宣戦布告



 ──そう思ってた時期が、僕にもありました。



「どだ? 美味ぇだろ?」

「凄いねこのパエリア! 魚介の旨みとトマトのコクがお米の中にぎゅっと詰まってて、それぞれがお互いの良いところを邪魔してなくて、きちんと共存してる!」



 気が付けば、僕は彼と二人でカジュアルな雰囲気のレストランで食卓を囲んでいた。このパエリア、本当に美味しい。いいお値段はするが、その価値は十二分にある。


 目の前に座る彼は、そんな僕を見て満足そうに頷いていた。完全に彼の掌の上で踊らされていたが、こんなに美味しいものを食べられたのだから、文句は言うまい。



「喜んでもらえて何よりだ。で……そろそろ自己紹介するか」

「んぐっんぐっ……ごきゅん。そうだね、流石にそうしよう。僕の負けだ」



 ここまでして僕の気を引こうとした彼に対して、名前すら名乗らないのは流石に申し訳なさすぎる。


 一旦スプーンをコトリと置き、目の前の彼の目を見る。



「僕はラムサ・カンパネルラ。ジャーノ共和国出身だよ」

「ジャーノ共和国って……あの極東の国だろ? 滅茶苦茶遠いじゃねーか」

「来るのに数ヶ月かかったよね……道中で何度か飢え死にしかけたよ」



 初めての旅が、命懸けの超ハードスケジュール。比喩抜きで泥水を啜り、木の根を齧って何とか生き延びた。


 正直、もし実家に帰るとなったら、またあの道のりを帰らなければならないのかと考えると、今からゾッとする。何かしらの手立ては考えておこう。



「大変だねぇ……俺はグラン・R。生まれも育ちもこの国さ。よろしくな」



 R、と何故かファストネームを誤魔化されたが、わざわざそこを指摘する必要はないだろう。言わないということは、知られたくないってことだろう。

 含み笑いのグランくん。察してくれとでも言いたげだが、察する必要はないだろう。



「よろしく……で、なんで僕なの?」

「ま、刀使いってのがまず大きな要因。レアだからなぁ。このコロシアムに刀使いが出場する事なんて、五年に一回が良いとこさ」



 つらつらと、厳つい彼は聞く気のない講釈を垂れてみせる。言葉遣いこそ荒いが、身振り手振りを混じえたそれは中々に他人を引き込みそうな雰囲気がある。


 す、と一本指を立てた右手を掲げて見せてくる。僕の指より、少し太めでゴツゴツしていた。



「刀使いは基本的に注目される。珍しいってのもあるが、息を飲むような斬れ味の武器を、神速とも言われる速度で繰り出す……歴代の刀使いは、例外無く強かった。特に……二十五年前に現れた刀使いは、それはそれは強かったらしい」

「……!」



 グランくんの言わんとすることに気付き、思わず目を丸めてしまう。


 そんな僕を見た彼は、本当に嬉しそうに破顔して見せた。しかし、やはり彼の笑顔には、他人を威嚇する雰囲気がある。今も、見る人が見たら怯えてしまいそうだ。


 びしり、立てていた指で僕を指差す。



「お前の親父さん……ハル・カンパネルラ。あの『皇帝』にすら勝利して見せた『蒼天一刀流』の使い手。お前は、その血と技術を引き継ぐ者……違うか?」

「……はぁ、正解」



 ここまで見事に言い当てられたら、僕も認めざるを得ない。元々隠すつもりは毛頭も無かったので、痛くも痒くもない……のだろうか、本当に。



「しかし、よく分かったね。父さんが出た大きな大会なんて、ルーキーズトーナメントと国王杯だけだったと思うんだけど」

「俺の親父がお前の親父に負けっぱなしでな。嫌という程当時の映像を見せられたのさ。容姿や立ち振る舞いもどことなく似てたしな」



 カハハ! と大きな声で笑う。周りのお客さんの目線が僕らに集まっているのを感じる。これは何とも居ずらい。やはり、ご飯に釣られて来るんじゃなかったと後悔。悪目立ちして仕方ない。


 抗議の意を込めて彼のことを睨み付けてみるが、全く聞いていない模様。図太い人だ。人生生きやすいんだろうな、きっと。



「はぁ……まさか、その確認のためだけに僕をご飯に誘ったの?」

「んな訳。こっからが本題よ……アノン。お前、トーナメントのブロックは?」



 本題。


 そう口にした彼はきちんと椅子に座り直したかと思うと、身をずいっと乗り出す。先ほどより幾分か近くなった彼の顔は、先ほどまで浮かべていた軽薄な笑みは身を潜め、初めて見る真剣な面持ち。


 よほど彼にとって重要なことなのだろうか、と思わず僕まで身構える。



「んっと……分かりやすいよ? Aブロック第一試合。相手は確か……フェルム・リーズリーさんだったかな? なんかやけに高そうな服着てたんだよね……色んなものがじゃらじゃらついてて邪魔そうだけど」



 つい先日発行された、ルーキーズトーナメント戦士名鑑。それで確認した対戦相手は、如何にも育ちが良さそうな青年だった。辺境の国で平々凡々に暮らしていた僕とは大違いだろう。この国では今でも貴族制度が残っている稀有な国らしく、街中でもフェルムさんのように煌びやかな衣装を身に纏った人を何人か見ていた。


 貴族制度、と聞くと蕁麻疹を起こすのではないかと毛嫌いする人もいるので弁明させていただくが、この国は他国と比べて比較的貴族制度が潤滑に機能している……訳が、あるわけもない。


 いい人は沢山いる。ランスさんの宿で一番広い(と言っても、高級ホテルの何分の一の大きさ)部屋に宿泊している貴族の一家は、落ち込んでいた僕に親身になって話してくれたし、身の回りのことを自分できちんとしていた。


 だけど、悲しいかな。平民に横暴な態度を取る貴族は後を絶たない。



「……まぁ、相手が誰だろうと、全力で戦うけどね」

「ふぅん……俺はさ、Nブロックの第三試合。お前と当たるとしたら……決勝だな」



 何かを見抜かれたような、いやな気配。しかし、グランくんは何も言及せず、ただただ事実を述べていた。


 AからPまで存在する各ブロック。総勢五百十一名が参加する大規模トーナメント。国中に全十か所あるコロシアムサブ会場を全て使用し、十二日間に分けて行われる。彼のNブロックは、トーナメント表で見ると、僕の島とは反対側。対戦するのは、当然決勝。



「そうだね……まさか、僕と決勝で戦おう、なんてベタな約束するつもり?」

「おう。そのまさかだよ」

「……まさか」

「お前、意外とユーモアあるよな。嫌いじゃないぜ?」



 ──僕は君のことが好きにはなれなそうだけど。


 心の中の愚痴は、目の前で獰猛な笑みを浮かべるグランくんには届きそうもない。



「……さっきよぉ。お前、開会式ん時に『夢』がどうのこうの言ってたよな? それに倣うとすると……俺の『夢』はな、カンパネルラの血を引く奴、蒼天の技を持つ奴をぶっ倒すことだ」

「……!」



 身の毛がよだつ、とはこのことか。


 誰かから、明確な敵意をぶつけられたのはこれが初めてだった。今までも、父さんと稽古をしている時に戦闘をすることはあった。が、それはあくまで練習。対面するだけで冷や汗が出そうになる事なんて無かった。


 僕と同い年くらいの彼が、これほどの威圧感を出すことが出来るということも合わさって、本当に言葉を発することが出来なくなってしまう。



「俺の親父の敵討ち、ってぇ訳じゃねぇけど……俺の親父が勝てなかった相手に、勝ちてぇ。あわよくば完膚無きまでに叩き潰したい。他の誰でもない俺自身の手で……だから、ぜってぇに負けるな」

「……は、はは……お熱いことで」



 彼の熱気とは真逆に、僕の目の前のパエリアは少し冷めてきてしまったようだ。美味しさは少し落ちるだろうか。


 僕が、決勝まで勝ち残る。


 何度も想像もした。何度もそのための方法を考えた。何度もそのための訓練を積んだ。あの頂点に立つために、僕の夢を叶えるために。


 ──でも、それは『夢』があった時の僕の話。


 今の僕に、目指すものが無い僕に。


 目の前に夢を叶えるために必要不可欠な存在を見かけた彼と、戦う資格があるのだろうか? そもそも、その舞台まで辿り着けるのだろうか?


 たどり着いたとして……目の前の『夢』に憑りつかれた彼に勝てるのだろうか?



「ってな訳で……約束だからな! 俺はそのためにここまで必死こいて生きてきたんだからな!」



 そんな疑問は、先程までの鬼気迫る雰囲気が嘘のように豪快に笑う彼に見せる訳にはいかなかった。



「……分かった。だけど、その時は全力で戦わせてもらうよ」

「おう! 約束だからな!」



 にっと笑う彼を見ながら、再びパエリアを一口。


 少し冷めていただけとは思えないほど、先程よりもずっと味を感じなかった。



「あ、そうそう。お前の名前は選手名鑑でとっくに知ってたから。マジでただの確認作業」

「……酷い茶番じゃないか」



 やっぱり、彼のことは好きになれそうにない。


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