第3話 ブレイブ
日が天の一番高い所を上る頃、露店や市場が連なる商店街は大いに賑わいを見せている中、僕はいた。
丁度昼休みなのか仕事の手を止めてお茶しながら談笑する大工のおじさん達が見て取れるし、大声で客引きをしているおばさんの屋台からは肉とタレが焼けたいい匂いがする。
行く人来る人過ごす人皆それぞれがこの変わらない通りを行き来して変わらない日常を謳歌しているのだろう。
僕はというと、普段『オーバー・ザ・ワールド』で転移するため、こうやって徒歩で商店街を通ることがほとんどないので、何とも新鮮な感じだった。
ただ、その新鮮な感じを素直に楽しめる状況であれば僕がおくる日常において、気紛れで起こったほんの少しだけの変化ということで終わっていたことだろう。
日記に「今日は珍しく商店街を歩いて帰った」、と一文追加される程度のことだっただろう。
そしてその変化を〝非日常〟と呼ぶには、流石におこがましいというか、大げさに表していると誰もが思うはずだ。
「ねーまだ着かないの。わたし歩き疲れたんだけど」
「うるさいなぁ。あともうちょっとだって」
後ろをてくてくと付いてくるアティナに、僕は鬱陶しく思いながら答えた。
むかつく奴とはいえ、こんな美少女と会話して歩くことは僕にとってありえないはずの〝非日常〟なのだ。
「そうだマスター。私は最高にして至高の吸血神だけど別に様付けしなくてもいいわよ。アティナって呼んでね」
随分と自分を持ち上げ、ウインクしながらそう言ってきたが、言われなくっても最初から様付けして呼ぶつもりなんかさらさらない。
「分かったよ。あとアティナも僕のことはマスターじゃなくてクズゴミと呼んでくれ。どうもしっくりこないからさ。そのマスターって呼びかた」
「え……そう呼ばれたいのなら別に私は構わないけど……でも本当にいいわけ? クズゴミなんて呼ばれかたで」
アティナが少しひきつったような顔で聞いてきた。
「いいも悪いも、それが僕の名前だしな。だからそんなゴミを見るような目で見るのはやめろ」
そんな事を話しながら街中を闊歩する。
アティナは珍しいモノを見るように当たりの建物や行き交う人といった景色を眺めながめていた。
僕もたまにしか通らないけど、そんなに変わった光景が並んでることもないと思うが。
さっきちょこっとだけ言ってた神界という所にはこういった街並みはないのだろうか。
「おいアティナ。あんまり挙動不振にキョロキョロしてると田舎者だと思われて変な奴に絡まれるぞ」
これだけたくさん人がいると、中にはガラの悪いゴロツキやチンピラとかがいるわけで、街の外からきた旅人や、か弱い女性をカツアゲしたり追い剥ぎしたりと、事件が絶えないのだ。
「絡まれるですって? フッ、上等よ、上等。この強靭無敵の吸血神様に喧嘩を売ろうなんて愚か者がいたならば、あっけないほど簡単に返り討ちにしてあげようじゃないの」
ハハハとふてぶてしく笑うアティナ。
するとそこに。
「ワンワンワンワンワンワンワンワン!!」
小さい犬が吠えながらこっちに突進してきた!
「きゃぁぁぁ! 何なのこの魔獣は! ちょ、まって、嫌ぁぁぁ助けてぇぇ!」
突然走ってきた仔犬に襲われて地面を転がり回って助けを求める自称、なんとか神を尻目に僕は愕然とした。
は?
幾ら何でも口ほどにもなさすぎるだろ。
さっきまでの自信たっぷりの態度と言動は何処に消えたんだ。
笑うよりもさきに、心配になってくる。
仔犬は僕がアティナから引きはがして抱え上げると、すぐに腕からスルリと抜け出て走り去っていった。
「お、おい大丈夫か?」
そう聞くと、よろよろと立ち上がるアティナ。
「くっ……! 油断したわ……! いくら召喚されたばかりで力が激減してるからといって、この私を翻弄するとは……。昔よりも魔獣のレベルは上がったと見えるわね」
僕にはただの仔犬にしか見えなかったけどナ。
こんな体たらくを見せられると本気で不安になってくる。
「なぁ本当に大丈夫か?」
「心配無用よ。擦り傷ひとつないから」
そういう意味で聞いたわけじゃなかったのだが、正直僕はもうどうでもよくなっていた。
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「……ってあれ? アティナの奴、何処に消えた?」
またしばらく歩いているとアティナが見当たらなくなったことに気がついた。
この時間はかなり混み合っていて人でごった返しているからか、ちょっと目を離した隙に、はぐれてしまったようだ。
このままほっといて帰ろうかどうか迷ったが、やはりとりあえず探すことにした。
『アイズ・オブ・ヘブン』を発動。
この能力を使えば人探しなんて一瞬で解決だ。
『アイズ・オブ・ヘブン』には二つの使い方がある。
僕の知ってる人や場所を瞬時に映し出す探知検索モードと、主に空中に視界をおき自由に周りを見て取れる探索モードだ。
ちなみに以前魔王城を見つけたのは後者のモード。
空から見ると魔王城は結構目立つのだ。
そんなに遠くには離れていないと思いつつ、片目を閉じる。
アティナのいる場所を検索。
暗闇にその場所が浮かび上がる。
見つけた。
思った通りすぐ近くだ。
僕は、人と人の間を掻き分けながら、その場所へ向かった。
「全く、世話をかけさせてくれるな」
ぼやきながらもたどり着くと、そこには兵士の人に職務質問くらっているアティナの姿だった。
おいおいおい、勘弁してくれ。
確かにアティナの格好は周りの人たちと見比べても浮いている。
加えて挙動不振ときたら、怪しいと思われるだろう。
「私は血を司る神にして吸血神! 名をアティナ! 遥か尊き神界より召喚により参上したわ!」
「ふーん……あっそう。氏名がアティナ……住所不定の無職、と……」
アティナのテンションに比べて、兵士の人の対応は実に冷ややかであった。
そりゃ僕も魔法陣から召喚されるのを実際に目の当たりにしていなかったらただの痛いやつだと思って相手にしなかっただろう。
多分、兵士の人の目にはただの変人としか映ってないのではないか。
すいません、その吸血神は僕の連れです。
その後、兵士の人に連行されそうになったアティナを救い出して僕は別の場所へ向かっていた。
僕はこの辺じゃいい意味でも悪い意味でも名が知れてるためか、兵士の人には適当に誤魔化したこと言ったら見逃して貰うことに成功。
連れて行かれる様を眺めて他人のふりして笑ってやろうかと思ったけど後から復讐されるかもしれないという恐怖から止めといたのは秘密だ。
「ううう……。何てことなの。かつて吸血神の名は全世界に轟いて、ありとあらゆる種族に畏怖の念を与えたものなのに……。廃れてしまったというの、あの頃の私の伝説は……」
「多分消えて無くなったんだよ、その伝説とやらは。吸血神なんて神様聞いたことがないし。誰も知らないんじゃないか、きっと」
分かりやすく落ち込んでいるアティナにそう声をかけると、僕のその言葉に噛み付いてきた。
「吸血神なんて、とはなによ! なんてとは! 今はちょっと調子が出ないけど、当時はあの魔王や聖王、人間王とも互角に渡り合ったほどの力を有しているというのに……!」
「面白い冗談だ。笑えるネ。がはははは。吸血神なんてやめちまって道化師にでもなった方が、痛い痛い痛い痛いごめん悪かったごめんなさい謝るから助けてやめて苦しい苦しい」
馬鹿にされたことによっぽど腹が立ったのか、半泣きにも関わらず僕にチョークスリーパーを仕掛けてきた。
この野郎、本気で力込めて来やがった。
もう少し僕の能力発動が遅かったら気絶するとこだったぞ。
ゲホゲホしてる僕にそっぽ向くアティナであった。
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自分の手の甲に浮かぶ紋章を見てふと思う。
「これって取る方法ないの? 別に邪魔って訳じゃ無いけどなんか気になるんだよ」
紋章を指でさすりながら、アティナに聞いてみる。
「さぁ……条件が達成されて私が帰れれば勝手に消滅するはずだけど。それか皮膚ごと引っぺがしてみるというのはどうかしら」
「恐ろしいこと言うなよ……」
そんなことするぐらいなら別にこのままでもいい。
それによく見るとこの紋章、結構かっこよく思えてきた。
こういうタトゥーだと思えば悪くない。
「……紋章って何の意味があるんだ? 紋章の一部を削って強制的な命令を召喚した相手に出来るとか?」
僕が何となく思いついたことを呟くと、
「は? 何それ? そんなこと出来る訳無いじゃないの。仮に出来たとして私に一体何をさせようというの? とんでもないクズの発想ね汚らわしい」
もうボロクソだ。
酷い言われように不用意な発言をしたことを後悔する。
僕は鋼の精神を持ち合わせていると自負しているが、鋼だって殴られれば痛いのだ。
いつか、殴った方も痛いということをアティナに思い知らせてやろう。
そんなこんなしている内に、大分目的地まで近づいてきた。
歩いて来るのは久しぶりなのでやたら長く感じるものだ。
「……そういえば今どこに向かってるの? さっきまで歩いて来た道を戻って来てまた違う道に入って。もしかしてトイレ探しているの?」
「違う違う。お前、さっき兵士の人にとっ捕まっただろ。僕がいるときは何とか誤魔化すけど、一人のときにまた捕まったら今度こそ浮浪者として牢屋にぶち込まれるかもしれん。だから身分証を作れるブレイブの登録をしたらいいと思ってさ」
僕がそう説明するとアティナは首を傾げる。
「ブレイブって?」
「えーと、前は勇者とか冒険者とか呼ばれてたけど……まあ行けばわかるよ」
そして間も無くして、僕とアティナはブレイブと呼ばれる職業に付くための登録ができる施設に到着した。
詳しい説明は受付の人にして貰おう。
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建物に入ると無機質で小綺麗なそれなりに広い空間が視界に入ってきた。
来客用のイスやテーブル、加えてフロントの奥には職員が仕事をしている事務的なスペースがあり、すべてが白色と大理石主体でコーディネートされているので実際以上の広さを感じさせる様になっている。
ところどころに飾ってある緑の観葉植物も良いアクセントにいて、思うに銀行とかに似ている雰囲気だ。
「あっちの受付で登録出来たはず。さっさと済ませてしまおう」
僕が受付のフロントの方を指差す。
ラッキーなことに誰も並んでいないからすぐに手続きして貰えるだろう。
「ねぇ、登録ってどんなことするの? 時間かかったり面倒くさいことは私嫌よ」
「気持ちは分かるけど、また兵士の人に取っ捕まって職質される方がずっと面倒くさいだろ。大丈夫だ。すぐに終わる。」
アティナにそう話していると直後、僕を名前を呼ぶ声が聞こえた。
「スターレットさーーん」
呼ばれる声に振り向くと、知り合いの職員のお姉さんが手を振りながらこっちに向かって来るのが分かった。
……表情こそニコニコと笑顔だが、握りしめている拳がすごく不吉だ。
それにあれは接客用のプライスレスの営業スマイル。
その偽の笑顔という仮面の下に本当の顔がある。
故に感情が読みづらい。
なんか嫌な予感がするが。
「どうも、こんにちグハッ!」
返事をする間も無く、お姉さんの渾身のボディブロウが僕の腹部に突き刺さり、肺の空気をもっていかれた。
そして間髪いれず、腹を抑えて屈み込む背中に肘打ちが打ち落とされ鈍い音を立てた。
肘の硬い骨を背中の柔らかい肉体部分にぶつけられた衝撃が身体全体に走り、僕は思わず倒れこむところをさらに追撃する様に後頭部を踏みつけられた。
なんという三連コンボ。
額と床が打ち合ってまた鈍い音を立てる。
お姉さんは頭を踏みつけたままさっき僕を呼んだ時の声とは全然違う無慈悲かつ冷酷な声で言い捨てた。
ーー次は無い、と。
言い終わると、スッキリした表情で持ち場に戻って行ったのだった。
「ひぃぃ……。ちょ、ちょっと大丈夫? あんた、一体あの人に何やらかしたのよ。相当に根の深い怒りを感じたけど」
床に這いつくばる僕に心配そうに聞いてくる。
あまりの光景に少しびびっていたようだ。
「ぐっ……ふ……分からない。心当たりが多すぎる……。面白半分でペンのインクをソースにすり替えたことがばれたのかな。それか大事に飼われてる金魚の水槽に野良猫をけしかけたことを誰がチクったのか、女子トイレにゴキブリを五、六匹ほど放って悲鳴をあげさせる遊びを流行らせたことか……」
僕がそうぶつぶつ思い当たる節を言ってると、今まで強烈な折檻を受けたことに同情のいろを見せてくれていたアティナだったが、だんだんと暗く、冷たく、ゴミを見るような目に変わっていって見下しているのが分かった。
なんだよちくしょう。
僕に味方はいないんですか。
何とか身体と精神面を復活させた僕は、気を取り直してアティナと受付に向かった。
受付が僕を殴ったお姉さんだったがさっきのことなんて無かったかのように受付の仕事をしている。
「あの、こっちのにブレイブの登録をお願いしたいんですが」
そう言うとお姉さんはアティナの方を見てさっき僕に向けた鉄仮面みたいな笑顔とは違って、自然な笑顔でニコリと笑って挨拶する。
「どうも、こんにちは。ブレイブ登録の受付は此方になります。それでは奥の部屋へどうぞ。そこで用紙に記入をお願いします。書き終えましたら魔力の測定と簡単な講習を行いますので。スターレットさんも是非受けていかれてください」
え、どうしてそこで僕の名前がでるんだ?
最初の講習をサボって抜け出したことはあったけれども。
「面倒くさいので嫌です」
「行け」
「は、はい」
結局脅されて参加決定。
慣れた様子で案内するお姉さんに連れられ、僕とアティナは奥の部屋へと進んだ。
ブレイブとは。
魔獣の討伐を初めとした、一般人では危険な仕事を請け負う職業のこと。
仕事を発注する依頼人と、その仕事を受注するブレイブを中間する協会をブレイブギルドと呼び、仕事の内容により難易度を定め、受注できるブレイブを制限したり、依頼人とブレイブの間に正式な契約をかわしたり、報酬金の支払いを代わりに行なうなどといった役割を担う。
難易度及びブレイブにはギルドが判断したCからSのランクが付けられ、特例を除きブレイブは自分のランク以上の仕事は受注する事は出来ない。
ブレイブのランク付けの判断基準は、戦闘力を問われる仕事が多いことから、その人の持つ力を表す〝魔力〟で定める。
またランクは………………
講師の先生がその辺まで話したとこで、僕は寝た。
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講習が終わって解放されたあと、ギルドに併設してある酒場で遅めの昼食をとることにした僕達。
天気が良いので屋外の席にしようとアティナが言ったからそうしたけど、今更だが吸血神は日の光を浴びても大丈夫なのだろうか。
吸血という単語から吸血鬼を連想させるが、吸血鬼というのは確か日の光が弱点だったと思うが。
「がつがつ……せっかくブレイブの登録をしたのだから、早速何か依頼を受けてみましょうよ。私にかかればどんな相手でだって瞬殺……いや、戦うまでもなく相手は逃げ出すでしょうね」
骨つき肉をかじりながらそう熱弁するが、仔犬にいいようにやられてた奴が言っても正直不安しかない。
それに僕、ブレイブの登録はしてるけど魔獣討伐の依頼を受けたことなんてほとんどない。
そんな不安を抱えたまま依頼を受けるなんて御免だ。
「依頼を受けるよりもさ、クエストサモンの条件を達成させる良い方法をみつけなきゃなだろ。何か条件の裏をかくような感じのやつを。まともに世界征服なんて出来るわけないし」
僕がそう言うと、アティナはもじもじしながら食事の手を止めた。
「あー、それは、その……また今度でも良いかな。とりあえずは保留ってことで」
「…………は?」
それを聞いて一瞬自分の耳を疑うが、両手の人差し指同士をつんつんしながらアティナは話を続ける。
「ほら、さっきのブレイブの話しを聞いてたらこの仕事結構面白そうだなぁと思って。もう少しこっちの世界にいてこの街や、街の外も見てみたいし。もっといろんな場所に行ってからでも神界に帰るのは遅くはないと考えたの」
なん……だと……。
「なにが遅くはない、だ! あの時、帰れない帰れないってぎゃあぎゃあ騒いでだろうが! 帰りたいんじゃなかったのか!」
急な手のひら返しに僕が文句をぶつけると。
「いいじゃないの! 気が変わったの! それにどうせすぐに戻れる方法なんて全然思いつかないじゃない! その間自由に過ごしたっていいじゃない!」
ぐっ……! 確かにその通りと言えばその通りなのだが。
アティナの正論にぐうの音も出ないが、なんか納得いかないなぁ。
「……分かったよ。でもやるならなるべく安全なやつにしよう。魔獣討伐の依頼を受けたって攻撃魔法も使えないし、ろくに装備だって持ってない。まともに戦えないで逃げ帰ってくるのが関の山だろ。そもそも魔獣怖いから出来れば街から出たくもない」
能力で一瞬で逃亡出来たり、無敵状態になれるからといっても、嫌なものは嫌だ。
こなしたことがある依頼と言えば、危険区への物資の運搬や調査ばかりで直接魔獣と戦闘するようなものは避けてきた。
すると、アティナはため息を吐きやれやれといった感じで落胆する。
「はぁ……。なんて情けない男なの。まあいいわ。最初からクズには期待してないし。それよりも攻撃魔法も使えないしろくに装備も無いって言ったわね? なめないで頂戴。私ほどの莫大な力を持つと使えない攻撃魔法のほうが少ないってもの。武器だって最上級の物があるわ」
「おい、クズとは何だ。クズとは。ちゃんとゴミを付けろ」
そんな僕の注意も無視して席から離れたアティナは、天に向かって手を伸ばし凛とした声で言い放つ。
「刮目しなさい! これが森羅万象をうち貫く究極の神槍……!」
途端、日の光で明るいというのにそれが暗く思える程に、アティナの手が白く眩しく光った。
「現界せよ!」
白い光は次第に槍の形となって、アティナに手に握られる。
「グングニル!」
現れたのはそれはそれは綺麗で美しく、まさに至高の逸品と呼ぶに相応しい真っ白な槍だった。
これはすごい。
強そう。
再び語彙力のなさを発揮した感想を持った僕は思わず感嘆の声をあげ、拍手していた。
それを見ていた周りの客も驚いている。
「おお……! かっこいい槍じゃないか。確かに最上級と言っても過言じゃない迫力があるな」
「フフフ。そうでしょう。まぁこの槍の神々しさをもってしても私の美しさの添え物にすぎないけれどね」
ちょっとなに言ってるか分からなかったが、これならなんか魔獣を相手でも行ける気がしてきたぞ。
そんな期待をしていると、さらに自慢するかのようにアティナはグングニルを振り回し、その槍さばきを見せつけてきた。
「この槍はね。ただ綺麗なだけの槍じゃないの。強力な魔力と聖なる力が込められていて、そんじょそこらの輩ではまともに振り回すことすら叶わないわ。吸血神である私だからこそ出来る技なの。この槍がこの身に宿るまでにはそれはもう大変な試練があったのだけれど。その武勇伝、聞きたい? 聞きたいでしょ!」
「聞いてやるから一旦槍を振り回すのやめろよ。失敗して飛んでいったら危ないじゃないか」
そう言った矢先。
「あ」
アティナの手からすっぽ抜け、回転して飛んでいった槍は乾いた音をたてて地面に落ちた。
「……下手くそ」
「うるさいわね! 今のはちょっと手が滑っただけよ」
とりあえず人や物にぶつからなくて良かったと安堵する。
落とした槍を拾おうとアティナが近づこうと歩いた。
その刹那だった。
「ワンワンワンワンワンワンワンワン!」
突如として現れた仔犬がアティナが拾うよりも早く、グングニルを咥え走り去っていった!
まさに電光石火の早業。
ほんの一瞬の出来事であった。
「……って、ああああああ!? 返しなさいよ! この泥棒魔獣がぁぁぁ!」
叫びながらアティナは慌てて仔犬を追いかけていった。
対して僕は落ち着きながら頼んでいたコーヒーをひとすすりする。
………………こりゃ駄目だな。
僕は依頼を受ける気が、完全になくなっていたのだった。
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