第5話 吸血城の使用人 その②
「おーい着いたぞ。……まだべそかいてるのか」
「…………ぐすん」
川から引き上げてやってからアティナはあの調子だ。
火と水の魔法を駆使して髪や服は洗浄して乾かすことが出来たらしいのだが、何が気に入らないのかずっとグスグスしてる。
まあいいや。
兎にも角にもようやく廃城に到着だ。
『アイズ・オブ・ヘブン』の能力で何となく見てはいたが、いざ実際に目の前に立つとその佇んでいる廃城の大きさに威圧感すら覚える。
朽ち果て苔やツルが張っていて、なんとも不気味な外装を見上げていると猛烈な不安が込み上げきた。
この城に足を踏み入れたら最後、土に還りか天に滅されるまで外に出られないのではないか?
こんな時に前に読んだ怖い本の内容が同じようなシチュエーションだったのを思い出す。
廃城にたどり着いて終わった気になっていたが、本来の目的はこの中の調査。
これからが依頼の本番だというのに精魂尽き果てた身体は、やる気がこれっぽっちも湧かないうえにこの場から逃げ出したい気持ちで満ち溢れてきた。
それに中にはもしかしたら魔獣が蔓延ってたり、見た目では分からないような危険な罠や結界が張られているかもしれない。
能力で身の安全を確保出来るとはいえ、わざわざそんなところに行くのは御免だ。
城内を覗くだけなら『アイズ・オブ・ヘブン』で楽勝で終わるのに。
でもそれだとアティナに説明がつかない。
くそっ、こいつ邪魔だな。
お願いだから今すぐ神界とやらに帰ってくれないものか。
そう考えながらアティナのほうを見ていると、アティナはやっと切り替えれたのか、何か思い出したように呟いた。
「やっぱりそうだわ。大分廃れてしまったけど、ずっと前に私このお城で暮らしてたの。依頼書に書かれてた場所を見てもしかしてと思ったのよ。いやぁ懐かしいわね。ちなみにこのお城、吸血城って名前なの」
ずっと前って、廃城の状態を見るに十年、二十年じゃこうはならないだろ。
一体何歳なんだ吸血神?
別に今そういう情報は要らな……いや待てよ。
「暮らしてたってことは城の内部に結構詳しいってこと? それなら中を案内して欲しいな」
「えー。ずっと前に、と言ったでしょ。そんなこと言われてもお城の中の詳しい道や部屋の見取り図なんてもう覚えてないわよ」
僕は馬鹿だ。
何故一瞬でもこいつに頼ろうとしたのだろうか。
これまでの事柄から、アティナには期待出来ないと知っていたのに。
せっかく案内することに託けて先導して貰い、何か不足の事態があった時の囮に使えると思ったのに、あてが外れた。
「そ、そんながっかりした顔しないでよ。とりあえず入ってみましょう。もしかしたら何か思い出すかもしれないし。さぁ、行きましょ」
そうアティナに手を引っ張られ、足取り重く感じながらも城内へと入っていった。
まあ、簡単にだけど城内を能力で見た感じ魔獣の姿は見受けられなかったし、多分大丈夫だろう。
入り口の大きい扉をくぐると、やたらと広いロビーに出た。
城の二階と吹き抜けになっているため余計に広く感じる。
窓は何故だか全てカーテンや簡単な板で塞がれていて、明かりは蝋燭やランタンの灯火を使われているため薄暗い。
それに廃城とは思えないくらいに小綺麗に掃除されている。
もしかして誰か人がこの城に住み着いているのではないだろうか。
例えば魔獣がいたとして、わざわざ掃除したり火を灯して明かりをつけたりすることはしないだろう。
でも魔獣の中には知性が高く人の言葉を話すという特異個体がというのが存在すると聞いたことがあるが、まさかそいつらの仕事なのか。
あまりイメージ出来ないけど。
まあどちらにせよ、早いところ城の中を見回って終わらせてしまってとっとと帰りたいことには違いないが。
「それにしてもやっぱり馬鹿みたいに広いな。こりゃ全部見て回るのは骨だ。部屋の中とかも一つ一つ確認してたらとても一日じゃ終わらないんじゃないか」
「一日どころの話ではなく、もっと時間がかかると思うわよ。確か地下も合わせれば全部で百部屋ぐらいあった気がするし」
僕が辺りを見回しながらぼやいてるとアティナが絶望の追加情報を教えてくれた。
全く、なんて面倒くさい。
最悪泊まりを覚悟したければならないじゃないか。
そもそも二人で来るような依頼じゃなかったんだ。
しかし今更そんなこと考えてももう遅い。
とにかく動かないことには始まらない。
二階に続く大階段に奥には長い廊下がある。
どこから攻めようかと何気なく僕は『アイズ・オブ・ヘブン』を使い、ロビー全体に視野を合わせた。
直後。
「ーーッ!」
僕とアティナの背後に巨大な鎌のような腕を振り上げる化け物の姿を見た……!
「後ろ!!!」
大木をも切断せしめそうな暴力的な一振りは、ギチギチと肩の関節の音を鳴らし刹那の昔に僕達が立っていた空間を空振り空を切り裂く。
反射的に僕は後ろを振り返るよりも先に身を投げ出す回避行動をとり、ギリギリの瀬戸際、紙一重の一瞬で化け物の攻撃から逃れることが出来た……!
『オーバー・ザ・ワールド』を発動しようか迷ったら脳で考えたら避けられなかった。
グッジョブ! 反射神経!
アティナも僕の絶叫に反応し、何とか身を躱したようだ。
本当に危なかった。
あと少し『アイズ・オブ・ヘブン』を使うのが遅く化け物の存在に気付けなかったら『ベネフィット・スターズ』を発動していない今の状態では間違いなく首を刈り取られていた……!
その事を認識した途端どっと汗が流れ、心臓も完全にビビり上がってばくばくと驚いている。
マジで死ぬかと思った。
「ッ〜〜〜〜〜〜! 何かと思ったら……森林で出くわしたお化けじゃない! ここまで追って来たというの……!? あとちょっとでやられるところだった……! 」
アティナはすぐさま化け物に向き直り臨戦態勢をとる。
臨戦態勢といっても僕と同じく完全に逃げ腰態勢なのだが。
「…………シンニュウ…………シャ…………ハ…………シマツ…………スル…………!」
お前喋れるんかい。
まあ元々獣人から化けた姿なんだから話せるのは当然か。
いや、そんなことよりも今は何とかこの場から逃げ出さなければ。
今にも化け物が喉元に食らいつこうと言わんばかりに襲いかかってきそうだ。
森林で出くわした時とは違って、明らかに危害を加えようとする意思が化け物にあるこの状態では正直走って逃げ切れる気がしない。
多分、僕が動くよりも奴の方が早く動く。
せめて隙を作ることが出来れば逃げるチャンスも生まれるというものだが……あ、そうだ。
「アティナ、さっき魚に使ってた何とかムーンって魔法をやってくれないか。なるべく威力は控えめで」
僕がそう耳打ちすると、アティナはしかめっ面で文句を言う。
「魔法をやってくれって、まさかあれと戦うつもりなの? バカなの? 正気なの? 私、あんなのと戦いたくないわよ」
ケツを蹴り上げてやろうかと思ったが、その衝動はグッと飲み込んで我慢した。
「違うわ。戦うわけないだろ。あの無駄に眩しい魔法を目くらましに使うんだよ。相手が怯んだ隙にずらかるぞ」
「あっ、成る程そういうことね。これも本来そういう風に使う魔法では無いのだけど。魔法を悪用する知恵が回るわねアンタ」
悪用とは失敬な。
応用と言ってくれ、応用と。
「ドッチ……ガ、サキニ…………クタバルカ……ソウダンハ…………オワッタ……カ…………!」
やばい、来る。
「アティナ! はよ!」
「『ライジングムーン』!」
その魔法が発動した瞬間、薄暗かった城内のロビーは視界の景色を奪う程の真っ白な閃光が支配された。
狙い通りだ。
光の直撃をモロに浴びた化け物は数秒とはいえ、視力を失い唸り声をあげて怯んだ様子。
よし、今の内に逃げーー。
「ギャァァ! 目がぁ! 目がぁ!」
アティナの声だった。
「ウォォイ!? 何でお前までくらってるんだよ!」
「ううっ、だって思ったよりも眩しかったのよ!」
結局、僕は自分の魔法で自爆した間抜けな吸血神を抱えてその場からトンズラこいたのだった。
ホント、勘弁して下さい。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて。
圧倒的な窮地に立たされている僕は誰に請う訳でもないが、救いを求める懇願の言葉で頭の中は埋め尽くされていて、本日何度目になるか分からない悲鳴を上げながら広大な廃城内を逃げ回っていた。
血走った目で追いかけてくるのは、背中まで伸ばした赤髪を揺らし両手に重厚で大型の大剣を装備した給仕服を着た女の人。
それも、殺意で満ち溢れていて僕を仕留めることしか考えられないといった表情だ。
ああなってしまった相手には十八番の土下座をかましてもその用を成さない。
多分、俗に言うメイドさんと言う奴だろうが、その姿をした殺戮マシーンか何かであろうあれに捕まったら間違いなくスライスされて刺身にされる。
実際、さっき野生のネズミが一匹輪切りにされるのを見たのだ。
森林で出会した化け物のときとはまた違った種類の恐怖体験に打ちのめされた今の僕には、ただひたすら涙目で逃げる選択をとる事しか出来なかった。
ちくしょう、まだ死にたくない。
どうして善良無垢な僕がこんな理不尽な憂き目に会わなくてはならないんだ。
何か怒らせる様なことしたっけ?
この城に勝手に入ったことかな?
他に心当たりがあるとすれば、鉢合わせしたメイドさんにその辺で捕まえた野良ネズミをけしかけて逃げる隙を作ろうとしたら、メイドさんのリアクションが思ったよりも面白かったもんで、つい本人の目の前で笑い飛ばしたことか。
そしたら顔を真っ赤にして大剣を手に襲いかかって来る始末だ。
疲れて『ベネフィット・スターズ』の能力を解除したところで出会すとはタイミングも悪かった。
くそっ、あんな些細なことで刃物を振り回して殺しにかかって来るなんて、なんと器の小さい。
ちなみにアティナの奴は僕がメイドさんと遭遇する直前に城の罠か何か分からないけど廊下の通路に仕掛けられていた落とし穴に落っこちていってはぐれてしまった。
結構深い落とし穴で、ここが一階だからきっと地下に繋がっているのだろう。
何か落ちてばっかりだな、吸血神。
『アイズ・オブ・ヘブン』で確認したらとりあえず無事みたいだったからあとで合流するということにして今は放っておこう。
悪いが今は自分の事で手一杯なんだ。
僕が必死に逃げてると、追いかけてきてるメイドさんが本当に殺戮マシーンよろしく、機械音声の様な口調で言ってきた。
「侵入者へ警告致します。今投降されれば苦痛無く土に還る事が可能ですが、このまま逃走する事を選択されるのであれば極上の痛みと苦しみを味わいながら天に召される事となります。どうかご懸命な判断を」
「ひぇ……」
あのメイドさんは何言ってるんだ?
それだとどのみちあの世へ逝くことは確定じゃねーか。
なんてったって言葉に殺気がみなぎってやがる。
やっぱり殺る気満々だ。
けっ、殺されるのが分かっててむざむざ捕まる奴があるか。
何とかして逃げ切らなければあの大剣のサビになることは必然。
そろそろ逃げる体力も足も限界……。
あれ?
そういえば何で僕は普通に走って逃げてるんだ?
いつもみたいに転移でも何でもさっさとすればいいのに。
ああ、そうか。
アティナと一緒に行動してる間、僕が異能力者だと知られたくないから能力を使うところを見られないように発動を極力制限してたからだ。
見られてバレるのは『オーバー・ザ・ワールド』だけだが。
でも今その邪魔なアティナは居ない訳だし。
なんだ。
何も狩られる獣みたいにわざわざ走って逃げ回る必要は無かったじゃないか。
そう考えると何かこう身体にがんじがらめに巻き付いていた枷が落ちたように心が軽くなって余裕が出てきたぞ。
そうと決まれば早速実行だ。
でも念のためにあのメイドさんにも能力を使うところを目撃されないようにしたいからそのためには一度、僕から視線を外させなければいけないなか。
『ベネフィット・スターズ』第一の能力で隠れてもいいが、それをするにしてもどっちみち視線を外させなければならないことには変わらないから、ここはやはり『オーバー・ザ・ワールド』で決まりだな。
それにはちょうどよくある、この廊下の先のあそこの曲がり角なんてうってつけだ。
曲がった直後なら数秒の間とはいえメイドさんの視界から消えることができる。
転移するには充分な時間だ。
他にこの廊下には窓や部屋や遮蔽物がないからあそこまで逃げるしかない。
曲がり角まで行ったら即効で転移してもう家に帰ってしまおう。
帰宅したら大分疲れたことだし、しばらく休憩しよう。
疲労してると僕の生命線の能力の発動にも影響がでるし。
今の状態なら家までの長距離を転移するのは一回が限度といったところかな。
だから体力を回復させねば。
アティナのことはその後にでも考えればいいや。
なんてったって吸血神だもんな。
僕が帰ってる間は一人になるし、居もしない僕を探し回るかもしれないけど気にしないでおこう。
化け物やおっかないメイドさん、他にどんな相手やさっきの落とし穴みたいな罠があるか分からないけど遅れはとることはないだろう。
うん、大丈夫。
アティナなら大丈夫。
……多分、大丈夫。
……………………………………。
ああ、くそ!
やっぱりダメだ!
一体今何処に居るんだあいつ!
僕は『アイズ・オブ・ヘブン』発動させた!
右目で前を見ながら走り、左目は閉じてアティナの居場所を検索し見つけだす。
見っけた!
何だ、意外と近くまで来てたじゃないか。
本当に近くだな。
もう直ぐそこ……。
そして曲がり角を曲がった瞬間。
ガツンッ!
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
近すぎて逆に気が付かなかった。
ぶつかって倒れた痛みで床をのたうちまわってるとさっきぶりの声が聞こえる。
「痛たたた……。あっ! クズゴミ! よかった生きてたのね! でも直ぐ逃げないと死ぬことになるわ。あの化け物と途中で鉢合わせてしまって、しかも二匹もいるの! 二匹! 怖さも二倍! 遺憾だけどこの城から一旦おさらばしましょ! ねぇ早く!」
よっぽど怖かったのかすごい剣幕で状況を話してくるが僕の脳の処理が追いつかない。
「待て待て。一回落ち着け。実は僕も後ろから巨大な刃物を持ったメイド服に追っかけられてるんだけどもしかして今、挟み撃ちの状態?」
僕が走って来た道とアティナが走って来た道では別れ道のない長い廊下だ。
しかも窓や部屋がないから逃げ込める場所がない。
いや、曲がるまで壁の死角になってて気づかなかったが隠れられそうな場所が一つ、あるにはある。
「このロッカーみたいなのに隠れてやり過ごそう」
二人くらいなら入れそうなスペースがあるし中から外の様子が伺えるようになっている。
「えぇ!? こんな所に隠れても直ぐにバレるに決まってるじゃない! それよりも私に考えが、あっちょっと何……!」
「時間が無いから急げ!」
僕は無理矢理アティナの手を引っ張ってロッカーに押しこんだ。
僕とアティナが隠れて数秒後、追いかけて来ていたメイドと化け物二匹が合流する形になった。
「……変ですね。ゐっこ、にこ。こちらの方に侵入者を追って来たのですが、二人とも鉢合わせていませんか」
すると化け物はロビーで喋ってた声と同じ声とは思えない可愛らしい声で答えた。
あの化け物はゐっことにこという名前らしい。
自分で化け物化け物というが、そういえば小さい獣人の子が化けた姿だったな。
メイドさんと仲間だったのか。
獣人の子も使用人服着てたしな。
森林で会ったのとロビーで会ったのは別々だったのかは分からないが。
「にこと一緒に侵入者を追いかけ回してましたが誰ともすれ違いませんでしたのです」
「ゐっこと同じなのです。マキナ様もそっちに侵入者が行ったのを見てないです?」
「はぁはぁ……。やべぇ。やっぱり不思議がってるよ。早くどっかに行ってくれないかな」
『アイズ・オブ・ヘブン』の能力で外の様子を伺う。
とりあえず様子見だ。
奴らが何処かへ行くまで待つとしよう。
その後はどうしよ。
もうこの際いっそのことアティナに僕の能力のことを打ち明けてしまおうか。
そうすれば『オーバー・ザ・ワールド』と『ベネフィット・スターズ』第二の能力のコラボで二人で転移できる。
絶体絶命の状況だ、仕方がない……か。
いや待て、早まるな。
こいつ口軽そうだもんな。
三日で街中に噂が流れそうだ。
いや、でも、しかし……。
「ねぇ何でそんなに疲労困憊なの? ……いえ、今はそれよりも……クズゴミ」
僕がそんなことをうだうだ悩んでるとアティナが変なものでも拾い喰いしたのかと思うほど今まで無かった真剣な声で言った。
「お願いがあるの」
「え?」
何だ?
どうした急に。
やな予感がするが。
「……貴方の血を吸わせて欲しいの」
…………。
何を言い出すかと思ったら、何だそんなこと……。
吸血神だもんな。
そりゃ血を吸うよな。
僕はアティナの気持ちを汲み取ったつもりで、その上で答えた。
「嫌だよ」
「えぇ!? この流れでこの雰囲気なら普通は了承する場面じゃないの‼︎ そこは!」
「しぃー! 声がでかい! 知らないよそんな雰囲気! 大体なんでこの場面で僕がお前の喉を潤わさなくちゃならないんだ! 走ったから喉が乾いたからとか言うんじゃないだろうな。あ、分かった。もしかしてあれか? 死ぬ前に悔いのないように血を啜っておきたいってことか? だったら玉砕覚悟で奴らの首元にでも噛み付いてこいってんだ!」
そうすればその隙に僕が逃げれるし。
アティナは望み通り血を吸えるし。
一石二鳥だな。
僕がそう言ってやるとアティナはプルプル震えて、涙目で訴えてきた。
「違うもん! バカ! そんなんじゃ無いもん! 私は吸血神よ! 血を吸ってこそ本領発揮出来るの! でもこっちに召喚されてからは一滴も血を摂って無いから力が出ないのよ!」
だから血を貰えれば少しでも本来の力のほんの一部でも戻るかも、とアティナは言う。
「……てことは、まさかあいつらと戦うつもりなのか」
力云々の話をするということはつまりはそういうことなのだろう。
「……ふん。無敵の吸血神様の実力を思い知らせてやるのよ」
何だか聞き飽きたような台詞だが、今回は本気のようだ。
覚悟を決めたような目をしてる。
「……分かったよ。あまり痛くしないでな」
そう言って僕は渋々右腕を差し出した。
「……善処するわ。ありがと、クズゴミ」
アティナは僕の腕を掴み、ピッと爪で切り傷をつけた。
「痛い」
「ごめん。もう少し我慢して」
僕は病院で検査のときとかにされる採血は見たく無いタイプだからアティナが血を吸う間は目をそらすことにしよう。
吸われるところ見たくないや。
……うっ、今ぷにっと柔らかいものが当たった。
アティナの唇だろう。
……何だろう、なんか凄くドキドキしてき、
ごっく!! ごっく!! ごっく!! ごっく!! ジュルルルルルル!!! チュュュュュウ!!
「待って待って待って」
僕は慌てて、すぐさま腕を取り上げるようにアティナから引き離した。
「あぁぁ! 何よケチ! もう少し飲ませてよ!」
「まぁ待ってくれ。血ってさ、そんな喉ならして飲むものなの? 確かに了承したけどさ。何か想像したのと違ったもんで驚いちゃったよ。結構な量吸われた気がするけど大丈夫だよな? 失血死とかしないよね? 死ぬの? 僕、死ぬの?」
さっきまでのドキドキした気持ちは何処へやら。
今度は恐怖でドキドキしてきた。
僕はこいつに殺されるところだったんじゃないか。
「そんなに心配しなくても大丈夫だって。ちゃんと身体には支障が出ない程度には加減してるわよ。その辺はしっかり心得てるわ。吸血神が言うのだから間違いない! だからもうちょっとだけ。ね? ね?」
ホントかなぁ?
仕方なく再び僕は渋々腕を差し出し、アティナはさっきと同じくらいの量の血を僕から吸い上げた。
その後、貧血で苦しむ羽目になるのだが、この時の僕はまだ知る由も無い。
「どうもご馳走様でした。クズゴミの血はなんだか懐かしい味がするわね。前にも何処かで同じ様な血を貰ったことがあるような気がするの」
「そりゃ……良かった……ね」
疲労困憊の上に吸血までされたせいか、もう満身創痍だ。
もう能力を使うのもしんどい。
それに自分の血の味の感想を聞かされても何て言ったら良いやら。
血って味が違うものなのか。
あと、急に大量の血液を失ったからか、疲れとは別に何かフラフラする。
これ本当に大丈夫だよな?
このままぽっくり逝かないよな?
「うぐぅ……。 アティナ、それよりもどうなの? 力は復活したのか?」
見た目は特に変化なさそうだが。
もしこれで中身も変わってなかったら僕の犠牲は完全にドブだ。
「……ええ、いい感じ。安心して。この血の代償に勝利をもたらすことを約束するわ」
すると次の瞬間、調子がでて気まで大きくなったのか今まで逃げ隠れしてた行動とは打って変わって、アティナはロッカーのドアをぶち破る様に外に飛び出した!
「さあかかってきなさい! この吸血神である私を敵に回したこと! 散々追いかけ回して恐怖させたこと! 死ぬほど後悔させてあげ、……あれ?」
…………シーン。
そこにあのメイドさんも化け物も居なく、意気揚々と切った啖呵は虚しく響き、折角のやる気は空回りで終わった。
「な、なんでよー! 何処行ったのよアイツら! 怪しいのだからこの中くらい調べるでしょ、普通!」
まあ普通はな。
僕が『ベネフィット・スターズ』でロッカーを知覚出来ない様したから奴らも不思議に思いながらも別な場所を探しに行ったんだろう。
さて、無事にやり過ごせたことだし、とっと帰るか。
しかし悲しいことに、僕が帰宅出来るのはもっと後のことになるのだった。
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