いただきます
「……意外でした。シェラさん、もっと高級料理店を使うものだと」
「高いお店だといっぱい食べたとき、お金いっぱい要るじゃない。罪悪感凄いんだよね。それに、慣れ親しんだ味っていいじゃない?」
二日連続で初対面の人と食事に行く。中々無い経験の気もするが、細かいことは一旦置いておこう。
人目につかない路地裏の、寂れた定食屋。今にも崩れ落ちそうなボロ家を構えたこの店は、僕たち以外にお客さんは居ない。僕らがいる席から厨房が見え、偏屈そうなお爺さんが、細身の男性と二人で仕込みをしていた。
昼飯時には少し早いとはいえ、流石にお客さんゼロはどうなんだ、と思わなくはない。そんな店に連れてくるシェラさんもシェラさんだが。
二人掛けの席に向かい合わせで座る。目の前に座ったシェラさんは、先ほどの格好に加えて顔を隠すための帽子を深めに被っていた。が、席に座ると同時に帽子を外し、目立つ青色がふぁさぁと広がった。
「ささ、遠慮なく注文してよ。お代はボクが持つからさ」
僕がその様子に軽く見惚れていることを知ってか知らずか、快活な笑顔でメニュー表を手渡してくる『流星』。
「……あの、シチュー一杯百リャンは流石に安すぎませんか? 昨日食べたパエリアの五分の一なんですけど」
「安いよねー。おかげでいっぱい食べられるよ」
話が嚙み合わない。見事に違う世界線にいる。違うそうじゃない。
絶句している瞬間に三つくらいツッコミが脳裏に浮かんだ。昨日のグランくんもツッコミどころが無かった訳じゃないが、彼は粗暴な口調とは裏腹に言葉の節々に知性的な一面も見受けられ、おまけに意外と熱血漢。話してみるとかなりまともだ。見た目でかなり損している。
状況、言動、行動。ツッコミどころが大集合している。
しかし、嬉しそうに微笑んでいるシェラさんを見ると何も言えない。他人の幸せは邪魔してはならないって、遠い目をした父さんに言われたことがある。
「そ、うですね……あれ、僕の地元の料理だこれ」
「ん? あー、親子丼とかウドンとか? おいしいよねー」
僕の出身とは食文化がかなり違うこの国。最初こそ新鮮さを感じていて、実際問題ランスさんの料理や昨日のパエリアは非常に美味しかった。が、そろそろ地元の料理が恋しくなっているのも事実。
これは頼もう。久しぶりにお米の美味しさを味わいたい。
「それじゃあ、僕は親子丼の大盛りにしようかな……シェラさんは?」
「んーっと……それじゃあ、かつ丼牛丼海鮮丼特盛りセットかな。付け合わせに肉ウドン大盛りで」
「え」
流石に思わず目を見開いて、彼女を凝視してしまう。流石に冗談だろう、と思いたがったが、彼女の顔は相も変わらず楽しそうだった。特盛り。メニューに書いてある通りだと、通常の三倍。大盛りですら倍なのに、それが三つ? おまけに大盛りのうどん?
常軌を逸している。食べれるのか、本当に食べれるのか。
「ちょっと少ないかな……」
「……いっぱい食べていいと思います」
先程初めて顔を合わせた人の食生活をとやかく言う権利はない。ないからこそ、様々な葛藤が溜まっていく。僕はこの溜まりに溜まったものをどこに捨てればいいのか。
──結局それらは、やってきた料理とともに胃袋の中に収めることにした。
「……普通に親子丼だ……お米もしっかり一粒一粒が立ってて良い炊き加減だし、出汁がしっかり効いてる……鶏肉も柔らかいし生臭さもない……」
「むぐむぐ……ぐきゅん。美味しいよねぇ。これでこの値段なんだからお得だよ」
僕が親子丼の美味しさに感動している時、目の前に座る彼女はもうもうと湯気の立つうどんを一瞬で平らげ、僕の丼よりも一回りは大きいそれに盛られた海鮮丼を半分平らげていた。速度は確かに異常であるのだが、それでいて所作は非常に丁寧で、僕の地元周辺でのみ使われている食器である箸も器用に使いこなしていた。
戦々恐々していたところ、本来の目的を思い出したので、一旦食事の手を止める。
「あの……それで、話って何ですか?」
「んくっ、んくっ……ぷはっ。そうだね。まずは、初戦突破おめでとう」
お冷を飲んでいたシェラさんは、改まって賞賛の言葉を投げかけてくる。まさか彼女に直接勝利を祝ってもらえるとは思ってもみなかった僕は、思わず込み上げてくるものを抑えながら、平静を装う。
僕の顔を見つめるシェラさんの目は、まるでお気に入りの玩具を見つけた子供のように楽し気だった。
「で……見えたの? 彼のあの高速移動」
彼女は余計な詮索は全くせず、いきなり核心を突いた質問をしてくる。笑みは絶やしていないが、こちらの全てを暴いてやると言わんばかりの、鋭い目つき。
背筋がすうっと冷たくなる。僕は一旦箸を置き、お冷を一口。
「見えました。何の変哲もない、ただの突進でした。細剣の起動も凄く単調だったので、簡単に迎撃できました……細剣があんなに脆いとは思いませんでしたけど」
謙遜するべきかとも一瞬考えた。しかし、彼女が至って真面目に質問しているうえ、明らかに望む答えがそんなものではないのだろうと考え、素直に答えることにした。
僕の答えを聞いたシェラさんは、満足そうに一つ頷く。いつの間にやら、目の前の海鮮丼の丼は空になっていた。
「綺麗に真っ二つだったもんね……じゃあ次。あの時の口ぶりだと……君、ボクの事も見えたの?」
「……半分くらいは。集中してないと目で追うのがやっとなくらいですよ……迎撃なんて、運が良くないと無理です」
悔しい限りだが、今の僕ではシェラさんに一太刀入れることなど夢のまた夢。見えるからと言って、それに反応できる身体能力が無ければ意味がない。
僕は、コロシアムで戦うためには身体能力が足りない。技術に関しては、これでも一流派を極めた身。それなりに自信はあるのだが、これから先勝ち残れるかと言われたら、甚だ疑問である……というのが、僕の見解だ。
実際初戦だって、フェルムさんがもう少し冷静かつ油断せずに戦っていたら、どうなっていたか分かったものではない。
「……なるほど。それじゃあ最後に……ボクのような速さや、『帝王』のような力強さをどう思う?」
──目を細め、浮かべていた笑みを見せる。
ここだろう、彼女が最も気にしている質問は。
少しだけ思案し、この回答が彼女の望む回答であることを祈りながら、ゆっくりと言葉を選ぶように口を開く。
「……はっきり言うと、おかしいです。人間が目にも止まらぬ速さで動いたり、鉄の塊を握りつぶすような怪力を生み出すなんて、絶対おかしいです」
「そうだよ。おかしいんだ。でもボクらは、それができる」
待ってましたと言わんばかりに、シェラさんは声高らかに語りだす。牛丼は既に米粒一粒残っていなかった。
「だから、君にもそれができるようにしてあげる」
「……え」
息を飲む僕、カツ丼を飲み込むシェラさん。二人の間の会話が完全に無くなり、厨房の調理音が場を支配する。
むぐむぐむぐむぐ、ぐきゅん。
その間にカツ丼を完食するシェラさん。空の丼が少女の前に三個。これはこれでかなり場の雰囲気の異様さ際立たさせていた。
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