流星に捧ぐ鎮魂歌

コロリエル

前日談─夢の始まり─

 ──十三歳の僕は、それはそれは綺麗な流星に見惚れてしまった。

 僕が子供の頃に発明され、爆発的な広がりを見せた機械……遠くの光景を映し出す奇妙な機械『テレビ』に、僕は一筋の流星を見た。


 遠く彼方の地で開かれているとある武道大会……世界で一番強い人を決めるトーナメント、『クラウンオブグローリー』。数多の力自慢が栄光を求め、その力を思う存分発揮する場所。毎年毎年、手に汗に握る熱戦が繰り広げられている。


 その決勝の様子を僕ら家族は食い入るように見ていた。



『強い! 強すぎる! あの『コロシアムの帝王』が! コロシアム最多優勝記録保持者である『コロシアムの帝王』が! 小さな少女に指一本触れることすら出来ない!』



 テレビの実況者が、興奮気味に叫び続ける。父さんも、母さんも、そして僕も。その光景に、食事をすることも忘れて釘付け。



「……す、ごい……!」



 自分と全く年齢の変わらない少女が、自分より一回りも二回りも身体の大きい男に、全く何もさせずに圧倒している。会場を縦横無尽に駆け巡り、動きに翻弄されている相手の背中や腕、脚に何度も短剣を突き立て、それでいて相手からの攻撃は紙一重で躱していく。苛立ちが隠せていない対戦相手の大男は、だんだんとその動きに陰りが見えてきた。


 誰の目にも印象深く残る儚さを感じさせる淡い空色の髪が、僕の目にはこの世のどんなものよりも輝いて見えた。


 戦場のど真ん中。小さな体で少しだけ大きな短剣を操る彼女から、一瞬たりとも目を離さぬよう、固唾を飲んで見守っていた。


 やがて少女は、短剣を逆手に持ち直したかと思うと、おぞましい速度で大男に向かって突っ込んで行く。大男も、それを真正面から迎え撃つ為に、身長よりもずっと長い大剣を振りかぶる。



『────────』



 少女と大男が交差する瞬間、世界の時が遅くなる。その世界で、僕は見た。


 男が勢いよく振り下ろした大剣は、少女の眼前を通り過ぎ、地面に叩きつけられる。早すぎる彼女を捉えようとしすぎて男が先走ってしまったというのもあっただろうが……少女が直前で速度を僅かに落としていた。


 少女はそのまま足元に突き刺さった大剣に足を掛け、空を翔ける。


 男の巨体を軽々と飛び越えて見せた彼女は、そのあまりにも無防備な背中に決定的な一太刀を刻み込む。とんでもない切れ味の短剣だが、この長期戦の間、刃こぼれさせずにいた彼女の技術も驚異的だ。


 少女はそのまま男の背後に着地し、腰にある鞘に短剣を収めた。次の瞬間、彼女の背後で大男がぐらりと体勢を崩し、そのまま地に落ちる。



 ──世界の時が元通り動き出した時、この世界は大きく姿を変えていた。



『……今っ! この瞬間っ! コロシアムに新たな伝説が誕生しましたっ!』



 実況者の悲鳴のような大声。遠く離れた地であるはずの僕らの食卓まで揺るがす様な、コロシアムの歓声。


 世界の中心に立つ彼女は、暫く惚けたように天を仰いでいたが……やがて、ゆっくりと右手を天にかざしたかと思うと、人差し指を一本立てる。



『第百四十八回クラウンオブグローリー、優勝は……シェラ・バーンズ! これで彼女の無敗記録は丸々一年っ! 主要四大トーナメント完全制覇! もう誰も! 彼女が世界最強であることに異論は示せない! 完全無欠の絶対王者が! 今ここに君臨しました!』



 テレビの画面に映し出された、彼女の横顔。非常に整っており、誰の目にも美少女に写るだろう容貌。


 ──今彼女は、どんな思いでただ一人、あそこに立っているのだろうか?


 他の人間が到達出来ない遥か高みの玉座に、ただ一人。


 正確に当てることは、僕は彼女でないので分かる筈もないのだが……少なくとも、あの流している涙は、悲哀によるものでは無いだろう。



「……なぁ、アノン」



 いつもより数段声色の明るい父さんの声が耳に入る。ちらりと見てみると、普段はあまり感情を表に出さない父さんが、その目に薄らと涙を浮かべ、感極まった様子でテレビの画面を見つめていた。


 ──父さんの涙を見たのは、これが二回目だった。



「これからお前も、あの場所で戦うことになる……あの女の子のような栄光や、恐らくこの裏で担架に乗せられて運ばれていく男みたいな屈辱を味わうことになる。もしかしたら……屈辱だらけの人生になるかもしれない」



 ぽつりぽつりと言葉を選ぶように語る父さん。普段から父さんの言葉はきちんと聞き遂げているが、今回は特にしかと心に留めておかなければならない。


 何故だか分からないが、そう感じた。



「だが……その全ては、お前のためにある」

「僕の……ため?」

「そうだ。お前の人生において、お前に必要のないことは起こらない」



 そう呟いた父さんは、ゴツゴツした手で僕の頭をぐしゃぐしゃと撫で始めた。相変わらず、細かい作業や愛情を与える事が、不器用で苦手な人だ。



「それらを乗り越えて……あの女の子みたいに、輝いてくれ。お前はもう、そのためのスタートラインに立てているのだから」



 しかし、それでも彼の想いは手のひらの熱と共にひしひしと伝わってくる。


 きっと、父さんは僕に『夢』を見ている。僕があの舞台に立って、誰よりも輝くところを夢見ている。


 僕があの女の子『夢』を見ているように。



「うん。僕頑張るよ」



 僕の頭から手を下ろした父さんから顔を逸らし、テレビの画面を見つめ、決意を新たにする。


 ──誰よりも輝いている、少女の横顔を眺めながら。



「あの子みたいに……誰よりも輝いてみせるよ」



 ──誰よりも自分の運命に絶望している、少女の横顔を眺めながら。
















 そして、二年後の月日が流れた……!

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