第8話 唯花とバイトと予感の男
唯花に連れられて行った学校関係での手続きを終え、地元の駅まで戻って来た。
このままネットカフェに戻されるのでは――などど思っていたが、前を歩いていた唯花が後ろを振り向いたかと思えば、何故かいたずらっぽく笑顔を見せた。
「うん? な、何?」
「カーズキ! これなーんだ?」
唯花の指先には何かを見せつけるようにして、二枚の用紙が挟まれている。風でひらひらと揺れている用紙に注目すると、唯花の名前が印字されているようだ。
もう一枚の用紙の方には、俺の名前が見えている気がする。
「何かの申込書かな……?」
「惜しいっ! これは履歴書! カズキの分も作っておいたよ。そういうわけで、はい!」
「えっ、俺のも? 生年月日とか学歴とか……いつの間にこんな――」
「カズキのことなら大体知ってるから。写真がいらなかったから、もう作っておいたんだ。理解した?」
顔写真がいらないテンプレ履歴書なら、確かに自分が作成しなくてもいい。それでもさすがに、志望動機は空白になっているようだ。
しかし何故唯花の分まであるのだろうか。
まさかと思うが――
「もしかしなくても、同じアルバイトを受けるとかじゃないよね?」
「ヤー! そうだよ。そうじゃないとカズキ一人で部屋に置けないし、寂しくなるよ。チャージしたいだろうし、このままじゃ足りないって言ってたのを覚えてたんだー」
「分かるけど、一緒に受けたからって受かるとは限らないと思うんだけど……」
負担的なものを考えてのことなのか、そう簡単に半同棲させてくれそうにない。残高チャージにいたっては自分だけの小遣いだっただけに、唯花に知られるべきじゃなかった。
今思うと、元カノに何もかもを依存しすぎていたということになる。不安に思う俺に対し、唯花が顔を近付けて来た。
「カズキ、心配しすぎ! 大丈夫、わたしも一緒だから自信持つ! 持つべきだよ。だから、そっちの空いてる手を上げる! ほら早く!」
「こ、こう?」
そうかと思えば履歴書を持っていない手を上げさせ、その手に向かって少し背伸びをしながら、思いきりハイタッチされた。
結構な勢いで来られたので、バチンとした音と同時くらいに後ずさってしまった。幸いにも注目を浴びるほど音が響いたわけでも無く、意表を突かれた感じだ。
「いたぁーい……カズキの手、柔らかいのに緊張しすぎ!」
「そんなこと言われても……」
以前握手をした時、唯花の手は自分に比べると硬かった。彼女は強い握りだったわけだが、性格の問題があるかもしれない。
「ふぅーん? やっぱりカズキはカズキだよね。典型的な草食系男子って感じ」
そう言われると否定出来ないところがある。言い返そうかと思ったが、間違いなく唯花は肉食系の方に分類されるはず。そういう所が、姉に似ている感じだ。
「そ、それはそうと一緒に受けるバイトってどこ?」
「カフェ! 夏休み期間だけだから落ちないと思うんだ。カズキにとっても、きっと役に立つと思うしね! 行く前に志望動機書いてね。はい、ボールペン」
何とも準備がいい。駅前にはメジャーからマイナーなものまで、カフェが乱立していて競争率はばらけている。
それに唯花が言うように、期間限定だけのバイトがあったのは前から知っていた。
しかし受けようとする気持ちが全く無かったわけだが、それだけ楽をしていたということだろう。
履歴書を完成させ、俺と唯花は駅前から少し離れたカフェにたどり着いた。
店の名前は【カフェカッフェ】と書かれている。知る人ぞ知る店だろうか。
「ここに来たこと無いけど、マイナーかな?」
「アットホームなお店っぽいからここにしたんだ。カズキには丁度いい感じ」
「……そこそこ客も来てる感じに見えるな」
「じゃあ、入ろ!」
昼時ということもあって、それなりに混んでいる。そんな状況でも唯花はお構いなしに店内に入って行くようで、俺もその後に続いた。
さすがにすぐには対応出来ないとかで、奥の事務所っぽい部屋で待つことになった。しばらく二人で待っていると、年下っぽい男の店員が声をかけて来た。
「あー履歴書、こっちに渡してもらえる?」
よく分からないが、店長か誰かに頼まれて来たのだろうか。それにしては、随分と態度が偉そうな気がする。
「ど、どうぞ」
「あーはい」
「はい、わたしのはこれです!」
「どうもです。あれ、君――?」
そう思いつつも履歴書を渡したところで、隣に座る唯花と店員の男が、お互いに見つめ合っていることに気付いた。
もしかして知り合いか何かだろうか。
何にしても嫌な予感がするくらい、唯花に対する態度が違う。
「あれー? ショウ?」
「マジか! 唯ちゃんなのかよ? え、もしかしてここでバイト?」
「うんうん。何年ぶりくらい?」
「あんま覚えてないなー。でもマジかー! やべぇわ」
もはや置いてけぼりの置物と化してしまったが、彼氏とかではなく幼馴染っぽい関係に見える。唯花も大人びているが、店員の男の方が年上っぽい。
何となく空気が変わりそうだったので、割って入ることにした。
「――あの、面接は?」
唯花の保護者でも無ければ友達でも無いのに、何となくもやっとする。
俺の言葉にハッとなったようで、店員の男は二人分の履歴書を持って慌てて走って行った。
「やる気満々だね、カズキ!」
「……さっきの彼は誰なの? 幼馴染とか?」
「幼馴染じゃないよ。んんー、いとこだったかな。一つ上の従兄になるかな? カズキの一つ下?」
「唯花の上ならそうなるかな」
「ヤー! 良かったね、カズキ! 友達増えた!」
唯花から素直にそう言われたものの、何となく友達になれそうにない予感がしてならない。夏休み期間だけとはいえ、何とも言えない気持ちになるのは何故だろうか。
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