1 私これでも一応お嬢様だったりします

 全くお父様は分かっていない。私がどんなにこの名前を嫌ってるのか。


 成金で金のことが好きで好きでたまらないお父様は、勢い余って私に『黄金』なんてとんでもない名前を付けてくれた。

 『黄金』と書いて『こがね』と読む。響きは悪くないけど漢字がひどすぎる。

 お母様が生きてたらせめてそこは防いでくれたんじゃないかな。


 しかもそれを勝手に『ゴールデン』とか、ベタベタの愛称あいしょうにして呼ぶのはもう許せない。


「山之内さん」

「ん?」

「大丈夫?」

「え、ええ。ちょっと今朝のこと思い出して頭にきてただけ」


 音楽室を出ても私がぼ~っと突っ立ってたから、クラスメイトの柴崎しばざきエミリちゃんが立ち止まってこっちを見ていた。


 入学以来、エミリちゃんとはなにかと一緒にいる時間が増えていて、只今私の親友第一候補だ。

 なんせこの学校、みんな色々な地方からの寄せ集めで持ち上がりがなく、クラスの勢力図も一から始まってる。

 そうじゃなくても微妙びみょうな立場の私は、運良く気の合うエミリちゃんと最初っから一緒に行動できてるおかげで、今のところ毎日を楽しく過ごせていた。


「次の教室遠いでしょ、急がないと遅れちゃうわよ」

「ごめんなさいエミリちゃん、先にいっていてくれる? 私お手洗いに寄ってから行くから」

かまわないけど次の場所分かる?」

「ええ、もし分からなくてもどなたかに聞くから大丈夫」

「ではお先に」


 会釈するとエミリちゃんの軽くカールした栗色の髪がふわりと揺れる。エミリちゃんと別れてお手洗いに向かいながらため息がこぼれた。


 あー、私も他の人のこと言えないけれど、ここの皆様は本当にお育ちがいい。


 私の通うこの『山之内学園』は、一応、お父様が経営に関わるお嬢様・お坊ちゃま向けの名門校だ。

 こんな田舎に建っているのは、その生徒のほとんどが寮生だから。

 広大な敷地を有するこの学校には多種多様な目的別の施設しせつが点在していた。お金持ちが飛びつきたくなるような最新鋭の技術施設しせつや、本格的な馬場、場外・場内劇場にオペラハウスかと見まごうほどの音楽堂。


 内部の特進とくしんクラスは日本随一ずいいちの教育を約束していたし、ここで教育を受けた一部の優秀生が今の日本を支えていると言っても過言じゃない。

 そう、お父様にすれば、ここもれっきとしたビジネスの一環なのだ。

 日本中の金持ちの子息を集めて金をしぼり取る、健全なビジネス。我が家は成金だけど、一応悪いことには手を出していないらしい。


 日本のバブルが弾けて経済が低迷した平成の頃、宝くじを当ててそのお金を全部低迷株につぎ込んでボロ儲けした博打好きのお祖父様と、その資金を元に事業展開していったお父様の努力の結果、ただいま山之内家は知る人ぞ知る、世界有数の資産家なのだ。


 この学園は表向き叔父様が理事を務めてるから私と直接の関わりはないのだけれど、名前からしてその浅くない関係はバレバレで周りからは手厚くもてなされてる。

 逆にお友達の輪には入りにくいんだけどね。


 『緊急用件』だったトイレを済ました私は、独り人気のない校舎を歩いていた。


 寄付金もケタの違うこの学校では、いつもどこかに新しい施設をぎ足している。お陰でこの校舎の構造こうぞうも少しばかり入り組んでいた。

 今も一時間目と二時間目が全く違うとうだったので、エミリちゃんをふくむクラスのみんなは足早に次の教室へと移動していった。


 途中でお手洗いに寄ってしまった私はもう次の授業に遅れるのは必須だ。

 それならば折角せっかくだからと校舎を見学しながら、私は独りフラフラと本棟ほんとうへと向かった。

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