君は弱い

 ──災害かと、思った。



『ワァアアアアアアアアアアアア!』



 一か所にこれほどの数の人間が集まることができるのか。

 一番最初の感想は、何とも田舎者らしい感想だった。円形のフィールドを取り囲むように作られた観客席には、隙間を見つけることが困難なほどの人数が所狭しと座っていた。


 テレビ越しにもその人数には度々驚いていたが、たかが新人のデビュー戦にここまでの人数が集まるものなのか? と若干疑問にも感じる。まぁ、案内してくれた係員さんも多いと言っていたし、こんなものなのだろう。


 僕は扉を閉め、フィールドへ向けて軽く一礼する。顔を上げると、僕の対戦相手であろう少年が、自信たっぷりの笑顔を浮かべながら仁王立ちしていた。



「やぁ! 遅かったじゃないか! てっきり恐れをなして逃げ出したのかと思ったよ」

「……はじめまして。今回貴方の相手を務めさせて頂きます。ジャーノ共和国出身、蒼天一刀流皆伝、アノン・カンパネルラです。お互いに悔いが残らぬよう、正々堂々戦いましょう」



 なぜか初対面の相手に大口と憎まれ口を叩き始めた相手をスルーし、いつも通り自己紹介と挨拶を済ませる。何故か名乗った途端、会場のざわめきが大きくなったが、気にしない。

 真っ直ぐ彼の眼を見つめると、少し拍子抜け、といった様子で僕の事を見下ろすように、顎を上げて見てくる。


 ──その眼は、国王やグランくんと同じ色を纏っていた。


 そうか、貴方もなのか。



「蒼天一刀流……カンパネルラ……聞いたことないね! どこの誰とも知らない相手に、この僕、フェルム・リーズリーが負けるわけないのさ!」

「フェルムさんですね。本日はよろしくお願いします」



 いちいち癇に障る人だな、と少しだけ苛立ちそうになるが、これで苛立ってしまえば相手の思い通り。昨日グレンくんに散々転がされたのだ。気を張っていこう。

 僕の返答に毒気を抜かれたのか、フェルムさんは少し表情を曇らせる。が、すぐに取り繕って腰に携えていた細剣……この国だと、レイピアって言ったっけ? を抜く。



「あぁ。よろしく頼むよ。この僕の輝かしい戦歴の最初の一人という重大な役目だ。しっかり果たしてくれたまえよ!」

「……蒼天一刀流皆伝、アノン・カンパネルラ。全身全霊で、貴方に勝ちます」



 戦闘前のマイクパフォーマンスとしては、及第点といった所だろうか。再び沸き上がった歓声を背に受け、僕は腰を軽く落として、腰の刀に右手を添える。まだ抜かない。

 いつの間にかフィールドに立っていた審判員さんが、紅白の旗を両手で一本ずつ持ち、体の前に構える。



「これより、ルーキーズトーナメントAブロック第一試合! アノン・カンパネルラ対フェルム・リーズリーの試合を開始いたします!」



 審判員さんが声高らかにそう宣言すると、先ほどまでざわめきが収まらなかった会場が何かの間違いではないかというほど一瞬で静まる。

 審判員さんが、会場が静まり返ったこと、僕たちが戦闘準備に入っていることを確認し、大きく息を吸う。



「レディ……ファイッ!!」



 大声とともに旗が振られた瞬間、フェルムさんが僕との距離を一瞬にして半分程まで詰めていた。かなりの速さ。気を引き締めていなければ、反応することも容易では無かったかもしれない速度。彼の武器が細剣なのは、その速さを少しでも生かすための選択なのだろう。なるほど合理的だ。


 反応が少しだけ遅れたか、彼の突き出した細剣から目を離さぬよう、しっかりと見据えたまま抜刀する。生半可な速度では間に合わない。力を抜き、威力を度外視した高速の居合。本当は彼女との対決のために習得したものだったが、まぁ仕方ない。


 僕の胸の中心に向かって真っ直ぐ向かってきていた細剣を、抜刀した刀で思い切り斬り上げる。刀を握った右手に感じた、少しの抵抗。目の前に迫っていた細剣は中ほどから真っ二つに折れ、僕の頭の横を回転しながら飛んでいく。

 あまりにもあっけなく折れた細剣に、僕は思わず目を見開く。あまりにも頼りなさすぎるのではないか。



「……嘘でしょ? こんなに折れやすいんだ……」

「な……」



 フェルムさんは、僕の目の前で細剣の柄を持ったままの格好で固まってしまっていた。一応勝負の場だというのに、なんとも無防備だ。


 その無防備な彼の無防備なお腹を思い切り前蹴りする。ガードすることも受け流すこともなく、無様に吹き飛ぶフェルムさん。盛大に尻餅をついたところで、彼の喉元に刀の切っ先を突きつける。



「ぐふっ……なっ」

「……降参して、くれませんか?」



 何が起きているのか分からない様子の彼は、暫く僕の顔と突きつけた切っ先を交互に見る。次第に自分の置かれた状況を理解していったのか、面白いほど顔を赤くしていく。羞恥? 怒り? なんにせよ、彼が今冷静出なくなっていることは火を見るより明らかだった。


 きっと目付きを鋭くし、僕の顔を親の仇のように睨みつけてくる。怖くはない。ただ、いい気分ではない。



「だ、れが……! 誰よりも速い僕を止めれる人間など居るはずが無い! さっきのはまぐれに決まっている!」

「……それは、『流星』よりも?」

「当たり前だ! 僕は彼女を超えることの出来る存在だ! どこの誰とも知らない貴様などに負けるわけが無い!」

「君は弱いよ」



 誰よりも速い、彼女すら超えれる、と言う彼の言葉に、思わず反応してしまう。切っ先が、彼の喉元に少し近づく。


 ひっ、と彼の喉が鳴る。先程までの威勢が消え、恐怖の色が濃くなる。おかしいな、武器をここまで怖がる人間が、こんなところに居るはずないのに。


 段々と目の前のフェルムさんへの興味が薄れていく。あれだけ大口を叩くのだから、さぞ強いのだろうかと思ったが、とんだ勘違いだった。



「……君は彼女より速くないし、強くもない。彼女の速さには到底追いついてないし、彼女のように速さの中に相手を惑わす技術を織り交ぜることすらしない。そして……彼女のように相手へ敬意を払うことも無い。そんな人間が、彼女より強いなんて、ましてや気高い人間であるはずが無い。貴族の名は伊達なの?」



 普段の僕なら、基本的に物事を穏便に済ませようとするし、誰かを追い詰めるように捲り立てることも無い。


 憧れの存在を卑下されたら、こうなってしまう。あぁでも、彼にとっては卑下したつもりは無いのかもね。


 彼にとっては、それは紛うことなき事実なのだから。ずっとその世界に居られたら良かったのに。



「な……貴様ァ! リーズリーの名を穢す気か!」

「……僕は貴方しか見てないよ」



 真っ直ぐ、彼の目を見る。色々な感情でぐちゃぐちゃになった琥珀色。先程まで綺麗な色をしていたそれは、今はとても汚く見える。


 今の僕の瞳と同じくらい、汚かった。



「……そこまで!」



 痺れを切らした審判員さんが、僕とフェルムさんの間に入って試合を止める。僕は刀を下ろし、そのまま納刀する。



「な……おい審判! 僕はまだ降参していない!」

「……ではお聞きしますが、フェルム殿はあの状態からどうやって勝つおつもりで? まさか、アノン殿が刀を下げるのを待ち続けるのですか? ……そんな勝利を我々は勝利と認めない」



 審判員さんの言葉を聞き、完全におし黙るフェルムさん。血が出るのではないかと思うほど唇を噛み締め、今にも僕を殺しそうな程の目で睨みつけてくる。


 僕は元の定位置に戻り、真っ直ぐ立つ。審判員さんも最初の立ち位置に戻り、右手に持った赤い旗を高々と掲げる。


「勝者、アノン・カンパネルラ!」

「……対戦ありがとうございました」



 頭を深々と下げる。礼儀に始まり礼儀に終わる。蒼天一刀流の伝授の際、技術より何より真っ先に叩き込まれた。


 ありがとうごめんなさいが言えない者は、どれだけ強くともその強さに意味が無い、とは僕の父さんの話だ。


 一瞬の静寂の後、会場が割れんばかりの歓声に包まれた。



「いいぞー!」

「よく言ってくれた!」

「次の試合も頑張れよ! 応援してるからな!」



 僕に投げかけられる、暖かい言葉。彼らのために戦っていた訳では無いが、好意を無下にするほど人間辞めていない。


 僕は四方八方に深々と頭を下げる。応援してくれてありがとうございます。次の試合も頑張らせて頂きます。


 口には出さないが、心の中で思う。僕はそのまま入ってきた入口へと歩み、扉の前でフィールドに一礼。そのまま扉を開き、立ち去る。


 扉を閉める一瞬、未だに僕の事を睨み付けているフェルムさんと目が合う。

 結局彼は、僕が扉を閉めるその最後の一瞬まで僕の事を睨み付けていた。


 彼を見て最後に思ったのは、こんなに試合時間が短くて大丈夫だろうかという、謎の心配だった。

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