。

 ただ手のひらを向けて唱えたのだ。



「『アイギス』」



 聞きなれない言葉だったがそれが何かすぐに理解する。

 無数の『ディフュージョンホーン』がアティナの身体を串刺しにしようと届く直前、硬い金属にでもぶつかったような甲高い音を立てて見えない何かに当たり弾かれていったのだ。

 次々となだれ込む角の群勢だが、その見えない何かを破るには至らない。

 壁なのか何なのかは分からないけどあの魔法を防いでるのがアイギスなのだろう。

 あとで聞いてみよ。


「これで終わりのようね。じゃあ、次は私の番……!」

 

 全部の攻撃をしのぎきり反撃へと転じるアティナの台詞に、こちらも迎撃せんと変身を解いたゐっことにこは警戒し身構える。

 しかしどんな魔法を使うのかと思っていた僕とは裏腹に、アティナはグングニルを投擲する形で握り構えただけだった。

 幾ら何でもただの投槍に貫かれるほどあの二人はとろく無いと思うが。

 しかしそんな考えを一蹴したのはグングニルから発せられる禍々しい肉眼でハッキリと視認出来る程の血の色をした魔力だった。

 その収縮した魔力は液体のようにグングニルから滴り落ち、アティナの腕にまで伝う見た目はまるで流血しているのかと思わせるようだ。

 そしてアティナは、その血濡れた聖槍を力の限りを尽くし、一直線に投げ穿った!



「『グングニル・ブラッド・クロス』ーーーー!」


「!?」


 それは最早ただの投槍では無い。

 放たれたグングニルから滲み出る魔力は破壊の渦と化してグングニル全体にまとわり付き、壁や床をえぐり取りながら進むそれは暴風雨さながらであった。

 直撃すればただでは済まない。

 否が応でもそう感じざるを得ないゐっことにこの仏頂面にも焦りが見える。

 あれを迎撃するのは危険だ。

 かと言ってこの通路では逃げ道も無い。

 さっきアティナに作った状況を今度は自分達にやられるという訳だ。

 

 



 ところで。

 あいつ、僕がこっち側にいること忘れてない?

 このままじゃ僕までミンチになる。


 何か考えがあるんだよな? と期待を込めてアティナの方を窺う。

 するとアティナは僕を見るやいなや、十字を切りその顔には「ごめん」と書かれていた。


 くそっ!

 こうなったら仕方がない。


 ゐっこちゃん。

 にこちゃん。

 助けてくれ。

 あの大技を防ぐような防衛魔法か、アティナごと吹っ飛ばすような強力な攻撃魔法を出して迎撃してくれ。

 頼む。

 もう生き残るには君達を頼る他ない。

 さっきのことは土下座して謝るから。

 第三者が聞いたら寝返ってるんじゃねーよと言われるかもしれないがそんなことは知らん知らん。

 

 しかしそんな敵に守りをこうような都合のいいふざけた願望が通るはずなかった。


「にこ」

 

「分かってるのです」

 

 次に何をするか分かってるように声をかけて掛け合った直後、二人は煙のように消えた。



 え。



 いや、正確には煙になって消えたのだ。

 確かにあれならあの技を喰らわずにやり過ごすことが可能だろう。

 まさか無形のものにまで変身出来るとは恐れ入ったが。


 ダメだ。

 やはり信頼できるのは自分だけだ。

 極限状態だが無理してでもやるしかない。


「オーバー・ザ・ワール……ドっ!?」


 能力を発動しようとして逃げようとしたが目の前に迫る破壊の渦に萎縮し本能的に身体が一歩後ろに下がった瞬間、突然の浮遊感が僕を襲った。

 踏み込む地面が無くなったような、そんな感覚だった。



 屠る対象がいなくなったグングニルは壁を次々と破壊して尚勢いは止まらず、城の外壁をも貫いていき外からは陽の光が入り込み、薄暗かった通路を照らした。

 

「……悲しいわね。加減したとはいえ、この技を使ったのに空振りに終わってしまうなんて。やっぱり今の状態はもどかしいわ。本当なら煙だろうがダイヤモンドだろうが消滅させるくらい訳ないのに」


 長い通路を更に長くしてしまった惨状を見てもアティナは不服そうに感想を述べた。

 変身を解き、それを聞いてゐっことにこは警戒を更に強くし、慎重な選択をした。

 

「……ここまでの力の持ち主とは予想外だったのです。にこ、ここは一旦引くですよ」


「異議なしです。戦略的撤退です」


 そう言うと二人はそっちの方が足が速いからか、今度は本物のタヌキとキツネに変身してアティナと反対の方向へ駆けていった。


「あ、逃げた。追いかけ、たいけどクズゴミ……あいつどうしようかしら」


 アティナはチラッとさっきの技でえぐれた床を見て悩んだそぶりを見せたが、それもほんのわずかだった。


「ま、いっか。あとで探し出すか、クズゴミが自分で動いていればその内合流できるでしょ。大丈夫大丈夫」


 結論を出したアティナは、逃げていったゐっことにこの後を追いかけていった。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「うっ……ぐっ……ううぅ」

 

 僕は唸り声をあげながら床に横たわっていた。

 なんたって身体に鈍痛が走るしそれにやたら重く、体調不良も甚だしい。


「そこそこ落っこちてきたらしい……な。はぁ……」


 僕は天井の自分が落ちてきた穴を見て呟いた。

 城に入ってすぐ、怪物に変身していたゐっことにこから隙を見て逃げ後にアティナがはまった落とし穴に今度は僕が落ちたのだ。

 落ちる途中には傾斜が有り、すべり台のようになっていたため落下によるダメージは少しは緩和されたが、それでも痛いもんは痛い。

 なんであんな所に落とし穴があるんだ?

 おかげで助かったけど。

 たっくよ、一歩間違えばアティナに殺られるとこだったわけだ。

 あの野郎必ず復讐してやるからナ。

 まあとりあえずはここで少しやすんでいこう。

 幸い他には誰もいないみたいだし。

 戻って行ったら今度こそアティナの攻撃の巻き添え食らってお釈迦にされかれない。

 ちょっとでもね身体を復活させなければ。


「それにしてもこの部屋、すごい薬の匂いするな」


 この部屋も他の場所同様に薄暗かったが、見渡してみると棚には薬品の瓶が並び、机や台にはフラスコやビーカー、薬の調合道具などが置いてある。

 薬品庫か何かなのだろうか。

 どうりで病院に行った時と同じ匂いがするわけだ。

 と、並んでる瓶の中にある物が目に入った。

 僕はヨロヨロとなんとか立ち上がってそれを手にとってみる。

 

「こ、これは……!」

 

 それは牛乳瓶ほどの大きさで、ラベルにはエクスポーションと記載されていた。

 ちなみにエクスポーションとは、超高級な回復薬でかなり値がはるがその効力は折り紙つき、一本飲み干せば大抵の身体の不調や異常は完治し、疲労をも消し去ってくれるというなんとも有難いお薬なのである。

 しかしそんなエクスポーションにも欠点が有り、効力の割には全く売れていないのが現状だ。

 まず値段。

 普通の人が食べる食費の平均の一ヶ月分ぐらいの金額がかかるのだ。

 一ヶ月の食費とポーション一瓶では天秤にかけるまでもないだろう。

 そしてもう一つは味だ。

 僕も話で聞いただけだから分からないが、とにかく飲めたもんじゃないような味らしい。

 しかもたちが悪いことにラベルに注意書きにも書いてあるのだが、材料の性質だかなんだか知らないけど水でも何でも他の物と混ぜてしまうと、せっかくの効力が消えてしまうらしい。

 その性質のせいで原液で飲まざるを得ないとのことだ。

 なのでポーションをよく服用するブレイブの間でも実際には使わずに御守り代りに持ち運ばれるといのが関の山なんだと。

 僕も初めて見た。

 

 しかしだ。

 今の僕の状態を万全に回復出来るのならば、我慢してでも飲むべきだろうか。

 そうすれば能力も満足に使えるようになる。

 でもなぁ、見た感じでもう不味そうだ。

 普通ポーションといえば綺麗な緑や青っぽい色をしてるが、これはなんかもう茶色い。

 言っちゃなんだけどこれは最早吐瀉物の色だ。

 この地点でもう飲む気が失せる。

 だけど状況が状況だ、仕方ない。

 見た目はこの際文字通り目を瞑ろう。

 それに味のほうも不味いなんてのは噂で聞いた程度だし、案外普通に飲めるかもしれない。

 僕はそう安直に考え瓶の栓を抜いてみる。


「……! うっ! ぐっ! ゔぉえ!」


 これはやばい。

 予想以上に危険物だ。

 この臭いなんと形容したものか。

 例えるなら嘔吐物と排泄物を足して二を掛けた感じ……? か?

 しかもこれ、よく見るとかなりとろみがある。

 液体というよりこれではどっかと言うと粘液だ。

 これは飲み辛い。

 もうゲロだ、ゲロ。

 

 しかしうだうだ考えててもラチがあかない。

 何とか頑張って一気に飲んじまおう。


「いくぜっ!」


 僕は覚悟を決めて瓶を一気に傾けた。

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