知らない世界

 抜けた先。俺たちは、一瞬で移動したかのように見知らぬ土地に居た。

 背後に通ってきた洞窟がない。少し歩いた距離に森が見えて、俺達が立っている場所は少しだけ盛り上がった崖の上。

 そして、森と反対方向に見えるのはかなり大きな都市の壁が見える。


 これでもたくさんをファンタジーアニメなどを嗜んでいた。都市の周囲に壁が築かれている城塞都市は、戦争などから見を護るためやモンスターが強かったりするのだろう。


「なんで?」


 リシテアが眼下の城塞都市を見て口元をおさえて呟いた。


「どうかした?」


 尋ねると、軽く頷いて


「あれは、王都だよ。

 でも、滅んでる」


 よく見れば、見えていた都市の中はもはや廃墟であり、門も城壁もかろうじて形だけは残してはいたが、その機能は当てにできないほどにボロボロであった。


「よく見えるね」


「だって、最近まで居たもの」


 そうか。ここはすでに異世界なのだろう。

 リシテアの世界。あの洞窟は他の世界につながっていたのだ。


「あの廃墟に? 住んでたの?」


「いえ。住んでは居なかったけれど、よく利用してた」


 よくわからないが、リシテアの知っている場所と今見えているそれが一致しないということだろう。

 風が吹き木々が揺れる。

 

「ここも知ってるわ。

 あの森を真っすぐ行けば女神の湖がある」


「その池ってどこにでもあるんだな」


「そう……みたいね」


 悩ましげな顔をする。実際に、女神の湖と言う名前はありふれているだろう。

 その、効果があるかどうかは置いておいて。


「でも、回復効果がある湖はここと、あなたの家の近くの湖だけ」


「あの湖を調べていたのか。

 まぁ、一旦はその話は置いておこう。

 実際ここがどこなのかを調べるのが先決だと思うけど、どうしたい?」


「王都に下りて見ましょう。

 人が居なくなってどれくらい時間が経ったか、それに誰かいるかも知れないし」


 小さい方の銀狼は「ウォン」と一回鳴いて、俺の腰に提げたペットボトルを甘噛してアピールをする。

 「飲みたいの?」と尋ねると、「ウォン」と鳴くので未開封で持ってきたそれを開けて、片手を皿に見立てて少しくぼませると、そこに水を入れる。


 ベロベロとなめるので、途中でくすぐったくなって手の形を崩してしまい水が溢れていく。ジトッとした眼で見られたので、もう一度同じようにして飲ませる。

 その間に、俺も自分の喉を潤わせる。


「リシテアは、大丈夫?」


 水を差し出しながら言うと、「少しもらうわ」と受け取ってそれを飲んだ。

 口をつけて飲むので、あ、間接キスだな。なんて思いながら見ていた。


 リシテアの中にはそんな感情なんて一切ないだろうけれど。


 一息ついたので、あの王都へと向かってあるき始める。

 見下ろせるほど下に見えていたので、直線距離に大して道を進むとかなり時間が掛かるのだろうなと考えていたが、実際そんなこともなく。


 階段が整備されていたので、そこから崖下まで下りることが可能だった。

 そこからほぼ真っすぐに王都に向かって道が伸びていた。


 さすが、王都と呼ばれているなと感心する。腐っても国の首都だ。道は整備されておかしくはないなと、思った。


「リシテアは、このあたりで何をしていたの?

 というか、リシテアのこと何も知らないな」


「そう? 私もあなたのことを何も知らない。

 けれど、知っている気もする」


 こちらを水にリシテアは淡々と答える。

 そうか。実際であって2日も経っていないのだなと思い返した。

 俺はそれでリシテアに惚れたのか、と考えると自分は惚れっぽかったのかと悩む。

 現代に生きていた頃、そんな感情とは無縁だろうと思っていたが。


「女神の湖の近くで狩りをして暮らしていた。

 このとき私の顔は醜かったから」


 外套のフードをかなり深く被り直した。

 嫌なことを思い出させてしまっただろうか。


 だが、リシテアは続けた。


「女神の湖で少しずつ元に戻っていったけれど、その前のことなんてあんまり思い出したくはない。

 ここでの生活は狩った肉を王都で売って服などを調達していたわ。それ以外はずっと一人だったから必要ないし」


「銀狼は、一緒じゃなかったのか?」


「王都に着いたあたりからかしらね、あんまり目立つように一緒に行動しなくなったの。ずっと王都周辺を警戒してて」


「今居ないのもそうなのか?」


 実際に、この異世界に来たときからだろうか、大きな銀狼を見ていない。

 今も、俺の隣を歩くのは小さい方の銀狼だけだった。


「知らない。また何かあったら出てくるんじゃないかしら。

 何かあったら、あなたを頼ってあげる」


「努力する」


 嬉しさ半分、寂しさ半分。

 そんな感情が生まれる。けれど、本当にどこに行ったのだろうか。先にあの廃墟の中を探索しているのだろうか。



 目の前にたどり着いたとき、その壁の大きさに驚愕した。

 見上げると首が疲れるほど。働いていたときのビルは実際この壁よりも高さは高いのだろうが、威圧感がなかった。

 これは、見るだけで圧倒される。


 だが、かなり風化しているようで、触るとボロボロと崩れそうだ。

 何百年も前の遺跡と言っても驚かない。


 だが、リシテアはつい最近までこの周辺にいて利用していたということは、どちらかが間違っているのだ。


 世界か、リシテアの記憶か。


「入るか」


 壁の前にはかなり深い溝が掘ってあり、使われていた頃は水が張ってあっただろう。しかし、今やその面影が見えるだけで、使用されていないのは明白だった。


「まって、なにか、聞こえる」


 一歩踏み出したときだった。


「貴様らは誰だ」


 陰から現れた男に俺は気が付かなかった。

 彼は槍を持っており、刃先を俺に向けている。


 しかし、身なりは貧相で、ボロ布をまとっているだけ。それに持っている槍もボロボロで刃は錆びている。栄養不足か、その構える腕はプルプルと震えている。

 明らかに無理をしている。


「お、落ち着いて、ください」


 俺は焦りながら、彼が逆上しないように動きを止めるだけ。


「な、何の用だ? ここには、なにもない」


「ではいくつか、質問をしたいのですが」


「なんだ」


 男は怯えるように俺を見る。それは格下が間違えば殺される、といった上位者に向ける顔だった。


「ここは、いつ滅んだか、わかりますか?」


「ここ? まだ滅んでいない」


「申し訳ない。この王都がこのような状態になったのは、どのくらい前ですか?」


 考えるように男が顔を伏せる。


 思い出したように俺の方を向き直るまで一分もかからなかった。


「神の光が降ってきて王都はこうなった。

 そして、それからちょうど30年だ」


 年と言う単位がこの世界のもので、俺の知っている単位と比べてどのくらいなのかわからないが、それでも途方も無い年月が経っているということがわかる。


「30、年? だと?」


 リシテアは衝撃に身を震わせる。


 ところで、俺はなぜこの男と母国語で会話できているのだろうか。あまり不思議には思わなかったが、よく考えればここは異国の地である。リシテアにしてもそうだ。

 異世界から来たというが、どうして言葉が同じなのだろうか。


「神の光とは、何だ? わかるように説明してほしい」


 リシテアが男に頭をさげる。


「そ、そこまでされちゃ説明するしか無いな。

 一旦入るか?」


 壁の中に招かれて俺たちは王都の中に足を運んだ。

 

 小さな銀狼は、この場を見て悟ったか今この場に姿を見せていなかった。


 

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