開会式
『皆様、大変長らくお待たせ致しました! これより、第百十三回、ルーキーズトーナメントの開会式を開催致します!』
割れんばかりの大喝采の中、僕はコロシアム主会場のフィールドに立っていた。右を見ても左を見ても、どこか期待に胸を膨らましているであろう同年代の少年少女、所々に歳上の方々。
そんな中、若干テンションの上がり切っていない僕。拍手もするし、震え上がる何かは当然感じてもいる、が……結局、僕のテンションは一週間掛けても、最後の最後まで戻らなかった。
特設された舞台の上に、司会者のような人などが拡声器を持って開会式を取り仕切っていた。あまり話は頭に入ってきそうにない。
「…………しけた面してんねぇ」
「……っ」
ため息を押し殺しながら聞こえてくる声を右から左へと聞き流していると、突如として聞こえてきた少し低い声。ちらり、と目をやると、そこに立っていたのは奇抜な髪型をした、少し背の高い少年。目を引く赤い髪を後ろで一つにまとめ、耳にはいくつものピアス。街中で見掛けたら、まず間違いなく目を合わせないようにするタイプの人間だ。
彼は僕の顔をじっと見たかと思うと、ニィ、と笑う。人を見下すような、趣味の悪い笑顔だ。
「そんな面じゃあ、精々一回戦負けじゃねぇか? カハハ……いい刀持ってんのに、勿体ねぇ」
「……へぇ、刀を知ってるんだね」
「あまり見ねぇ武器だがな。使い手が居ない訳じゃねぇよ」
じろり、と鋭い目付きで僕の腰に携えている刀を見る。嫌な目だ。値踏みするように僕を見つめる青い瞳。どこか歪な彼の中で、唯一澄んでいるそれ。彼の顔のパーツな筈なのに、それだけが何故か浮いて見えた。
僕はそんな彼に対して警戒心を抱きつつ、彼から目を逸らす。一応、今はシーズン開幕戦、『ルーキーズトーナメント』の開会式の最中。変に目立ちたくはない。
「……で? 僕を煽ってどうするつもりなのさ。あんまりそんな事してると、品が無いって勘違いされるよ?」
「カハハ、実際ねぇだろ?」
「無いかもしれないけどさ……多分君、見た目ほど曲がってないよね?」
「……ちっちっち。見た目通り真っ直ぐ、の間違いだろ?」
うん。この人面倒臭い。
交わした会話は一言二言。しかし、それだけで目の前の少年が如何に厄介な存在であるか理解出来てしまう。
いつもの僕なら、こんな感じの『ちょっとイカれてる』タイプの人間とはあまり関わらないようにするのだが……まぁ、話し相手ぐらいにはなってもいいか。
「で、お前に話しかけた理由だったっけ? そりゃあ、周りの新人ファイター共が異常なほど盛り上がってるってのに、一人だけ顔曇らせたら、心配にもなるっての」
「ご心配どうも。そういう君こそ、随分リラックスしてるみたいだね。見た目通り、中身も図太そうだ」
「……言うねぇ。なんだよ、俺の事嫌いか?」
「好きになる要素がないよ」
「言うねぇ!」
小声で前を向きながら。コロシアム支配人とやらの挨拶を全く聞かず、隣の名前も知らない少年との会話に現を抜かしていた。
この開会式は、恐らく僕にとっても彼にとっても、特別なものに違いない筈。なのに、彼との会話を止められない。
「そもそも、僕は君のことを何も知らない。目と目が合ったら初めましてこんにちは。あなたの名前はなんですか? じゃない?」
「……優等生め」
少しだけ冷たい僕の台詞に、彼は露骨に顔を険しくした。周りの熱気が押し寄せてくる中、僕と彼の周りを取り巻く空気だけ、ひんやりとしている。
ステージの上では、支配人の挨拶が終わり、国王陛下の開会宣言が行われていた。流石に僕も彼も、その時だけは無駄口を止める。
拡声器の前に立った国王陛下は、軽く咳払いをし、僕らのことを一望。そのまま口を開く。
『──今年も、新たな戦士達がこのコロシアムの地にやって来た』
お飾などでは無い冠。誇張などでは無い威厳。虚構などでは無い肩書き。大陸屈指の大国の王ともなると、やはりその格はその辺の貴族や属国の王などよりも、ひと味もふた味も違う。
『毎年、二百人を超える戦士が誕生し、たった一人にしか認められない栄光を求め、その全てを賭す……私はこの地に、夢を見る』
夢、という単語に思わず反応してしまう。誰かを偲ぶかのように目を細める。少なくとも、今の彼の目には、僕らの姿は写っていない。
誰の事を想っているのだろうか。国王陛下の盟友だったという『騎士』だろうか。燃え尽きた、と一言残してコロシアムを去った『帝王』だろうか。それとも……たった二年で神話になってしまった『流星』だろうか。
『譲れない誇りと誇りのぶつかり合い、夢破れた者たちの絶望……そして、それによってより一層の輝きを放つ、一人にしか認められない栄冠』
──遠くを見ていた目が、再び僕らに向けられる。
その目に映るのは、間違いなく僕らだ。
『新たなる戦士達よ! その栄冠を掴み取り、コロシアムの新たなる伝説となれ! ……私からは、以上。諸君らの健闘を祈る』
発した言葉は、一言二言。なのに、何故だろう。
その一言二言に込められた熱が、僕らを無理やり押し黙らせる。その一言残しての意味を考えさせられる。
今、彼が見ていたものは、一体なんだったのだろうか。
僕が思考の海に浸かっている間に、コロシアムからは割れんばかりの歓声が響き渡る。
「……『夢』ね……」
「シンプルながらに同じ目線に立てる演説……やり手だねぇ」
僕の小さな小さな呟きを拾ったのは、僕と同じく国王陛下の言葉の意味を考えていた隣の彼。見かけによらず、意外と物事を考えられるのだろうか。
「カハハ……国王様も意外とロマンチストか? 『夢』なんて語っちゃってさ」
「いいじゃない、ロマンチスト。君だって、『夢』の一つや二つあるでしょ? あるからここに立ってる訳だろうし」
「違いねぇ」
彼は笑う。僕も笑う。初めて彼と心が通じた瞬間だ。これは記念になるだろうか? いや、ならないな。
ため息一つ。この気苦労は、きっと彼には届かないのだろうな。そんなの気にしそうに無いし。
『以上をもちまして、第百十三回ルーキーズトーナメント、開会式を終了致します。戦士の皆様は、退場して下さい』
やがて、会場に女性の声が響く。開会式はこれで終わり。この後は解散、次にここに来るのは自分の試合がある時だ。
僕は肩の力を抜き、大きく息を吐く。なんだかんだで気を張っていたのだろうか、少し緊張の糸が解ける。
「ん、やっと終わったか……」
「じゃ、僕はこれで……」
「まぁ待て待て。この後暇だろ? 美味い飯屋知ってるから、一緒に食おうぜ?」
そそくさと立ち去ろうとしたが、肩を思い切り掴まれてしまい、立ち止まる。なんなんだ君は。何故こうも初対面の僕に絡みたがる。いや確かに、僕としても交友関係を拡げる事に異論はない。が、それは君ではないという大前提がある。
絶対面倒臭いじゃん。ことある事に絡んできそうじゃん。
「……美味しいご飯」
「そうそう。近くの漁港で朝一番に水揚げされた魚介を使ったパエリアは、食べる価値は大いにあり!」
「……ぱえりあ」
「極めつけは、食後に出てくるシェフの気まぐれスイーツ! 日替わりで出てくるスイーツは全百種以上! その全てが三ツ星クラス!」
「すいーつ」
大体、ご飯なんて一人で孤独に誰にも邪魔されずに、一対一で目の前の料理に相対する必要があるものだ。全ての五感を料理全てに捧げ、自分の持てる全てを出し切って味わうべきもの。そこに誰とも知らない他人が居るというのがおかしな話なのだ。
つまり、僕はこれから一人でご飯を食べる。そうに決まっている。しかし、ぱえりあって、すいーつって、なんだろう?
「……何処なの? そのお店」
「決まりだな。じゃ、一名様ごあんなーい」
決して……決して僕は、ご飯なんかに釣られるチョロい人間では無い。
そんな気持ちを胸に抱きながら、僕は彼と共に会場を後にした。決して……決して、聞いたことのない料理名に心惹かれたわけなんかでは、決して無いとここに誓う。
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