第6話 妹JKのお迎え
誰かが自分の顔を叩いている。それだけではなく、さっきからずっと髪を勝手に整えてもくれている気がしてならない。
ただでさえ快適とは程遠い狭い個室の環境だ。その状態でさらに苦痛を味わいながら目覚めなければいけないとか、それはあんまりだろう。
「
物凄く間近で満足げな声が聞こえて来た。この声には聞き覚えがある。別れたあいつよりも聞きやすく、それでいて癖になりそうな――
「んむむ……」
「起きる? 本当は起きてたよね? だったら今すぐ起きる! カズキ!」
それほど大きな声ではないとはいえ、こんな所で起こされても神経を消耗するだけで、決して興奮など覚えない。
何よりここでわがままを出してはならないと、心の中の誰かが叫んでいる。
「……お、おはよう、唯花」
「
ネカフェ生活四日目。
元カノの妹JK唯花とは、半同棲で一緒に暮らすようになった。しかしすぐに甘くないことを知る。
彼女は決して甘くも無く、はっきりとした性格だ。そのことを知ったのは、マンションで泊まらせてもらった翌日のことになる。
「えっ……? しばらくネットカフェに?」
「ヤー! 模様替え終わらせたいし、全部買い替えたいし、……色々根回ししておきたいし。とにかくここにいたらカズキはまだ駄目だよ。だからカズキは、しばらくあの場所で!」
「ええー!? 心の準備が出来てないのにー……」
「はい、行って行って! 男の子なんだから、大丈夫!」
年下の女の子に男の子とか言われても決して嬉しくない。それを言われている時点で、圧倒的に立場が違うことを知らされているようなものだからだ。
元カノに部屋を追い出されたあの日、姉を良く思わないとされる妹JKに救われた――のもつかの間、現在の拠点はネットカフェである。
出会った初日に行ったネットカフェなら問題無いよと言われたので、そこで長時間居座ることが確定した。しかしホテルと違って、個室を固定で使うことは厳しい。
そんなこともあって、今いる個室はリクライニング無しの部屋だ。壁こそ分厚いものの、圧迫感が半端ない。薄い毛布をかけながら床に横になるだけの空間だ。
そしてネットカフェ生活三日目を終え、朝を迎えたところの唯花である。
「は、早いね。もしかして部屋の模様替えが終わったとか?」
「
寝ている間に髪をいじられていたが、どうなっているのか分からない。そういう意味でも、まずはトイレに行ってついでに整えておかなければ。
「分かったよ。じゃあ、唯花は外で待っててくれるかな?」
「ヤー」
誰かが見るわけでも無いとはいえ、静まり返った空間から一刻も早く脱出したい。俺たちのことを見ているのは、せいぜい監視カメラと店員だけだ。
制服姿じゃないし大人びているとはいえ、やはり唯花と一緒に出るのは気まずい。
「――って、お、俺の髪が何か、何で!?」
髪を切られたわけでは無く、横に伸ばしていた左側頭部らへんにヘアピンが付けられていた。髪は元々少しだけ茶色に染めてはいたものの、ヘアピンの自己主張にあっさりと敗北した。
これではまるで調子に乗って髪を伸ばした挙句、何故か可愛さをアピールしていた黒歴史――中学の頃の髪型そのものだ。
文句を言わなければと思って勢いよく外に飛び出すと、まるで手刀のような早さで唯花に頭を撫でられていた。
「うんうん、いい感じ。カズキは、どう?」
「い、いい感じ」
「オーケー! それじゃあ、行こー!」
「へ? マンションと違う方向だけど、どこへ?」
「来たら分かる! 分かるんだよー」
ネットカフェにも近い"佐倉支配"のマンションでは無く、唯花が進む道はまるで逆方向だった。電車を何本か乗り継いで、時間にして一時間くらいはかかっている。
一時間くらいだと大して遠くないと思われるが、今まで便利すぎた所にいたせいか、かなり遠くに来たような気がしてならない。
来たことの無い駅に着き、導かれるようにして商店街を抜けると、そこで待っていたのはどう見てもJKばかりの光景だった。
「高校……!? な、何で……」
「そう。ここって私立なんだって! 私立虎山高校! 気に入った?」
「き、気に入るも何も、唯花はここに通っているってこと?」
「ヤー! もちろんカズキも通うんだよ!」
一瞬耳を疑った。すでに高校は卒業済みで、大学に入った俺がまさかの高校生に戻されるとか、異世界にでも飛ばされて来たのか。
「それはいくら何でも無理だって! 知ってるだろうけど俺は――」
「大丈夫! わたし付きの男の子ってことで話を付けてるから! 隣にある建物が見える?」
唯花付きとはどういう意味なのか。まさか保護者扱い、もしくは弟扱い。
どっちにしてもただ事じゃない雰囲気がある。
「……隣の建物? プロフェッショナル何とかって見えるけど……あれ何?」
「日本にはまだ無いんだけど、カズキをわたしの傍に置きたいって話をしたら、お試しで通わせる! って言ってくれたんだ。だからカズキは何にも心配いらないよ」
「何にもって言われても――んっ? 誰かこっちに来るような……」
「わたしの友達! カズキはしっかりアピールする! するべきだよ!」
何が何だか分からないまま、唯花の同級生らしき女子と男子が近付いて来た。
そして――
「和希くん、初めまして! 第一号となれるようにフォローしますね!」
「お前が佐倉和希? ふーん? 典型的な冴えない男だな」
何が第一号になるんだよと突っ込みたい。
それに佐倉和希って、これから俺は一体どうなるのだろうか。
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