36 当日です。

「先輩お話があります」


 生活指導室に私が入ると先輩はすでに机に座ってこちらを見ていた。私が思い詰めていることに気づいたらしく、立ち上がってこちらに歩み寄る。


「先輩。ご自分がどうして死んだのかをご存知ですよね」


 私の言葉を聞いた先輩が私から数歩のところで立ち止まった。あの状況で、先輩が自分を殺した相手に気づいていないはずがない。


「……なにを唐突に」

「夢を……見ました。新しい夢を」


 先輩が悲痛な顔で凍りついた。


「なぜですか? なぜ私に教えてくれなかったんですか?」

「愚かな僕の死に方など君が知る必要はない、そう思った」

「そんなの、そんなの勝手です! 先輩は私と一緒にいながら誰があの毒を盛ったのかを調べてらしたんじゃないんですか?」

「ああ」

「じゃあご自分は? ご自分を襲う人間の始末も終わらせたのですか?」


 立て続けの私の質問に、先輩が腕を組みながら少し厳しい眼差しでこちらを見る。


「あの日メルクリ総督と一緒に話していたのは下院議員のサターニ・クロノスだ」


 唐突に出された聞き覚えのない人物の名前に戸惑いを浮かべて首をかしげると、先輩が片手で座るように私に示唆しさする。促されるままに椅子に座ると、先輩も机の反対側に腰を下ろした。


「クロノス家は代々高位大臣として皇帝家に仕えてきた。彼の父親の代まではクロノス家こそが上院で皇太子に並ぶ一大勢力として君臨してきていた。君の御父上と彼はながらく上院の議席を争う政敵だったらしい。どこまでも実直な君の父上と打算的なサターニの父は最初っから馬が合わなかったようだ」


 お父様が必要以上に堅苦しいのは私も知っている。

 家柄や職業柄っていうのもあるけど、主にご自分の性格なんだろうとは思うし、私はそんなところもとっても尊敬してる。

 だけどそのせいで他の人と衝突することがあるって言うのは今までも家人から聞いたことはあった。


「ところが遠征先で前皇帝陛下が病をわずらい、付き添っていたサターニの父親の手に負えない事態になってしまった。たまたま君の父上もその遠征地の近くに祭祀に来ていて、話を聞きつけて陛下に祝福を授けたいと申し出た。ところが、日ごろからの上院での対立を理由にサターニの父親はそれを断り続けたんだ」

「そんなばかな!」


 そんな政治的理由で病気の皇帝に利益のある祝福を断るだなんて信じられない。

 かといって、皇帝陛下に近しい存在に拝謁を断られたのでは、それ以上私たちに祝福を申し出る術がないのも事実だ。


「それを、失脚覚悟で陛下の病の床に無理やり押し入って祝福を授けた御父上の功績で、陛下は危うく一命を取りとめられた。そして、あとからことの次第を聞き及んだ陛下は大変にご立腹され、サターニの父を大臣から罷免し上院の議席をクロノス家から取りあげた」


 お、お父様もなんて無茶を。

 陛下の寝所に潜り込むなんて、それって下手したらそのまま処刑されても仕方ないじゃない。


「じゃあサターニは──」

「ああ、父親の失脚の結果上院にも下院にも議席を持てず、百人隊長を経てやっと下院に滑り込み、今は上院に返り咲こうと必死だそうだ。だが、父親の失態と過去の因縁で誰も彼を後押ししようとしない。要はサターニは君の父上に理不尽なうらみを抱いているのさ」


 父の潔癖さが結果として招いたうらみ。

 政治的な対立は仕方のないことなのかもしれないけれど悲しくなる。

 過去の因縁で苦しむ今の私には、そんな自分ではどうすることも出来ない感情というものがまるっきり分からないわけじゃない。でもだからって、お父様を殺されるのを黙って見てるつもりも、もちろんない。


「では先輩はサターニのことも調べてたんですか?」

「ああ。あのパーティーの一件のあとすぐに一通り調べあげて君の父上に報告してある。御父上がもうすでに手を打ってらっしゃるだろう。相手と手段が分かっていれば暗殺などいくらでも防ぎようがある」

「え? そんなに簡単に?」


 調べただけじゃなくてもう片付いてる!?


「実際の捜査は簡単ではなかったがな。神殿騎士団が充分な証拠を掴んだそうだ。今日の祭祀が行われる頃には、彼は国の収益を他国へ横流しした罪で捕らえられているはずだ。そして祭祀の前に僕に向けられるはずだった邪魔者も見当けんとうがついている。君は毒の盛られた茶に手を付けなければそれでいい」


 やっぱり先輩は全て知ってたんだ。じゃあなんで今まで。


「最初っから私を殺す犯人は分かってたのに、なんで今まで転移を繰り返していたんですか?」


 私の半分なじるような問いかけに、マルテスが酷く真剣な顔を向ける。


「……同じやり直すのならば君を害する可能性のあるものは一人残らず全て排除はいじょしたい」

「……そうですよね。わずらわしい重荷は早く片付いたほうがいいに決まってますよね」


 私の言葉に薄く目を伏せた先輩は、感情の乗らぬ声でただ「そうだな」と短く返した。

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