彼を殺したのは誰ですか?〜愛しの騎士様を守るため、この転生やり直します!

こみあ

Chapter 1 それは春の終わりに始まりました

Prologue 朝チュンは朝チュンでも色気はないんです

「フレイヤ様。愛しいフレイヤ様。どうか目をお開けください。我が命の君。輝く金星。私をおいてどこへ旅立たれようというのですか」


 私にそう声を掛け続けるのは、うねる黒髪を後ろで束ね、傷だらけの鎧を折り曲げるようにして私の身体を抱きかかえる逞しい一人の青年だった。


 普段うらやましく思うほど綺麗に日焼けした小麦色の肌は、誰のものかいくつもの血痕がへばり付き、血色を欠いて土気色になってきている。

 いつもならば冷徹なほど落ちつきをたたえる紫水晶のような瞳が、今はあふれでる涙と絶望ぜつぼうに暗く揺れ続けていた。

 高い鼻梁びりょうには斜めに斬られた傷が走り、唇にも吐血とけつした跡がくっきりと残っている。


 見慣れたマルテスの顔が、見たこともない悲しみと絶望に歪んでいるのを見て、私は自分がもう直ぐ死ぬことを自覚した。


 そしてマルテスも……


 暗くなりつつある視界の端に、マルテスの背中に突き刺さる大ぶりの剣が見て取れた。


 私のせいでこの純朴な騎士を死なせてしまう。


 その事実が胸に重く突き刺さる。

 私は狂おしい程の恋慕と独占欲、そして共にけることへの微かな喜びを胸に仕舞い込み、静かに説く。


「マルテス。貴方はまことに忠実な騎士でした。ここまでで充分です。どうぞ私をおいて貴方の本当に慕う者のところへ向かいなさい。残念ながら、貴方にももうあまり時間は残されていないのでしょう」


 なるべく優しく微笑んだつもりだが、マルテス同様血に濡れた肌が引きつって微笑みになったのかどうかはよくわからない。


「なにを言ってらっしゃるのです! 私は、私はフレイヤ様ただ一人の騎士です! ここをおいて他に行くところなど……」


 段々、マルテスの声が遠ざかる。


「行きなさい……後悔しないうちに──」

「違う! フレイヤ様、フレイヤ! 僕が……してるのは──」



──チュンチュン


「と、ここでやっぱり目が覚めちゃうのよね」


 ベッドの上で起き上がった私は、見慣れた自分の部屋でため息をつく。


 いい加減、あのマルテスの顔も見飽きてきた。

 週に一度は同じ場面を夢に見るんだから仕方ない。


 どんな美形だって、毎週毎週死にかけの顔ばかり見せつけられていたのじゃ、そりゃ飽きるわよ。せめてこう、もっと色っぽいシーンとか、マルテスが戦ってるシーンとか、バリエーションがあれば少しは楽しめるのに。


 この夢は私が十六歳の誕生日を迎えた日に始まった。

 理由は単純。あの死亡した日がちょうどフレイヤの十六歳の誕生日だったから。


 まるでなにかがあの日に私を縛り付けようとしているかのように、私はその夢を見続けている。


「マイ・ゴールデン、目は覚めたかい?」


 寝起きで考えごとをしてた私の部屋の外から、ノックの音と共に間延びした声が響いてきた。


「お父様、その呼び方はやめてって、何回言ったら分かってくださるの?」


 朝から父に最悪な愛称あいしょうで呼ばれて、一気に機嫌が下降し始める。


 なにが『ゴールデン』よ。


「おお、マイ・ゴールデンは今朝はご機嫌斜めのようだね。そんなスウィート・ハートの朝をハッピーに彩るために、パパが特別に今朝は朝食のメニューをフランス式、本格クレープに変えてもらっておいたよ。北海道産のホイップクリームとベルギー産のチョコレートがたっぷりだ。お前のようにスウィートだぞ」

「な、なに勝手なことを! 朝っぱらからそんなカロリー高い物、食べられるわけないでしょ!」


 ベッドの上で飛び上がって怒鳴ったけど、最初っから私の返事など聞く気のない父は足取りも軽く階段を下に降りていく。


 全く。人の話なんてまるっきり聞く気ないんだから。


 私は朝っぱらからイライラをつのらせながら、朝食は抜く気でとっとと着替えてしまう。

 部屋のバスルームで洗面を終わらせて、手早く制服に着替えて姿見で確認する。


 うーん、このお父様が注文を付けた学園の制服だけは評価できるかな?


「さて行きますか」


 誰にも見つからないよう、そっと裏玄関から外に出て屋敷を振り返った。

 こんな田舎に一軒だけそびえたつ、なんとも場違いな白亜はくあの洋館が私の家。父の成金趣味の象徴だ。

 見慣れたはずのその建物が、今日はなぜかやけに余所よそしく思えた。

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