第26話 Yの反撃 余裕編
「はぁ? たかが妹ごときが姉に向かって何の言いがかりをつけるつもりなわけ? しかも下品な笑いまでして!」
まぁ、そう言うよな。無駄に姉か……むぅ挑発するにしても上手いな。
「言いがかりじゃなくて、事実を言ってるだけですけど?」
「事実?」
「だってキスをお預けするってことを誇らしげに言うなんて、おかしすぎ! だよね、カズキ?」
いきなり俺に振って来るのか。どう言えば正解なんだ。
「おおお、おかしいな。ははは……」
修羅場の開幕に俺が乱入するのは非常にまずい。ここは無難な笑いを提供するだけでいいはず。
「ねっ! おかしいよねー! カズキもあなたの言うことがおかしいって大笑いしてるんだけど?」
そういう意味で答えたんじゃないのに、唯花の中ではアレが大笑いしたことになってるのか……。
「ふーーん……? で? 和希とすでにキスをしたって言いたいわけ?」
「……キスどころか――」
何やら唯花にチラッと見られたんだが、俺何かしたっけ……。
そう思っていたら、唯花はスカートを太もも辺りまでめくってクスッとしている。
「へっ?」
「ガキのくせして、こんな所で何しようとしてるわけ?」
麗香の言葉がどんどんと悪くなっているが、これが本性だろうか。いやそれよりも、太ももアピールの意味は何だろう。
「キスお預けでいい気になってるところを悪いんですけど、カズキにはここからつま先まで全部"お世話"になってるんですけど、どういう意味だと思います?」
不安は的中。麗香と俺に見せつけるようにして、唯花は自分の太ももに指を当て、つま先まで指を差してみせた。
ほわっ!? お世話って何だそれは? 恐らくアレのことだと思われるにしても、何で今だよ。何で麗香に対してそれを言う必要が――
唯花の言うお世話。それはもちろん執事になる為の特訓の一つでもある、至れり尽くせりな"作業"のことである。
靴下を脱がしたり履かせたり……何もやましいことなどないのだ。
「――は? もしかして、和希……」
ここで否定すれば麗香が優勢になる。となれば、具体的に言わなくても肯定さえすれば通じるはず。
「ああ。唯花のお世話をしている。それが俺の役目だしな」
執事の役目というのは間違ってない。そう確信しているのに、唯花は少し顔を赤らめて照れているようだ。おかしなことは言ってないと思うし恐らく芝居だな。
「妹の下半身のお世話……ね。ふぅん? それはそれは、いい心がけじゃない?」
下半身で変な誤解をしているかと思えば、別の視点で反論か?
「心がけ? ど、どういう意味で?」
もはや正常な精神状態じゃなさそうな麗香のことだ。突拍子の無いことを言い出すに違いない。
「どのみちの話なんだけどさ、ゆくゆくは和希と一緒になって子育てするようになったら、娘とかの靴下とかを脱がしたりするわけじゃない?」
うおう……随分と飛躍したな。子育てまで行ってしまったのか。
「要はさ、唯花という子どもで予行練習してたんでしょ? それなら怒ることじゃないなーと」
しかも唯花のことを子ども扱いとか、完全に煽ってる。太ももを見せつけたくらいでは動揺すらしなかったらしい。
さっきまで唯花が優位に立っていたと思っていたのに、麗香が手強すぎる。唯花の対抗策はまだあるのだろうか。
――というか、店内でこんなやり取りを続けたくないぞ……。
「怒らせるつもりなんて無かったけど、上手く逃げたんじゃない? 麗香にしては」
「……逃げてないけど? そんなことはどうでもよくて、和希」
「へ?」
「さっさとマンション部屋に戻って、やり直そうよ!」
戻るも何も部屋の主は唯花だろうし、入ることも出来ないはず。一体どこの部屋に戻るつもりがあるのか。
「やり直すってのは、関係を?」
「全部! お預けしてるものもあることだし、早くして欲しいよね? だから部屋の鍵を取り返してくれない?」
キスのお預けどころか麗香のこともどうでもいいんだが。この様子を見る限り、唯花の動きに対し相当焦ってるな。力づくで来られたら負けそうで怖い。
首を左右に振ってどうするべきか迷っていると、
「カズキ」
「……ん?」
「指を一本出してくれる?」
指を出したら折られるとか、まさかな。ともかく、人差し指で勘弁してもらうつもりで指を差しだした。
その直後。ぐいっと引っ張られたかと思ったら、そのまま唯花の手にがっしりと繋がれていた。隣の席だからすぐだとはいえ、これは何を意味するのか。
「ちょっとそこ! さっきから何を――」
対面席の関係で怪しく思ったのか、麗香はテーブルの下から俺と唯花の様子を眺めている。
そうかと思えばすぐに顔を戻して、わなわなと身を震え出した。
「今頃気付いた? カズキはわたしとずっと手を繋いでたんだけど、それに気づいても部屋に戻りたいって思ってますか?」
麗香が優勢かと思いきや、全然唯花の方が余裕すぎた。
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