第5話 Yのひらめき
「ここなんかいいんじゃない?」
「ど、どれ?」
唯花に回りまくる寿司をご馳走になり、そのまま帰ろうとしたら、何故かネットカフェにひっぱられた。
ここでの目的は、ネットでアルバイトを探すことにあった。
唯花が元カノを装って俺の親と電話で話した内容には、俺にバイトをさせるという約束を取り付けたらしい。
今はバイト求人を探すのに、わざわざネットカフェを利用しなくてもいい。
それなのに唯花から出た言葉は、「印刷が使えるからすぐだよ」という自信に満ち溢れたものだった。
「ポチっとね!」
狭い個室で唯花と二人きり――もちろん、何にも怪しいわけもなく。緊張しているのは俺だけであり、唯花にしてみれば単なる空間に過ぎない。
しかし距離が近い、近すぎる。マンションの部屋でも感じていたが、この子の無意識さは非常に危険なもので、俺を常にあたふたさせているのが現実だ。
これから半同棲していくというのに、どうしてこの子は。
「ねえ、リクライニングの点数は?」
「点数?」
「そう。カズキからみて、どれくらい快適?」
「快適……ううーん。70点くらい。長時間座っていれば、さすがに疲れるんじゃないかな。唯花は?」
「わたしはこういう時でしか座らないしつけられないけど、一人の時は60点。二人でいる時は、90点くらい?」
二人でいる時――つまり、彼氏とかが出来たら気持ちが昂って快適さが増すということだろうか。唯花の青春相手になる奴が何とも羨ましいものだ。
こんなことを聞かれている間に、唯花は次々とテンプレ履歴書を作って印刷ボタンを押しまくっている。
「あれっ? シュレーダー……え、何? 唯花も履歴書を?」
「ヤー。わたしもする! カズキと一緒に出来たら楽しそうだから」
パソコンのすぐ脇にあるプリンターから出て来る用紙を見ると、そこには何故か唯花の履歴書が何枚か出て来た。
対する俺はというと、求人サイトは見てはいるものの履歴書を作るまでには至っていない。確かにアルバイトを探さないといけないのは事実だが、まだそんな気になれなかったりする。
「と、ところで、いつまでネカフェに?」
「んー? もうすぐ帰るよ。カズキ、バイト決めた? 決めれない?」
「まだ……何とも」
唯花はネカフェに入っても個室から一切出ることが無く、何かを注文するといったこともしなかった。
気にしていたのはリクライニングチェアの快適さだったり、部屋の中を入念に眺めていたり――何がしたいのか正直言ってよく分からない。
「あー! そうだ! カズキって、元カノよりも成績は良かった?」
元カノとか、妹なのに姉のことは絶対口にしないつもりらしい。ネカフェに入ってから俺のことを聞いて来たり、気にしたりしているが何を考えているのか。
「まぁ、それなりには。何で?」
唯花は何度も頷いては考え込んでいるものの、何かのひらめきがあったのか顔を上げて、俺の顔をジッと見つめだした。
「な、何……?」
「んんー……うん、これだ! カズキは今日から、わたしの家庭教師! まだこれといったバイトが決められないなら、まずはわたしに雇われれば解決! そしたら、マンションのお部屋にいても違和感ないしね」
「――えっ!?」
思わず声を張り上げてしまった。そのせいで、隣の壁から鈍い音による攻撃を受けた。
確かに簡単にアルバイトを決められないというのもあったが、まさか唯花の家庭教師とは予想外すぎる。どう考えても、帰国子女の唯花の方が賢そうなのに。
しかし唯花本人は確信めいた表情で、握手を求めて来た。
「うん、よろしくお願いしますね、カズキせんせ!」
「い、いや、はは……」
「――ってことで、帰ろ?」
唯花のひらめきと確信は電光石火のごとく、決まった時点で動くのが早かった。
「な、何というか、俺のことなのにありがとう、唯花」
「
ドイツ語をあまり理解していない俺だが、機嫌がいいことくらい分かる。
そして会計を終えて外に出た直後、唯花のひらめき第二弾が発動した。
「じゃあ行こうか?」
「あ! そうそう、カズキ。明日カズキは、
「オーケ……ええっ!? え、あれ? マンションで暮らしていいんじゃ?」
唯花につられて俺もいい気分でマンションに帰る――
――そう信じて疑っていなかったのに、突然落とされた。
「半同棲、シェアだよ? ずっと一緒にいたら駄目だと思うんだ。カズキのおばさまたちにもシェアのことを話してるし、ママたちにも伝わってる。一応、あの部屋にはカズキの元カノも住んでることになってるからね。オーケー?」
要するに日替わりでネットカフェを利用しつつ、部屋に来てもいいよ的な意味だったらしい。追い出されたわけでは無く、その辺はきちんと考えているようだ。
そんな機転の利く子に家庭教師とか、何を教えたらいいのだろう。
「オ、オーケー」
「
「ケバっ!? え、ケバブ?」
「うん。美味しいよね。いつも買って食べてたんだ!」
露店では見たことがあるが、少なくとも駅前のファストフードで見たことが無い。
これも文化の違いによるものだろうか。
「売ってないと思うよ? ハンバーガーとかなら分かるけど……」
「行ってみないと分からないよ。諦めるのはカズキの悪い癖だよ? ケバブ風でもいいんだよ。家庭料理なんだから、大丈夫。売ってる売ってる!」
何でこうも強気で強引なのか。それがこの子のいい所でもあるとはいえ、しかし楽しそうにしているので良しとする。
今日一日だけで、それが分かっただけでも幸運と思うことしよう。
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