一回目


 壁の中ももはや廃墟であった。

 本当に、かろうじて残っているのは城壁だけであったように、中にあったはずの民家は大半が大破しており、壁しか残っていない建物しか見当たらない。

 そこに布で天井を作って生活しているようだった。


「どこから着たんだ? あの光は別の国に居た奴らも見たらしい

 知らないとなるともっと遠くだろう」


「そんなに遠くからかも見えていたのか」


 リシテアは感心しているが、俺は隣の国がどのくらいの距離にあるかがわからない。日本で例えると九州から北海道に行くよりも朝鮮半島のほうが近かったり。

 同じ国でも距離によって見えないことだってある。

 なので、人間的観測はあまり有効ではないと思っている。もし人に伝える場合は、距離をきちんと言うべきだと主張する派である俺だ。


 まあ、今回はそういったことは置いておくことにして。

 二人の話に耳を傾ける。


「俺は当時な旅商人をしていた。

 その光を隣街に行く途中で見てな。俺は吹き飛んで川に落ちて助かったけどよ、街にたどり着いたときにはここよりも遥かにひどかったよ。

 あれは地獄だった」


「本当ですか。しかし、それなら木々が無事で残っているのはわからんな」


「さて、着いた。

 ここがオレが住んでいる家さ」


 案内された場所は、とても大きな瓦礫の山だった。

 顔を顰めた俺を見たのか、彼は説明を続ける。


「オレはこのクラスタで知識階級にいるからな。そこそこの家が与えられている。

 といっても寝る程度のことしかできないがね。

 ここは他とは違って地下室がある。神の光を受けても生活できる物資がここに保管されていたんだ」


「ここで、最上級か」


 つぶやくと、やはり俺のことが嫌いなのか男は哀れんだ顔をする。

 いちいち感情を表に出す人間とは性格が合わないなと思ったので、いち早く情報だけ聞いて帰りたくなってきた。


「まぁ、座れ。椅子くらいは作ってるさ」


 椅子に腰掛けながら俺は思ったことを口にした。


「30年も経ってるのであれば、小屋ぐらいは作れたでしょう。

 それだけ時間があれば現状をまだ回復できたのでは? 昨日今日瓦礫の山に引っ越してきたわけでは無いでしょうに」


「本当に世間知らずだな。どこの国から来た坊ちゃんだ?

 この王都は呪われてるのさ。真夜中に化け物が徘徊するのさ」


「神の光とその化け物は関係しているのでしょうか?」


 リシテアが軌道修正をする。

 この会話には俺は必要ないらしい。まぁ薄薄は感じていた。俺はこういった話には向いていない。だから会社でもあぶれていたのだ。


「神の光と、無関係では無いだろうな。

 太陽の光を浴びると灰になって消えるからな。それまで破壊の限りをつくすのさ」


「それはおそらく帝国の生物兵器でしょう。

 私も戦闘の経験があります」


「帝国が? わざわざこんな辺鄙な国のオレたちのような人間しか住んでいない場所にどうして」


「それは知りません。後ほど王都の中心へ調査に行こうと考えています」


「そうか、気をつけてな。

 そして、神の光だが。日が沈み真っ暗になった時間だった。その日は月も出てなかったもんで暗かった。その時、ぱぁっとな何色もの光が空を覆ったのさ。

 次の瞬間にはオレは爆風で吹き飛んでいた。体の至るところがバキバキに折れてな、今生きてることも奇跡のようだ」


 そう言うと、腕を見せる。そこは裂けて縫合した痕が痛々しく残っていた。

 それも広範囲にあり、当時はぐちゃぐちゃになっていたのではないかと想像できた。この世界には魔法のような技術があるとリシテアが実演して見せたが、それでもここまでの痕になる怪我だ。どれだけのものだったか想像もしたくない。


 頷いて聞いているリシテア。


「オレは川の浅いところに引っ掛かって生き残った。

 体が動きそうなときにこっちに帰って来た。旅の回復魔道士がちょっとだけ足を直してくれたからな。そして、戻る途中こそが地獄だった。

 そりゃあ残酷だった。

 人間って溶けるんだ。ドロドロにな。

 骨がむき出しになって地面にシミだけが残っているやつ。焼けて中身が向き出ているやつ。まっ黒焦げになってるやつもいたが、そいつのほうが原型があるだけマシだったろうな。

 そしてやっとの思い出帰ってきた王都は、野犬や怪鳥共が群がっていて騎士団が駐屯して瓦礫の撤去と生きた人間を回収していたな。

 その時、オレも参加したが、望みのない人間は優先して殺していた。

 生かすにも食料がいる。それに、回復魔法もかけなくちゃならん。腕がなければ回復魔法で動けるようになっても役に立たん。欠損した仲間は即座に首になったよ。文字通り、胴体と離れて現世にバイバイさ」


 かなり鮮明に説明をされる。それを想像できてしまう俺も相当だが、ここまではっきりと説明できるこの男の受けた絶望は俺が想像できるものではないだろう。


「そんな被害があったのか。

 だったら、なおのことまだきれいな緑が残っているあの森が無事だったとは考えにくい………」


「あれな、つい最近できたんだよ」


 はははと乾いた笑いを浮かべて男は言った。


「ぱっとね。

 オレたちが森の恵みを得ようと入ろうとすると結界かなんかで入れねぇわけよ。

 それから誰も近づこうともしない。

 なかったものとして今は生活している。だが、目に入る緑にはオレたちは癒やされている。まだ希望はあるってね」


「そうか。貴重な話をありがとう。

 神の光はこちらでももっと調べようと思う」


「役に立てて嬉しいよ。

 なにか分かったらオレたちに教えることが今回の代金ってところかな」


 立ち上がる男。

 リシテアは彼に頭を下げる。

 男は地下室へ消えていき、背を向けた俺たちに向かって手を上げて答える。


 さて、ある程度の謎は残ったが話を聞いたが。


「では、王都の奥に進もうか」


 リシテアがそう言って男の家から出ようとする。

 物音がする。金属音と、たくさんの足音だった。


「金髪に、碧眼。それに茶色い外套」


「ああ、情報通りだ。こいつだ」


 話し声が聞こえる。

 俺はリシテアに近づいて、前に出る。


「私のことか?」


 フードを深くかぶって影になって見えないはずだが、たしかに声の主はリシテアの髪色を言い当てた。

 それが嫌な予感をリンリンと体を叩く。それはリシテアも同じで戦闘態勢に入ろうとしているのをみた。


「狙われているみたいだが」


 ゆっくりと後ろに下がる。男の地下室がある方向へ逃げるならそこしか無い。

 ここから王都の外に逃げようが、どこまで行こうとも瓦礫の山であるので死角が多すぎる。隠れる場所が無限にある。注意をしていても、襲われるときには襲われる。


 それが、方や戦闘経験皆無の素人であるので、どうしようもない。


「貴様のせいだっーーーーー!!!!」


 その言葉と一緒に突っ込んで走ってくる男。彼の手には槍がある。

 刃は話をしてくれた男の持つそれよりも圧倒的に質が悪いように見える。

 刺さってもし無事だとしてもその傷は治らないかもしれない。


 俺は椅子を男に投げて注意をそらしながらリシテアを掴んで横に避ける。

 彼も素人のようで、動きがぎこちない。

 突っ込んできた男に続けていろいろな得物を持った男が襲いかかってくる。


 石を投げたり、その場のいろいろなものを盾にしたりして避けていたが、限界もあり、10人を数えたところで、最初の男が持っていた槍が腕に刺さり、グリっと腕の肉がえぐり取られる。


 アドレナリンが出ていたか、その場はギッと歯を噛み締めて耐えて、槍を持つ男の腹を蹴り飛ばす。しかし次の短剣を持った男が後方から俺の脇腹を刺した。

 振り返りざまに肘で顔面を殴り、よろける男に脇腹に刺さった短剣を抜いて男の首元に思い切り突き刺した。叫ぶ男。噴水のように吹き出る血飛沫は雨のように俺たちを濡らして、その光景を見た他の貧相な男どもは竦んで動けそうになかった。


「な、なんだよ、こいつら!!」


 素人ながら善戦しただろう。特に刃物を持った男と丸腰の俺との戦闘だ。

 もう、限界だった。リテシアを見た。


 腰に挿した剣を抜いた。男たちが持つ得物よりも遥かに質のいい剣だった。

 手入れされており、首くらい簡単に切り落とせそうなくらいには鈍色に輝いている。


「この剣を抜くのも久しぶりだ」


 そういえば、リシテアは騎士団の大隊長をしていたと言っていた。

 剣よりも魔法のほうが得意そうだが、ここは男たちに合わせたのか、


「魔法を使うと化け物がよってくる。

 ほら、太陽の光で灰になる奴らだ。今はいいかもしれん。しかし残滓が残ればこの家が優先的に襲われてしまう」


 こんなときにも他人の心配をする。

 もしかすると、彼女にとってはこのくらいの人間と戦闘をするのは朝飯前なのかもしれない。一般人にも満たないガリガリの貧民と戦う。それは一方的な虐殺にも見えるかもしれない。


「貴様は、反逆の徒【リシテア】だな」


 手にもつ得物がガタガタと震えている男たち。それは恐怖だろう。何に恐怖しているのか。目の前にはリシテアしかいない。

 彼らはリシテアの名前を知っていた。

 

 俺の腕や腹から血がぼたぼたと流れ、意識が朦朧とし始めた。

 「少し待ってくれ」とリシテアが俺に聞こえるように言って


「なぜ私の名前を知っている? その反逆の徒とはなんだ」


 そう問うと、


「貴様が神の光を使い家族を、この国を亡くしたんだろうが!!」


「私が? そんなことをするわけがない!!」


「嘘を付くなぁぁ!!」


 逆上していく男たち。その原動力とは何なのか。その情報を与えたのは、誰なのか。俺には、それを考える余裕もない。この会話を聞くだけで精一杯になっていた。


 剣を振り上げて走ってくる男。それに続いて様々な得物を持った男たちは、一人の少女に群がる獣のように周囲を囲んでそれらを振り下ろす。


 キィィンという、甲高い金属音がする。

 貧民が持っている得物の刃が欠け宙を舞う。

 正面はリシテアの剣が、左右と後ろは彼女が着ていた鎧がそれらを受け止める。

 質が天と地ほどあるようで、リシテアに全くのダメージを与えられていなかった。


 しかし、それは体の話であり、纏う外套は切れてヒラリとその身から離れてしまう。

 晒された金色の髪に、輝く金属鎧。

 この場には全く似付かわしくもない女騎士が現れて、男たちは膝をついた。


「お前は………」


「どうした。私を知っているのか?」


 そのうちの一人が口を開いた。


「やはり、お前だ。

 公爵家の娘を裸に剥き民衆の前で辱めた化け物だ。

 こいつは、ゴブリンロードだ!!」


「…………っ」


 何かを言いたげにリシテアは唇を噛む。

 言い訳をさせてくれと言うように俺を見つめる。


「こいつが原因で、公爵様と王様が喧嘩をしたから神の光が降ってきたんだっ!!」


「全部お前のせいだ!!」


「すべてお前のせいだ!!」


「返せ!!」


「家族を返せ!!」「国を返せ!!」


 男たちは得物で殺せないならと、言葉を用いる。

 リシテアは「違う。それは私じゃない。嵌められたんだ」と言うが、聞く耳もない男たちに、援軍が現れる。

 ここまで大声で叫んでいたら様子見にでも来るだろう。

 

 そうして、リシテアの顔はたくさんの人間に目撃される。

 王国が崩壊した最期の日に問題を起こしたらしいリシテアを覚えている人間は想像よりも遥かに多く


 リシテアは膝から崩れ落ち、両手で顔を覆った。


 リシテアが落とした剣を拾う男。俺は朦朧とする意識の中、リシテアが殺されそうになるそこに走ろうとするが、実際にもう体が言うことを聞かない。

 

 整備されたリシテアの剣は自身の鎧を軽々しく貫通して

 その時俺は叫び、動く腕で這うようにリシテアの下へと向かう。

 その間にも俺の体には石や瓦礫が投げつけられる。それでも失いそうな気を張って


「どうして! どうして殺さなければならない!! 

 お前たちが彼女を殺したって、何もならないだろう!

 服従させて仕事をさせるほうが遥かに有益だったろう!

 貴様らゴミどもよりも遥かに素養も力もある彼女を!! 何故だ!!」


「そんなことを聞くなよ」


 俺の視界はもうリシテア以外が見えていなかった。

 誰が言ったのかもはっきりとしない。


「こいつがやったことを死で償わせただけだ。

 あとは屍姦でもなんでもこの男どものストレス発散になるだろうよ。それで、有益だ。生きているよりもな」


 俺もすぐに殺されてしまうのだろう。

 どうして、こんな事になったのだろう。

 どうして、見知らぬ土地で見知らぬ人間に殺されなければならないのだろう。


 こんなときの銀狼だろう。リシテアを護るんだろう? 

 どうして、こんな大事な時に居ないのだ。

 どうして、どうして。


「リシテアーーー………」


 俺はリシテアの手をにぎる。

 すると、少しだけピクリと動いた気がした。

 小さく、俺に聞こえるくらいの声で


「最期に、………私を気にかけてくれるヤツが…………居るなんてな。

 私は…………幸せだ………」


 リシテアは、もう二度と動くことはなかった。

 俺も、もう動く気力はなかった。すべてがここで終わったのだと思った。


 まだ機能している耳が周りの人間たちの 動揺の声 を聞いた。

 叫び声、悲鳴、男たちは俺たちを殺したと思って自信を持ったか、その原因の方へと向かっていく。

 が、それもすぐに消えた。誰の音もしなくなった。


 そこに、ざくり、ざくりと砂利を踏みしめる音が近づいてくるのがわかる。

 俺の背にそれが乗った。それで分かった。四足歩行の獣だった。


「『ここから始まる』」


 それは、どこかで聞いたことのあるような声だった。

 自然に、何度も聞いたことのある俺の声だった。


 落ち着いた俺はふと自分の体の感覚がないことに気がついた。

 だが、その声の主がずっとここにいることが分かって安心した。


 俺は、そこで記憶が途切れた。




 

















ーーーーーーーー


「はっ!!」


 周りを見回す。


「死んだ!?」


 そこは先程見た光景。

 洞窟を抜けた場所。森との境界線。

 眼下には巨大な都市、王都が見えていた。

 

「リシテア!!」


 呼んだが反応はない。そこに誰も居ない。


「銀狼!!」


 銀色の毛を持った狼もここには居ない。

 たった、一人。

 ここには俺しか居なかった。

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