大・異世界転生(後編)
21番の番号札をお持ちの方~1番窓口までお越しください~
お母さんあっちにいってきてもいい~?
隣の菅井さんとこの息子さんが仕事辞めちゃったらしくてえ~
え~ホントォ~
すいませええええん俺の番号まだですかああああああ!!
部長、恥ずかしいんでやめてください。
最近新しくしたばっかりなので、何から何まで小綺麗な市役所に響く話し声。
決してうるさいと感じるわけでもなく、かといって図書館みたいに静かというわけでもない。ここはいつ来ても人で溢れかえっていて、誰もが皆暇を持て余している。
かくいう俺もその一人だった。だが他の人達と比べて違うのは、周囲に人を座らせないくらいの圧倒的な不満オーラをガンガン垂れ流していることだった。
「これから異世界転生するというのに、なぜに市役所に行かなくてはいけないのだろう。」
「異世界転生するなら、転生する瞬間までファンタジーであってほしいもんだ!!!!」
「例えば神様がチート能力を付与して異世界に送り出すとか、不思議な本を開いたら本の世界に吸い込まれるとか…」
「分かってないなあ、上の人間どもは。もっと異世界転生ものを読み直してきてほしいもんだねえ、最悪俺の本を貸してあげてやってもいい。これだから上の人間は…ブツブツ」
具体的に誰に文句を言えばいいのか分からなかったので、"上の人間"と曖昧な表現を使ってブツブツ文句を垂れていると、俺の番号が呼ばれた。
29番の番号札をお持ちの方~128番窓口までお越しください~
「ハイハイ、128番窓口ね、ってこの市役所そんなに窓口あるのかよ!」
しかも場所を調べてみると、市役所の端っこ中の端っこであった。
驚きつつも、128番窓口へ向かったが、歩いていくたびに壁はボロボロになっていき、天井の蛍光灯が消え、まるで洞窟の中を進んでいるようだった。
けど、悪い気持ちはしなかった。むしろテンションが上がってきた。
「なんか異世界のダンジョンを進んでいるようで、わくわくしてきたぞ!これだよ!これこれ!!この非日常感!わかってんじゃん上の人間ども!!」
そうして辿り着いた128番窓口は、暗がりの中で蛍みたいにポツンとライトが灯っていた。
気持ちはすっかりダンジョンの最深部に辿り着いた勇者である。
最強の剣とか伝説の鎧とか欲しくなってくる。さらに隣にヒロインでもはべらせたい!
ウキウキしながら、窓口の椅子に座ってダンジョンのボスを待つ。
しばらくすると、眼鏡をかけた真面目そうな男が現れた。
眼鏡の男は気怠そうに質問をしてくる。
「えーと今回、異世界転生を希望されていると、」
「は、はい。」
「目的は?」
特に考えていなかったので、焦った。
「え、えーとなんといいますか、その、じ、自分探し?」
「…」
眼鏡の男は黙って俺の方を見ている。
その顔は呆れているような、またはめんどくさがっているような感じで、
とにかく自分にポジティブな感情を向けていないことは確かだった。
「最近多いんですよね、あなたのような気軽に異世界転生しようとする若い人が。
おかげで今の異世界は転生した人で溢れかえっているんです。」
「そ、そうなんですか」
「しかも、転生してきた人はナヨナヨしてばっかりで使えないと、毎日こっちに苦情が殺到して火の車なんですよ。ちなみにあなた運動とか得意ですか?」
「いや、全然ですね。」
カチ…
「じゃあ、学業の方は?」
「成績の順番は下から数えたほうが早いですね。」
カチ…
「…では何か取り柄とかありますか?」
「特にないですけど、転生するときに初めからLv.MAXになるような
カチッ
ドカアアアアアアアアアアアアアン!!!!!!
その時溜まりに溜まった堪忍袋の緒が切れた。
「そんな都合のいいものあるわけないでしょうがあ!!!!」
「ひいっ!」
「あなたねえ!そんなもの一人一人に配ってたら異世界側の均衡がぐちゃぐちゃになっちゃうでしょ!それにねえ!能力付与するのに!申請の書類作って!審査に出して!通ったらまた異世界側の方にも申請の書類作って!審査作って!通ったら今度は業者に発注して!できたら!次は能力のテストをしていくうちに、--あなた、待っていられますか!」
ガーーーーン!
「そ、それはどのくらいになるんですかねえ…」
「最低3年です!!費用も馬鹿になりません!!」
「ま、まあ最悪能力とかなくても異世界に行けるなら…」
「言っておきますけど!異世界は今、文明が発達したおかげでビルとかマンションとかバンバン建ってますし!日本から人がたくさん来るから公用語も日本語になちゃって、高齢化でぴちぴちの女子も絶滅危惧種並みにいません!それでも行きますか!」
ガガーーーーーーーーン!!
鬼気迫る迫力に圧倒されて答えることもできなかった。よっぽどストレス溜まってたんだろうなあと思うと同時に、異世界転生の清々しいほどの現実っぷりにこう思った。
うそーんそんなんなってんの、もうそれ異世界転生でも何でもないじゃん、ただの海外渡航みたいなもんじゃん、と。
こうして俺の淡い幻想は見事に完璧なまでに圧倒的に宇宙が誕生したビッグバンの如く崩れ去ったのであった。
後日、学校で短曾我部君に市役所での出来事を話した。
「それは残念だったでやんすね。まあ松寺氏だけに関わらず、異世界に憧れを持った人は皆、一度はぶつかる壁でやんすから。」
「そうかもしれないけどさあ、せっかく見つけた異世界への道が僕の理想と全然違うなんて思いもよらなかったよ。」
そう言って意気消沈している俺に短曾我部君が言葉をかけた。
「まあまあ、案外こっちの世界にも、理想の非日常な体験があるかもしれないでやんすよ。」
「そうかなあ」
「そうでやんすよ、この前ニュースで、火星に宇宙ツチノコが出たって言ってたでやんすから、今度の休みに火星へ行って探してみようでやんす。」
「それ全然普通のことじゃーん。まあ行くけどさ。」
どこにあるんだろうなあ、非日常な異世界って…
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