裏社会で生きる少年

ゆずか

第一章

〜プロローグ〜

 夜も静まり返ったなか、とある倉庫で強面こわもての男たちがタバコを吸っていた。

すると、黒いアタッシュケースを持った男が彼らに近づいてきた。男はタバコをくわえたまま手を差し出した。

「予定通りだな。さて、取引の時間だ。ブツを渡してもらおうか」

 おそるおそる渡そうとした瞬間、伸びてきた強面の男の手を掴んだ。男は警察手帳を出して「警察だ!!」と叫んだ。

「警察だと!?」

 強面の男たちが逃げようとしたが、もう遅い。彼らの周囲には……。

「な、お前らはまさか……」

「そのまさか。俺たちは獅龍組だ!!」



※※



 4月1日、目覚まし時計が部屋中に鳴り響いた。寝ぼけ眼で目覚ましを止めた。時刻は7時。昨日まで春休みだったから、夜更かしするくせがついてしまった。おかげでまだ眠い……。あと5分くらい寝てもいいよな?もう一度眠りにつくと、「獅恩しおん!!」とドアをノックする音と親父の声が聞こえてきた。

「お前バカみたいにデカい目覚ましをかけといて、まだ起きてなかったのか?今日から中学生だろ?気合い入れろや」

 親父が呆れた表情であっしを見ている。あっしはため息を吐いて、渋々布団から出て準備を始めた。制服はブレザーで、届いた日からハンガーに掛けておいた。顔を洗って髪をセットするのだが……。いつもは前髪を上げているんだけど、学校のときは下ろす。そして更に七三分けにして伊達メガネをかける。ちゃんとカタギに見えるかな。ちょっとオタクっぽい?あっしは生まれつき目つきが鋭い。小学生の頃は、それで何人もビビらせてしまった。そのせいで、あっしに近づいてきてくれる人もいなかった。だから、親父に相談して伊達メガネを買ってもらったんだ。準備はこれでいいかな。洗面所から出るとリビングにいる親父と目が合った。

「なんかお前、アキバにいそうだな」

「やっぱりかー。そんなオタクっぽい?」

「ああ。お前の中でカタギって、どんなイメージなんだよ」

「春休み中にスマホで検索していたら、これが出てきた」

「調べ方が悪かったんじゃねえの?まあ、お前が目立たなければいいけど……」

 小学生の頃、いろいろあったから中学では目立ちたくない。そんなことを思い出していたとき、玄関の開く音がした。

「獅恩様!!準備できていますか?そろそろ朝ごはん食べて行かないと間に合いませんよ」

「マコト、おはよう。うん、バッチリだよ」

 中に入ってきたのはスーツ姿のマコトだ。彼はあっしの用心棒で生まれたときから一緒にいる。イケメンで頼もしいお兄さん的存在だ。

「おはようマコト」

「おはようございます。獅斗しど様。体調はいかがですか?」

「今日は調子いいよ。アタシも一緒にご飯食べようかな」

 親父は生まれつき体が弱くて、体調を崩しやすい。なので、起き上がっているのが珍しい。仕事もリモートだから、ずっと家にいるんだ。

 鞄を持ってエレベーターで一階へ向かうと、すれ違った舎弟たちに挨拶をされる。舎弟たちは強面な連中ばかりだけど、中身は優しいおじさんたち。人は見かけによらないね。


 食堂に着くと「おはようございます」と爽やかな挨拶をされた。挨拶をしてくれたのが、調理長の一樹。高身長ですらっとした体型、腕まくりをした腕からうっすら獅子と龍の刺青が見えている。

「今日から中学生ですね。おめでとうございます」

「ありがとう。中学校楽しみだよ」

 席に着くと、一樹がプレートを差し出した。中身はトースト、サラダ、スクランブルエッグだ。朝はパン派だから嬉しいな。ちなみにマコトたちのはご飯、味噌汁、漬物、焼き魚だ。

「そういえば獅恩様。スマホと家紋の入った防犯ブザーちゃんと持ってますか?」

「うん、首から下げてるよ。スマホはズボンの

ポッケに入ってる」

「忘れ物もないようですね」

「うん」

 時計を見ると7時50分。ここから歩いて30分だから、余裕で間に合うな。食べ終わったプレートを返却口に出して、エントランスへ向かった。

「それじゃあ行ってきます!!」

「気をつけてな」

 親父たちに見送られて家を出た。それにしても、天気もいいし絶好の中学デビューだ。ワイヤレスイヤホンを取り出して音楽を聴きながら行こうと家の近くにある交番の前を通り過ぎようとしたとき声を掛けられた。

「おはよう!!」

「おはよう真斗さん!!」

 この人は高木真斗まさとさん。あっしが小さい頃、この交番に配属されてよく遊んでくれた。真斗さんはあっしのことをジロジロ見ている。

「ん?お前獅恩か?」

「そうだよ。今日から中学生だからカタギっぽくしてみた。どう?」

「なんか前髪辺りがオタクっぽいな。獅恩の中でカタギってどんなふうに見えてんだ?」

「親父と同じこと言うなよ。マコトたちには何も突っ込まれなかったんだから……」

「マコトさんはだって優しいから。思ったこと言ったりしないだろ」

 真斗さんが爆笑していると、心配したマコトがやってきた。

「おい真斗、変なこと言うな。獅恩様、急がないと遅刻しますよ。入学式から遅れていったら目立ってしまいます」

 そう言われて時計を見ると8時になっていた。ヤバいヤバい、ちょっと油売りすぎたな。

「じゃあ真斗さん、マコト、行ってきます!!」

 


※※



 学校は◯✖️町の隣の地区◯△町にある為、少し遠い。近場の中学校に通えないのには理由がある。それは小学生の頃、ちょっとした事件が起きてしまい、そのおかげであっしの正体が学校中に知られてしまった。だから、その出来事以来、近所の学校には通えなくなり、家から少し離れたこの中学校に通うことになった。


 中学校に着くと正門でクラス分け表が掲示されていた。人だかりをぬって見える位置に入れた。クラスは全部で五つ。

「あっしはどこだろ……」

 三組の欄で名前を見つけて教室へ向かう。その途中、1人の男子生徒が廊下で床に這いつくばりながら、何かを探している姿を見た。ネクタイの色が青だったから同級生だ。ちなみに2年生は緑、3年生は紺だ。

「ねえ、何探してるの?」

 話しかけられて彼の背中がビクッと震えた。彼はあっしを見上げているが、ピントが合っていないようだ。

「近づかないでください……コンタクト落としちゃって」

「分かった。あっしも探すの手伝うよ」

「ありがとうございます……」

 2人で探し始めてしばらくしたとき、指に違和感を感じてすくい上げると、コンタクトだった。

「あったよ!!」

「本当ですか?ありがとうございます!!」

 彼に手渡すと、そばにあった鏡を見ながらコンタクトを入れ直した。

 彼はあっしを見て頭を下げてきた。

「一緒に探してくれてありがとうございます」

「タメなんだから敬語使わないでよ」

 ネクタイの色を見た彼はぎこちないけど、タメ口で話してくれた。

「う、うん。ちなみに何組だった?」

「3組だよ。キミは?」

「俺も3組だよ。田中玲央れおっていうんだ」

「あっしは百鬼なぎり獅恩。よろしくね」

「あっしって……珍しい一人称だね。なんだかヤクザみたい」

 早くも正体がバレそうになっていて、内心かなり焦っていた。『あっし』ってみんな言わないんだ……。学校では『俺』とかの方がいいのかな。カタギの世界って難しい……。

「そ、それより鞄に付いてるの鬼丸の刀のグッズじゃない?!それ限定品だよね?」

 彼はグッズを見つけてもらえて嬉しそうな表情を浮かべている。

「うん。雑紙の懸賞で当たったの。嬉しくて付けてきちゃった♪もしかして百鬼くんも好きなの?」

「うん、あっ……お、俺も好きなんだ。漫画とアニメどっちも見てる」

 俺って言い慣れないなあ……。

「そうなんだ!!推しは誰?」

 田中くんの目がとても輝いている。好きなものの話になると、熱が入っておしゃべりになるタイプなんだな。

「岡富勇義かな。クールな感じがたまらない。田中くんは?」

「俺は断然、蝶子さん!!穏やかで優しい感じが好きなんだ。お姉様って呼びたい」

「蝶子さん俺も好きだよ。それに強いしね」

「キミとは気が合いそうだな。放課後また話そうよ」

「うん!!」

 俺たちは指定された席に着いた。入学式早々に話せる人ができて良かった。そしてその後、体育館へ移動して式が始まった。数分に渡る校長先生の長い話が終わって、再び教室へ戻った。ホームルームで自己紹介を済ませた後、1日が終わった。

「百鬼くん、家どの辺?」

「えっとね、実は◯✖️町なんだ……」

 それを聞いた田中くんが驚いた表情をしている。

「えっ!?めっちゃ遠くない?何で近くの学校にしなかったの?」

 本当のことを話したら嫌われてしまうのではないかと思って言えない。だから、遠回しに説明した。

「小学校のとき、良い思い出がなかったからさ。だから親父と相談して、この学校にしたんだ」

「そうだったのか……」

「でも、そのおかげで田中くんと知り合えたから良かった」

「俺も。じゃあさ、せっかくだから途中まで帰ろうよ」

「うん!!」

 2人で漫画やアニメの話をして途中まで一緒に帰った。交差点に差し掛かったとき、田中くんとバイバイした。

「また明日!!」


 

※※



 帰宅すると、ちょうど敷地内を散歩していた親父とばったり会った。

「親父ただいま」

「お帰り。学校はどうだ?」

「楽しかった!!話せる人もできたんだ〜」

「へぇ、良かったじゃんか。そのまま友達になれたらいいな」

「うん」

 親父と一緒に部屋へ戻って、メガネを外して私服に着替えて、前髪を上げて髪もワックスで整えた。

「やっぱり、こっちの方がラクだな」

 リビングで親父とくつろいでいると、玄関が開く音が聞こえてきた。

「ただいま戻りました」

「お帰りマコト!!」

「獅恩様もお帰りなさい。学校はどうでしたか?」

「夕飯のときゆっくり話してあげる」

「そうそう、夕飯ですが今日は入学祝いに外食しませんか?」

 外食なんて久しぶりだな。一樹がうちで働くようになってから、ご飯が美味しくてめったに行かなくなったんだ。

「行きたい!!どこ行くの?」

「そうですね。何食べたいですか?」

「お寿司がいい。親父の好きな店に行こうよ」

 ◯△町に行きつけの高級寿司屋があって、記念日とかは大体そこに行っている。

「アタシの好きなのじゃなくて、お前が食いたいもんにしろよ」

「だって親父、焼き肉苦手だろ。寿司なら一緒に行けるじゃんか」

「ありがとな」

 親父に頭をポンポン撫でられた。だって、せっかくなら一緒に行きたいじゃん。

「じゃあ、俺着替えてきます。また来ますね」

 一樹にご飯いらないってRineラインしなきゃ。しばらくしてマコトが部屋に戻ってきた。私服姿もカッコいいんだよなぁ。乗ってる車もだけど。

 それから一階のエントランスで車を待っていると、「獅恩、獅斗さま」とあっしらを呼ぶ声がした。

「真斗さんだ!!どうしたの?」

「マコトさんからお誘い。俺も寿司行くことになった」

 真斗さんの私服姿もカッコいいんだよな。モデルみたい。しばらくしてマコトの車がやってきて、みんなで出発。車内ではあっしの好きなアニソンが流れてる。聞き入っていたら、あっという間にお店に着いた。

「こんばんは。予約した百鬼です」

「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」

 テーブル席へと案内されて、お茶も提供された。すると、大将が挨拶に来てくれた。

「百鬼様、いつもご来店ありがとうございます。今日は何にいたしましょうか?」

「今日はせがれの入学式だったから、真鯛のお造りと、いつものを4人前お願いします」

「はい、かしこまりました」

 親父の言っているいつものは、大将お任せでこの店で一番高いやつだ。

「マコト、今日はアタシが出すから。財布しまっとけよ」

「ありがとうございます」

 しばらくして寿司とお造りが運ばれてきた。ウーロン茶を片手に親父が挨拶をした。

「獅恩、改めて入学おめでとう。いっぱい食えよ」

「うん!!それじゃあ乾杯」

 寿司はウニやイクラなど高いネタがふんだんに使われている。どれも美味しい!!気付いたら、あっという間に食べ終えてしまった。

「お腹いっぱい〜ごちそうさまでした」

「こんな高い寿司、俺の給料じゃなかなか食えないよ。味わっておかないとな」

「獅恩様、学校での話聞かせてください」

「うん、いいよ!!」

 学校での話をしているとき、親父もちょうど食べ終えたみたいだ。

「ごちそうさまでした」

「親父、全部食べきれたんだ。普段少食なのに」

「大将がちょうどいい量にしてくれたんだよ。アタシがたくさん食べられないこと知ってるからさ」

 お茶を飲んでひと息吐くと、ちょうどお店が混み始めた。

「そろそろ行きますか」

 マコトがそう言うと、大将が再び顔を出した。

「もうお帰りですか?もっとごゆっくりされては?」

「明日もありますので、今日は失礼します。お会計お願いします」

 親父はブラックカードで支払った。あっしはまだ持てないけど、本当カッコいいよな。マコトたちは親父に、食事を奢ってもらった礼を言っていた。あっしも忘れずに言わなきゃね。

「親父、ありがとう!!」

「学校生活頑張れよ」

 良いスタートを切れたから、これからの学校生活が楽しみでしかない。中学では家のことがバレずに3年間過ごせるか……。今度こそ平和に過ごしたい。


 そう思っているあっしに次々と、大変なことが起こってしまう……。

 


〜プロローグ終わり〜



 

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