世界で一番争いに飢えた国


 世界で一番争いに飢えた国、『グノー王国』。


 元々人口にも鉱山資源にも恵まれていたグノー王国は、大昔から広大な大陸の土地を他国から奪う為に積極的に戦争を仕掛けていた。その数は三桁ですまないのではないかと言われているほど。そのあまりにも好戦的な姿勢から、『世界で一番争いに飢えた国』と呼ばれていた。


 ……が、今ではその意味合いが少し……いや、かなり変わっている。


 というのも、グノー王国が他国に喧嘩を売りまくっていたのは、既に二百年以上昔の話。当時の国王が即位してからというもの、戦争をすることは無くなった。


 その代わり、その国王は勝負事自体はかなり好んでおり、城の騎士たちに勝ち上がり形式の決闘をさせた。

 これが、今ではこの国だけでなく、世界の一大興行となる『コロシアム』の原型と言われている。


 その決闘に心躍らせた国王とその側近は、やがて国中から腕自慢を集め、国内最高のファイターを決める国営大会が開催された。これが今から百五十年前。本格的に『コロシアム』が運営され始めた瞬間だった。


 そして、今では世界中からファイターたちが集まり、様々なトーナメントに参加して栄光のためにその腕を振るう。

 各国の大企業も大会スポンサーとしてトーナメントの開催権を売り落としたり、選手そのもののスポンサーとなったり。ラジオやテレビの会社も、放映権を争う為に巨額の金を投入する。


 コロシアム内部だけでなく、それを取り巻く環境すら争いの絶えない国──それが、今のグノー王国。



「……うへえ……人が多すぎる……」



 そんなのグノー王国にやってきた、遠くの国から長い旅路を経てようやくたどり着いた少年が一人。


 それが僕。名前はアノン・カンパネルラ。少しボロボロの外套を身にまとい、それなりに重たいカバンを背負う。腰に携えるは、一本の刀。

 誰がどう見ても、『コロシアム』に参加しに来たファイターにしか見えない……筈だ、多分。



「とりあえず、宿探さなきゃ……地図とか無いかな」



 あまりの人通りの多さに気持ち悪くなりかけながら、宿を探そうと歩き始める。地元では土の道が普通だったのに対し、この国の地面はどこもかしこも石畳。確かに歩きやすいが、転んだら一大事になる予感がする。


 他の人にぶつからないように気を張りながら歩いていると、『案内所』という質素な看板を掲げた少し大きな一戸建ての建物を見つける。建物の周りには僕と同じように武器を携えた人や、観光客のような人が地図のようなものを持っていた。もしかしたら、ここなら宿の場所を聞けるかも知れない。


 一応手持ちがあることを確認し、僕はその建物の中に入る。



「いらっしゃい……お、ファイターの方かい?」

「はい。今この国に辿り着いたばかりでして……」



 建物の中では、物腰のやわらかそうな恰幅のいい男性が、勘定台の向こう側で忙しそうに書類を纏めていた。やはり春先は、どこの業界も忙しさが増すのだろうか。


 男性は僕の風貌を一目見ただけで、僕がファイターであるとちゃんと認識してくれたようだ。そういう意味では、一つ心配事が無くなった。勘定台の前まで移動し、宿の場所を聞く。



「宿かい? 宿ならこの建物の隣がホテルだよ?」

「…………へ」

「あっはっは。兄ちゃん面白いね! まぁ、これからこの国で暫く過ごすことになるんだ。国の地図やるよ」



 地元には、四階建てより高い建物なんて存在しなかった。それが今回の醜態の原因だということにしておこう。


 あはは……と熱くなる顔を隠すように目線を逸らす。生暖かい目線を投げかけてくる男性が少しだけ恨めしい。しかし、地図だけはきちんと頂いておこう。



「よっと……はいこれ。この国の地図だ。観光名所やいい飯屋の記事もついてるぜ」

「あ、ありがとうございます……えっと、これ、いくらですか?」



 しっかりこの国に入国する時にこの国の通貨であるリャンに所持金を両替しておいた。道中で商人の馬車──明らかに違法薬物を積んでいた──の護衛の仕事も行い、それなりに手持ちも増えたので、そんなに高くなければ買える。


 財布を取り出して中身の確認をしていたところで、彼はそれを制するように右手をヒラヒラと振ってみせる。



「あぁ、金は取らんよ。この店は公営でさ。入国したばかりの人には、入国許可書見せてくれるだけで、一冊無料で渡してるんだよ」



 流石、世界最高の興行を抱えている世界最高峰の大国。おもてなしが半端じゃない。


 彼から受け取った地図……というか、ちょっとした旅行情報誌の様な出で立ちのそれは、ざっと見ただけでもページ数が百ページを余裕で超えていた。これが無料とか、財政どうなっているんだろう。

 ……と思っていたら、裏表紙には様々な企業の広告がびっしり。ちゃっかりしているものだ。



「ありがとうございます」

「良いってことよ。ルーキーズトーナメント、頑張ってな」



 しかし、内容はざっと見た感じすっきりとしており、地図としては十分な役割を果たしていたので有難く頂戴しておく。暫くは鞄の中でも取り出しやすい場所に入れておこう。


 何度も案内所の男性にお礼を言い、案内所を後にする。地図を頼りにめぼしい宿を探そう。隣に宿があるとの話だが、見たところ一泊の値段がかなり割高のようだ。成程、こうやって儲けているのか。


 商魂逞しい様子に脱帽しつつ、僕は一旦道端の長椅子に腰掛け、ペラペラとページをめくっていく。あ、この喫茶店良さそう。



「──あ」



 そして僕は、数ヶ月ぶりの再会を果たす。随分一方的な再開だが。


 この国にやってくるまで、それこそ毎日のようにその戦う姿を脳裏に焼き付けていた少女。



「……シェラさん……」



 雑誌の真ん中付近のページ。コロシアム周辺の施設紹介部分。その最初のページ。そこに載っている、既に世界中にその名を轟かした、淡い空色の髪をたなびかせる、十五歳の少女。


 ──シェラ・バーンズ。


 史上初の二年連続コロシアム主要四大トーナメント完全制覇、二年連続年度MVP、最年少かつデビューから最短での最高ランクトーナメント優勝記録、最長無敗記録等々……デビューからたったの二年で、コロシアムの頂点に君臨した『流星』。


 異常なまでの速さと圧倒的な手数の多さで相手を圧倒し、しかもその反射神経を活かして相手の攻撃を全て躱していく。完全無欠に試合の主導権を握り続け、完膚無きまでに叩きのめす。


 文句なしの、現世界最強。そして、これから数十年彼女を超える存在は現れることは無いだろうと言われている、天才少女。



「……もう一部貰って来ようかな……」



 僕は二年前に主要四大トーナメントの中の一つで、年度末に開催される最高峰のトーナメント『クラウンオブグローリー』の試合を見て彼女の大ファンになった。それ以来、彼女の試合を全て穴が開くほど見続けていた。


 今から僕は、そんな憧れの存在が戦う舞台に立つ。



「…………んーっ!」



 湧き上がってくる喜びが、思わず形となって表に出る。ここが公共の面前であるということを思い出して、慌てて周囲を見渡す。が、幸いにして僕の事を注視する人間は居なかったようだ。


 ようやく、ようやく一つ夢が叶う。


 僕が夢見た存在が活躍する舞台に、自分も立つ。


 そのために、僕はここまでやって来たのだ。



「……やばい、コロシアムに行きたくなった……行こう」



 予定変更。沸き上がる気持ちを抑えられる自信が無い。このまま宿屋に入ったとしても、間違いなくモヤモヤして寝られない。下手したら、一晩中刀振っている。


 この熱を抑えるために、コロシアムの空気を味わおう、そうしよう。せっかくグノー王国まで来たのだ。真っ先に見るべきは宿よりコロシアムだろう。ここから一番近いのは、第三会場だろうか。


 無理矢理理由をこじつけて、僕は再び地図を見る。目的地は、世界中からファイターが集まる場所、コロシアム。僕もファイターだから、問題無いよね。



「えっと……ここをこう行って……ここを曲がって……あれ」



 自分の現在地を確認するために顔を上げた時、道の反対側に少ないながらも人だかりができていることに気づく。何やら建物の前で何かを見物しているように、皆同じところを眺めていた。


 気になった僕は、一旦地図を鞄にしまい、道の反対側にできている人だかりに近づく。



「あの……何があったんですか?」

「ん? ああ、坊主新人ファイターかい。今からシェラちゃんの記者会見があるんだよ」



 ──このときは、想像もしなかった。


 このあと、僕の人生が無茶苦茶になる出来事が起こるなんて。

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